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vol.32 お邪魔虫

「ツリーハウスって、木の上に作るアレですよね。作るのが難しそうですけど……」


「そうだね、お察しの通り作る難易度は中々に高い。でも、それに見合ったリターンは得られると思うよ」



そう、木の上のアレである。難易度の高いツリーハウスをわざわざ選んだのにはちゃんと理由があるのだ。アンズはまた首を傾げた。



「リターン、というと?」


「高い位置に拠点を作るというのは、まずは見張り台的な意味がある。先に敵を発見できればそれだけ対処がしやすいからね。他にも、単純に見つかりにくいし、敵に攻められたときに位置的な有利が取れたりとかもあるね」



 メリットをアンズに解説している間、ほへー、彼女の口が開いたままになっていた。口を閉じろ口を。……え、アンズって案外アホの子なの?



「さ、作ると決まればちゃっちゃか動きましょう! 素材をすっごく沢山集めないといけないからね!」



 マリンが私達をまとめるように言った。彼女の言う通り、ツリーハウスを作るには大量の材料が必要になる。木の壁、木の床、木の屋根。はしごに、素材を固定するための縄とくさびがたくさん。鉄……は中々手に入らないから、木や石で代用かな。



壁などの素材は一枚の大きさが二メートル四方だ。結構な大きさだが、三人で生活するのに十分なスペースを確保するとなるとそれなりの広さを確保したい。私達が目をつけた二本の大木。その間にツリーハウスを作ってやろうという算段だ。



今日一日で集めきれるかなぁ。日が暮れる前に動き出すとしよう。







「アンズ、任せた!」


「はい! これで……終わりです!」



 <近接格闘>スキルで強化された蹴りの一撃がモンスターを捉える。バキッと気持ちの良い音とともに、木を模したモンスターの肌をいとも容易く砕いた。レベルがあがって、アンズの攻撃がドンドン洗練されていっているな。やりましたよ! と言わんばかりのアンズとハイタッチを決める。



「あっ、ついに表示が見えたわね。あのモンスターはトレント、レベルは22だったみたい」



 素材集めのついでに、私達のレベルもぐんぐん成長していく。この世界は自分のレベル以下のモンスター名は表示されるようになるシステム。レベルの一番高いマリンがモンスター名を報告してくれた。



「ありがとうマリン。そのトレントのおかげで随分アイテムも集まってきたね」



 素材“木の板”も、三人のドロップ分を合わせればもう四十個近く溜まっている。壁や床に四つ使用することを考えると、十枚は作ることができる計算だ。まぁ、まだまだ足りないんだけどね。流石に今日中に拠点を作り始めることは叶わないな。



「さぁ、日も暮れてきたし、そろそろ……」



 拠点に戻ろうか。そう言いかけたその時。<気配感知>に反応がある。……数は三つか。木陰に隠れてこちらを狙っているな。



【マリン、アンズ。敵がお出ましだ。数は三人……しかも、囲まれてる】


【私達を囲んでくるとは……。この周辺のモンスターが群れることは考えにくいわね】



 マリンが冷静に分析する。彼女の言う通り、今日は一日この近辺で狩りをしているがどいつもこいつも一匹狼。群れで活動するタイプのモンスターには出会っていないのだ。となると。



【モンスターじゃないとしたら……相手は人間ですか?】


【コユキちゃん、どうするの?】


【下手に動くのは危険だ。ここは気づいていないフリをしよう】



 <念話>で二人に警告する。相手は不意をつけると思っているはずだ。その油断を逆手にとってしまえば良い。マリンとアンズが了解したのを確認し、私は三つ反応のうち一方向に向かって歩き出した。



「それでさぁ、今日の晩ごはんなんだけど」


「え……あっ、はい!そうですね」


「お肉は沢山手に入ったけれどね~」



 わざとらしく会話をしながら前進する。いることさえ分かってしまえば、隠れられているつもりの奴らの反応が手に取るように分かるな。一人を囮に後ろから飛びかかるつもりなんだろう、残り二人がゆっくりと距離を詰めてきている。私はマリンとアンズにさりげなく目配せをした。二人はしっかりと分かってくれているらしい。



【12時、4時、8時の方向。用意は良い? ……今!】



 合図と同時に、三者三葉に突然向きを変えた。一気に地面を蹴り敵との距離を詰めていく。



「うおッ!?」



 相手が面食らっている間が勝負だ。私は正面側の木の後ろに隠れている奴を狙い、腕を<形態変化>させた。スキルレベルが上がったことによる新技。限界まで腕を薄くし、硬質化する。鋭い刃のようになったその腕で、木の幹ごと薙ぎ払った。



「スライム・カッター!!」



 一閃。木の幹に線が走り、ずれるようにその大木は倒れた。その後ろに隠れていた物が露わになる。もう少しで彼ごと真っ二つになっていたところだ。顔を青くして腰を抜かしている。彼は、リザードマンだった。トカゲのような顔に、鱗に覆われた肌。リザードマンは暑さに強い種族と聞いたことがある。きっと砂漠の方からやってきたのだと思われるが。



「跪いて、手を頭の後ろで組んでくれる?」



 私が指示すると彼は大人しく言うとおりにしてみせた。大方、いまやレアモンスターなった私の姿でも見かけて狩りに来たんだろう。後方では、アンズと人間態に<变化>したマリンが同様にリザードマンを組み伏せている。



「……キミ達で全員?」


「……」



 彼は、答えなかった。ただ地面を見つめ、沈黙している。刃を突きつけても結果は変わらなかった。しかし、よく見ればその身体は小刻みに震えて汗が滲んでいるではないか。明らかに、私に対して恐怖している。これは何かがおかしい。



「コユキちゃん、危ない!!」



 瞬間、マリンが叫ぶ。その声が耳を通り抜けると同時に、私は身を反らした。私の頬を鋭い何かが掠める。痛っ……ッ! 



「弓……!?」


「あーん、もう! アンタらがドジだから外しちゃったじゃない!」



 茂みの奥から、ガサガサと草を掻き分けこちらに近づいてくる人物。仲間が三人とも取り押さえられているというのに、彼女は余裕な表情を浮かべたまま現れた。厚手のグローブを纏った腕で大弓を持ち、その肌は日焼けサロンに行ってきたように綺麗な小麦色。やたらと短いミニのタイトスカートから覗く足は靭やかだ。そして、何より特徴的で目につくその耳は、ピンと細長かった。



「ダークエルフ……!」


「えっ、ダークエルフ!?」


「の、子供かしら……?」



 その姿を見てマリンが思わず声を漏らす。ダークエルフ、初めて見た。茂みから出てきた全身が露わになったとき、その身長の低さを見てマリンが一言付け足した。うん、確かにちんまいものね。子供が精一杯背伸びして大人っぽい服を着ているようにすら見える。



「オホン! ……アンタらが抑えつけてるそいつらねー、私の奴隷なのよねぇ。いなくなっちゃうと何かと不便だし、サクッと開放してくれると嬉しいんだけど?」



 わざとらしく咳払いをし、にんまりと彼女は笑って言った。そのあまりにふてぶてしい態度に、私達は逆に動けずにいた。こいつはやばい。何故かは分からないがそんな気がする。というのも、リザードマン達がそいつを見てさらにガタガタと震えだしたからだ。



「……奴隷と聞いちゃ、余計黙っちゃいられないね。私は奴隷制度ってのが嫌いなもんで」


「そうね、私も同意見。あなたみたいな子供に舐められるわけにもいかないわ」



 私とマリンはいつでも受ける姿勢を取りながら彼女を睨みつけた。マリンが喋るたび、彼女のこめかみに青筋が走っている気がする。



「そ、その割にあなた達も奴隷を従えるじゃないの!」



 彼女はアンズを指さして言った。アンズはアンズで真っ直ぐに指さされてたじろいでいる。あー、首輪がまだ取れてないからなぁ。マリンが人間に化けていたがために余計勘違いさせちゃったか。



「残念だけど、私もモンスターよ。アンズちゃんとは奴隷の関係じゃないわ」



 マリンが<变化>を解き、猫に戻りながら言う。ぐぬぬぬ、と徐々に小さな彼女の余裕がなくなっていくような。なんだか小さい子供をいじめてるみたいになってきた。



「と、とにかく! 痛い目に会いたくなかったらさっさと言うとおりにしなさい!!」



 口では勝てないと察したのか、ついにダークエルフが私達に声を荒げた。子供に怒られているみたいで気が入らないな。リザードマン達の顔がドンドン青くなっているのが気になるところだけど……。



「そもそも、いきなりこいつらをけしかけて、しかも弓矢で攻撃してきたのはそっちだよ。落とし前をつけてもらわないといけないな。……あぁ、キミ達。死にたくなかったらどっか行ってね」



 ギロリとリザードマンを睨みつけると、リザードマンはそそくさと何処かに行ってしまった。マリンがクスクスと笑い、わざとらしく追撃する。



「頼りになるお仲間ですこと?」



 ぷちん、と何かが切れる音がした気がした。

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