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vol.54 転移

「まずは全員手を頭の後ろで組んでそこに並びなさい」



 エスタロッテは私達を一箇所に集めると、やっと地面に降り立った。一体何をするつもりなのだろうか。私は何かあったらいつでも動けるようにと、じり、と足場を少しだけ慣らそうとしたが。



「おっと、変な動きをしないでもらえますかね。怪しい、と私が判断した時点でこの子の命は無いと思ってください」



 釘を刺されてしまった。どうやらそれも許されないらしい。



【ごめんね、みんな……まさかキキョウちゃんを狙って突撃してくるとは思わなくて】



 マリンがエスタロッテを討ち漏らしたことを気にしているようで、しょんぼりして謝罪している。誰も彼女を攻める気なんてなかったが、言葉に詰まってしまう。他の皆もきっとかける言葉が見つからないのだろう、誰も何も言えずにいた。



「ジャギ! そこでいつまでそうしているつもりですか。早くこっちに来てください」



 エスタロッテが族長に声をかける。アンズから受けた傷のせいで上手く動けないのか、かなり足取りがフラフラしているが。それでも、彼は大人しくエスタロッテの元まで歩いていった。



「だから、その名前で呼ぶなと……」


「そんなことを言っている場合ですか? 素性のバレたあなたがこの集落でやっていくことは最早不可能です。組織に戻るしか道は残っていないのですよ」



 エスタロッテが冷ややかな視線を族長に送る。族長は何か言う前に言いくるめられ、「ぐぬ」と悔しそうな声をだすことしかできなかったようだ。



「……こんな傷まで受けて組織を抜けたのに、また戻る羽目になるとはお笑い草だな」


「死ぬよりはマシでしょう。とにかく、さっさと片付けて本部に戻りますよ」



 舌打ちをしつつも、族長はキキョウの身柄をエスタロッテから受け渡される。何の組織か分からないが、あの顔の傷は組織を抜ける時に受けたものなんだな。ヤクザじゃあるまいし……とにかく、ロクでもない組織には間違いない。



 エスタロッテは族長の様子を気にする素振りも見せず、機械の腕で地面に魔法陣を構成していく。何の術式か私にはちんぷんかんぷんだったが、マリンとクレハは思い当たるものがあるようだった。



【転移……! 逃げられちゃうわ】



 よりによってワープの魔法かよ! 何とかしないといけない。でもキキョウが人質にとられている今下手に動くことはできない。どうする!?



「さて、準備ができましたが……その前に」



 ぐるぐると考えをまとめる間も無く、エスタロッテはおもむろに私達に手をかざした。嫌な予感がする。



「追ってこられても面倒です。それに、散々コケにしてくれた分がまだでしたね」


「何をするつもり……」


「<風魔法>ライトニング・ヘル」



 バチバチバチ!!!



「……ッうああああああ!?」


「キャアアアアア!!!」



 私が質問するよりも早く、奴の腕から電撃が放たれる。凄まじい電撃量に私達は思わず悲鳴もあげ、膝から崩れ落ちた。しかし、エスタロッテは攻撃をやめる気配がない。私達が地面に這いつくばったあとも、しばらく電撃を浴びせ続けた。嘘だろこいつ、いつまで続ける気だよ!?



「……っと、運が良いですね。エネルギーが切れたようです」



 プスン、とその腕がガス欠のような音をたてると、ようやくその電撃はとまった。四人とも“麻痺”状態になってしまっているようで、誰もがロクに動けなかった。こいつ、エネルギー切れを起こさなかったら死ぬまで今のを続けていたってことか……とんでもない奴だ。



「キキョウを……返せ」


「まだしゃべる元気があるなんて驚きですね。でも、それは出来ません。この子は大事な人質ですし、それに」



 魔法陣が輝き、奴らの身体が光に包まれていく。転移魔法が発動する!? まずい!



「実験に使う個体をちょうど切らしていたんですよ」



 残酷なまでに冷徹な笑みを浮かべて、エスタロッテは言った。そんなことを許すわけにはいかない。だが、麻痺で身体が思うように動かない。クソ! なんでこんな時に動かないの……! いや、いっそ手足が動かないなら……!



「そんなこと……させない……!!」



 <形態変化>で手足を引っ込め、丸くなって奴らに突撃する私。人間だと思っていた奴が、急に形を変えて転がってきたもんだから流石に奴らも面食らったようだ。



「こいつ……人間ヒューマンじゃない!?」



 進化してから初めての<回転移動>だが、やはりしっくりくる。私はそのままエスタロッテに体当たりをかまそうとした。……だが。



「その状態で良くそこまで動けたものだったが。スピードが足りなかったな」



 エスタロッテに衝突する寸前、横から突然の衝撃。私は弾き飛ばされ、砂の上を三回ほど跳ねてようやく停止した。振り返ると、族長……いや、もうアイツは族長じゃない。ジャギが私のことを裏拳で弾き飛ばしたようだった。



「ぐ……くそ! 待て!」


「待てと言われて待つ間抜けがいますか。じゃあ、さようなら? 哀れなモンスターさん」



 立ち上がろうとするが、最早その体力すら残されていなかったようで。私は前のめりに倒れることしかできなかった。そんな足掻きをあざ笑うように、無情にも魔法陣は発動した。一瞬の輝きのあと。そこには、跡形もなく。エスタロッテも、ジャギも、キキョウも。綺麗さっぱりいなくなってしまっていた。



「うぐぐ……くそおおおおお!!!」



 結局、私は奴らを逃してしまった。自分自身への情けなさから、私は虚しく叫ぶことしかできなかった。しかしその咆哮は、照りつける日差しのせいでただ自らの喉を乾かすだけだった。







「キキョウさんを助けにいかないと……でもどうしたら良いんでしょう」



 私達は奴らから受けた傷を癒やすため、ひとまずテントに戻り休んでいた。重苦しい空気の中、アンズがぼそりと呟く。キキョウを助けるのは当然だ。彼女は見ず知らずの私達に協力してくれたのだ。問題は、奴らの居場所が分からないことにある。



「本部って言っていたわよね。アイツら……黒薔薇団って言ってたけれど」



 マリンが思い出すように話す。ダークエルフの族長だったジャギも、元はそこの組織に属していたらしい。きっとヤクザまがいのロクでもない奴らだ。一応、5人ほどいた商人たちは捕らえたのだけど。どいつもこいつも知らぬ存ぜぬの一点張りで、何も情報は引き出せなかった。



「族長の取り巻きであるリザードマン達も同様ね。むしろ、主を失ってどうしたら良いか分からないみたい。指示待ち人間って嫌なもんね? 今後どうしたら良いか私に指示を求めてくるもんだから困ったもんだわ。とりあえず鬱陶しいから待機しとけって言っちゃったけど」



 アンズが愚痴るように言ってため息をついている。キキョウが攫われ、情報もない。何かしなければならないのに何もできないもどかしさに全員がやきもきしていた。



「あのう……」



 その時、テントに知らない者の声が響く。クレハやキキョウの他に、ダークエルフ達は全部で十数名いるようだったが。そのうちの一人が代表で私達のテントに来たらしい。スラッとした背の高いダークエルフの女声だった。



「えーと、オバナ……だったっけ」


「はい、オバナです。この度は、族長……いえ、元族長ですね。私達を騙していたジャギから救っていただいたお礼を言いに参りました」



 クレハに名前を呼ばれて深々とお辞儀をする。つられて私達も軽く頭を下げるが、正直言って今はそれどころではない。



「それだけ? それだけなら今は忙しいんだけど……」


「いえ、違います。キキョウさんのことで」



 クレハがツンケンして相手に言うが、何か情報を持ってきてくれたらしい。思わず立ち上がり、オバナと名乗った彼女に尋ねる。



「キキョウについて何か知ってるの?」


「ええ。……クレハさんはご存知無かったかもしれませんが、実は私達ダークエルフの動向は元族長が管理できるようにしていたようなのです。彼のテントを調べていたところ、こんなものが見つかりまして」



 そういって、オバナはテーブルにとあるものを置いた。それは、ちょっと大きなお皿のようなものだった。頭の上にハテナマークを浮かべる私達を他所に、オバナがお皿に水を注いでいく。



「このお皿に向けて魔力を込めると……」



 すると、透き通っていた水が見る見る色づいていく。複雑な色が混ざりあい……しばらくしてそこ現れたものは、地図だった。



「何これ凄いね」


「“映し身の皿”というそうです。現れた地図の上に点が表示されているのが分かりますか?」



 オバナに言われるままよく見てみると、確かに光る点のようなものが表示されていた。ドコドコ砂漠には十数個の点。そして、遠く離れたある地点にも一つ。



「まさか」


「ええ。おそらくその地点が、キキョウさんのいる場所だと思われます。――王都、セレスガーデン。ここらで最大の都市です」

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