vol.50 開戦
リザードマン達により、えっほえっほと私を乗せた牢屋が運ばれていく。外に出て開けた場所に来た途端、私は商人集団の情報をその目で確かめることが出来た。
アンズの言った通り、敵は目視できるだけで6人ほど。竜車が2台あり、それぞれに二足歩行の恐竜のような、馬よりも一回り大きい魔物が繋がれていた。アレが竜車かぁ。馬と比べて乗り心地はどうなんだろう。思ったよりもヒトに懐いているようで、商人と思われる一人に撫でられて気持ちよさそうに喉を鳴らしている。
「エスタロッテさん、ここでよろしいですか」
牢を運んでいたリザードマンの一人が声をかける。聞き覚えのある名前に視線を動かすと、そこにはいつか対峙したメイドの姿があった。暑い砂漠だというのに、漆黒のロングスカートなメイド服に身を包み涼しい顔をしている。彼女は声をかけられたはずなのに、返事もせず並べられた商品を品定めしているようだった。
エスタロッテの返事がなかったことを肯定と理解したリザードマンは牢を降ろすと、そそくさと退散していく。不自然さが出ないよう、マリンもそれに合わせて一旦引き下がることにしたようだ。
【何かあったらすぐ加勢するからね】
離れながら<念話>でマリンが話しかけてきた。スキルを封じられている今返事はできないが、その言葉だけで十分だ。チャンスが来ればすぐに動き出しこいつらを拘束してやる。とにかく奴らの動向を観察しよう。
「ハァ……ジャギ。今回は随分、品物の質が低くありませんか?」
わざとらしいため息をつきながらエスタロッテは言い放った。彼女が視線を向けた先には、ダークエルフの族長、キキョウ、そしてクレハの姿があった。誰もがその余りあるふてぶてしさに“ピキッ”と来てしまいそうだが、族長だけは余裕のある表情で腕を組んでいる。
「おやおや。貴殿ともあろう方が……随分と見くびられたものだな。あと、その名前で呼ぶのは金輪際ご遠慮願いたいものだ」
あいつ、“ジャギ”って名前だったんだな。あんまり本名で呼ばれることは好まないみたいだけど。相手を煽るようにフフン、なんて言って笑っているし。これは余裕の現れなのか、それともカマかけなのか。ちょっと面白いから見守ってやろう。
「そうでしょうか。例えば、この壺」
エスタロッテは並べられた品の中から適当に一つを選び持ち上げた。
「さぞ価値のある骨董品のような見た目をしておりますが……魔粒子の力を全く感じませんね。本当にレアアイテムなのか怪しいものです」
エスタロッテはそう言いながら蓋をとり、くるくると壺を回している。それを聞いてジャギと呼ばれた男、もとい族長はやれやれと肩をすくめた。
「“魔粒子”だけに拘っているようでは、一級品を見分けるのは難しい。その壺は封印の壺と呼ばれるもので、こいつには一切の魔力を受け付けない効果があってな。壺の中に魔法を打ち込むと……まぁ百聞は一見に如かずだ。クレハ、やれ」
族長はクレハに顎で指図した。クレハは不満そうにしながらも、その壺に向けて炎魔法を放ってみせる。
「<炎魔法>ファイア・ボール!」
手のひらから出た火球が壺の中に吸い込まれる。魔法が壺に入った瞬間、族長はすぐに蓋をしめた。……何も起こらない。エスタロッテは怪訝な顔をした。
「……それで? 魔法の効果を打ち消すレア・アイテムなど然程珍しいものでもないと思いますが」
「まぁまぁ、そう焦るな」
彼は壺の口を天へと向けると、その蓋を取っ払う。すると、ボッ! という音と共に天高く先程のファイア・ボールが打ち上げられた。
「……これは」
「驚いたか? この壺は魔法の効果を打ち消すわけではなく、壺の材質が一切“魔法の影響を受けない”のだ。すなわち、この壺に魔法を閉じ込めれば蓋を開けるまで保存ができる。これがどういうことを意味するか、頭の良い貴殿なら分かるだろう」
魔法の保存。ちょっとこれは凄いことだな。もしこの素材が量産されれば、誰しもが魔法を放つことができるわけだ。……保存ができるということは、魔法自体を売り物にすることもできるかもしれない。その入れ物が銃、魔法自体が弾のように扱うことができれば。考えれば考える程、応用が効く素材だ。
これにはエスタロッテも関心したようで、先ほどとは目の色を変えて壺のことを観察している。
「……これに関しては訂正せざるを得ないようです。中々良い商品のようですね」
さっきまで偉そうにしてたくせに、手のひら返しやがって。こんな態度の相手にゴマをすっているのも、族長にとって彼女が客であるからなんだろう。しかし、あの壺は危険だな。持つべきではない者がアレを手に入れてしまったら絶対に悪用される。私にはエスタロッテがアレをどういう目的で使用するか目に見えていた。
「何が良い商品なんだか。戦争の道具にでも使うつもり?」
「……なんですか、この人間は」
牢屋の中から声をかけてやる。不意に聞こえてきた声に彼女は冷ややかな視線を向けた。ゴミでも見るかのような表情で私をみたあと、族長に向き直って質問を投げかけている。
「すまんな、昨日捉えたばかりで教育ができていないものでね。……一応こいつも商品だ。奴隷として渡す予定の、ね」
スキルが使えなくなっているのに、奴らが私のことをモンスターと見破ることができていない。マリンの<幻惑魔法>の効果だろうな。
「へぇ……籠の中の鳥のくせに生意気ですね。まぁ、そういう輩の方が躾ける甲斐があるというものです。このように」
エスタロッテが私に向かって手をかざす。
「<風魔法>ネオ・ライトニング」
指先からパチッ、と軽く弾けるような音がしたかと思うと、次の瞬間。極太の電撃が私に向かって放たれていた。スキルもなく、檻に閉じ込められて避けることもできない私に電撃が直撃する。
「が……ッ!!」
バチバチバチ! と雷撃によって全身が痺れ、身体がビクビクと痙攣する。い、いきなりなんてことしやがるんだこの女。ギロリと睨んでやるが、やつは一切怯むこともなく妖しく微笑んだ。
「あの反抗的な目……気に入りましたわ。牢の鍵をもらえますか? この奴隷も買いましょう」
おうおう、勝手に商品にされて勝手に購入されちゃったよ。族長が満足したように懐から鍵と首輪を取り出してるし。……あっ、アレこそがこの牢屋の鍵じゃないか! それに、アンズについている外せない首輪まで!
あの首輪をつけられたが最期、絶対に抵抗できない拷問環境が完成してしまうわけだ。鍵と首輪を受け取ったエスタロッテは、うっとりしてそれらを見つめている。こいつ、絶対変態だ。こんなやつに良いようにされてたまるか。
【コユキさん、聞こえますか? 今なら鍵を奪えますが……】
その時、怒りの感情が混じったような声色でアンズの<念話>が脳内に響く。私が痛めつけられたことで頭に血が登ったのか、今にも暴走してしまいそうだ。まだだ、まだだよアンズ。もう少し様子を……。
【何を流暢なことを言っているの? アンズちゃん。もう、待たなくて良いわよ】
えっ。今の声、マリンだよな。キョロキョロと周囲を見渡すと、遠くから魔力を溜めているマリンの姿が目に入った。ちょっと、何をやらかすつもりですか。
【ああもう、アンタら……そうこなくっちゃね!!】
呆れたようにクレハもため息をついた。キキョウに耳打ちすると、彼女は慌てて場を離れていく。ああ、これは開戦の合図だな。誰よりも怒っていたのはマリンだったか。彼女は普段冷静な分、怒らせてしまうと誰にも止められない。何より、めちゃめちゃ怖いのだ。
「後悔しないことだね……」
「は? 何を言っているのかしら」
少しでも気をそらすためにエスタロッテに話しかけてやる。彼女には負け犬が吠えているようにしか聞こえないのだろう。勝ち誇ったようにニヤニヤしている。そして、それは族長も一緒だった。完全に油断していやがるな。
「お手元にご注意ください?」
私の言葉を合図としたように、マリンはその手を銃のように構え、指先から極限まで圧縮された熱線を放つ。
「<炎魔法>、フレイム・レーザー!!!」
文字通りレーザーのように放たれた魔法はバシッ!! と快音を響かせて、的確に鍵と首輪を持ったエスタロッテの手を弾き飛ばした。




