vol.49 黒薔薇
「ええと、改めまして……はじめまして皆さん。私はキキョウと言うの。クレハと同じダークエルフで……私は戦闘が得意ではないので、事務的な仕事を主に担当しているわ」
ぺこり、とキキョウさんは丁寧に挨拶をしてくれた。つられるように、マリン達も頭を下げて自己紹介している。なんか私だけ檻の中で、文字通り蚊帳の外な気分。
「ええと、キキョウさん」
「キキョウで良いわよ?」
「じゃあ、キキョウ。あのさ、このままだと私どうなっちゃう?」
単刀直入に尋ねる。キキョウは言いづらそうに言葉を選ぼうとしていたが、観念したように複雑な表情をして話し始めた。
「……実は、この集落では違法で取引している商人がいてね。レアアイテムから、奴隷の人身売買まで幅広くやりとりしているのだけど……。この檻自体が、その奴隷をやりとりするための檻なの。彼等は定期的にこの集落にやってくるわ。よりによってその日は明日なの」
明日か。いやまぁ、かえって都合が良いというものだな。
「違法商人集団ねぇ……名前とかは分かるかしら?」
マリンがキキョウに尋ねる。彼女は思い出すように人差し指を口元にあてた。
「確か、商人集団の一人が“黒薔薇団”って名乗っていたわ。妙に偉そうな女の人だったわね」
「黒薔薇団ですか。女の人の特徴は分かりますか?」
今度はアンズに尋ねられて、キキョウがまた考え込んでいる。しかしその質問にはクレハが答えた。
「砂漠の中だったというのに、真っ黒なメイド服だったわ。暑苦しそうな服装なのに汗一つかかず涼しそうな顔をしてね。私はたまたま見かけただけだけど、やたら周囲から浮いていたから妙に印象に残っているわ」
妙に偉そうな女。真っ黒なメイド服。……まさか。私の中に一つの疑念が浮かぶ。そしてそれは、マリンも同じようだった。
「コユキちゃん、もしかしてそいつ」
「マリンも? ……やっぱり、偶然じゃないのかな」
以前人形の館にいたメイド。奴隷を人体実験していた真の黒幕。そいつは、エスタロッテ・ブラックローズとか名乗っていた。黒薔薇団という名前からしても、偶然の一致とは考えにくい。まんまなネーミングセンスしやがって。今度こそはただじゃおかねぇ。
「どうしたのよアンタ達。その女に何か思い当たることがあるの?」
クレハが怪訝な顔で話す。私はマリンと顔を見合わせた。
「ウエストウッドの街で、ちょっと一悶着あってね。一度はやっつけたと思ったんだけど、その時は逃げられちゃって。まさか再会することになるとは思わなかったよ」
人体実験だけでなく、違法な取引までしていて。しかもその商人集団のボスときたもんだ。あいつがレアアイテムである“黒雷石”を持っていたのも、こういう流通ルートがあったと考えれば納得がいく。
「ちなみに、その商人集団が来る時間帯は分かる?」
「いつもお昼前には来るわ。竜車を引いてね、数は全部で6人くらいだったはず」
「竜車?」
キキョウの説明に、聞き慣れない単語が出てきたことに引っかかる。
「馬車みたいなものよ。馬の代わりに小型の竜に引かせるから、竜車」
すると、クレハが代わりに答えてくれた。竜車かぁ、ファンタジーしてて良いなぁ。一回くらい乗ってみたい。……しかし、奴らが来るのは昼ぐらいか。一晩ここで明かして、勝負はその時だな。縛られたまんまで何も食べないの、つらそうだなぁ……。
そんな風に今夜のことを心配する私を他所に、マリンは考える仕草をしながらキキョウに尋ねた。
「それは確かな情報なのね?」
「私は立場上、直接商品をやりとりして記録しないといけないから……確実だと思うわ」
「じゃあ、今晩私は見張りの代わりにここで過ごすことにしましょう」
決めた、とばかりにポンと手を打ってマリンが唐突に提案する。その様子をみてキキョウは焦ったように言った。
「えっ、その……他の見張りが様子を見に来たりしたらバレちゃうんじゃあ」
彼女は心配そうにしているが、マリンはニヤリと微笑むと<变化>でその姿を変える。彼女の姿が消えた代わりに……そこには、倒れているリザードマンと瓜二つの姿があった。
「これで文句ないでしょ?」
「……声以外はね」
見た目はバッチリなんだけど、ちょっと声が可愛すぎる。クレハに冷静な指摘をされたマリンは、慌てて低い声で話す練習を始めた。
「じゃあ、マリンはここで一晩過ごすとして。明日に備えてクレハとキキョウはテントで休むんだよね?」
「そうね、私とキキョウは同じテントだし。まず他の人は入ってこないからアンズも来る?」
「えっ、良いんですか!」
アンズは自分はどうすべきか決めかねているようだった。クレハに提案されて、喜んでうなずいている。
「ところで、この気絶したリザードマンはどうするの?」
「縛って、どこかに隠しておけば良いんじゃない。ほとぼりが冷めたら開放してあげるとしてさ」
慣れとは怖いもので、このリザードマンに中々ヒドい仕打ちをしているはずなのに誰も反対しなかった。ま、まぁ殺したりするわけでもないし。リザードマンを運ぶ役はアンズが買って出てくれた。レベルも上がってアンズの筋力はもはやパーティ内一だ。見た目は細腕に見えても、リザードマン一匹を運ぶくらいは訳ないだろう。
「悪いねアンズ」
「いえいえ、これくらい! 私も何か役に立てることが嬉しいので!」
角材を持ち上げるように片手でリザードマンを担ぎながらアンズは言った。おおう、たくましいな。大工さんかよ。
「周りに人がいないか見てくるわ」
アンズとキキョウが先にテントの外に出て偵察をしてくるらしい。マリンの<幻惑魔法>がある上に、日も沈みかなり暗いのでバレてしまう危険性は低いが念には念だ。しばらく待って、クレハが合図をするとアンズも出ていった。勝負は、明日。鬼が出るか蛇が出るか、気合を入れないとな。
※
結局、夜中は特に何かが起こることもなく、気がつけば陽が登っていた。私もいつの間にか眠ってしまっていたらしい。こんな硬い床でも案外眠れるもんだな。身体のあちこちが痛……くない。大分人間らしい形に近づいたとはいえ、形を変えてるだけだもんな。本質はスライムのままということか。
「あ、起きた?」
リザードマンに扮したマリンが声をかけてくる。そこで、私は一つ違和感を覚えた。
「えっ、一晩中その姿だったの? MPは大丈夫?」
「ああ、それがね。進化したことで<变化>の仕様が変わったのよ。前は变化している間はずっとMPが減少していったけれど、今は変化する瞬間のみMPを使うみたい。一度変化しちゃえば固定化できるみたいね」
その証拠に、マリンのステータスを見てもMPは全く減っていなかった。变化の消費を<MP自動回復>で十分過ぎるくらい賄えるようになったわけか。彼女の唯一の欠点だった燃費の悪さもこれで改善されたわけだな。
【聞こえますか? コユキさん、マリンさん】
その時、アンズから<念話>が入る。テントの外から話しかけているんだろう。
【聞こえてる。どうしたの?】
【商人の集団らしい奴らが到着したみたいです。人数は多分6、7人。キキョウさんの言ったとおり、竜車で来ています。竜車は二台ですね】
おそらく彼らが、族長とレアアイテム及び奴隷をやり取りするはずである。待っていればかならずその機会は訪れる。……そして、多分あいつもいるはずだ。エスタロッテ・ブラックローズ。狂った理論で人体実験をしていた女。
あんな奴をのさばらせておくわけにはいかない。マリンも同意見のようで、槍を持つ手の力がこもっているようだった。
【あっ、リザードマン達がコユキさん達のテントに入ろうとしています。気をつけて】
アンズが言って間もなく、テントの入口が開きリザードマンが三人入ってきた。ジロリと私のことを一瞥し、次いでマリンの方を見る。
「見張り、ご苦労だった。牢屋を運ぶからお前も手を貸せ」
マリンは無言で彼等に従った。「せーの」と息を合わせ、牢屋が持ち上がる。……ところで、マリンは見た目だけは屈強な男になっているが、筋力のステータスは低いままだ。<变化>で変化するのは見た目だけ。運ばれながら彼女の様子をチラッと見ると、大分つらそうにしていた。
【だ、大丈夫、マリン?】
【なんとか……あら? なんだか軽くなったような……】
先程まで歯を食いしばっていたマリンが、急に楽そうになる。きっと“身隠しの布”を纏ったアンズの仕業だろう。




