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vol.59 南地区

 店を出て大通りに戻ると、パッと見ではあるが審判者ジャッジらしき姿は見当たらなくなっていた。どこもかしこも人だらけだし、流石に諦めたのだろうか。



【マリン! アンズ! クレハ! 聞こえる!?】



 一応<念話>で話しかけてみたのだが、返事はない。距離が離れすぎているためだろうか。兎にも角にも、彼女らと合流しないことには始まらない。……あ、そうだ。映し身の皿!



 私は人気のない路地裏に移動すると、ジャギのいたテントにあったという大皿を地面においた。中を水で満たしてやると、その水面が揺れ地図に変わっていく。



「ここをこうして……」



 水面をつまんでスマホのようにピンチしてやると、思ったとおり地図を拡大することができた。セレスガーデンに照準を合わせると、街内に点の表示が五つ。うん、よし。どうやら無事に動作しているらしい。



 現在地を考えるに五つのうち一つは私だな。そう遠くない場所に三つ。これらがマリン達だろう。点がバラバラの位置にあるということは、まとめて捕まったりしていないということだ。……この物陰でじっとしているのはアンズだな。カフェのテラスと思しき場所にいるのはマリンだろうか。となると、大通りをウロウロしているのがクレハかな。



 で、本題。少し離れたところにある点。これはきっとキキョウに違いない。この位置に間違いなく彼女がいる。そもそもこの街に来たのは彼女を救うためなのだ。何としてでも無事に連れて帰らなくてはね。







 マリン達がいる場所に戻り、<念話>を使ってやるとあっさりと全員から返事を得ることができた。当初の指定通り、初期位置から一番近いカフェにいくとテラス席でマリンがコーヒーを嗜んでいるではないか。流石だな。



「マリン、ずっとそこにいたの?」


「いえ、ちょっと前からね。こういう時は逆に堂々としていたほうがバレないものだし」



 私が声をかけると彼女はニコリと穏やかに微笑んで見せた。なんだか随分余裕を感じる。馬鹿みたいに逃げ回ってた自分がアホみたいだ。



「それに、ちょっとした情報も手に入れたわよ」


「え、本当?」

 

「まぁそれは、皆が揃ってからね」



 マリンが私の後ろを指差す。素直に振り返ると、アンズとクレハがこちらに向かって歩いてきている様子が伺えた。うーん、何だか拍子抜けだけど。ここは彼女に従って、優雅にコーヒータイムと洒落込むことにしよう。







「おじさん、コーヒー一つ」


「あ、私もお願い」


「じゃあ、私は紅茶を……」



 エプロンをつけた店員とおぼしき中年の男性に思い思いに注文をしていく。彼は快く頷いてくれ、店の中へと戻っていった。四人掛けのテラス席は座り心地が良く、陽の光が気持ちがいい。うっかりこの街に来た目的を忘れてしまいそうになるが、そうも言っていられないのが悲しいところだな。



「それでね? さっきこのカフェで聞いた情報なんだけど」


「え、誰から聞いたのよ」



 クレハが胡散臭そうに突っ込みをいれるが、マリンは気にした様子もなくコーヒーの香りを楽しんでいる。



「店員のおじさんにチップをあげたら喜んで教えてくれたのよ。なんでもね、セレスガーデンの南地区は獣人達が集まる居住区があるって話なの。アンズちゃんはこの街の生まれっていう可能性があるんでしょう? もしかしたら手がかりがあると思ってね」


「……なんていうか、凄いですねマリンさん。何よりも、行動力が……」



 アンズが驚愕したように耳をぱたぱたと動かしている。本当に、この短時間でよくもまぁそこまで動けたもんだ。私なんて変な聖杯を手に入れるのがやっとだったのに。だけど、そんな彼女の行動で目指すべき場所がわかったのは有り難いことだ。



「私からも朗報。その南地区に、どうやらキキョウは捕らえられているみたいだね――あ、どうも」



 話している途中で店員から飲み物を渡されたので、お返しに100ジル硬貨を握らせてやる。「お釣りはとっといて」と言うと彼は機嫌よく店の中へ戻っていった。マリンからチップももらっているだろうし、彼は今日さぞかし儲かったことだろうな。



「そしたら、今はとにかく南地区を目指せば良いってわけね。あ、おいしい」


「じゃあ、キキョウさんのためにも早く南地区に行かないと!……あ、おいしい」



 クレハとアンズも飲み物を一口飲んで感想を漏らした。確かにここのお店のコーヒーや紅茶は美味しい。美味しいのだが、いちいち会話が中断されてしまうな。



「そうね。それも良いと思うのだけど……今はコーヒーを楽しみましょう?」



 そのことを察してか、マリンがコーヒーカップを傾けながら提案した。どうやら全員が同意したようで、浮かしかけた腰を降ろし各々がつかの間の休憩を楽しむこととなった。うん、美味しい。







 多種多様な種族が行き交っていた先程までの大通りと異なり、南地区に近づくにつれて徐々に獣人の数が多くなっているようだった。マリンの掴んだ情報は確かなものだったらしい。心なしか、アンズがいつもよりそわそわしている気がするな。



「ちょっと、大丈夫? そんなに緊張することないでしょ」



 クレハが彼女なりの気遣いの言葉をアンズに投げかけている。相変わらず不器用であるが、気持ちだけはアンズにしっかり伝わったらしい。彼女は笑顔で声掛けに答えた。



「あ、あはは……私、ここにいたかもしれないって思うとなんだか落ち着かなくって。だって、もしそうならこの場所から奴隷として売られたってことですもんね? ちょっとだけ、怖くって」



 それもそうか。アンズが恐怖心を感じてしまうのも無理もない話なのかもしれない。そういった事実がある限り、違法な奴隷商はセレスガーデンにも必ず存在するってことだもんな。



「大丈夫よ。アンズちゃんは前よりも格段に強い。それに、私達もついてるわ」


「そうそう、何かあってもやっつけちゃえば良いんだよ」



 アンズを励ますように私達は努めて明るく声をかけた。アンズは「そうですよね」と言って笑ってくれたが、内心は穏やかではないだろう。彼女を奴隷に仕立て上げた奴らを許すわけにはいかない。見つけ出したらとっちめてやろう。



「あの、すみません」



 その時である。道端から突然声をかけられ、そちらを向くと兎の獣人がおずおずとそこに立っていた。獣人なので年齢はよくわからないが、多分私達よりも年上だろう。立ち振舞いや服装から、なんとなくそう感じることができる。



「もし間違っていたら申し訳ないのですが、そちらの獣人の方。アンズさんではありませんか……?」



 私達は顔を見合わせる。このヒト、アンズの関係者か!? アンズの方を見ると、彼女は珍しく何かを決意した表情をして私達の前に出る。自ら話すつもりのようなので、私は静かに見守ってあげることにした。



「あの、アナタは?」


「あ、ああ。私はアリッサムと申します。アンズさんとは……同じスラムで育った、仲間です」



 アリッサムと名乗った女性はそう言うと深々と頭を下げた。彼女の言葉を信じるなら、アンズはスラム育ちということか。獣人はこの世界で差別の対象だと以前聞いたことがあったが、やはり貧しい暮らしを強いられているみたいだな。相手の様子を見て嘘をついている様子がないと判断したのか、アンズも相手に合わせるように頭を下げた。



「はい、私はヒムカイ アンズと申します。私のことを知っているということは、私はやはりここにいたということなんですね……。理由わけあって、私はここにいた頃の記憶がありません。良かったら色々教えてもらえないでしょうか」

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