vol.51 檻からの解放
「ッ!?」
エスタロッテに降りかかる、突然の襲撃。彼女の手から離れた鍵と首輪は、綺麗な放物線を描いてくるくると宙を舞った。
ぱしっ!
そして、タイミングよく姿を現したアンズがそれをキャッチする。ナイスだアンズ!!
「あいつは……!!」
エスタロッテは目を見開いて、マリンとアンズを見ていた。彼女が驚くのも無理はない。マリンは、人形の館に来てエスタロッテのことを倒した(と思われている)因縁の相手。そして、アンズはエスタロッテが人体実験のために買おうとしていた奴隷である。
奴が知っている顔が二人も現れたのだ。しかしその表情は、みるみるうちに驚愕から怒りへと変わっていった。怒りの感情が満ち過ぎて、わなわなと震えている始末だ。
「コユキさん! 今開けます!!」
鍵を持ったアンズは檻に近付こうとする。しかし、それを阻む者がいた。それは、ジャギと呼ばれた男。もとい、ダークエルフの族長だった。
「困るな、大事な商品を逃がすような真似は……」
「どいてください!!」
アンズはくるりと相手に背を向ける。いや、背を向けたわけではない。アレはそのまま回転力を増し、勢いをつけて渾身の回し蹴りを放つ動作だ。
「<近接格闘>裏・回し蹴り!!」
レベルが上がって強化されたアンズの蹴りは、最早並大抵の威力ではない。レンガなんて簡単に粉砕してしまうし、分厚い鉄板であっても蹴った足型が残るほどには強烈なものだ。その一撃を受けて相手が無事であることはまず無いと……そう思っていた。
ガシッ!
「……えっ!?」
「中々に手癖、いや足癖が悪い。たかが奴隷がこの私に楯突くとは片腹痛いな」
奴は、いとも容易くそんなアンズの蹴りを掴んでいた。そのまま持ち上げ、アンズがブラブラと逆さまに吊るされる。
「痛っ……!」
族長が力を込めると、ミシミシと掴んだ脛部分の骨が悲鳴を上げた。アンズは激痛に顔を歪めるが、相手の握力が強すぎるためか逃れることができないでいる。奴はアンズを藁でも扱うように軽々と
振り上げると、そのまま力任せに地面に叩きつけた。
「がっ……はっ……!!!」
背中に凄まじい衝撃を受け、アンズはえづいた。呼吸が止まってしまうほどの打撃。なんだあいつの攻撃力!?
「むんっ!」
「あっ……がっ……ああ……!!」
そして、そのまま容赦なくアンズの頭を踏みつける。耐えかねてアンズは悲痛な声をあげた。
「アンズちゃん! ……キャッ!!」
マリンが魔力を溜めながら、アンズを助けるために接近しようとした。しかし、エスタロッテの放った雷の魔法によりそれは叶わなかった。ギリギリのところで身体をそらし、マリンの頬を雷が掠める。
「ジャギ! アイツは私が殺すわ。手出し無用よ!」
「……やれやれ。サポートくらいなら良いだろう?」
相変わらずエスタロッテは返事をしなかった。族長はため息をひとつつくと、アンズを踏みつけたままクレハを見て顎で命令する。
「おい、クレハ。お前もあの魔法使いをやれ」
「……」
しかしクレハは、動かない。ただ拳を握りしめ、ギリギリと歯噛みしている。
「おい、何してる。早くするんだ」
「……私に命令しないで」
これまで沈黙していたクレハは、初めて族長に口答えをした。これまで全くそういった素振りを見せなかった相手からの、予想外の返答に長は面食らった表情を浮かべている。
「貴様、今なんて」
「二度と私に命令するなって言ったのよ、このブタ野郎!!」
クレハが魔法を発動すると、瞬時に族長の天地が逆転した。<風魔法>ウィンドストーム。本来は豪快な竜巻で相手を吹き飛ばす魔法だが、素で術式を組むことが出来るクレハは魔法の大きさや威力を自在に操ることが出来る。
クレハはアンズを巻き込まないように小さく高威力の魔法を放ち、族長だけを吹き飛ばしたわけだ。魔法をもろに受けた長は頭から地面に落下することになった。
「ホラ、立ちなさい! 相手がヒトの形してるからって、手を抜くからそんな目に合うのよ!」
「はぁ、はぁ……申し訳ないです……ぺっぺっ」
クレハに怒られながら助け起こされる。アンズは口に入った砂を血と一緒に吐き出しながら謝罪した。こんな時まで相手を気遣うなんてアンズらしいけど、状況を間違えたな。今回は手を抜いていい相手じゃない。傷を覚えたてのスキル<チャクラ>で癒やしながら立ち上がる。
「アンタもいつまでもボーッとしてないでいい加減出てきなさい!」
クレハは奪うようにアンズから牢の鍵を受け取ると、それを私に投げてよこした。しっかり受け取り、手を回して牢の鍵を開けてやる。ガチャリと金属音が響き、ようやっと、この窮屈な檻から脱出することに私は成功した。
「ふう……ありがとうクレハ、アンズ」
「ふん、当然でしょ」
二人に向けて礼を言う。すると腕を組んでプイとそっぽを向くクレハと、しょんぼりとうなだれるアンズが対称的だった。
「ううう……また足を引っ張っちゃいました」
「そんなことないよ。アンズ、何があってもその鍵だけは離さなかったでしょ」
ニンマリと笑い、アンズの肩をポンと叩く。
「ここから反撃開始だよ」
私は<形態変化>で下半身をバネのように変形させると、思い切り地面を蹴った。出来る限り天高く飛びあがる。高い位置から、<気配感知>を発動。敵の商人たちの位置、マリンとエスタロッテの攻勢、立ち上がろうとしている族長、遠巻きに見ているダークエルフたちを確認する。
【みんな! 戦力的にエスタロッテと族長以外は大したことない! アンズはキキョウを護りながら商人たちを各個撃破! マリンが一人だとしんどそうだからクレハはサポートして! 私は――】
跳躍の高さが頂点を迎え、落下が始まる。
【族長をやる!!】
私が指示を出すや否や、各々が弾かれるように動き出した。落下の勢いを利用し、族長に向かって真っ直ぐ突撃する。
「調子に……乗るなぁ!! クズどもがぁああ!!!」
やつに殴りかかる直前。私は禍々しいオーラのような、嫌な気配を感じた。だが重力で加速した勢いを今更止めることは出来ない。それならばせめてと、殴りかかるのを中止し、全身を硬質化して衝撃に備える。
ズオッ!!!
次の瞬間。族長の見た目が、突如として変貌した。筋肉が異常なまでに膨張し、身体のサイズが2倍ほどになる。肌の色も、ダークエルフの褐色から怪物のようにドス黒く。その姿は、まぎれもない怪物。族長は、ダークエルフなんかじゃ……無かった。
奴が振りかぶる。あ、やっべ、これドンピシャでぶち当てられるやつだ。あんなに出鱈目に膨張した筋肉で殴りかかるつもり? それ、流石に……死……ッ!
「<風魔法>ウィンドショット!!」
「ぶっ!?」
ギリギリで何者かの魔法が私に当たり、私自身の軌道が変わる。奴のえげつない打撃が顔のすぐ脇を掠めた。い……今! やるなら……今!!
「<形態変化>! アーム・サーベルッ!!」
私は自身の腕を巨大な剣へと変化させた。スキルが進化したことでその切れ味は、最早その辺の武器では比較にならないほどになっている。勢い良く空振りし伸び切った族長の腕をめがけて、私は思い切り剣を振り下ろした。
ドッ!!!
確かな手応え。私の一撃により、その腕は宙を舞った。ドサッと砂の上に切り落とされた腕が落ちる。どくどくと、どす黒い紫色の血が滴った。
「……!!」
隻腕となった族長は呆然と自らの身体だった部分を見つめている。信じられないという顔で、茫然自失としてただそこに佇んでいた。
「あ、危なかった」
「ぬ……が……!! キサマ……!!」
族長の顔が苦痛と憤怒の混じった凄まじい表情へと変化していく。しかし、その視線は私に向けられたものではなかった。その視線を追って地面に着地した私が振り返ると、こちらに手をかざしていた者と目が合う。そこには、キキョウがいた。あの風魔法はキキョウが放ったものだったのか。
「何故だ……クレハもキキョウも私を裏切るというのか……!! ダークエルフの集落は私がいないと成り立たないのだ……! 私がいないと……お前らは生きていけないというのに……この恩知らず共め……!!」
「……」
キキョウは、気まずそうに目を背ける。その表情は、どこか悲しそうに見えた。




