vol.29 女三人寄れば姦しい
翌朝。たっぷりと休んで体力も魔力も十分に補給した私達は、チェックアウトしたのち改めて商店街にやってきていた。
【いやぁ、いい宿屋だったね。夕食も朝食も美味しかったー】
【宿屋の主人が作るベーコンエッグは名物になってるくらいだから。わざわざベーコンエッグを食べに来る冒険者もいるみたいよ?】
【ええ、すごく美味しかったです。久々にまともなものを食べた気がします】
昨晩のうちに、アンズにも<念話>を取得して貰っていた。しかし、アンズの言うことはいちいちヒトを泣かせるなぁ。よくよく考えたら、私とてちょっと前まで<捕食>でモンスターを食べていたくらいだから人のことはあまり言えないけど。これからみんなで美味しいものを沢山食べようね。
【でも、あの。本当にいいんですか……? 私、一応奴隷ですし、そんなに気を遣っていただかなくても】
アンズが心配そうに話す。彼女がこんなに心配しているのは、商店街に来た理由が彼女の装備を購入する為だったからだ。モンスターと異なり、獣人や人間は装備品を身に付けることができる。
そもそも、今のボロボロの布に身を包んでいるのはあまりにも可哀想というものだ。それに、女の子三人集まって服を買いに行くなんてイベント。そんなの絶対楽しいに決まってるじゃん。
【良いの良いの。アンズが強くなればパーティが強化されるんだから。ね?】
【そうよ。まぁ、コユキちゃんはお洋服屋さんに行くこと自体が楽しみなようにも見えるけれどね】
クスクス笑いながらマリンが言った。ち、違うし! と否定しても本当かしらねー? と躱されてしまう。そんな私とマリンのやり取りを見てアンズはケタケタと笑っていた。
これ、全部<念話>のやり取りな上に私は“身隠しの布”を使っているから、側から見ればアンズとマリンがお互いに無言で笑ったりしててかなり危ない人達に見えるんだろうけどね。それを言ってしまうのは流石に彼女たちに悪いから黙っておこう。
※
「ごめんください。防具を見せてもらえないかしら?」
「らっしゃい! ゆっくり見てってくれッス!」
防具屋の入り口を潜りながら、マリンが店の中に向けて言う。すると、威勢の良い兄ちゃんが歓迎してくれた。続いてアンズと私が店の中に入る。
ズラリとならんだ鎧、籠手、足甲、はては防具の上から纏うと思われる外装まで。見ているだけでワクワクする店だった。モンスターの私達には装備ができないので、こればかりはアンズが羨ましくなる。
「アンズちゃん。あなたの戦闘スタイルは確か近接格闘だったわよね?」
「はい。ですので、出来るだけ関節の動きを阻害しない防具が好ましいです」
マリンとアンズが確認しあっている。一言で言ってしまえば武闘家スタイルか。いくら獣人が筋力に特化している種族と言っても女の子だし、あんまり重い防具は不向きなんだろう。
出来る限りアンズの希望に添えるような防具を見繕ってあげようと、店内を散策する。あっ、この舞踏着可愛いなぁ……。これも、これも可愛い。良さげなものを何点か見つけた私は、マリンに頼み次々とカゴに入れてもらう。
【それじゃあアンズ、試着してみようよ】
【えぇっ、今ですか?】
そりゃそうだよ、と私はアンズをぐいぐいと試着室の方へ押していく。アンズは気恥ずかしいようで、あまり乗り気ではないようだったが
【そうね、着てみないと合うかどうか分からないもの。それじゃ決まりね? ほらほら早く着替えて】
マリンにも促され、渋々と試着室へ入っていった。着替えを待っている途中、小さな声で
「うわ、なんですかこれ……」
とかいう声も聞こえたが。おかしいな、そんな変なものは選んでいないハズなんだけど。ほどなくして、アンズが顔を赤くしながらカーテンを開けた。チャイナドレス風の舞踏着。女戦士風の軽装鎧。革のコートでビシッと決めるスタイルもイイねぇ。……おい、誰だ露出が高いビキニアーマーなんて入れたの。ジロっとマリンを見ると、口笛を吹いて視線を逸らされた。
【ところで、値段の方は大丈夫なんですか?】
全く気にせずに試着に回ってしまっていたけど、アンズに言われて改めて値札を確認してみる。うわ、たっか! 値段はピンキリなようで、素材によってかなり差があるようだった。モンスター狩りでそれなりにお金を溜めてきたとはいえ、好き放題買い物はできないなこりゃ。可愛いものほど高い価格設定にしているあたり、卑しさを感じてしまう。足元見やがって。
【ま、まぁとにかく。アンズ、気になるものはあった?】
【そうですねぇ……どれもこれも、良いものであるとは思うのですけど……】
アンズもアンズで決めかねているらしい。その時、マリンが店の奥にひっそりと飾られているものに目をつけていた。彼女は座って商品を並べている店員に近づき、目線の高さを同じにして話しかけた。
「ねぇ店員さん。アレは売りものなのかしら?」
「えっ? あー、アレねぇ。アレは試作品で、品質は保証できないッスけど……」
あー、商品ではないのか。店員はどうしたものかと考えているようだったが、マリンは押せば行けると考えたのだろう。ずいっと近づき彼の顔を下から覗き込むようにして、言った。
「……駄目、かしら?」
「ッ! あー。その、もし着てみたいってんなら試してみても構わないッスよ?」
意外にもあっさりと了承され、店員がマリンに試作品を渡してくれた。マリンはにこやかに笑って受け取る。そのやたらと大きい胸に店員の視線が集中していたように見えるのは、まぁ。気にしないでおきます。
【せっかくだからそれも着てみようよ、アンズ】
アンズにその試作品を着てみることを促す。中から、うわっこれも結構……と独り言が聞こえてきたが大丈夫だろうか。そして、更に待つことしばらく。アンズが試着室から出てきた姿をみて、私達は思わず感嘆の声を漏らした。
「うう……恥ずかしいです」
白を基調とした、和服風の着物。可動域を妨げないように肩周りと股関節付近は敢えてむき出しになっているようだった。一応、アンダースコートを履いているもののアンズは恥ずかしいみたいでもじもじしている。腰には帯が巻かれ、背中のリボンが非常にかわいらしい。肘から下は籠手で覆われており、膝にもサポーターが巻かれている。まるでくノ一のような出で立ちだ。
「あら、可愛いじゃないアンズちゃん!」
「そ、そうですかね。でもこれ、お尻とか丸出しですし。私足が太いから大丈夫ですかね……」
アンズが後ろを向くと、確かに隠すものがないのでアンダースコートからウサギの尻尾が丸見え
だった。白くふわふわの尻尾で、ちょっと触ってみたくなってしまう。アンズは足の太さを気にしているようだが、ウサギ獣人の発達した肢体は太いというよりも靭やかで、むしろ出しておいたほうが画的に映えるのではないかと思った。
【まぁ、でも。最初の希望通り動きやすそうだし、私は良いと思うよ。可愛いし】
【そうねぇ、アンズちゃんが思っている以上に凄く似合ってるわよ】
私達に褒められて、アンズはしばらく鏡の前でくるくると身体を回しながら悩んでいるようだったが。ついには、決心が決まったらしい。
「うーん。それじゃあ……せっかくなので、これに決めますね」
そうして、アンズの装備は決まった。ステータス欄には“純白の忍装束"と表示され、各ステータスがぐぐんと伸びているのが分かる。おおう、すげーな装備の効果。流石にモンスターとヒトの差を感じずにはいられない。良いなぁ、いつか私も装備できるようになりたいなぁ。
試作品ということで、なんだかんだその装備はかなり安く手に入れることができた。まぁ、マリンによる値切りが功を奏したところが大きいんだけど。曰く、行商の街では値切ることがむしろ普通なようで、他の人がやっているのを見よう見まねでやってみたのだとか。マリン、やっぱり侮れないなキミは……。
宿屋に泊まったりアンズの装備を購入したことで、お金も残り僅かになってしまった。三人で話し合った結果、改めて今後の活動方針を定めるために一旦マリンの拠点に戻ろうということになったのだが。商店街を抜けて街の東側出口から出ようとした帰り際。私はどうしても我慢できなくなった。
【……待ってマリン。あと一個だけ!】
不思議そうに首を傾げるマリンに、私はある出店を指差した。なるほどと言わんばかりに彼女は微笑み、美味しそうに泡立つ飲み物を三つ購入してくる。モモン・キャンディ・ビール。ピンク色にキラキラ光るその姿。これだけははずせなかったのだ。
街を出て森に入り、人気がなくなった頃。漸く“身隠しの布”を外すことを許された私は、嬉々としてビールを受け取った。ああ、もうめっちゃおいしそう。
「うふふ……」
「な、なに。どうしたの」
マリンが私の様子をみてニヤニヤと笑っている。私は怪訝な顔で彼女に尋ねた。
「いや、コユキちゃんってしっかりしてるのに、変なところで子供っぽいなぁって思ってね?」
「あ、それはちょっと私も思いました」
意地悪な笑顔を浮かべるマリンに、アンズまで同調して言う。もう、酷いなぁ! こんなに美味しそうな飲み物を前にしたら仕方ないじゃない。私は頬を膨らませつつも、とにかく無事に事が済んだことを祝福して。三人で、カチンとグラスを合わせた。待ちに待ったモモン・キャンディ・ビールは、とびきり美味しく感じられた。




