vol.57 王都へ
腑に落ちないながらも、ギミックを解いて進んだ洞窟の奥はこれまでとは違う光景が広がっていた。地面も壁もただの岩肌とは異なり、読むことのできない文字列がびっしりと書いてある。見ているだけで文字酔いを起こしてしまいそうだ。
私達が歩いていくと、踏んだり触ったりした部分が一瞬ぼんやりと光るもんだからちょっとだけ面白い。すごいな、どういう仕組みなんだろうこれ。
「あら? 今度こそ最深部かしら」
マリンに促されて先を見ると、そこには小さな台座のようなものが静かに佇んでいた。台座の上には、これまた小さな水晶玉のようなものがあった。野球ボールくらいのサイズ。それは紫色にぼんやりと光っていた。
「なんだか不気味ね」
クレハが見たままの感想を漏らす。確かに物々しい雰囲気を放っているので若干憚られる気もしたが、ここまで来て何もせず引き返すのも馬鹿らしい。私は水晶玉を手にとって観察してみようとした。が、触れた瞬間に例のアナウンスが私の頭に響く。
『“転移の水晶”を発見しました。<転移>のスキルを取得することができます。スキルを取得するとこのアイテムは壊れてしまいます。取得しますか?』
慌てて水晶玉から手を離すと、アナウンスは中止された。私はどうしたものかと思考を巡らせる。
「どうしたんですか?」
「いや……どうやら<転移>スキルが取得できるアイテムのようなんだけど。ちょっとクレハ。この水晶玉に触れた上で、<鑑定>を使って見てくれる?」
心配した様子でアンズが声をかけてくれる。いやー、<転移>を覚えられるのは大変助かることなんだけど……これ一人だけしか取得できないのか。どういうスキルなのかよく調べてからじゃないと厄介なことになるな。
「仕方ないわね、どれどれ。……<転移>。使用者が行ったことのある街に瞬時に移動できるスキル。使用者自身とパーティメンバー及び、使用者が触れている者を転移させることが可能……」
「行ったことのある街、ですって?」
クレハの分析を聞いたマリンが神妙な面持ちをして呟く。
「その仕様は非常にまずいわね。行ったことがない場所が駄目なのだとしたら、セレスガーデンには転移できないことになるもの。私が行ったことがあるのはウエストウッドやダークエルフの集落くらいだわ。……ダメ元だけど、他のみんなは?」
その通りだ。結局のところ、現在の目的地たるセレスガーデンに転移ができないのでは意味がない。
「私もマリンと同じ。ほとんど古代の森で過ごしてたし」
「私はポートヴィレッジには行ったことがあるけど……セレスガーデンは無いわね」
どうしたものかと、各々が深い溜め息をつく。全くの無駄足ということはなかったが、思ったような成果は得られなかったらしい。
「……そうなると、<転移>はクレハさんが取得するべきなんでしょうか」
「そうだね――。いや。待って」
ここでふと思い出す。私の横に立って「右に同じです」なんて顔をしているアンズ。彼女はパーティで唯一死亡経験があり、こっちに来てからの全ての記憶があるわけではない。或いはと思い、私は提案してみることにした。
「アンズはウエストウッドに来た以前の記憶がないらしいけど……もしかしてってことないかな」
「えっ!?」
これは賭けだ。安牌をとるならクレハに取得してもらうべきなんだろうけど、竜車がある以上ポーヴィレッジに転移しても大した時間短縮にはならない。それならいっそ、未知数であるアンズに転移を取得してもらべきだ。私の思わぬ提案にアンズは目を見開いていた。
「確かに、アンズちゃんは奴隷になる前にあちこち移動している可能性はあるわね」
「で、でももし行ったことが無かったら」
彼女が不安になるのも無理はないが、選択肢は最早それしかないともいえる。私はアンズの肩に手を置き、まっすぐ瞳を見つめた。言葉の途中で彼女はぐっと言いかけたことを飲み込んだ。
「こう考えることは出来ないかな。さっきの洞窟奥のギミック。アンズが触ったらあっさりと仕掛けが発動したよね?」
「え、あ……でも、たまたまなんじゃ」
「クレハやマリンがあれこれ試しても駄目だったんだよ。たまたまってことは考えにくい。……私が思うに、出身が関係しているんじゃないかな」
アンズはしっかりと私の説明を聞いてくれているが、やっぱり不安のほうが勝っているようであたふたしていた。そんなアンズの代わりに、クレハが話の続きを催促してくる。
「どういうこと?」
「この世界に来た時、それぞれ最初にいた場所は違ったよね。私は古代の森。マリンはこの洞窟。クレハは?」
「私はダークエルフの集落にいたわ」
クレハの言葉にこくりと頷いて、私は続ける。
「例えばアンズがセレスガーデンの生まれで、だからこそこの洞窟のギミックを解くことができた。そう考えれば可能性は十分にある」
「だ、だけど街はセレスガーデンの他にもあるでしょう。そっちの線ってことはないの?」
クレハが当然浮かんでくる疑問を投げかけてくる。そう、だからこそこれは“賭け”なのだ。
「確かに、それも可能性としてはある。だけど、私はセレスガーデンが一番可能性が高いと思ってる」
「ど、どうしてそんなことが分かるのよ」
「マリンは一緒にいったから分かると思うけど、奴隷商は仕入れルートがあるようだったよね。“映し身の皿”の地図を見た限りは、大きな街はあと三つ。北側の雪山を越えた場所に一つ、セレスガーデンよりもさらに西の大陸に一つ、ドコドコ砂漠を南下した場所にある沼地に一つ。アンズが奴隷として売買されていた場所はウエストウッドだけど、この中で最も近く大きな街であるセレスガーデンから転売されているんじゃないかって予測したわけだよ」
私の考えを聞いてううむ、とクレハは考え込んでしまった。が、それもごく僅か。パッと顔をあげると、覚悟を決めたようにアンズに向き直った。
「まぁ、現状アンタの考えに乗るのが一番良さそうね。……というわけだから、アンズ。さっさと取得しちゃいなさい」
「ええ!? で、でも」
「ごちゃごちゃ言わないでさっさとする!」
ピシャリとクレハに言われてしまったからには、アンズも従うしかなかったらしい。ただでさえ垂れた耳をさらに伏せながら恐る恐る水晶玉に触れた。祈るようにスキルを取得すると、<転移>スキルを発動。行き先リストを調べている。そのうち、彼女の目が少しだけ見開いた。
「……!」
「ど、どう?」
「凄いです、コユキさん。……ちゃんと、ありました。王都セレスガーデン、転移できるみたいです」
※
私達は一旦洞窟を出て、シュウメイに<転移>スキルを取得できたことを報告した。彼にはダークエルフの集落に戻ってもらい、あとは転移でセレスガーデンに移動することになる。流石のエスタロッテも、こんなに早く私達が追ってくるとは思っていないハズだ。ひと泡吹かせてやるには、十分すぎる速さだろう。
「それじゃあ……皆さん。キキョウを、どうかよろしくお願いします」
シュウメイはそう言って深々と頭を下げた。彼の思いに応えてあげるためにも、絶対にキキョウは救出してあげなければならない。
「任せといて。……それじゃあ、アンズ。お願い」
「それでは……いきます! <転移>!」
アンズがスキルを念じると、足元にエスタロッテが構成していた魔法陣と似たようなものが生成されていく。コンパスで円を描くように徐々にそれは完成へと近づいていき。その円が構成仕切った時、私達の視界は木々の囲まれた森から一気に変わることとなった。
※
「……うわ、なんじゃこりゃ凄い」
どうやら転移は無事に完了したらしい。眼の前には巨大な石造りの建物達。整地された地面に、多くの行き交う人々。私達は田舎者のように、その街並みをキョロキョロと眺めることしか出来なかった。ここは、王都セレスガーデン。この世界で最大の都市だ。




