vol.34 ドコドコ砂漠
ドコドコ砂漠。私達が拠点としている古代の森の東側に分布する広大な砂漠。その間抜けな字面とは裏腹に、そこには凶悪なモンスター達が巣食うとされており、冒険初心者は決して立ち入ることが無いようにと念を押される場所らしい。
私達はダークエルフを追って、初めて砂漠に立ち入ったところだった。熱を帯びた砂地に足を踏み入れると、サクッとした自分の体重を受け止めきれず身体が僅かに沈む感覚がある。これは移動するだけで骨だな。地面のしっかりした場所を歩くのとは訳が違うぞ。
おまけに砂漠の奥地に入り込むほど、迷いやすく、しかも暑い。そんなところを凶悪なモンスターに襲われればおしまいだ。それにも関わらず、あのダークエルフ達は主力たる者が気絶している状態でもズカズカと砂漠に入っていったのだ。考えられることは一つ。
「砂漠に、彼女らの拠点があるはず……」
どのような拠点なのかは分からない。地図に乗らないほど小さな集落でも構えているのか、遺跡があってそこに拠点を構えているのか、はたまたオアシスでも存在しているのか。とにかく、こんな危険な場所に躊躇いなく入っていけるということは、相応な理由がないとおかしいのである。
そう思って途中までは順調に砂漠を進んでいたのだが。問題が発生してしまった。
「後をつけるとは言ったものの、困ったわね。もう姿が見えないわ」
「リザードマンって、暑さに強い種族ですし……そもそも砂地の移動に慣れているのかもしれませんね」
身を隠しながら後をつけるはずが、気がつけば相手方の進行ペースに追いつくことが出来ずに見失う羽目になってしまったようだ。リザードマンという種族を甘く見すぎたか。森ではあっさり倒すことができたから油断していたけど、砂漠というフィールドでは分が悪いのかもしれないな。こういう足場が悪い場所に慣れている彼等とは違って、私達はロクに踏ん張りも効かすことができない。
「少しモンスターと戦ったらすぐ見失うレベルだもんねぇ。これは一回引き返したほうが良いかも……」
砂の中から大型のサソリのようなモンスターが突然でてきたものだから、焦って対応が遅れたのがそもそもの見失った原因だ。しかも森のなかのモンスターとはレベルが一回りも二回りも高いようで、スキルも多彩だった。これは一筋縄では行かなそうだ。数の暴力で負けることはなかったけど、万が一あのクラスが群れで出てくるようなことがあったらかなり危ない。
ボコッ。
「んお。またお出ましか」
まだ森が見えているうちにさっさと帰ろう。そう思って踵を返そうとした瞬間、地面から巨大な蟻のようなモンスターが這い出てきた。肌の色は赤黒く、鋭い牙が特徴的だ。全長は一メートル近くもある。私達の姿を見て牙をガチガチと鳴らして威嚇してきているあたり、彼等のテリトリーでも犯してしまったのだろうか。
「デザートアント……レベルは20ね」
「あーもう、鬱陶しい!」
そのまんまな名前しやがって。私は<形態変化>で腕の形状を変化、刃のように鋭くしたスライム・カッターで相手を切り裂こうとしたのだが。
「ギギィ!!」
「うわ、固ッ!」
ガキン、とその固い皮膚に弾き返されてしまった。この砂漠では、こんな見た目はいかにも弱そうなモンスターですら強いのかよ。そこそこレベルを上げたはずなのに、レベル表記が見えないものなぁ。今の一撃で怒らせてしまったらしく、さらにガチガチと牙を鳴らしているし。
「強いモンスターばかりで嫌になるなぁ……」
「で、でも数はこちらに理がありますよ。今のうちにやっちゃいましょう!」
愚痴をこぼす私を元気づけるようにアンズがそう言い、相手に対応すべく一歩踏み出した。彼女の言う通り、一匹で出てきている分にはそこまで驚異ではない。さっさとやっつけて帰ろう。
「コユキさん、肩を借ります!」
「ほいきた!」
踏ん張りの効かない地面を避けるべく、私自身を足場にしてアンズは飛び上がった。レベルが上ったことで覚えた新スキル<身体強化>で、彼女は天高く舞う。飛び上がった勢いを利用し、縦方向に回転ノコギリのように回った。
「<幻惑魔法>、ミラージュアバター!」
マリンが魔法でサポートをかける。瞬間、アンズの姿が三つに分裂した。アンズの攻撃を避けようとしていた蟻は、彼女の姿に面食らい何処に逃げればいいか分からず固まってしまう。
「地裂・踵落とし!」
その隙を見流さない手はない。アンズは回転の勢いごと、相手の脳天に足を振り下ろした。バキャ!! とその外骨格が割れる音がする。完全に決まったと思ったが、なんとしぶといことか。蟻はまだ生きていた。
「あっ、に、逃げちゃいますよ!」
奴は攻撃を受けて敵わないと悟ったのか、背を向けてフラフラと逃げ出そうとしている。バカめ、逃がすわけないだろうとトドメをさそうとしたその時。
ボコッ、ボコッ。
「……えっ」
「あ、あらぁ。……嘘でしょ?」
なんだか展開にデジャブを感じるな。いきなり地面から湧いて出てきた多数の蟻、蟻、蟻。その数なんと、いや数えるのも面倒くさいくらいいるな。軽く20は超えていませんかこれ?
「もしかしてあの牙をガチガチ言わすのって、仲間を呼ぶ作用があるのかしら?」
「あわわわ。どうしましょう!?」
こういう時、性格が出る。逆に冷静になって分析するマリンに、脳がフリーズしてパニックになっているアンズ。そして、考えるより先に身体を動かそうとする私。
「パーティって4人までじゃなかったの!?」
「いえ、これは4匹パーティが何個も集まっているようね」
「なるほど! いや逃げるよこれやばいって!!」
マリンにツッコミを入れつつ、アンズを引っ張って一目散に逃げ出そうとする。しかし、砂漠に慣れていない私達は簡単に退路を塞がれ、あっという間に囲まれてしまった。とても相手にできる数ではない。とにかく少しでも対応しやすい形となるべく、三人で背中合わせになる。
蟻達は、鋭い牙をガチガチと鳴らしながらじわじわと距離を詰めて来ていた。アレに噛みつかれたらただでは済まないだろう。痺れを切らせた一匹が飛びかかってくるが、
「<酸攻撃>、アシッドショット!」
カウンターで撃墜する。しかし、ここのモンスターは一筋縄ではいかないのだ。ダメージは入っても簡単に倒れてくれない。ヒットアンドアウェイで耐え凌ぐしかなかった。相手が飛びかかってきては、迎撃していく。しかし蟻もバカではないらしく、ローテーションして攻撃してくるものだから数が全く減らない。このままではMPが尽きてやられてしまう未来しかない。
「……本格的にまずいな」
「コユキさん、マリンさん、アレ!」
アンズが指さした先、そこには砂漠の地面にぽっかりとあいた穴があった。……いや、あれは地下への入り口か? どんな危険が待ち受けているとも分からないが、どのみち現状の四方を囲まれている状況よりはマシだろう。
「……賭けだけど、行ってみるしか無いかな」
「決まりね」
マリンに視線を送ると、承知したと言わんばかりに進行方向に魔法をぶっ放してくれる。<炎魔法>メガフレイムを放ち、蟻達が道を開けた箇所を全力疾走。私達は躊躇いなく穴に飛び込んだ。
「来んなっつーの! <クラフト>!!」
当然、蟻達も後を追ってくるわけで。穴に飛び込むや否や、持ち得る素材で通路を塞いでやった。出鱈目に石やら木材やらをつめこみ、隙間を縫って侵入してくる奴らは私の<酸攻撃>やらアンズの<近接格闘>で追い返していく。そうこうするうち、何とか私達は蟻の大群を撒くことに成功したようだった。
「っぷはぁー! 死ぬかと思いました……」
「でも、まだ油断できないわね。地面を掘って追ってくるかもしれないわ」
緊張の糸が切れたのか、アンズが溜めていた息を吐き出した。その様子を見たマリンが忠告するように呟く。そう、まだ危機が去ったわけではない。この場所がどこなのかも分からないが、今はとにかく前進するしか無いのである。




