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vol.40 遺跡の奥へ

「……という感じね。自分自身の魔力で、空気中の魔粒子を媒介として術式を組んでいくイメージよ」


「うーん、なかなか難しいわねぇ」



 遺跡を進みながら、相変わらずクレハとマリンはあーでもないこーでもないと魔法の仕組みについて話していた。マリンは口では難しいと言いつつも飲み込みがかなり早く、簡単な術式なら既に発動できるようになっていた。



「いきなりそれだけ術式を組めるだけでも大したものよ」



 クレハが珍しく素直に相手を褒め、笑みを浮かべている。なんだかんだこの二人は相性が良いのかもなぁ。褒められたマリンは嬉しそうに「やった」と小さくガッツポーズをした。



「クレハさんもマリンさんも凄いですねぇ……私にはとても理解できそうにないです」


「いや本当にね。魔法メインにしなくて良かったよ」



 そんな中、小難しい話にアンズは途中から理解することを諦めたようで。二人のやりとりを感心しながら見守っていた。……そういう私も、半分くらいしか理解できてないんだけど。アンズに同調するように呟く私に、少し呆れたようにクレハが視線を送る。



「あのね、他人事みたいに言ってるけど。アンタら物理メイン組にも関係ない話じゃないのよ?」


「えっ、そうなんですか!?」



 予想外の発言にアンズが素っ頓狂な声をあげた。えっ、そうなの聞いてない。クレハはどういう理屈でものを言っているのだろうか。私達の反応に勝ち誇ったかのように「フフン」と得意げに笑うと、彼女はまた説明を始めた。



「そもそも、スキルというもの自体がこの“術式”を組む作業をオートでやってるみたいなものだから。例えば……アンズ。アンタがさっき使ってた<近接格闘>の技も、頭で考えず身体が勝手に動いて発動する感じでしょう?」


「そういえば……」



 アンズは右手を開いたり閉じたりしながら、思い返すように呟いた。



「だからその動きがスキルってだけで、ただのパンチやキックに見える行動にもMPを消費するのよ。直接魔力を放出してるわけじゃないから、消費は少ないけどね」



 私の<酸攻撃>などに関しても同様の理屈ってわけか。なるほどなぁ。ゲームでは特技もMPを消費したりする仕様はよくあるけど、うまいことできてるものだと感心してしまう。



「もっとも身体を動かすことに魔力の補助を使ってるだけだから、術式を組むよりはオートの方が良いのは確かよ。体術は速さが命だし、物理系のスキルについてはレベルを上げることが重要なのは間違いないわね」


「ふむふむ……。つまり物理系のスキルについては取っちゃって間違いないってことですかね?」



 アンズが確認するようにクレハに尋ねた。



「まぁそういうことだけど、あくまでスキルの理屈がそういうものってことは覚えておくと良いわ。自分で考えて同様の動きを出来るようになれば、理論上は消費MP無しで体術系の技を使えることにもなるから」



 その返事を聞いて、アンズはホッとしている様子だった。取得したスキルが無駄だなんて分かったら困るもんね。クレハの話はスキルについて非常に勉強になるものだったが、アンズにとっては少し難しかったらしい。万が一物理系スキルまで考えて使わないといけないとなると、脳筋なアンズには厳しい話だっただろうな。



「魔法系スキルについては無駄になっちゃったかしらね? わたし、結構スキルレベルを上げちゃったのだけど」



 その一方で、マリンが心配そうに質問を投げかける。そう、それも気になるところだ。



「うーん、魔法系についても無駄ってことは全然無いわよ? 術式をオートで組める分、発動は当然早いし不発に終わることもないもの。安定をとるならスキルは取るべきね。術式を組んでいる途中で攻撃されて不発、ってことにはならないから」


「そう聞くと、あながちスキルをとることはポイント以外にデメリットがないようにも思えるけど?」


「スキルを取らず術式を組む何よりのメリットは、仮にステータスを覗き見られたとしても相手の予想しない攻撃を繰り出せることね。こと対人戦においては何よりの武器だと思うわよ」



 腕組みして考えながらクレハが答えた。確かにそうだ。<STステータス閲覧>でスキルを見られたとして、スキル一覧にない強烈な一撃をお見舞いすることが出来れば、それは相手にとって致命傷となる。術式を組むのに練習が必要とはいえ、慣れてしまえば大きな武器となることは間違いないわけだ。



「逆に言えば魔法の発動は少し遅れるから、時間を稼いで貰わないといけないわね。だからこそ前衛組の働きは今後も重要になるわよ」


「わ、分かりました! 後衛のマリンさんとクレハさんには指一本触れさせないように努力しますね……!」



 チラリとクレハがアンズの方を見ると、「フンス」と鼻息を荒くして彼女は答えた。



「気合が入るのは良いことなんだけど、一人で背負い込んだら駄目だよ? 私もいるんだから」



 私はアンズに忠告するように言い、笑った。照れくさそうにアンズは頭をかいている。……おや、そんなことを言っている間にまた<気配感知>に反応があるな。



「階段を降りきった先、多分モンスターがいる。三体くらいまとめているから注意ね!」



 三人が了解したことを確認し、私達は慎重に歩みを進めていった。







 遺跡の地下に入り込むほど、そのモンスター達は特徴的な見た目になっていった。最初でこそ、砂漠地表で見かけるようなサソリやら蟻やらのモンスターばかりだったのが、今ではレンガのような塊のモンスター(ミニ・ゴーレムというらしい)だったりミイラ男のようなモンスターだったりで、しかも一匹一匹がかなり強い。



 体力が高いだけでなく、嫌に打たれ強いので物理組はどうしても苦戦を強いられてしまう。ここでは前衛の私とクレハが足止めをして、魔法組に一気にトドメをさしてもらうのがテンプレになりそうだな。ただクレハがパーティに入ったことでバフもかけて貰えることだし、いくら相手が固くてもボコボコにされるってこともないんだけどね。



 例の蟻のように、相手が数の暴力で攻めてくるわけでもなく。レベルがあがり、ステータスが成長した私達は順調に遺跡を進むことができていた。



 そうして進んでいくことしばらく。迷いつつも確実に進んでいった私達がたどり着いたのは、やたらと大きな部屋だった。これまでの狭い通路とは打って変わって天井は高く、一瞬ここが地下の空間であることを忘れてしまうほどに広い。



「ねぇ、コユキちゃん。何かしら、アレ」



 部屋の広さに呆気にとられていると、マリンが部屋の奥を指さして言った。大部屋の奥には、透き通った水の泉が静かに存在していた。その透き通るような泉の美しさに目を奪われてしまう。アレはただの泉ではないなと、そう思わせる不思議な何かがそこにあるような気がした。



「……とりあえず行ってみようか」



 仲間に振り返り、そう提案して部屋に足を踏み入れた瞬間だった。突如として後方からズシンという大きな音が響く。見ると、どうやら退路が絶たれた音のようだった。しっかりと通路が閉じてしまっている。おいマジかよ。この展開、よく見るやつじゃん。



――シンニュウシャ ヲ ハッケン シマシタ。



――コレヨリ シンニュウシャ ヲ ハイジョ イタシマス。



「……随分と素敵なアナウンスね」



 マリンが皮肉を交えて呟いた。考える間もなく、目の前の空間がぐにゃりと歪んでいく。何かがここの転送されようとしてきている。明らかに“ヤバイ”何か。



「戦闘配置について!!」


「とっくについてるわよ!!」



 危機的状況に指示を出す私に、クレハが対抗するように叫んだ。眼の前にズシンと出現したのは、レンガのような身体でできた魔法生物だった。その見た目は、通路で倒したミニゴーレムとよく似ている。大きく違うのはその巨大なサイズと、身体のレンガが黄金に輝いていること。そして。



スカーモンスター……!!」



 その胸の部分は古傷のように抉れていた。傷持ちモンスターは強者の証。それは即ち、いつかの銀狼のように一筋縄ではいかない相手であることをありありと表していた。



 その巨大なゴーレムの目が怪しく光り、私達を排除すべきターゲットとして認識する。凄まじい圧力にたじろいでしまいそうになるが、元より逃げ道は封鎖されている。生き残るためには、このデカブツをなんとかして倒すしか無い。



「ハイジョ シマス」



 戦慄する私達とは対称的に、無機質な音声と共にそのゴーレムは動き出した。排除シマスじゃないよ! 排除されるのはそっちだ。覚悟しなよデカブツめ!

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