vol.37 彼女の境遇
「まず、アンタら……というか。襲いかかったのはアンタが理由ね」
クレハは、悪びれる様子もなくピッと私を指さして言った。こう変に堂々とされてしまうと、怒る気もなくなってしまうな。
「名前の表記が黄色なのは上位種族の証。良い素材をドロップすることが多いのよ。スライムガールなんて、ここらへんじゃまずお目にかかれないレアモンスターよ? それを黙って見逃すのも不自然でしょうに」
うん、まぁ分からなくはない。私とて、いつぞやのメタルなスライムを見かけたときは全力で狩りにいったもの。そこの点に関しては納得が行くのだが。
「もしもコユキちゃんが単独でいたのならまだしも、一緒に私やアンズちゃんもいたのだけれど。パッと見で、パーティの組み合わせ的に私達が特殊な集団というのは分かったはずでしょう? ただレアな素材が欲しいってだけで襲いかかるのは横暴じゃないかしら?」
すかさずマリンが私の気になった点を代弁してくれる。もしも私が他人の持ち物的なモンスターであった場合、相手の所有物を攻撃するようなものだ。そんなのは強盗の類と変わらない。
「そりゃ、勿論考えたわよ。いくら珍しくても魔物使いとモンスターの組み合わせのパーティがいないわけではないし。……アンタらはその類ではなかったみたいだけどね」
「それでも手を出した理由はあるのかしら?」
マリンに鋭い突っ込みを受け、一瞬クレハが黙る。理由を言いたくないのか、しばらくもじもじとしていたが。一切視線をずらさず真っ直ぐクレハを見つめるマリンに、観念したように小さくため息をつくと彼女は話し始めた。
「悪いことだとは分かってる。……それでも、納めなきゃいけないのよ。私らの部族を取り仕切ってる長に、レアアイテムをね」
部族の長。ダークエルフの界隈にも派閥が存在するのだろうか? 彼女の口ぶりからすると、あんまり良い集団には聞こえないけれど。私は続きの言葉を待った。
「長っていうのは?」
「そもそも、ダークエルフっていうのは一定の場所に留まらない遊牧民なの。主に砂漠に居を構えてはいるけど、ここドコドコ砂漠は危険なモンスターも多いし気候も厳しい。私達の長はその危険をいち早く察知し、臨機応変に移動できるスキルを持っているってわけね」
話を聞きながら、私は世界史の授業で習ったチベット高原の遊牧民を思い出していた。移動式住居だっけ? あんな感じのを使っているのだろうか。
「……危険な場所って分かってるなら、安全な街に移れば良いんじゃないかしら?」
「それが、そんな簡単な話でもないの。ダークエルフという種族は、高い魔力を有する代わりに他の種族から忌み嫌われている種族。自分たちで自給自足しないと、まともな仕事ももらえないし物のやり取りすら受け付けてもらえないこともあるわ。私達がわざわざ危険な砂漠に住んでいるのは、まだ見つかっていない遺跡が多く存在するからなの。……ここみたいにね」
そう言って自嘲気味に彼女は笑った。つまるところ砂漠を進んで拠点に戻ろうとしていたはずが、蟻の大群に襲われて不本意に迷い込んでしまったといったところだろうか。本来レアアイテムが見つかるかもと喜ぶべきはずなのに生命の危機に晒されては元も子もない。
「なるほど、それはよく分かったわ。でも、その話とレアアイテムを納める仕組みがどう繋がってくるのかしら」
「ダークエルフの長はね、端的に言うと物凄く欲張りでタチが悪いの。ダークエルフ全体が嫌われるのも、あいつが原因と言っても良いくらいね。妙な遺跡で手に入れたレア素材を、闇ルートで法外な値段で売りつけてるらしいから」
よくいる小物の悪党みたいだな。そんな奴が部族の長ということは、クレハも中々苦労していそうだ。流石のマリンも苦笑している。
「それはまた、随分とえげつないわね」
「でしょう? しかもそれだけで飽き足らず、自分の民にも定期的にレア素材を納めるよう要求してるってわけ。それを守れないものは、部族から追い出すって脅してね。私達ダークエルフが外の世界でやっていけないことを知っていて、意地悪しているのよ」
厳しい環境で暮らす部族が、その住居から追い出されることは死を意味する。随分身勝手で横暴な話だ。ふとアンズの方をチラリと見ると、彼女は膝を抱えて俯いていた。また自分のことを責めて無ければ良いのだけど。
「あのリザードマン達は? 仲間じゃないって言っていたけど」
「あいつら? 長が私を監視する目的であてがった奴隷よ。生かさず殺さず、レアな素材を盗んだり隠したりしてないかね。彼等も脅されてそんな活動をしていたのは分かっていたから、別に恨みはないけど……」
黙って見ているつもりだったが、話を聞いているうちに流石に彼女に同情してきてしまっていた。私は思わず口を挟んでしまう。
「あのさ、私からも良い? クレハの<魔法付与>、かなり強力じゃない。リザードマンにかけて戦ったら良かったんじゃないの?」
「そんなことができるならとっくにやっていたわよ。長はどこまでも性格がねじ曲がってるから、驚異となり得る存在はとことん潰しにかかってるの。半強制的に私とパーティを組んだあのリザードマン達は、“ディスペル”の状態異常になる呪いがかけられていたわ」
「ディスペル……?」
知らない状態異常が出てきた。思わずオウム返しすると、そんなことも知らないのかとクレハは小さくため息をつく。
「補助魔法が無効になる呪い。逆にマイナス補正の攻撃力低下とかも受け付けないから、ある意味では良いこともあるけど。……わざとそんな奴らとパーティを組まされて、しかもあいつらレベルも低いから囮くらいにしかならないのよ? 効率が悪くって、全然レベルが上がんないの! もう嫌になっちゃうわ」
「なるほど。それで、消費の激しい<魔法付与>を自分にかけるなんて無茶を?」
「そもそも私は補助魔法が専門だもの。戦えるのが自分しかいないとなれば、あんな戦い方しかできないのよね」
クレハはゆっくりと頷いて言った。大方、長はクレハが成長するのを恐れていたのだろう。自分の強みを活かせないパーティにすることでレベルアップを抑制していたんだろうな。そんな話をする中突然アンズが立ち上がり、つかつかとクレハに近づいていく。
「な、何よ?」
「……すみませんでした!」
そして、勢いよく頭を下げた。その行動が予想外だったのか、クレハは目をぱちくりさせている。
「そんな境遇だったとも知らずに……わたし、無神経なことを言ってしまいました。ごめんなさい」
「あ……べ、別に良いわよ、もう気にしてないから。それに、私の言い方もまずかったんだと思うわ」
まっすぐに謝罪するアンズに、クレハは頬を赤くして目をそらした。素直な言い方ではないが、彼女なりに感じるものがあったのだろう。二人が少し打ち解けてくれたようで、ちょっと安心した。マリンと顔を見合わせて微笑む。
「……それは良いとして。私も、アンタらについて気になることがあるんだけど」
クレハが話題を変えるように切り出す。まぁ、彼女も悪いやつではないと分かったことだし。私達は快く答えてあげることにした。
「良いよ。答えられる範囲で良いなら何でも聞いて?」
「……ありがと」
その返事を聞いて、彼女は小さくお礼を言った。コホンと咳払いをし、真面目な表情で話し始める。
「アンタらの名前。コユキに、マリンに、アンズって言ったわよね? いや、私の勘違いなら良いの。これから私の言う単語に心当たりがあったら、教えて頂戴。一回しか言わないからよく聞いてるのよ?」
改まって彼女は言った。私達は不思議に思いながらも、お互いに顔を見合わせて頷く。一体何を言うつもりなんだろうか。
「じゃあ言うわ。……――都立、緑山高校」
ドクン。
その単語を聞いた瞬間、私の心臓が脈打った気がした。なんでクレハがその名前を知っている? こっちに来て、いろいろと有りすぎて、その名前を忘れかけていた。緑山高校。それは、私が女子高生として通っていた学校だった。




