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vol.60 王政の悪意

 アリッサムは、アンズの記憶がないことに一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに静かに頷いた。



「ここじゃ何ですので……良かったら、私達の住居まで来ていただけないでしょうか。あまりきれいな場所では、ないですけど」



 そう言うと私達についてくることを促すように背を向ける。ほとんど初対面の相手に背を向けるとは。信頼しても良いということなんだろうか?



「行ってみないことには始まらない……か。それに、キキョウの場所もここから近いはずだよ。もしかしたらなにか知ってるかも」



 “映し身の皿”で表示された地図の情報を思い出しながら、みんなに提案する。他にめぼしい情報があるわけでもなし、みんなも同意してくれたようだった。アリッサムの後に続き、住宅街の路地を進んでいく。



「ところで、聞いてもよろしいですか。アンズさんと皆様はどういった関係で……?」



 歩きながら、アリッサムが顔をこちらに向けて私達に問いかける。ぱっと見、アンズは“奴隷の首輪”をつけているからなぁ。もしかしたらあまり良い関係には見えないかもしれない。アリッサムと名乗った彼女に疑いの目をかけられるのもアレだし、どうしたものかと思案しているとアンズ自ら口を開いた。



「このヒト達は、奴隷として良いように使われていた私を助けてくれたんです。今では私の、大切な仲間です」


「……そうでしたか。アンズさん、良いお仲間を持ったのですね」



 アンズの答えを聞いて、アリッサムは静かに微笑んだ。アンズの引っ込み思案な性格は元からだったんだろう。スラムで一緒に過ごしていた身としては、アンズが立派にやっているのを見て安心したというところだろうか。



 しかし。南地区に入ってから、アンズは何時になく気を張っているようだった。いつもなら前に立って発言するなんて無いのに。彼女が気負い過ぎないように、私達がサポートしてあげないといけないな。



「どうも。申し遅れたけど、私はコユキ。右から、マリン、クレハ、そして知っていると思うけどアンズ。私達はパーティを組んで旅をしているんだ」


「あっ、これはご丁寧に。アンズさんに良くしていただいているみたいで安心しました。……もうすぐですので、もう少しお付き合い下さいね。こちらです」



 それからアリッサムについていくことしばらく。目に入る風景は古めかしくも華やかな中世風の住居達から、見るからにボロボロなスラム街へと変化していった。見かける人々のほとんどは獣人だ。ボロボロの衣服を身にまとった子どもたちが、建物の影からこちらを見つめているのが痛々しい。



 アリッサムはスラム街の中にポツンと佇んでいる建物の中に入っていった。後に続いて入ると、オンボロな外見とは異なり中は質素ながらも案外綺麗に片付いている。



「狭くて申し訳ありませんが……」



 彼女は絨毯の上に座るよう私達に促した。狭い小屋に五人もいるので、やや狭いスペースに並んでローテーブルを囲うように着席する。アリッサムは小窓のカーテンを開け、外に人がいないか確認してから静かに正座した。



「そもそも、なんで獣人ってこんなに差別的な扱いを受けているわけ?」



 落ち着くなり、クレハが早速気になっていた質問をぶつける。ただ、それはみんなが気になっているところだろう。アリッサムは複雑そうな表情を浮かべたのち、話し始めた。



「……そうですね。まず、そもそもは今の王政が出来た頃からです。数年前、新たな王たるヘリアン王が即位しました。理由は分かりませんが、彼は妙に獣人達のことがキライでして……普通の暮らしをしていた私達はどんどん街の隅へ追いやられ、今ではこのようにスラム街での暮らしを強いられている始末です」



 彼女は悲しそうに言った。ヘリアン王っていうのか。ロクでもないやつには間違いないな。



「近日に至っては、スラム街で暮らす獣人すらも排除したいのでしょう。ただ、表立って皆殺しにするような真似をしては暴動が置きます。そこで、彼が目をつけたのが黒薔薇という集団だったのです」


「黒薔薇ですって!?」



 クレハが思わず声をあげる。急に大声をだしたのでアリッサムが驚いた様子で、そのウサギ耳をピンと立てていた。



「し、知っているのですか?」


「知っているも何も……私達は、今その黒薔薇って組織を追っているのよ。私の同族が奴らに攫われてね。で、そのヘリアン王と黒薔薇はどう繋がっているのかしら?」



 アリッサムは少し考えるような仕草をしながら眉間にシワを寄せた。



「それは……難儀な話ですね。黒薔薇は、そもそもが違法な品を売買することを主としている組織です。その品は魔道具から奴隷まで様々で、ヘリアン王は彼らに獣人を奴隷として攫い、このスラムから数を減らすように仕向けているんです」


「つまり、アンズもその被害にあったということ?」



 彼女は静かに頷いた。



「恐らくそうだと思います。しかも違法な奴隷売買ですから……奴らに攫われた者は殆どが帰ってきません。大抵が酷い扱いを受けて殺されてしまっていました。ある日、アンズさんも買い物に出掛けてから帰ってこなくなってしまって……。でも、こうして無事に戻っていただけたのは嬉しい限りですね」



 そこまで話し、アリッサムは初めて微笑んだ。改めて彼女の表情を見て思ったが、ひどくやつれている。彼女も彼女で、いきなり攫われるかもしれない恐怖に怯えながら日々を過ごしてきたのだろう。



「その誘拐事件はまだまだ続いているってことだよね?」


「はい。しかも、王族のサポート付きです。獣人に限っては、攫ってしまえば違法だろうと何だろうと足がつかずに奴隷売買することができるときたもんです。今も、着々とスラムの獣人の数は減り続けています」



 思ったよりもこのスラム街の状況は深刻らしい。誰もがどうしたものかと頭を悩ませる中、一人だけ違うことを考えている者がいた。



「黒薔薇団……許せないです!」



 突然バン、とテーブルを叩いてアンズが立ち上がる。珍しくその目に怒りの感情を浮かべ、興奮している様子だ。



「お、落ち着いてアンズ。アンズを攫った犯人がアイツらだったことに腹が立つのは分かるけど……」


「そうじゃないんです。クレハさん達だけに留まらず、セレスガーデンの獣人達まで苦しめている奴らが、今ものさばっているのが許せないんです! あいつら、絶対に痛い目に合わせてやります……!」



 まずいな、完全に頭に血が登っている。ここは一旦冷静にさせないと危ない行動に走ってしまう勢いだ。私はマリンに目配せして作戦を練ろうとしたが、それよりも早くクレハが立て肘をつきながらポツリと呟いた。



「アンズ、あんたたまには良いこと言うじゃない」


「え……?」



 アンズはクレハの予想外の反応に目を点にしている。周りが止めようと、意地でも行動に移すつもりだったのかもしれない。



「つまり、私達がなんとかしなきゃいけないのは黒薔薇だけじゃなくて今の王様もってことでしょう。ヘリアン王とか言ったっけ。敵がわかりやすくなって助かったじゃない」



 いや、まぁその通りなんだけど。……でも、クレハの考え方が正しいのかもな。私はいつか、この世界で最強になることを誓った身だ。王様くらいなんとかできないと、最強なんて夢のまた夢だ。



「それに、このスラム街をうろうろしていれば向こうから攫いに来てくれるってことなんでしょう? こっちから探す手間が省けるってものじゃない」



 マリンも乗り気になってくれたらしい。私は頭をガシガシとかくと、覚悟を決めて顔をあげた。



「あーもう! みんな血気盛んなんだから! ……いっちょ、気合を入れて革命を起こすとしようか!」



 もうやるしかない。私はニッと笑顔を浮かべ、右手をあげる。そうこなくっちゃ、とマリンも手をあげ、続くようにクレハ、そしてアンズも。私達は四人で、決意を誓いハイタッチを決めた。

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