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vol.35 遺跡での再会

 その空間は薄暗く、じめじめとしていた。穴に入ってすぐは砂を固めたような壁であったが、進むにつれてしっかりとした砂岩へと変化していく。でこぼこだった壁や地面は、整備された平らなものへ。これはどう見ても自然にできたものではない。



「ここは遺跡……なんですかね?」



 アンズがキョロキョロと周囲を観察しながら言った。よく見ればその壁には細かい文字のようなものが記されている。それはかなり劣化しており、壁に触れるだけでポロポロと崩れてしまった。ちょっと読むことは叶わないみたいだな。



「もしかしなくても、そうみたい。何が出てくるか分からないし慎重に進もうか」



 二人はしっかりと頷いて私の後を付いてきている。……自然となんか私が先頭に立つことが多くなってきたな。今後は壁役を張れるようなスキル構成を考えようかしら。



 更に進むことしばらく。遺跡はかなり入り組んでいるようで、あっちを行ったりこっちを行ったりしているうちに何が何やら分からなくなってしまいそうな構造だった。アンズがかなり不安そうに周りを見回すものだから、ちょっと安心させてあげる必要がありそうだ。



「……アンズ、右手法って知ってる?」


「みぎてほう?」



 よくある単純な迷路攻略法だ。右手を壁について、壁にそって歩いていく。効率は悪いかもしれないが、壁が繋がっている限りはいつかはゴールに辿り着く。私はそれをアンズに説明してあげた。ゲーマーである以上は知っていて当然の内容であるが、適当に歩いているわけではないことを話した方が彼女の安心感にもつながるだろう。



「ほへぇー……コユキさんってやっぱり凄いですね! 私なんかと違って何でも知ってて……」


「そうよー、コユキちゃんは凄いのよー? こんなに小さいのにリーダーシップも抜群でしょう? かわいいのに頼りになってもう最高なのよねぇ」



 人差し指を唇につけてアンズがつぶやいた。同調するようにマリンが私の頭を撫で回すもんだから、なんかもう照れくささとかそういうものを乗り越えてアホらしくなる。あーはいはい私は凄いデスヨー。分かったから今は集中しましょうねー、ホラ前方から敵が迫ってますよー。



「……んん?」



 <気配感知>で感じる反応が妙に多い。一、二……さんよんごーろくおいおいちょっと待ってって! 一つが先行して、後はそれを追いかけているようだ。っていうかこの数! また奴らじゃねーだろうな!



「しぬううううう!!」



 反応の先頭が角から顔を覗かせる。うわっ! あのダークエルフだ! なんか死ぬとか言いながらこっちに全力疾走してくるんですけど!? しかもあの追っかけてきてるのってデザートアント達じゃねーか! せっかく逃げてきたのに!!



「わ―!! やばい、逃げよう!!」



 言うや否や、私達も踵を返す。しかし、そのダークエルフも私達の進行方向に来るもんだから全然撒くことができない。しかもめっちゃ速いな! ついには並ばれてしまったし! 何やってくれてんのこの人!!



「ちょ、ちょっと! なんで私を見捨てて逃げようとしてるのよ!」



 ダークエルフが真横で走りながら随分と勝手な言い草をぶつけてくる。



「いやいや! そもそも私達にいきなり襲いかかってきたのはそっちじゃん! 敵とみなされても仕方ないでしょ!?」


「……あっ! いや、そうかもしれないけど! 人が見るからに死にそうになってて見捨てることないでしょう!?」



 絶対忘れてやがったな、なんなんだこいつは! 図々しいにも程があるだろ。マリンもアンズも呆れてしまったようで、何も言わずに私達のやりとりを観察しているし。



「ととととにかく! 力を貸してあげるから私に協力しなさいよ! 四の五の言っていられる状態じゃないでしょう!?」



 なんだろう、すんげー癪だけど彼女の言うこともあながち間違っていないかも。後ろをちらりと振り返ると、デザートアント達が更に数を増やして迫ってきている気がした。いやマジでやべーな。



「あのリザードマン達は!?」


「そんなのとっくにやられちゃったわよ! あいつら残機も残ってなかったし今頃蟻達の胃袋の中なんじゃないの!?」



 マジかこいつ。奴隷とはいえ、自分をおぶったりしてくれてた仲間が死んでそんな態度を取れるのかよ。ただ、それを聞いてもっとも憤慨していたのは他でもない。アンズだった。



「な、なんてことを! あの方たちはお仲間さんだったんじゃないんですか!?」



 血相を変えてダークエルフに怒鳴っている。アンズがこんなに真剣に激昂するのを初めて見た。仲間に恵まれなかったアンズが怒るのも無理はない。彼女は誰よりも仲間想いだから、こういう見捨てるみたいな言い方をする連中が許せないのだろう。



「仲間ですって!? 私に仲間なんていないわよ! ダークエルフっていうのが、どんな種族かも知らないで! 勝手なこと言わないでよ!!」



 しかし、アンズに負けじと彼女も言い返した。ギョッとしたのは、彼女が涙目だったこと。悔しくて仕方がないのか、唇を噛み締めてアンズのことを睨んでいる。予想外の反応にアンズは一瞬たじろいだが、

踏みとどまって睨み返した。走りながらぐぬぬぬ、なんて言い合ってにらめっこしている。



「こんな時に喧嘩してる場合じゃないでしょう! あなた、名前は!?」


「……ふん! クレハよ!」


「じゃあ、クレハちゃん! この場が収まったらあなたのことを根掘り葉掘り教えてもらうからね! それが協力する条件よ!」



 そんな様子を見て、やっとる場合かとマリンが一喝してくれた。ナイスだマリン。クレハと名乗ったダークエルフは、マリンの要求に渋々頷いた。交渉成立らしい。アンズが珍しく不本意そうにむすっとしていたが、状況を鑑みたのか何も言わなかった。



「い、今に見てなさいよ! 戦いが終わったら、私に泣いて感謝してもらっちゃうんだから!」



 四人で急ブレーキをかけ、蟻達に向き直る。このダークエルフのことだ。どうせまた魔法をぶっぱして倒れるんだろ。そして敵の数が減ったところの相手を私達にさせるんだろ。……そう思っていたのだけれど、実際は少し違った展開になった。



「<付与魔法エンチャント>! <炎魔法>、フレイムタン!!」



 自身に掛けると思っていた魔法は、私達に向けられた。炎の力が私達に付与され、まるで身体の底から沸き上がる力が漲ってくるようだ。



「そいつらは炎が弱点よ! アンタらやっちゃいなさい!!」



 クレハが私達に命令を向けた。ツッコミどころは満載だが言っている場合でもない。ええい、やぶれかぶれだ! と言われるがまま接近してきた蟻を殴ってやる。いつものパンチが、炎を力を纏って加速する。ゴオッ! と炎が揺れる音と共に拳を振り抜いてやった。その攻撃は的確に相手をとらえ、そして的確に相手の外骨格を破壊した。



「ギギッ!?」



 どういうことだこれは。あんなに硬かった相手を、いとも容易く一撃で葬ってしまったではないか。アンズも、マリンも、その余りある威力に驚いている。物理攻撃も魔法攻撃も、確かに強化されていた。……これならいける!



「クレハって言ったっけ! あんた、やるじゃん!」


「無駄口叩かないで! この魔法、あんまり長くもたないんだから!」



 まるで自分の身体じゃないみたいに身体が軽い。次々と向かってくる蟻たちを捌いていく私達に、クレハが警告するように叫ぶ。確かに効果に相まって負担が大きいようで、彼女の額には少し汗が滲んでいるようだ。様子を見る限り、本気でサポートしてくれているみたいだな。



「その態度に免じて、ちょっと頑張ってあげないといけないね? アンズ」


「なっ、なんで私に言うんですか!」


「うふふ、いつもより動きが悪いんじゃない、アンズちゃん?」


「うう……お二人とも意地悪です……!」



 ニヤニヤしながら私とマリンが言うもんだから、アンズは顔を真赤にしていた。実際、クレハに命令されるのが気に入らなかったんだろう。マリンの言うように、攻撃にキレが足りないように見えた。彼女は私達に指摘されたその恥ずかしさを誤魔化すように、蟻を数匹まとめて蹴っ飛ばした。

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