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vol.53 窮鼠猫を噛む

「ウオオオオオオ!?」



 放たれた掌底で爆発した衝撃が、族長の腹部に直撃する。奴はきりもみ回転しながら真後ろに吹っ飛んだ。その勢いは留まることを知らず、20メートルほど後方にあったテントを巻き込みようやく停止した。



 ドゴーン!! という派手な音を立ててテントが崩壊する。随分派手にやったものだ。その威力の凄まじさは、アンズの足元を見ればうかがい知ることが出来た。打撃というのは、踏み込みの強さに比例して強くなると何かで読んだことがある。彼女が正拳を放つ時、天高く砂が舞った。そして、ゴーレムよろしくクレーターのような穴が足元に空いてしまっていた。



「ふうう……! や、やりましたかね?」



 ……アンズ、それはフラグだよ。残念ながら、やってない方の。



「ぐうううう……! 馬鹿な……! このワシが……こんな下賤な者共に……!」



 案の定、ガラガラとテントだったものの残骸を押しのけながら族長が現れた。不死身かよあいつ。渾身の一撃を放ったアンズ自身も流石に驚いていた。だが、立ち上がった彼を見てその不安は杞憂であったことを理解する。



 さんざん私が斬ったり溶かしたりしても、謎の復元力で再生していた族長。しかし、アンズが殴った奴の腹部は再生せずに傷が残っていた。皮膚が抉れ、その口からはボタボタと血液がこぼれている。どうやら内蔵を損傷してしまったらしい。明らかに深刻なダメージが見て伺える。



「アンズ、今の技の効果って分かる?」


「え? えーと、“対回復効果”ってのがついてます。この技で与えた分のダメージは一定時間回復できないはずです」



 溜めた生命エネルギーを相手にぶつける技か。輪廻転掌りんねてんしょうとはよく言ったもんだな。溜めに時間がかかるとはいえ、あの威力で回復ができないってのもえげつない。いくら立ち上がって来たとはいえ、アレでは虫の息も同然だな。







「馬鹿な……何故! 何故当たらない!!」



 機械の手足を露わにしてからというものの、エスタロッテの攻撃はマリンに当たる気配がなかった。私は距離をとっているので当然として、マリンがあんなに余裕を持って避けられるとは。一体どういう仕組なのかしら?



「ちょっと大振り過ぎるわね?」



 マリンは最小限の動きで、挑発を交えながらエスタロッテが振り回す腕を避けていた。マリンの挑発に面白いほど簡単に乗せられてるわね。しばらく動きを観察してみて、私はなんとなく理解してくる。アレ、ただ挑発してるわけじゃないわね。マリン、相手の動きをコントロールして先読みしてるんだわ。



【右の大振り……】


「!?」



 マリンが攻撃を避けながら、<念話>で私に話しかけてくる。



【右の大振りを放ったあと、最も大きな隙ができるわ。そしたら、クレハちゃんが脇腹に攻撃を当ててちょうだいね。……このヒトには色々と聞き出したいことがあるから、死なない程度のやつね?】



 ず、随分余裕ね。死なない程度のやつかぁ……加減は苦手なんだけど、やるしかないわね。マリンに<魔法付与エンチャント>をかけながら、片手で術式を構成する。



 敏捷値にバフをかけていることもあり、マリンは相変わらず相手の攻撃を誘導するようにしながら易易と避けていた。攻撃を避ければ避けるほど、相手の苛つきが増していくのが見て取れる。……今なら私でも、大振りすぎて簡単に避けられそうね。



 奴の挙動を観察していると、唐突にその瞬間は来た。マリンがわざと一歩踏み出し、ブレイズ・エッジで奴に当たらない程度に空振りをする。エスタロッテは一歩下がってそれを避けると、右手を大きく振り被り、マリンの顔めがけてその機械の手を伸ばした。



 しかし、それは誘われた攻撃。マリンが当たってあげるはずもなく身を躱すと、奴は大きくバランスを崩した。……狙うなら、今!



「<水魔法>、アイシクル・スタンプ!!」



 私の手から放たれた小さな氷の塊。高速で放たれたそれは、エスタロッテの脇腹に的確にヒットした。



「……? なんですか今のは。そんな攻撃で……」


「それはどうかしらね」



 わざとらしく、ニヤリと私は笑みを浮かべてみせる。次の瞬間、氷の塊が当たって弾けた部分からビキビキッ! と凍結していった。エスタロッテは困惑した表情をして氷を引き剥がそうとしているが、そんなことをしても無駄だ。機械ではない身体部分が凍ってしまってはロクに動けないだろう。マリンが相手と距離を取りながら、私に向かって親指を立てた。



「わぁ、やるじゃないクレハちゃん! 要求通りね!」


「フフ、まぁね。この魔法は殺傷力は極めて低いわ。ただ時間差で発動する魔法故に、初速は凄まじいし……しばらくはまともに動けないハズよ。で、どうするの? 大人しく降伏するなら対応を考えてあげなくもないけど」



 不覚、とばかりにエスタロッテは私達を睨みつけている。自分の改造された手足にかまけて、身体能力や魔力を鍛えることを怠ったのが運の尽きだったわね。



「これだけは……見苦しいので使いたくなかったのですがね」



 徐に、奴は呟いた。ゾッとするような目つきをして……しかし、その視線はどうやら私達に向けられたものではなかった。







 息も絶え絶えの族長を前にした私達だったが、どうやらマリン達もほぼ勝負を決めたらしいことが遠目に確認できた。私は片膝をついている族長に近づいていく。



「どうする? アンタはボロボロ、商人団も全滅。おまけにエスタロッテも凍っちゃったみたいだけど。まだ、抵抗するの?」



 降伏を促すように現状を説明してやったつもりだったが、しつこいことに奴はまだ諦めていない様子だった。強いて不安要素をあげるなら、戦いを見守っている他のダークエルフ達だが。族長がピンチになっても全く助けに入る様子がないのを見る限り、それは杞憂に終わりそうだ。



 この集落で好き放題やっていた報いといったところだろう。或いは、私と族長のやり取りを聞いていて自分たちの過ちに気がついたのかもしれないな。



「ワシは……ワシは……!!」



 あんまり追い詰めると何をするか分からない。さっさと気絶させてしまうべきだなと、奴の異常な回復力が発動する前に私は自らの腕をハンマーのように変化させた。とりあえず思いっきり殴ってやってもコイツなら死にはしないだろう。



「……コユキ! アンズ! 危ない!!」



 その時、突然キキョウの声がして私達は突き飛ばされた。さっきまで私達が立っていた場所を、何かが凄い勢いで通り過ぎていく。



「コユキちゃん! アンズちゃん! ゴメン!」



 声のした方角に振り返ると、マリンとクレハが駆け寄ってきていた。一体何が起こった!?



「エスタロッテはどうしたの!?」


「そ、それが……まさかあんな手を使うとは思わなくて」



 そういってマリンは空を指さした。そこには、胴体部分が凍結しながらも空を飛ぶエスタロッテ。膝から下を切り離し、ジェットのように炎を噴射しながら浮いているではないか。そして、最悪なことに……その腕には、キキョウが捉えられていた。



「鉄腕ナントカかよ……!」



 切り離し自由で、しかも空まで飛べるとか聞いてない。楽勝ムードだった事態は一転として、敵の有利な危機敵状況となってしまった。



「取引しましょうか、皆様?」



 キキョウをぶら下げたまま、エスタロッテはふてぶてしく笑った。奴め、もしやピンチになったら誰かを人質にしようとしてやがったな……!



「おっと、動かないでください。この子の命が惜しければ、ね」


「うう……ごめん、みんな」



 そういって力なく項垂れるキキョウの首筋に、エスタロッテは機械の手を当てた。どうするつもりかは分からないが、今はとにかく従うしかない。



「分かった! ……分かったから。取引に応じるよ」



 私達が両手をあげて降伏した様子を見せると、奴は満足げに微笑んでみせた。

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