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vol.47 ダークエルフの集落

「クレハ、ただいま戻ったわ」



 集落の入り口に着くや否や、クレハはまるで軍隊でも彷彿させるかのような敬礼をして声をかけた。門番らしきリザードマンは一礼したのちに、ロープで縛られている私を見て怪訝な顔をしている。



「……帰りが随分遅かったですね。そいつは?」


「集落の周辺で迷っていた人間よ。命だけは助けることを条件に、ここで働いてもらうことにしたの。護衛として私についていたリザードマン達、モンスターに襲われて死んじゃったから。……この子、腕は立つから何かと役に立つはずよ」



 リザードマンは説明を受けると、「ふうむ」と私の足先から頭のてっぺんまで、舐め回すように視線を送った。ジロジロ見てるんじゃないよ気持ち悪いな。



「種族、人間ヒューマンと。嘘はないようですね……クレハ様、今度はしっかり管理してくださいよ? あまり一緒に行動する者を失っているようでは私達がどやされるので……」


「ふん、今度は上手くやるわよ。とにかく長に報告があるから通してくれる?」



 クレハがそう言うと、門番は不服そうにしながらも素直に道を空けてくれた。口ぶりから察するに、クレハはダークエルフの集落でそこそこの地位を持っているのだろうか? リザードマンはダークエルフの奴隷的な立場にあるというけど。



【フフ……クレハ様ねぇ】


【うるさい! 黙って歩く!】



 <念話>でクレハにちょっかいをかけつつ、私達は集落へに侵入に成功した。マリンのかけてくれた<幻惑魔法>が役に立ったな。ステータス表示をごまかす新魔法。これがあれば名前表示などを盗み見られてもバレることはない。



 集落は、丸みを帯びた大きなテントのような建物が点々と建っているキャンプのようだった。砂漠の夜は冷え込むからか、あちこちで焚き火をしている。火を焚くのはモンスターを寄せ付けないようにする効果もあるんだろうな。ロープで繋がれている私を見るダークエルフ達の目は、警戒心が丸出しであるようだけれど。



 そのダークエルフ達は、どの人もクレハと同様に濃い褐色肌で耳が尖り、スラッとしていた。……貧乳なのはクレハのステータス、と。



【なんか言った?】


【な、なにも?】



 心の声が漏れていたわけでもないだろうに、クレハがジロリと私を睨む。そ、そんなに怖い顔をしなくても良いじゃない。クレハはクレハで可愛いと思うよ、うん。



「クレハ、ああよかった! 帰ってこないから心配したのよ」



 そんな時、ダークエルフの一人が駆け寄ってきた。長い髪を揺らしながら私達の元まで来ると、彼女は優しく微笑んだ。年齢は私達より少し上くらいだろうか? 上品で清楚な見た目ながらも、出すとこは出している服装に健全な男子ならドギマギしてしまいそうなヒトだな。まぁその服装は砂漠の厳しい暑さに対応するためなんだろうけど。



「キキョウ! 元気そうね」


「私は全然……あら? そちらのヒトは?」



 この子はキキョウさんっていうんだな。ロープで縛られている私を見てクレハに尋ねている。まぁ当然だな、普通なら何事かと思うもんな。



「え、えーっと。そう、私の新しい部下というか……。集落の近くで行き倒れているのを見つけてね」


「ど、どうも」



 一応、クレハに合わせて頭を下げておく。私がお辞儀するのに合わせてキキョウも「これはご丁寧に」と頭を下げた。あっ、この人アレだ。天然だ。



「良い人そうじゃない。クレハ、おさに挨拶したらちゃんと縄をほどいてあげるのよ。このままじゃ可哀想だもの」


「そうね……そうしたいところだけど、長が許可したらね」



 クレハが長のことを話した途端、キキョウの顔が曇った。表情から察するに、長のことをよく思っていないのだろう。……というか。先にクレハから話を聞いていた限り、この集落で長のことをよく思っている人なんていないんだろうな。



「とにかく、長に報告しなきゃいけないから……またあとでね、キキョウ」


「ええ。気をつけてねクレハ」



 え? 族長に報告するだけだよな。“気をつけて”ってどういうことだろう……。クレハに尋ねようと思ったが、彼女の顔はいつになく真剣で強張っていた。長に報告するという行為は、どうやらあまり良いものではないらしい。何かしら酷い目に合う可能性も考えていたほうが良いな。







「失礼します」



 クレハと私は、族長のいるテントに入ってきていた。周りのテントよりも一際サイズが大きく装飾も豪華で、ひと目で偉いやつがいると分かる建物だ。集落のボスたる示しなんだろうけど、こういう場所では権力のわかり易さってのが大事なのかな。



 “そいつ”は、私達に背を向けながらテーブルに向かって酒を楽しんでいるようだった。クレハが挨拶をしても振り返ることすらせず、ワイングラスを傾けている。ハッキリ言って、感じが悪い。



「……クレハか。お前につけたリザードマン奴隷だが、三人とも失ったようだな」



 集落に来てほぼ真っ直ぐ来たと言うのに、随分と情報が速い。奴隷が死んだ時点で、主たるこいつは把握できるようになっているのかな。そういえば、奴隷商のシステムもそんなんだったっけ……。



「も、申し訳ありません。ですが」


「聞き苦しい言い訳は良い。成果を述べてみせろ」



 あの気丈なクレハが、長に低い声でピシャリと言われただけで黙ってしまった。ひどく緊張しているのか、冷や汗をかいている。私はクレハの背中を軽く叩いた。ハッとして彼女が振り返る。今は、一人でアイツの相手をしているわけではない。



「……ドコドコ砂漠の地下にて。遺跡を見つけて、遺跡奥のモンスターを倒しました。おそらく換金アイテムですが、相当な価値にはなると思います」



 そう言うと、彼女は“黄金の塊”を足元に置く。ボーリング球大の黄金。現実なら、これだけでしばらく食べていくのに困らなさそうな価値がありそうだけど。その報告を聞いて、長はしばらく無言でワイングラスを揺らしていた。



「……一人でか?」


「えっ?」



 ぼそりと族長が呟いた言葉に、クレハが聞き返すように声をあげる。



「遺跡の奥のモンスターと言ったな。それらは、いずれも強力だ。お前ごときが一人で倒したというのは考えにくい。……どこの誰と倒し、そいつらは何処にいる」



 ふうん。伊達に一族の長をはっているわけじゃなさそうだな。こいつ、そこそこ頭が回る。やっぱりクレハを一人で行かせなくてよかったな。



「え、と。それは……」


「私です」



 言い淀むクレハを制し、私が話す。クレハ以外の声が聞こえたことで、ようやく長は振り返った。その顔を見て、私は思わず絶句してしまった。ダークエルフ特有の色黒な肌と尖った耳。それはまだ良い。しかし、彼の顔は半分が“無かった”。



 いや、正しくは無いというわけではない。そこには顔があったんだろう。原因は不明だが、痛々しい傷跡で顔半分が削れてしまっているのだ。彼は、見ているだけで具合が悪くなってくる顔をしていた。クレハ達が萎縮してしまうのも無理はない、そんな迫力が彼にはあった。



「誰だお前は」


「私は、コユキと言います。遺跡の中でクレハ様に助けられた者です。デザートアントの群れに襲われて、一時的に協力関係に。遺跡奥のモンスターを倒す際、お互いに仲間を失ってしまい……帰り道を示すアイテムを無くしてしまいました。砂漠を抜け出すことは困難であった為、クレハ様の配下として集落に来た次第です」



 見た目の怖さに気圧されている場合ではない。こんなやつより怖いモンスターなんて腐るほど見てきた。今更ビビることもないと、私は面と向かって奴に言い放った。クレハがギョッとしていたが、やりとりを見て任せてくれる気になったのだろう。静かに見守ってくれている。



「つまり、お前は自ら進んでクレハの配下についたと?」


「遺跡での戦いを切り抜けるのは非常に困難でした。クレハ様の強力が無ければ命を落としていたと思います。……恩人に忠誠を誓うのは、そんなにおかしなことでしょうか?」



 族長は明らかに私を怪しんでいる。ここで少しでも動揺する素振りを見せたら、頭の良いこいつにはきっと見破られてしまうだろう。私はあくまで堂々と、真っ直ぐに相手を見ることに徹した。



「……フン。コユキと言ったか。確かに、筋は通っているな」



 ニヤリと、奴はふてぶてしく笑った。なんだ、こいつの余裕は。嫌な予感がする。



「だが、迂闊だ。お前のようなキレ者が、コイツの配下にあっさりと下るのは些か考えにくいのだよ。貴様は、頭が回り過ぎる。この集落に置いておくのは危険過ぎると、ワシの勘が言っておる」



 すると、後ろ側に気配を感じた。屈強なリザードマン達が、クレハから私が繋がれているロープを奪い取る。彼女が何か言う間もなく、長は言った。



「クレハ、お前がコイツと行動を共にするのは許さん。……おい! こいつを牢に閉じ込めておけ!」

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