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vol.28 三人目

「ヒムカイアンズ?」



 掲げられたネックレスをまじまじと見つめながら、アンズは私に言われた名前を繰り返した。



「これは、アンズが前回死んじゃった直前に渡されたネックレスなんだ。ネックレスについているリング部分にそう名前が掘ってある。まず間違いなく、キミの名前だよ」


「私の名前……」



 アンズの目を真剣に見つめ、頷く。困ったように眉尻を下げる彼女だったが、構わず私は続けた。



「私は前回のアンズを助けられなかった。それは、おそらく私の慢心が招いた結果なの。でも、そんな私にキミはこのネックレスを託してくれたんだ」


「……」


「今度こそ、助けてあげたいの」



 想いを語るうちに自然と熱が入ってしまい、私は彼女の手をぎゅっと握りしめていた。しかし、私とは対象的に、アンズはどんどん困惑を強めている様子だった。それはそうだろう。いきなりこんな見ず知らずの、しかもヒトですら無いモンスターに言われては無理もない。



「あなたの言っていることが、本当らしいことは分かります。ですが、私は記憶がないんです。いきなりそんなこと言われてもどうしたら良いのか……」


「今は、それで良いよ」


「え……?」



 あの時、私の知っているアンズは死んでしまった。あっさり出会えたのは良かったが、現実はそこまで甘くないのだ。死んでしまったことのペナルティがそんなに重くないわけがない。姿かたちが同じでも、ここにいるのは私のことを全く知らないアンズだ。いきなり自分たちのことを受け入れてもらおうとするのが、そもそもの間違いなのだ。



「アンズが記憶をなくしたのは私のせいみたいなものだから、今は受け入れられないのが当然だと思う。だったら、せめて元のアンズに近づけるように手助けをしてあげたい。ひとつひとつ、思い出を作って」



 何をしても罪滅ぼしになるわけではない。だけど、それでも私はアンズが少しでも幸せになるために何かをしてあげたかった。考えに考え抜いた結果、それはアンズの側にいてあげることだと私は結論を付けた。記憶をなくしたとしても、また楽しく幸せな思い出で上書きしてあげたい。真っ白のままよりは、良いと思うから。



「だから、まずはその一歩。このネックレスを受け取って欲しいんだ」



 アンズは迷っているようだったが、恐る恐る手を伸ばし。ようやくネックレスを受け取ってくれた。こんなに怯えているのは、長い奴隷生活で身についてしまった恐怖心からだろう。私はそれを刺激しないように、できるだけ優しく微笑んでみせた。



「……つけて、みますね」



 照れながらも、アンズはその銀色の輝くアクセサリをつけてくれるらしい。彼女がネックレスを首にかけると、銀色に輝くネックレス自身がぼんやりと光りを帯びる。そして、私の頭の中にとあるメッセージが響いた。



『アイテム:記憶のネックレスの使用条件を満たしました。経験値を譲渡しますか?』


「!?」



 ……記憶のネックレス? このアイテム、ただのネックレスじゃなかったのか。え、もしかして。アンズが“間に合わなくなる”って言っていたのってこのアイテムが関係している……? 藁にすがる思いで、僅かな希望を託し『経験値を譲渡する』ことを選択する。



 私から、少しばかりの経験値が失われ、自身のレベルが1下がった。その代わりに、光の粒子のようなものがアンズに吸い込まれていく。そして、次の瞬間。アンズのつけていたネックレスは、パキンと小さな音を立て静かに砕け散った。



「うわ! ネックレスが!!」



 慌てて破片を拾おうとするが、時既に遅し。破片は散り散りになり、消えてしまった。ああ、そんな。嘘でしょ……? アンズが残してくれた、唯一のアンズが人間たる手掛かりだったのに。



 がっくりと項垂れ、私は唇を噛んだ。いつまで経っても迂闊。つかえるものは取り敢えず使ってしまう私の悪い癖。アイテムなんて、使ったらなくなるのが当たりまえじゃないか。よく考えもせず、根拠もない希望的な憶測に飛びついて……。なんて愚かなんだろう。思わず、自らの拳を床に叩きつけた。



「もう、自分が嫌になる……私のバカ」


「……そんなに、自分を卑下しないで下さい。コユキさん」



 そんなこと言われても、私は何も成長してない! やることがいつも裏目に出て……。



「あんまり大きな音を立てると、マリンさんも起きてしまいますよ」



 あぁ、そうだマリンはまだ寝てるんだった……え? 今なんて言った?



「アンズ……?」


「フフ、どうしましたか? コユキさん」



 私は飛び起きる。何が起きている? ニコリと微笑むアンズの肩をつかみ、彼女に問い詰める。



「え、何で、名前……私もマリンもまだ名乗ってない……」


「ほんの僅かな可能性でしたし、万に一つの賭けみたいなものだったのですが。まさか、ここまでやってくれるとは思わなかったです。本当に頑張ってくれたんですね……ふたりとも、ボロボロじゃないですか」



 アンズは、私とマリンを交互に見て笑った。あまりの驚きに、私はただ彼女を見つめることしかできない。そんな私を、アンズは抱きしめてくれた。



「ただいま、コユキさん。あなたとマリンさんの御陰で、少しだけだけど記憶が戻ったみたいです」


「アンズ……! ごめん、ごめんね、私……!!」



 彼女のことを安心させるために、気を張っていた防波堤が一気に崩壊してしまった。自分のせいで死なせてしまった責任、報われなかった努力の悲しみ、自分への嫌悪、帰ってきてくれたことに対する嬉しさ、安心感。色々な感情がぐちゃぐちゃに混ざり合い、わけが分からなくなる。



「謝らないで下さい。今はとにかく……お礼が言いたいです。本当に……ありがとうございます」


「うう、ううう! アンズ、良かった……!」



 とにかく、私は泣いた。後にも先にも、こんなにみっともなく泣くなんて無いくらいに。







「ん……」



 いつの間にか泣き疲れて眠っていてしまったらしい。うん? なんだろう、妙に寝心地の良い枕だな。横向きから仰向けへ姿勢を変えると、二つの丸い物体の陰から私を覗き込むアンズの顔が見えた。……え?



「あっ、コユキさん起きましたか?」



 違和感の正体は、アンズが私に膝枕をしていたせいだった。有り難いような、恥ずかしいような感情の大波が押し寄せ、寝ぼけた状態から脳が急激に覚醒する。



「うわ!」


「きゃっ」



 慌てて飛び起きたがために、真上にあった謎の丸い物体に激突した。顔面にぷにっと柔らかい感触が包まれる。ああ、何かと思ったらおっぱいだこれ。こいつもデカイのかチクショウ! 転がるようにしながら私はアンズから離れた。



「なな、なななな」


「あ、いえ、その、疲れて眠ってしまっていたので……。嫌、でしたか……?」



 嫌とかじゃなくて! 高校生にもなって膝枕とか! ああいや、でも今は小さいモンスターなんだけどさ! いやいや落ち着け私。これくらいで動じているようではこの先が思いやられるぞ。すーはーすーはー。深呼吸をして……よし落ち着いた。



「だ、大丈夫。嫌じゃないから安心して。むしろなんだか気を使わせてゴメン」


「いえ、そんな。私がやりたくてやったことですから……」


「え、そ、そうなの」



 やりたくてって何だよ。いや、他意はないだろうし、彼女なりに気を使った結果ゆえの行動なんだろうけどさ。アンズが恥ずかしくなるセリフを平気で言うもんだから、思わず照れくさくなって私は視線をそらした。視線をそらした先、隣のベッドで寝ていたはずの黒猫と視線が合う。



「……えっ」


「楽しそうで何よりね、コユキちゃん、アンズちゃん?」



 隣のベッドでは、マリンがニコニコしながら私達の様子を見ていた。あ、起きてたんですねマリンさん……。なんだか顔は笑っていても心は笑っていないように見えますけど?



「私が眠っている間に随分仲良くなったみたいね?」


「え、えーとマリン。いつ起きたの?」


「そうねぇ……私が起きた頃には、コユキちゃんはアンズちゃんのお膝でスヤスヤ眠っていたわね。ふたりとも可愛いからじっくり観察しちゃったわ」



 やめてくれ。つまり、今のやりとりを最初から見られていたってことか。死にたい。



「マリン、何か怒ってる……?」


「怒ってないし、羨ましいなんてちーっとも思ってないわよー?」



 マリンは相変わらずニコニコしながら言った。若干言葉が刺々しい気がするんですけど、気の所為ですかねこれ。マリンの放つピリついた空気に耐えられなくなったのか、アンズは急に立ち上がると、



「わ、私夕食をとってきますね!」



 そそくさと部屋を出ていってしまった。に、逃げやがった。……この後、マリンの機嫌が治るまでだいぶ苦労したのはまた別のお話だ。

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