vol.5 “最弱”ということ
「ガアッ!!」
「――ッ!!」
うわ! 速い!? 相当敏捷に特化にしたステータスにしているはずなのに、避けるのがやっとの速度で飛びかかってくる。これは種族の差なの!? それとも……わっ危な!
上から下から、右からと思いきや左から。四方八方から、しかもフェイントまで使って攻め立ててくる相手の攻撃。避けるだけで精一杯だった。攻撃が激しすぎて、反撃する隙もない。逃げようにもほぼ同等の敏捷値であることを考えると背を見せるのは危険過ぎる。せめて一瞬でもつけ入る隙があれば……!
相手の爪が私に何発かかすり、じわじわと体力が削られていく。HP自動回復があってもジリ貧だ。でも、こんなもんじゃ倒れてあげるわけにはいかない。ただ黙って避け続けている私じゃないぞ……っ! 今だ!
ふいに大きく後ろに飛んだ私を追うように飛びかかる狼。着地地点に落とし穴があるとも知らずにね! ばかめ! 体勢が崩したところに渾身の体当たりを食らわせてやるからな!
ストッ。
は? いや待って、今落とし穴踏んだよね? 場所は完璧なはずなのに、なんで平然と立ってるのこの狼。あっ、これマズ……!
ザシュッ!!
「――ッ!!!」
ついに、狼の鉤爪がまともに私の身体を捉えた。傷口が抉れ、体液が吹き出す。あああああああ! 痛っったぁぁぁああ!? 状態を確認するとHPは一気に4分の1まで削られ、 更に“出血”状態になっていた。じわじわとHPが減っていく。まずい。まずい!
追撃で噛み付こうとしてくる狼。咄嗟に<道具入れ>から“砂”を使用し、相手にふりかける。うまく目潰しになったようで、相手が一瞬ひるんだ。逃げるなら今しかない!
痛い! やだ! 死にたくない! 私は<回転移動>を使い、後ろも振り返らずめちゃくちゃに逃げ回った。あいつは、初めて戦った狼と明らかに違う。明らかに知的に私に対応をしてきた。あんなやつに今の私が勝てるわけない。頼りのスピードで負けて、作戦も効かずどうしろっていうの!?
『<痛み耐性>Lv.1を取得しました。<恐怖耐性>Lv.1を取得しました。』
うっさい! 今忙しいの! 見つかったらどーすんの! 手頃な茂みを見つけて隠れ、急いで“薬草”を使う。体力が少し回復し、出血状態が治ったようだった。ほんの少しの安堵感。しかし、その安堵感はすぐに消え去った。
後方から、地面を蹴る音が聞こえるのだ。しつこく追いかけられている。隠れながら逃げて撒いたつもりだったのに……。あっ、匂いか! 狼は鼻が利く。私が逃げて隠れても匂いを頼りに追ってくるに違いない。どどど、どうしよう。このままじゃ追いつかれる。
不意に、水の音がするのに気がついた。もしや、近くに川がある!? 私はすぐさま音の方角に走り出した。この時、私はすでに冷静な思考を失っていたらしい。川を見つけるや否や有無を言わさず飛び込んだは良いが、今の私は手足がないのだ。
急激な流れの、しかも深さのある川に飛び込んでどうなるかなんて考えが回らなかった。溺れる!! 誰か助けて!! 情けないがそんな言葉しか出てこない。助けが来ないなんてわかっているのに。
できる限りもがいて、辛うじて水面から顔をだすのがやっとだった。流され、流され。私が次に見たのは、大きく構えられた滝口だった。絶望しても為す術はなく―――私は、滝の底へ吸い込まれていった。声にならない悲鳴をあげながら。
※
『<無謀な挑戦者>Lv.1を取得しました。』
顔に感じる水の冷たさと、ひどく不愉快な脳内アナウンスに私は叩き起こされた。どこだろう、ここは。どうやら生きているらしい。ああもう、100回くらい死んだと思った。幸いにして、<HP自動回復>のおかげで、8割程度までHPは回復していた。
良かった、生きてて……。流石にあの狼もここまでは追ってこられないだろう。ずるずると身体を引きずり、水辺から這い出る。空を見上げると、もう夕方だった。
「……――――ッッ!!!」
くそーーーっ!! 手も足も出なかった。私に口があれば、声帯があれば、馬鹿みたいに大声で喚き、転げ回ったに違いない。そんなこともできない自分に、ひどく嫌悪した。それくらい悔しかった。同レベルの相手に、一矢報いることすらできなかったのだ。
水面に自分の姿が写っていた。水色の半透明の身体に、夕焼けがやけに綺麗に反射している。こんな身体じゃなかったら。もっと強ければ。もっと……。
私はスライム。最小ポイントで転生することのできる、世界で一番弱いモンスター。今回の一件は、私にそのことを認識させるのに十分過ぎた。格下しか狩れないのか私は! 情けない!!
あの額に傷のある、銀色の狼。絶対忘れるものか。いつの間にか私は、自己嫌悪も忘れてあの狼をいずれ倒してやろうということに心を燃やしていた。いや、そうじゃない。それじゃ足りない。私は、この新しい世界で“最強”になってやる。
転生した時点では、「ゲームみたいで面白い」なんて思って、正直浮かれていた。だが、それは甘かったのだ。甘さを捨てないと、死ぬのは私だ。今は最弱の存在だろうと、やられてなるものか。絶対に。すぐには無理でも、この理不尽な世界をいつか見返してやる。
夕日に背中を押され、新たな決意を胸に、私は歩き出した。
『種族名:スライム Lv.8 固有名:なし 性別:女 状態:正常
HP 33/41
MP 22/26
筋力 23(25)
敏捷 41
器用 17(20)
知性 18
精神 16(17)
SP 22
LB 3
魔法 <麻痺魔法>Lv.1
スキル <捕食>Lv.1 <早熟>Lv.1 <回転移動>Lv.3 <酔耐性>Lv.1 <HP自動回復>Lv.1 <危機感知>Lv.1 <道具入れ>Lv.1 <忍び足>Lv.1 <跳躍>Lv.1 <策略家>Lv.1 <無謀な挑戦者>Lv.1』
※
ところで、私は一体どれくらい流されてきたのだろうか。狼に襲われた時点では太陽は昇りきっておらず、気づいた時点でもう夕暮れ。少なくとも5時間以上は経っていると思って良いだろう。
ともあれ、川の流れに逆らって進めば元の位置には戻ることができるだろう。見慣れぬ土地で、それが分かるだけでも幸運だった。とりあえず川に沿って進めば良いわけだから。
あの洞穴は拘って使うほどには大した拠点では無かったかもしれないが、新しく拠点を探すにしても宛もない。例の拠点を目指しながら、他にいい場所があればそこを拠点とすることにした。一応、初めて作った拠点ということもあって、それをむざむざ失うのが癪ということもあるけどね。
移動しながらステータスを確認したところ、いつの間にか筋力と精神に補正がかかっていることに気がついた。多分<無謀な挑戦者>の効果だろうな。偶然とはいえ、あんな目にあったからには何かしらのメリットがないと困るというものだ。
当面の目標として、打倒“傷のある銀狼”を掲げたからには、少しでも強くなりたい。そのためには奴以上にレベルアップをし、優秀なスキルを揃えて、あの猛攻に対抗できる武器を手に入れる必要がある。
スキル取得欄を改めて確認したところ、<麻痺抵抗>や<罠回避>といったスキルもバッチリ存在していた。おそらく、あの狼はこれらのスキルを持っていたのだろう。完璧だと思っていた私の麻痺罠作戦は、どちらかでも対策されると破綻する欠陥作戦だったのだ。
私は、作戦というのは二重にも三重にも罠を張って万全を期すものだということを学んだ。『アレが駄目なら正攻法』なんて甘いのだ。そもそも、今の私が正攻法をとろうとしていたことが間違いなのだ。
ステータスは初期値から随分成長したように思っていたが、どの種族も初期値が違うだろうし、しかも同じ幅で成長するとも限らない。各数値が私は1つのレベルアップで最大でも3、ひどい時は1しか成長していないが、もしあの狼が5、よしんば10も成長するようなことがあれば、奴の3倍くらいのレベルにしないとまともに対抗できないことになる。
……これは流石に考えすぎか。そもそも、敏捷に特化してまぁまぁ拮抗できていたことを考えるに、1~5の振れ幅で成長している程度と思いたい。というか、3倍はちょっとひどすぎる。やつがレベル10ならこっちは30でやっと同格ってこと?嘘だろ。
ていうか、ポイント50でやっとなれるエルフとか、その上位の貴族エルフとかは一体どのようなステータスなんだろうか。私がスライムである限り、一生かかっても虫けらのような扱いをされてしまう気がする。あっ、なんか早速心が折れかけてきたぞ……おや?
ふとみると、自分の往く先、50mほどのところにメタリックな見た目をした、しかも私と良く似たモンスターがいるのに気がついた。あれって、よくあるメ○ルスライム的なやつなんじゃないの?
レベルや名前の表示は、見えない。ということはレベル9以上。もし、あいつを倒すことができれば、お約束通り沢山の経験値を得られるかもしれない。早く強くなりたい私としてはこれ以上なく美味しい話だ。
しかも、どうやらこちらはまだ見つかっていないときたもんだ。リスクは承知で、こんなもん倒しにいくしかないじゃん。絶対逃すわけにはいかない。将来の私のために死んでいただこう。
ただし、もしお約束通りなら、彼はあらゆる状態異常や魔法なんかを弾き、しかも物理攻撃もあまり効かず、しかも物凄く素早い。そして、さっさと逃げ出してしまうといった特性を持っているはずである。
防御力を無視する攻撃でもあれば別なんだけど。……いや、あったな。ひとつだけ、防御力を無視してダメージを与える方法が。私は、奴の位置を把握しながら急いで周囲の環境を確認する。そして、見つけた。いける。この方法なら、私でも確実にメ○ルスライムを狩ることができる。