vol.52 化けの皮
「絶対に許さん、貴様ら! この恩知らず共め! 皆殺しにしてやる……!!」
族長は、目を血走らせながら悍ましい声で言った。ヒトの形を保っている時はまだ知的さを感じることができたが、今の彼は最早怪物と形容する以外言い表せないほどに変貌していた。奴はゆらりと足を踏み出し、徐に私が斬り飛ばした腕を拾い上げた。一体どうするつもりなのかと見ていたが。
「があぁ……っ!!!」
なんとそれを自分の腕の切断面にくっつけたではないか。ぐりぐりと肉にねじ込むように、極めて強引な処置をしている。ついにおかしくなったのか? そんなことをしてもくっつくわけ……
「ふうう……! キサマ、ラクに死ねると思うなよ……!」
馬鹿な、嘘だろ!? わきわき、と斬られた右腕を動かしている。なんであんな適当にぐりぐりしただけで腕がくっつくんだよ。人間じゃねーあいつ! いやもう見た目は化け物だけど!!
「はは……勝てるかな、こんなのに」
思わず苦笑してしまう。ゾンビじゃあるまいし、勘弁してほしい。
※
戦っていて、違和感を感じた。その違和感が何かはわからない。だけど、あのエスタロッテとかいう女は何処かおかしかった。
「<炎魔法>、ブレイズ・エッジ!」
私は指先二本に術式を構成し、ナイフのような炎の刃を形成した。ただのナイフとは異なることは、この魔法のナイフはどんなものでも“焼き切る”ものだということ。これは本来<炎魔法>レベル9で使える高等魔法。
「ふうん? 器用なことするのね、アナタ」
「お褒めいただいて光栄だわ?」
そのナイフで相手のことを切り裂いてやろうとしたのだけど、どんな手品を使っているのかエスタロッテは直接その腕で受け止めてしまうのだ。そのメイド服の下にどんな防具を着込めばこんなことが可能になるのかしら……?
「マリン! サポートするわ! <魔法付与>、ウィンドスクロール!!」
攻撃を加えては、その手応えの無さに困惑してしまう。見かねたクレハが私に風の魔法を纏わせてくれた。ヒット・アンド・アウェイ。私の敏捷値を底上げしてくれたことにより、近接戦闘が得意ではない私でもこういった戦い方が可能になる。
「ちょこまかと、うざったいわね! このネコ娘が……ッ!」
理由はわからないが、奴は先程から私のことを“掴もう”としていた。相手の狙いが分かっていれば、それを避けることはそう難しくない。私には<幻影魔法>があるし、クレハちゃんの<魔法付与>で能力が底上げされている。でも、何故なのかしら。コユキちゃん風に言えば、私はかなりの“バフ”を重ねがけしているはず。それなのに、紙一重でしか避けることができないなんて。
「ちっ!!」
「くっ……!」
またエスタロッテの掴み攻撃が身体に触れそうになる。あそこまで拘るということはどう考えても、掴まれたらタダでは済まない何かがあるわね。おそらく一撃必殺の何かを相手は隠し持っている。そのように考えるのが自然だわ。
【マリン! 三秒後にしゃがんで!!】
<念話>でクレハの声が脳内に響く。私はブレイズ・エッジを牽制するように横薙ぎすると、その身を出来る限り低くした。
「何ッ……!」
「<魔法付与>! <水魔法>グレイシャル・ドロップ! 射撃!!」
エスタロッテがその目に捉えたのは、サポートするしか能が無いと思っていたクレハが弓を構える姿。“暗殺の弓”を構え、弓自体に魔法をエンチャントする。氷の魔力を帯びた弓が、エスタロッテに向けて放たれた。狙いは、彼女の心臓。
「無駄よッ……!」
――ではない。心臓を狙えば、あの腕で間違いなくガードする。真の狙いは、あの腕の謎を解くことだった。矢が腕に当たり、ギン! と甲高い音が響く。音が弾けた瞬間、その矢は質量を爆発させた。グレイシャルドロップは、本来氷の塊を相手の頭上から落とす上級魔法である。
それを矢にエンチャントして放つと、インパクトの瞬間に氷の塊が膨らむというわけだ。もしその技を人体に向けて放てば体内で氷が膨張し、はじけ飛ぶ。かなりえげつない技なのだ。
「これは……!!」
エスタロッテの腕で氷の塊が膨張していく。しかし、それは奴のメイド服を破壊するだけに留まってしまったらしい。……だが、それでも十分すぎる収穫があった。
「……全く。厄介な技を使ってきますね」
「嘘……なんてこと」
エスタロッテのメイド服が破れ、その腕がむき出しになる。その腕は、人間のものではなかった。アレはどう見ても、機械。彼女の腕は、機械で出来ていた。対生物であれば簡単に斬ることができるはずのフレイムエッジが通じなかったのも、あらゆる魔法を弾いていたのも、あの機械の腕が答えというわけか。
「それが答えというわけね。このやたらと暑い砂漠で肌を隠すメイド服を着ているのも……それを隠すためだったのね。もしかして、両手両足とも機械なのかしら」
私の推理に観念したように、彼女はロングスカートをたくしあげた。予想通りその両足も、腕と同じように機械で出来ている。彼女は他人を人体実験することでは飽き足らず、ついに自分自身を改造してしまったらしい。
「うーわー……これはちょっと私には理解できそうにないわね」
クレハちゃんがうげー、なんて言いながら顔をしかめている。正直に行って、私も同じ感想なのだけれど。
「フフ……低俗な者共には崇高な私の研究は理解できないのですよ。これらは私の研究の集大成ですからね。それに、答えがわかったところでアナタ達の攻撃は一切通じませんよ。この素材はあらゆる魔力を無効化しますから」
「へぇぇ……それにしては、前に不意打ちで頭を殴り飛ばした時はしっかり気絶していたけれど」
すかさず反撃してあげると、痛いところをつかれたのか露骨に彼女は不機嫌になった。あの反応、完全に図星ね。私は畳み掛けてあげることにした。
「流石に全身を改造するのは無理だったみたいね? 四肢は機械に改造できたけれど、頭と胴体は生身のまま……じゃなきゃ、あの時気絶した理由が説明できないもの」
わざとらしく笑顔を向けてあげると、彼女はギリッと悔しそうに歯噛みをした。狙うべき箇所さえ分かってしまえば、後は詰将棋ね。
「マリン、どうするの?」
「クレハちゃん、私ね。こうみえても戦略系のゲームは得意なのよ」
ニコリと、安心させてあげるように微笑んでみせた。
※
「<近接格闘>裏・廻天手刀!」
アンズが身体を高速回転させ、手刀で商人たちの意識を確実に切り取っていく。私はジャギと戦いながらも、横目でアンズが最後の一人を気絶させたのを確認していた。
残念ながら、この化け物を倒すには私の火力ではどうにもならないらしい。私は奴の攻撃を捌き続けながら、その“瞬間”が来るのを待っていた。
「アンズ! こっちに!!」
「お待たせしました、コユキさん!!」
盾役となった私は、その戦闘スタイルをかなり変化させていた。まず、左腕を巨大なシールドのように<形態変化>、硬質化させる。この硬質化というものは、最大まで強化すると真っ赤に変化してしまう仕様があった。その半透明な見た目は、さながら宝石の盾だ。
族長の出鱈目な攻撃力を正面からまともに受けることは厳しいが、宝石之盾さえあればそれを斜めに受け流すことはそう難しくない。
「ジャギとかいった? あんた、自惚れんのもいい加減にしなよ」
「何だとキサマ……!!」
ガイン! ガイン! と奴の攻撃を弾いていく。
「自分がいないと、クレハ達が生きていけないって? 違うね。アンタが、クレハ達がいないと生きていけないんだ」
「何を馬鹿な……!!」
私に挑発されたことで、奴の攻撃が大振りになる。大振りになった攻撃は、隙も大きくわざわざ受けとめるまでもなかった。身をかわしながら私は言葉を続ける。
「そもそも、ダークエルフは迫害されているから街で生活できない。それ自体を吹き込んだのはアンタだよね。街では種族名が表示されないんだよ? フードでもかぶっていればただの色黒のヒトだし、ダークエルフだなんてバレることはない」
「……!!」
「街で暮らせないのは本当はダークエルフですらない、化け物のアンタだけだった。アンタはクレハ達を騙して利用したんだ! 自分がダークエルフとして生きていくためだけに!!」
「だ……黙れェェェェェエエエ!!!」
奴の怒りが限界を超えたらしく、後先も考えず膨張し切った筋肉で殴りかかってくる。お膳立ては整った!
「後は任せたよ、アンズ!!」
「<近接格闘>、真之型!! 正拳! 輪! 廻! 転!!」
飛び退いた私の後ろで力を溜めていたアンズ。<チャクラ>はその身を回復するだけが効果ではない。余剰して回復した体力・魔力を、攻撃力として変換することができる。タンクがいなかったこれまでのパーティでは使えなかった技。
一文字ずつ足踏みしながら声を出し前進し、美しいとすら思えるほど整った姿勢からその右手に込められた力を一気に開放する。
「掌ー!!!」
アンズは凄まじいスピードで踏み込み、族長の腹部めがけて掌底打ちを叩き込んだ。




