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vol.58 難を逃れた先

 あっちを見てもこっちを見ても人、人、人。うっかりテーマパークにでもやってきたのかと疑ってしまうくらい、その場所は人でごったがえしていた。私達四人がいきなり<転移>によって出現したというのに、数人がチラリとこちらを見ただけで大して気にされた様子もない。



「この街じゃあ、<転移>もさして珍しくないということなんですかね……?」



 周囲の様子を見てアンズが小さな声で呟く。私もそんなもんなのかな、と一瞬思ったのだが。どうやら、そんなに甘いものでもないらしい。



「ちょっと、ボケっと風景を眺めている場合でもなさそうよ」



 クレハに言われて彼女が指さした方角を見ると、なんと審判者ジャッジの集団らしき奴らがこちらに向かっているのが確認できた。流石にこの人混みのせいで中々前に進めずにいるが、<転移>を使ったということはこの都市に不法侵入したということに他ならない。



 この状況から考えるに、きっと誰かが通報したのだろう。<転移>が日常茶飯事だから私達に興味がないのではなく、「不法侵入した輩はどうせすぐに捕まる」という審判者ジャッジへの信頼ゆえに通行人は私達に興味がない。そのように考えるほうが自然だった。



「やばい、逃げよう」


「どどど、何処に行きましょう!?」


「この人混みよ、固まって逃げるよりバラバラに逃げましょう」


「木を隠すなら森の中ってことね」



 四人で作戦を決めるや否や、私達は人混みに紛れるため敢えて散り散りになった。……その中でアンズが一人あたふたしていたので、こっそり耳打ちで「身隠しの布」と伝える。すると慌てて彼女は布をかぶり、その姿を消した。やれやれ。



【ほとぼりが冷めたら、ここから一番近いカフェに集合ね】



 <念話>で全員にそう伝える。返事は無かったが、恐らく皆が身を隠すことに集中しているからだという意思表示として受け取ることにした。この状況だし、私とマリンはこの場から離れるのが吉だ。というのも、私達二人はモンスター。審判者ジャッジのことだから、相手をひと目見て種族を識別するなんて朝飯前だろう。



 人の流れに紛れながら、ひっそりと大通りから離れていく。最大の都市というだけあって、セレスガーデンはただでさえ異様に広い上に入り組んでいる。正確にこっちの位置が把握されていない以上は大変逃げやすい状況にあるのだが、まずいことがあった。



 というのも、実は私達も私達の位置が把握できていない。簡潔に言えば、迷子だ。あちこち歩きながらわかったことは、どこもかしこも先程の大通りと似たような道ばかりだということ。え、元の道に戻るの不可能じゃね? しかも人混みも途切れることを知らないときたもんだ。どっからこんなにヒトが湧いて出てるんだよ。



 こいつら実は無目的に行ったり来たりしてるんじゃないか。セレスガーデンを栄えてる風に見せるために雇われた奴らなんじゃないか。そんな、無意味な考察をしてしまうほどだ。しかし、その人混みの中に混ざってたまに審判者ジャッジがいるもんだから油断ならない。その姿を見かける度に私はビクビクして物陰に隠れなければならない羽目になっていた。



 くそう、なんで私がこんなにビクビクしなくちゃいけないんだ。……いや、この世界に来たばっかりの頃は常にビクビクしていたけどさ。周囲全てが自分より強い存在だったもので、生きるために仕方がなかったんだもん。それを考えれば、現状は審判者ジャッジだけを気にしていれば良い状況だ。全然楽勝だと言えるはず。



 ……でも、まぁ。今はほとぼりが冷めるのを待つべきだな。私は周囲を見回し、とりあえず目についた道の脇にある店に入ることにした。



 カラン、カラン。



 重い木製のドアを押すと、古めかしいベルのような音が店内に響いた。店内は薄暗く、そして客は私以外は誰もいないようだった。入った瞬間に「あっ、入る店を間違えたかな」と思ったのだが。私が踵を返すよりも先に、店員らしきお爺さんが私に向けて「いらっしゃい」と言ったもんだから後に引けなくなってしまった。



 仕方がないので愛想笑いを浮かべながら店内に入ってやる。何の店かなと思ったが、並べられている商品を見る限りは古物商のようだった。どれもこれもガラクタのようにしか見えないが、きっと見る人が見れば価値のあるものなんだろう……知らないけど。



 きったないコップだなぁ、と何となく目についたものを手に取ってみる。げっ、高!? こんなコップが6500ジル!? ええと、ウエストウッドの宿屋が一泊300ジルくらいだったから……いかにこのコップがとんでもない値段なのかどうかが伺い知れてしまうというものだ。



「……お嬢ちゃん、その聖杯が気になるのかい?」



 さっさとそのコップを棚に戻そうとすると、その店員のお爺さんがまた話しかけてきた。“聖杯”と来たか。こんなもん何の魔力も感じないしただの薄汚いコップだろ。そう言いたいのをぐっと堪え、にへらとまた愛想笑いを浮かべてやる。すると、お爺さんは嬉しそうにつかつかと近づき私からひょいとそのコップを取り上げてしまった。



「そうかそうか! お嬢ちゃんにもこれの魅力が分かるのかい。これはなぁ、かの有名な地下ダンジョンアサイー大迷宮で発見された聖杯でな!」



 うわ、やっべ全然知らない。



「この聖杯で水を汲むと、その水はどんなに汚れていてもあっという間に浄化されてしまうのだ! コレ一つあるだけで一生飲み水に困らないのだから、すごい商品だろう? しかもこれがたったの6500ジル! そんな商品に目をつけるなんてお嬢ちゃんはお目が高いねぇ!」



 うわ、やっべ全然興味ない。そして嘘くさい。こんなケチなコップ(この爺さん的には聖杯らしい)がそんな力を秘めているとはとても信じられない。こんなもの、良く言ってもこせいぜい陶芸教室で初めて作った湯呑みだ。



「あ、あの大丈夫です。私そんなにお金ないし」


「またまた! お嬢ちゃんの所持金、軽く一万ジルは超えてるじゃないか!」



 その言葉を聞いた瞬間、ゾッとした。瞬間、私は脳みそをフル回転させる。いち早く相手のスキルを<STステータス閲覧>で読み取ると、<商売人の瞳>というスキルを持っているのを見つけた。所持金がバレた。……ということはつまり、このスキルは対称の所持品やお金を読み取るスキルなんだろう。



 なんだろう、この自分のプライバシーを堂々と破られたような気分は、戦闘中ならまだしも、街中でこんな目に合うとは思っていなかった。なんて失礼な奴だ。……なんだかブーメランな気もするが、私はこの失礼なジジイをどうしても懲らしめてやりたい。そんな風に考えていた。



「じゃあさ、実際に汚い水を汲んでみてよ」



 そう言って、私は<道具入れ>から空き瓶を取り出した。相手に見えないように私は指先から<酸攻撃>で、酸性の水を空き瓶に満たしていく。



「ここにちょっとした刺激水があるから、これを汲んで飲んでみて? 浄化が本物だったら買っても良いよ」



 そう言って、挑発的な態度で提案してみせた。その商品に自身満々だったジジイはプライドが傷つけられたのか、急に不機嫌な態度になると私から空き瓶を奪い取る。



「フン! 良いだろう、約束は守ってもらうぞ!」



 と、空き瓶の水を聖杯に注ぎ始めた。それが万が一つにも水を浄化する作用があるのならば、確かに凄い品物であるのだが。私の中で、今回はこのジジイを懲らしめること自体が目的になっていたため、聖杯の性能は最早関係なくなってしまっていた。



「これをこうして……こうだ!」



 そう言いながら私の隣で瓶の水を聖杯に注ぎ、彼は一気に飲み干したではないか。おうおう、ためらいが無いな。よっぽど聖杯に対する信頼をしていたと見える。



「ぎゅぴっ!?」



 だが、その瞬間だった。彼は急に変な声をあげてその場にバタリと仰向けに倒れてしまったのだ。……なんてね。本当は、<麻痺魔法>でちょこっと痺れさせてあげただけなんだけど。彼のステータスを見る限り、商人としてやっていくスキルに特化しているだけだ。素の能力はからっきしだし、耐性もまるでない。そんな奴にとびきりの麻痺魔法をかけてやれば、結果はご覧のとおりだ。



「残念ながら、この“聖杯”とやらは偽物だったみたいだねー。まぁ、このガラクタは記念にもらってあげるね?」


「が、が……馬鹿な……」



 フフンと笑ってピクピク痙攣しているジジイを見下ろす。私はそう言いながら、彼が握りしめた聖杯を拾ってやった。<道具入れ>に入れると、“浄化の聖杯”というアイテム名。予想に反してしっかりレアアイテムだったか。ありがたく使わせてもらうことにした。



 外のほとぼりも冷めてきたところだ。みんなのことを探すことにしよう。私は百ジル硬貨をジジイの額に置いてやると、古物商を後にした。

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