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vol.56 洞窟の奥

「うわ! 凄い早いですねー!!」



 ドラゴンが引っ張る竜車は砂漠の悪路を物ともせず、軽快な足取りで進んでいった。アンズが荷台の窓から顔を出してはしゃいでいる。



「あんまり騒ぐと落っこちるわよ」


「ほら! 見て下さい集落がもうあんなに小さいです!」



 クレハが気怠げに忠告するが、それも右から左のようだ。アンズは変なところで子供っぽいなぁ。



「全く……何のためにでっかい耳がついているんだか」


「まぁまぁ、良いじゃない。ここのところ、ゆっくり休まることが無かったことだし。移動中くらいは好きにさせてあげましょう?」



 皮肉を言ってため息をつくクレハに対し、マリンがどうどうとなだめている。マリンの言う通り、遺跡の探索やら奇襲やらで気を張って過ごさざるを得なかったことだ。



「そうだよクレハ。竜車に乗ることができるのなんて滅多にあることじゃないんだし」



 私はそう言うと、荷台から運転席へひょいと移動する。手綱を握っているダークエルフのシュウメイの隣にストっと座り、行先を見た。荷台の中と異なり、運転席は外の風をより感じることができて心地よかった。



「古代の森までどれくらいで着きそう?」


「ん? そうですねぇ、あと二時間強ってところでしょうか」



 シュウメイはそう言いながらも器用に手綱を操っていた。ドラゴン達は走りながらも時折シュウメイのことを気にして振り返っている。



「商人達が使っていた竜車の割には、随分扱いに慣れてるんだね?」


「ええ、まぁ。元々はダークエルフの集落で管理していたものですからね。元族長が勝手に売りに出したもんだから歯がゆい思いだったのですけど。なんだかんだ、こいつらも戻ってきてくれたので……」



 妙に扱いが上手いのはそういう理由があったのか。ジャギがいかに傍若無人に振る舞っていたのかが伺い知れる。砂漠で長距離を移動する種族なのに、移動手段が徒歩しか無いのは違和感があったけどね。



「へぇー、良かったねぇ。じゃあこのドラゴン達も元の飼い主のところに来られて嬉しいんじゃない?」


「そうだと良いんですけど」



 彼は努めて冷静に言ったが、どこか嬉しそうにも見えた。あんまり感情を表に出さないタイプなのか、単に口下手なのか。会話はそこで途切れてしまった。隣に来たは良いものの手持ち無沙汰になった私は、適当に質問を投げかける。



「どうでも良いこと聞いていい?」


「どうぞ」


「シュウメイって何歳なの?」



 なんとなく興味本位で聞いてみる。ダークエルフ達の寿命がどれくらいなのか知らないが、セオリーでいけば何百歳単位のはずだ。若く見える彼も、見た目とは裏腹に300歳とかだったりして。



「……」



 しかし、彼は言い淀んでいる様子だった。もしかして軽薄に年齢を尋ねるのは失礼だったかな。



「あの、言いづらかったら別に無理に答えなくても」


「……今年で18になります」



 うわめっちゃ若かった! ずっこけそうになるのを抑えつつも私は話を続ける。



「えっ、私達とほとんど変わらないじゃん。敬語じゃなくて良いのに」


「とんでもない。あなた達は我々の恩人です。ダークエルフは上下関係に厳しい種族ですし、恐れ多いですよ。それに」



 そう言って彼は遠くを見つめながら寂しそうな顔をした。



「それに?」


「キキョウさんを救ってくれるかもしれない方々に、失礼な態度をとることはできないです」


「ふーん。キキョウのこと好きなの?」


「ぶっ!」



 私の返答に大げさなまでにムセこんでゲホゴホしている。ははーん、この反応は図星だな。



「なな、なななな」


「いいよいいよ隠さなくて。きれいなヒトだもんね、キキョウ」



 ケラケラと笑いながら言う私に、否定する気も起こらなくなってしまったのか彼は何も言わず顔を赤くしながらも前を向いた。黙ってしまえばこれ以上追求されることはないと考えての行動だろう。しかし、忘れてはいけなかった。この竜車には、思春期の女子達が他にも乗っていることに。



「何々? 面白そうな話してるけど」


「シュウメイちゃんはキキョウちゃんのことが好きなのねぇ……これは応援してあげないと駄目ね?」


「そうですよ! 私はお二人がお似合いだと思います!」



 荷台の方からぴょこぴょこと、三つの顔を覗かせて会話に加わってきた。この後、シュウメイの恋愛感について女子たちから根掘り葉掘り聞かれることになったのは言うまでもない。おかげで、私達は道中退屈することなく過ごすことができたわけだけどね。







「あ、ここで良いわ。止まってシュウメイちゃん」



 私達の案内のもと、竜車はマリンの拠点である“発行キノコの洞窟”前まで無事にたどり着いたようだった。心なしか出発前よりもげっそりしているシュウメイに待機しているように声をかけ、私達は洞窟の中へと足を踏み入れた。



「滝の裏にこんな洞窟があるなんてねぇ」



 壁伝いに手をついてあるきながら、クレハがぽつりと呟く。まぁ、轟々と水飛沫を上げて落ちる滝の裏にある洞窟だもんな。見逃してしまうのも無理はない場所にあるもんね。



 この洞窟は、あちこちに光るキノコが群生しているから明かりが確保されているのは非常に助かる。マリンが言うには松明や魔法に頼らなくてもサクサクと歩けてしまうゆえに、初心者は深入りしすぎて洞窟奥に住まう危険なモンスターにやられてしまう事故が多いとか。



 まぁ、私達みたいに戦力が揃っているパーティともなると最早警戒すべきモンスターもほとんどいないんだけどね。いつか苦戦したストーンブルだって、バフをかけて弱点をついてしまえばほとんど一撃だ。



「やっぱりなんだかんだ強くなってるみたいだね、私達」



 マリンもそれを聞いて、いつか私と二人でここに潜ったことを思い出しているのか嬉しそうに微笑んだ。この世界では、全てのモンスター達は日々レベルアップしていくわけだが。ものともせず倒す事ができている私達の成長率は、かなり周囲よりズバ抜けていると考えていいハズだ。



 ちょっぴり自信がついたところで、私達は最深部に辿り着こうとしていた。



「確かこの辺だったはず……あ、ホラこれよ」



 マリンの案内に従い見てみると、洞窟の隅に小さな岩。……というよりは墓石みたいに見えなくもないものがあった。そんな形の岩には、この前みた魔法陣の模様とよく似た文字が刻まれていた。



「なるほど、確かに怪しいわね」



 クレハが岩に直接触ったり押したり引っ張ったりしてみるが、特に反応がない。ムキになって蹴っ飛ばしたりしそうな勢いなので、一応私は彼女の肩を掴んで引き戻した。



「いやいや、どう見てもそんな物理的にどうにかなる感じじゃないでしょ」


「じゃあどうすんのよ! ここまで来てハズレでしたなんて笑えないわよ」



 キキョウを一秒でも早く助けたい思いからなのだろうが、クレハからは焦りが見て取れた。これじゃあ見つかるもんも見つからないな。私は彼女の逸る気持ちをおさえ役に徹し、この場はマリンに任せることにした。



「マリン、心当たりある?」


「……ちょっと、試してみるわね」



 マリンは紋章に手を当て、静かに念じる。ぼんやりと掌が光っているのを見るに、魔力を流しているらしい。しかし、相変わらず反応はない。マリンでも駄目か。これはちょっと諦めるしかないかもしれないな……。



「これ、どういう仕組みなんでしょうね。無意味に文字が書いているとは考えにくいですし……」



 誰もがもう引き返そうか、そんな風に思い始めた頃。アンズが岩に近づいて、文字をなぞる様に触り始めた。クレハが散々押したり引いたりしても駄目だったんだし、そんなことしても……。



 カチッ。



「……え?」



 妙な機械のような音。アンズが岩に触れた途端、洞窟の最深部と思われた壁はあっさりと二つに割れた。ゴゴゴ、と低い音を唸らせて奥に続く通路が出現する。



「アンズ、なんで」


「わわ、私にも分からないです。でもとにかく奥に進んでみましょうよ! 何かあるかもしれないです」



 彼女の慌てようを見る限り、どうやら本当に知らないらしい。たまたま開いたのか、なんなのか。でもとにかく、首の皮一枚繋がったと見るべきだな。アンズの言うように今は前進あるのみだ。

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