vol.38 私達の関係
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!」
訳が分からず思わず大声を出してしまう。何だって!? 今、緑山高校って言ったよな!?
「なんでクレハがその名前を知ってるの!?」
「……ということは、コユキも知ってるのね。ちなみに、マリンとアンズは?」
狼狽する私を他所に、クレハは私からマリンとアンズの方へ視線を移す。転生前の記憶のないアンズは首を傾げていたが、マリンは少しだけたじろいだ後、ゆっくりと頷いた。マジかよ。
「……アンタ達の名前、やっぱり偶然じゃなかったのね」
「ど、どういうこと?」
クレハは小さくため息をつく。そして、まず私の方を真っ直ぐ見つめた。
「石本 小雪さん」
「えっ」
次に、マリン。
「夏目 真凛さん」
「ッ!」
そして、アンズまで。
「日向 杏さん」
「えぇっ!」
いとも容易く、彼女は全員の名前を言い当てて見せた。マリンに至っては、私すら名字も聞いたことがなかったのに。
「く、クレハ。アンタ一体……」
「はぁー……。石本さんって、本当に他人に興味がなかったのね」
呆れたようにまたため息をつくと、不機嫌を表すようにクレハは腕を組む。え、ちょっと待ってその仕草。私は記憶をたどり、だんだんと人間だった頃のことを思い出していた。見覚えのあるその偉そうな仕草。
「……まさか、秋森さん?」
「そう、やっと思い出したのね? 秋森 紅葉。アンタ達のクラスの学級委員長よ」
いや、正確には思い出したとは言い難い。だって、私の知っている学級委員長と今のクレハは似ても似つかないからだ。本来の彼女は瓶底眼鏡で、優等生ぶって制服も改造せずカチッと着てて、カチューシャでたくしあげたでこっぱちが特徴的な子だったはずだ。
それが今はどうだろう。肌は黒く焼け、派手な服装でメガネもかけていない。気づけという方が無理がないだろうか。
「だ、だって見た目が全然違うし」
「まぁそれはそうかもしれないけれど。それはコユキやマリンも同じじゃないの。アンズはともかく、一方はスライムで一方は猫よ?」
「で、でもだったら尚更どうして分かったの」
「こんだけクラスメイトの名前が並んでいれば否が応でも気がつくわよ。クラス名簿を眺めるなんてしょっちゅうだったから」
あぁ、なるほど。言われてみればクレハは典型的な真面目ちゃんで、先生に言われた仕事を淡々とこなしていた。クラスでは『校則違反の服装はやめなさいよ!』なんて言われて、それがうざくてシカトしちゃってたような気がする。当時の私はクラスメイトに興味を持たなかったからなぁ、下の名前なんて全く覚えていなかった。
「え、待って。ということは、マリンとアンズもクラスメイトだったの?」
クレハに言われて二人を見る。すると、マリンは気まずそうに目をそらした。
「そりゃそうでしょう。だって――」
「待って!」
なにか言いかけたクレハをマリンが制する。
「私が……私から話すから」
そしてマリンは、決意を固めたように話し始めた。
「そう、私も緑山高校の生徒だったわ……。まさか、あなた達が同じ学校、ましてやクラスメイトだったとは思っていなかったけれど」
「ど、どういうことですか?」
アンズがマリンに聞き返した。マリンは説明するように続ける。
「私は目が見えない上に、身体が悪くてほとんど病院で過ごしていたからクラスメイトのこととか殆ど知らないのよ。恥ずかしくてコユキちゃんには少し嘘をついちゃったわね……。高校二年生と言ったけど、実際は出席日数が足りなくて留年しちゃって。本当は二回目の一年生なの」
「まさか」
私の一言に、マリンは静かに頷く。
「ええ。どうやら留年した先のクラスがコユキちゃん達と同じクラスだったみたいね。だけど、私はほとんど学校には行っていなかったから。クラスメイトになっても、これまでお互いに名前も顔も知ることはなかったみたい。……名簿によく目を通していた学級委員長は例外だったみたいだけれど」
そう行って、彼女は顔を伏せた。知られたくない過去を知られてしまったと、落ち込んでしまったようで。いつもの明るい表情は見られなくなっていた。
「日向さんは、何で覚えてないの?」
「え、いや私は……」
空気を変えるようにクレハがアンズに話を振る。しかし、重い空気に耐えられないのか、ただでさえ垂れている彼女の耳はさらに垂れきってしまっていた。
「それが、転生前のことは覚えていないみたい。アンズ、もう二回死んじゃったから……」
「えっ、嘘!? ……い、いやゴメン。今のは無神経だったわね」
解説する私にクレハが素っ頓狂な声を出した。しまったと、彼女はすぐに自分の口を抑えて謝罪をする。
「いえ、良いんです。それより、あの。……転生前の私ってどんな感じだったんですか?」
「あー。……知らない方が良いこともあるわよ?」
アンズはごくりと唾を飲み込んだ。クレハは一体どういう意味で言っているのだろうか。
「いえ、構いません。教えてください」
「後悔しても知らないわよ。……アンタ、いじめられっ子だったわ。いつもいつもクラスの意地悪な連中から除け者にされてね。途中から学校も休みがちになっていたわね……」
「う……。そ、そうですか……」
アンズはそれを聞いて、しゅんとしてしまった。クレハはもうちょっとオブラートというものに包めないものかな。マリンも落ち込んでるし、どんよりと空気が重くなってしまう。このままじゃ駄目だ。なにか、何か無いか話題。
「と、とにかくさ。今の状況って凄いことじゃん! こんな世界で、クラスメイトが四人揃うなんてさ!」
少しでも場を明るく努めようと、精一杯明るい声で三人に言う。そう、これは偶然にしても出来すぎなくらいなのだ。ほんの僅かな可能性で、めぐり合わせでこうなったのであればそれは凄いことだ。そう、偶然であるのであれば。もし必然であった場合……いや、それは考えないでおこう。
「コユキ、アンタ随分キャラが変わっちゃったわね。人間の頃はもっと冷ややかだった気がするけど」
「えっ、そ、そうだったっけ? ……いや、そうかもしれない。私、何かにつけて他人に興味を持ってなかったから……。今、こんなに私に良くしてくれるマリンやアンズの存在も覚えてないくらいにはね」
クレハに言われた私も私で、過去を思い出して暗い気分になってきてしまった。三人分のどんよりとしら空気が場にのしかかる。私達は、同時に大きくため息をついた。
「「「はぁー……」」」
「アンタら……まとめてどんよりしてんじゃないわよ!!」
クレハが急に大声をあげる。
「ちょっと過去に後ろめたいことがあったからってクヨクヨしてんじゃないってのよ! 私なんか先生から頼まれて断れずに、学級委員長やって……空回りして周りから無視されて……友達もいなくって……」
拳を握りしめて、プルプルしながら彼女は言った。よく見れば涙目で、とても無理をしているのがわかる。ああ、これも妙な巡り合わせなんだな、と私は気がついた。四人とも、人間だった頃に何かと不満を抱えていたんだな。
「いくら人間の時に上手くいってなかったからって、アンタ達は良いじゃないの! 今、とっても幸せそうに見えるわよ! 羨ましいくらいに! 過去のことを知ったくらいで、アンタ達の関係は変わるくらい安いもんなの!?」
クレハは思い切り叫んだ。マリン、アンズと顔を見合わせる。目から鱗が落ちたような気分だった。クレハの言う通りだ。私達は、最高のチームだったじゃないか。
「……そうだね。そうだった。なんだかネガティブ入っちゃってごめんね、マリン、アンズ」
「いえ、そもそもは私にも原因があるのだし……」
「わ、私は過去がどんなものであれ、コユキさんとマリンさんに出会えて幸せですから!」
そうして、私達は笑いあった。仲間の顔を見ていれば、くだらないことで悩むのはやめようと思えてくる。
「ふん、全くしょうもないんだから。良いわよね、アンタ達は信頼できる仲間がいるんだから。一人ぼっちの私とは大違いだわ……」
私達の様子を見て、クレハは明後日の方向を見つめながらつぶやいた。それを聞いたアンズがきょとんとしている。
「え? ひとりぼっち……ですか?」
「そりゃそうでしょ。だってここを抜けたら部族のところに戻らないといけないし……」
クレハは言いながら明後日の方向を見つめている。思い出すだけでも憂鬱なのか、彼女はまたひとつため息をついた。もうこの短時間で全員が何回ため息をついたのか数えきれない。
「私達のパーティに入れば良いのに」
その言葉は、誰からでもなく自然と出た言葉だった。




