vol.33 渾身の一撃
「むかつく……」
唐突にダークエルフのプレッシャーが跳ね上がる。ブツブツと、顔を伏せながら罵詈雑言をつぶやいているだけなのに。彼女を纏うオーラとでも言うのだろうか。あまり魔法の得意ではない私ですらも、その凄まじい魔法量ゆえに簡単に見ることができる。
「ま、マリン。今のうちに謝ったほうが」
「……いいえ、これは手遅れね」
さすがのマリンも顔が引きつっている。ちょっとこれは企画外だ。子供だと思って舐めすぎた。そもそも、ずかずかと敵の目の前に出てくる余裕や、あのリザードマン達の反応を鑑みて彼女の実力を推測すべきだったのかもしれない。
「むかつく! むかつく! むかつく!!」
彼女は自身の拳に魔法力を凝縮していく。おい、ちょっと待て。それをこっちにぶっ放すつもりか。くそう、さっさと逃げ出すべきだった!
「<魔法付与>! <闇魔法>、常闇の刃!」
右腕に、仰々しい闇の刃を形成していく。それは、鞭のような、触手のような、形容し難い形をしていた。不定形の刃がうねうねと右手で蠢いている。それは何本にも分裂し、一本一本が意志を持ってすらいるように見えた。
「マリン! アンズ! 私の後ろに!!」
その意味不明な魔法を、“やばい”と判断した私は迅速に自分の後ろに仲間を退避させた。脳みそをフル回転し、次の攻撃に耐えうる策を構成していく。<クラフト>で石、石の板、石の壁、石のブロックと生成。<酸攻撃>:アシッドウォールで酸の壁を纏わせ防御力を底上げする。マリンも<聖魔法>ホーリーヴェールで光の壁を纏った。
「アンタらなんか……消えちゃえーーっ!! 八首之龍!!」
ダークエルフは、力任せにその腕を奮った。めちゃくちゃに暴走した闇の魔力が周囲の環境ごと吹き飛ばしていく。うわっ、これ耐えられるか!? 体重の軽い私達が吹き飛ばないように、アンズが踏ん張って支えてくれている。石の壁が吹き飛びそうになるたび、追加で<クラフト>をしてなんとか耐え凌ぐ。せっかく集めた素材だが、背に腹は代えられない。三人でならギリギリ……!!
実際は一瞬だったはずだが、永久とも感じられるほど長い時間に感じられた。ズゴゴゴゴ、と凄まじい音を立てて魔力が通り過ぎていく。辺りの風景が変わってしまうほどの魔法。こんな奴とてもじゃないけど相手にしてられないぞ。
暴走する魔法により巻き上げられた砂埃が、徐々に晴れていく。すると、そこには。
「……え?」
先程のダークエルフがうつ伏せに倒れていた。え、嘘。魔力切れ?
「ぐ、ぐぬ……なんでやられてないのよ……」
彼女がなんとか顔をあげ私達が無事なことを悟ると、絞り出すように声を発した。ああ、流石に気絶はしていなかったか。だが魔力が枯渇しているんだろう、もう虫の息のように見える。
「ど、どうします?」
「いや、どうするって……どうしようか、マリン」
アンズに促されてハッとする。いや、私も流石にこの展開は予想していなかった。どうしたら良いか分からなくなり、思わずマリンに助けを乞う。
「そ、そうね。とりあえず、あの子が何者なのかハッキリさせたいところだけど」
それもそうだな。また暴れられても困るので倒れている彼女を縛り上げようと、一歩踏み出したその時。眼の前に、てんてんとボールのようなものが転がってくる。
「え、なにこr」
私が声を発し切るより先に、ボウン! とそのボールのようなものは爆発した。うわっぷ!? あれっ、痛くない。あたりが煙で覆われ、全く見えなくなる。……爆弾じゃないぞこれ。煙幕か!
「げほっ、げほっ……だ、大丈夫マリン、アンズ!」
「こほっ、だ、大丈夫です!」
「けほっ、けほっ。前が全く見えないわ!」
とりあえず二人も無事らしい。どこから攻撃が来ても良いように身構えつつ、煙が晴れるのを待つ。……待っていたのだが。しばらく経って、煙が晴れた時。そこに倒れていたダークエルフは、いつの間にかいなくなっていた。
「うわ。やられた……」
あのリザードマン達の仕業だろうか? 何処かに行っていたと思ったリザードマン達は、ダークエルフの魔法の巻き添えをくらわぬように避難していただけだったらしい。アイツらがいなくなったら困るってこういうことかよ。どんだけ燃費悪い戦い方してんの……。
「あの子達、結局なんだったのかしらね?」
「さぁ。とにかく、一方的に損したってとこだね」
ため息をつきながら私は言った。アンズも流石に参ってしまったようで、緊張の糸が切れたように座り込んでいる。ああ、もう無駄に疲れた。出来ればもう二度と関わり合いになりたくない。
『<クラフト速度強化>スキルを取得しました。』
……まぁ、全く無駄ってわけでもなかったようだけど。こりゃ続きは明日だな。今日はさっさと帰って、休んでしまったほうが良さそうだ。マリンもアンズも、私と同意見のようだった。三人でへらりと笑いあい、私達はマリンの拠点に向かって重い腰をあげた。
※
翌日。先の戦いで使ってしまった石素材を補充しつつも、私達はトレント狩りに勤しんでいた。
「<炎魔法>、メガフレイム!」
各モンスターには弱点属性がしっかり存在するらしく、トレントには炎がよく効くようだった。マリンの魔法でよりペースを上げて狩りを続けていく。各モンスターにってことは、私にもマリンにも弱点が存在するんだろうけど。自分に魔法を試すわけにもいかないからなぁ。……モンスター以外、アンズたちにも弱点ってあるのかな?
余計なことを考えている間に、“木の板”が十分量集まってきたのでとりあえず新拠点作りに着工することにした。といっても、この世界における家造りは簡単だ。材料さえ揃ってしまえば<クラフト>でサクサクよ。
周囲に敵がいないことを確認し、目的としている場所にたどり着いた私はまず木の外周を登るように板を設置していく。ロープと石の楔で固定していけば、とりあえず木を登るための階段の完成だ。
「コユキちゃん、恐ろしく手際がいいけれど……もしかして日曜大工とかが得意だったりする?」
「ちょっとゲームでやったことがあるだけだってば。そんなおっさん趣味があるみたいに言わないでよね」
ふふん、と得意げに言って見せる。こういう建物を作る時は、まずは足場を作成して壁、屋根、といった順に作っていけば良い。昔ハマっていたクラフト要素の強いゲームの経験が生きたな。
「コユキさん、この材料は……」
「それは窓パーツだからそこに置いといて」
「コユキちゃん、扉はどうするの?」
「んー、木の扉にすると出入りがし辛いから、いっそカーテンみたいにしようか」
私の指示のもと、着実にツリーハウスが出来上がっていく。大まかに配置を決めて仮止め。形が確定したらガッツリと補強をして、簡単に崩れないようにする。木と木の間にしっかりとロープや楔で固定すれば……。
「よし、これで外郭は完成!」
わぁ、やったー! と完成を祝って三人で拍手をする。ついでに余った木の板と動物の毛皮を使用して<普通のベッド>、ロープを使用して<ハンモック>なんかを作成してやれば、三人が余裕を持って休める最低限の拠点の出来上がりだ。道具箱を作ったりディティールに拘りたいところだけど、それはおいおいということで。
「おお、眺めも最高ですねー!」
アンズが窓から身を乗り出してはしゃいでいる。作業に夢中になっていたけど、自分も窓を覗いてアンズがはしゃいでしまう理由に納得がいった。背の高い木に拠点を作ったのは大正解で、周囲の森の様子が一望できる。東側にはそう遠くない位置に砂地も確認でき、砂漠を攻略する際のメイン拠点とすることができそうだ。
「<幻惑魔法>をかけたから、階段やハウス部分についても見つかりにくくなるはずよ」
マリンが入り口から入ってきながら言った。至れり尽くせりだな。あとは侵入者が来てもすぐ察知できるように罠なり何なりを設置すれば完璧だ。
「……あっ、コユキさん、マリンさん! 見て下さい!」
その時、外を眺めていたマリンが何かを見つけたらしい。私達を呼ぶとある一点を指差す。森を抜けて砂漠へと足を踏み入れていく一団……。リザードマンが三匹と、背の低いダークエルフ。間違いない、昨日のあいつらだ! 今日はもう獲物がとれたのだろうか? ダークエルフがおんぶされているあたり、あの無茶な戦い方を今日もしたらしいが。
「コユキちゃん、どうするの?」
「危険かもしれないけど……後を付けてみよう。あんな物騒な魔法をぶっ放す奴が、拠点周辺をウロウロされたんじゃ落ち着かないしね」
急に喧嘩を売って来られて、まんまと逃げおおせられたのが癪ということもあるが。拠点の完成を喜ぶのもほどほどにして、今は奴らの動向を優先することにした。