vol.55 禁術を求めて
「セレスガーデン……?」
私はオバナから聞いた単語を繰り返した。しかし、それは聞いたことのない地名。映し身の皿に映し出された地図を見る限り、ウエストウッドの街から更に西。海を超えた先にある島国だということは分かった。
「王都セレスガーデン。このあたりでは最大級の都市ね。昔ながらの王政で管理されている都市で、王族の言うことは絶対だとか。“最大級の”という表現に誇張は無く、面積はもちろんのこと審判者の本部もここにあると言うわ。……その割にかなり閉鎖的な都市で、入国審査がかなり厳しいことで有名ね」
クレハが気になっていたことを説明してくれる。しかし、やけに詳しいけど何故だろうか。同様の疑問をもったらしいマリンが首を傾げながら尋ねる。
「知ってるの? クレハちゃん。まさか行ったことがあるとか?」
「そんなわけないでしょ。このダークエルフの集落は黒薔薇団に限らず、色々な商人達と取引していたからね。何処にどういう街があるかくらいは把握してるのよ」
クレハが言うには、各街から来た商人が好むアイテムは種類がバラけるから、その街のことはある程度情報を集めているのだという。暑さが厳しい街に防寒具は売れないもんな。そりゃそうか。
「しかし、困ったわね。セレスガーデンに行くためにはこの大きな“湖”を超えなきゃいけないのよ」
「えっ、これ湖なの!?」
地図上にデカデカと表示されてるから海だとばかり思っていたけど、まさかの淡水。琵琶湖なんて目じゃないなこれは。全長何キロくらいあるのかも見当がつかない。
「最短ルートを考えると、まずここから古代の森を突っ切ってウエストウッドの街へ行く。そこから西側にある港町のポートヴィレッジから湖を渡って、湖の中央にある島セレスガーデンに到着。……そんな感じかしらね。どうやっても4、5日はかかっちゃうわ」
マリンが地図を見ながらルートを考えている。まぁ、そうやって行くしかないよねぇ。
「……しかし、そうなると問題が二つあるね」
「問題、ですか?」
地図をにらみながら、私はぽつりと呟いた。アンズが大きな兎耳を揺らしながら私に聞き返してくる。そんな彼女に私は二本、指を立てて説明してあげた。
「まず一つめ、こんな広い湖をどうやって渡るのかってこと。二つめ、たどり着くのに時間がかかり過ぎること」
「……あの、良いですか? これだけ大きな都市なら定期船とかが出ているハズですよね。それは使えないのでしょうか」
恐る恐るアンズが挙手をして言った。まぁ、定期船の存在くらいは当然あるだろうな。
「無事に乗ることさえ出来ればね」
私は答えようとしたが、それを代弁するかのようにクレハが腕組みして言った。
「だけど王都ってくらいだし、セキュリティは当然他より数倍厳しいと思うわよ。パーティの半分がモンスターなんだし、逃げ場のない定期船で正体がバレたりしたら大変じゃないの。きっと定期船には審判者も乗り合わせるだろうし」
「いくらマリンの<幻惑魔法>があるっていってもね。審判者のことだからスキルを無効にしてくるくらいは容易いだろうし。ちょっとリスクが大きすぎるんだよね」
はぁー、と私達大きくため息を吐いた。自分で言ってて八方塞がりな感じに嫌気が差してくる。
「じゃ、じゃあ個人的に船を……レンタルするとかして。ちなみに船を使うと、湖を渡るのにどれくらいかかるものなんでしょう?」
「ええと、前ここに来た商人が言っていた情報からすると丸一日かかるハズです」
気を使ってアンズが代案を出してくる。オバナが言うには船でも丸一日かかるのかぁ。ますます泳いだりしてどうこうなる距離ではないな。
「地図を見る限り王都は島国だけど。不審船を見かけられて撃墜されなきゃ良いわね」
皮肉を交えてクレハが言った。……まぁ、そうなるよな。
「それに、早くしないとキキョウの身が危ない。状況が状況だけに、のんびり船旅を楽しむってのはあまり良い案ではないかもね」
陸路はもちろん、船を使うにしてもちょっと時間がかかりすぎる。それまでにキキョウがエスタロッテの実験の被害にあうことは避けられないだろう。……アンズを攻めているわけではないのだが、またしゅんとしてしまっている。どうもこういう時彼女は打たれ弱いから困る。
「奴らみたいに転移魔法でも使えれば話は別なんだけど……」
そう言ってダメ元でクレハに視線を送るが、「無茶を言うな」とばかりに彼女は肩をすくめて見せた。
「あのねぇ。アレは多分固有魔法もしくは禁術の類よ? 一瞬しか見えなかったけど、あの魔法陣の術式はちょっと複雑過ぎて真似できるものじゃないの。そもそも、転移魔法が使えるならわざわざ砂漠を歩いて行ったり来たりしてないわよ」
まぁ、そりゃそうだよね。転移が一般的なものならそれこそ竜車とか使う必要もないものなぁ。
「そのことなんだけど。ちょっと良いかしら?」
唐突に、これまで何かを考えていた様子だったマリンが話し始める。皆の視線が一斉に彼女の方を向いた。
「そ、そんなに注目しなくても良いんだけど。えっとね、エスタロッテが転移魔法を使う時に見えた魔法陣の紋章なんだけど。私、もしかしたら見たことがあるかもしれないの」
「えっ! ど、どこで!?」
ガタッ、と椅子を揺らしてクレハが立ち上がる。しかしマリンはあくまで冷静に言った。
「あくまで可能性の話よ? だけど試してみる価値はあると思うわ。もし転移魔法が使えるようになれば問題が一気に解決できるものね」
そう言いながらニッコリと微笑んでいる。クレハは回答を焦らされてやきもきしている様子だが、それは私も同じだった。思わず、再度同じ質問を彼女に尋ねてしまう。
「……で、どこで紋章を見たのマリン?」
「それは、発行キノコの洞窟。古代の森にある私が拠点として使用していた場所。その最深部よ。当時はその紋章の意味することが分からなくてスルーしちゃったけど……改めて調べたらなにかあるかもしれないわね」
おおう。思っていたよりも馴染み深い場所だった。あそこならウエストウッドの街に行くまでの通り道だし、仮にハズレでもそこまでロスにならないな。
「そうと分かれば早いとこ出発するわよ! アンタ達もさっさと準備する!」
答えが分かるやいなや、クレハが息巻いて言う。まぁ、エスタロッテ達にやられたダメージが残っているとはいえチンタラしている暇はないもんね。彼女に急かされるように、やれやれと私達も立ち上がった。
「出発なさるのですね? それなら、こちらの“映し身の皿”と外に止めてある竜車もご利用下さい」
オバナが皿を私に差し出しながら言った。なんか至れり尽くせりで悪い気がしてしまう。
「良いの?」
「皆様には集落を救っていただいたこともありますし。それに、キキョウを助けていただけるのであれば喜んで協力致します。私達はこう見えても同族を大切にする種族なのですよ。……クレハ。どうか彼女のことをよろしくお願いしますね」
オバナはそう言うと、私達に向けて深々とお辞儀をした。ここまで頼まれては是が非でもキキョウを救うために頑張らないとね。オバナが言うには、竜車ならポートヴィレッジまで一日程度で着くとのことだ。徒歩ならどうしても四日ほどかかる距離なので非常に有り難い。古代の森までなら数時間で行けるだろう。これは是非使わせてもらうことにしよう。
テントの外に出ると、既に竜車を出す準備をしてくれていた。なんと運転手付きだ。ドラゴンをなだめていたガタイの良いダークエルフの兄ちゃんが、私達を見ると近づいてきて一礼してくれる。
「皆様の送迎を担当する、シュウメイという者です。先の戦いで疲れているでしょうし、皆様は荷台で少しでも休んでいて下さい」
彼は丁寧な口調でそう言うと、荷台の戸を開けてくれた。中は四人が詰めて座らないといけないようにはなっているが、ちゃんとクッションが引いてあったりもするしきちんと掃除されていて清潔だ。
「じゃあ、宜しくおねがいします!」
親指を立ててシュウメイに言うと、彼はニコリと笑ってくれた。良い人そうで良かった。




