vol.27 正直になるということ
「痛いよディーちゃん」
これでもかと抱きしめてくるので、私はディーちゃんを引き剥がしながら言った。あんまりくっついてくるとさ、ほらマリンがなんか怖い顔してるから。
「あいつらはどうなったの?」
「大丈夫、やっつけたよ。私はこう見えてもそれなりに強いから」
一階から、“当主達が捕まっているぞ!” などの声が聞こえ騒がしい。先に登っていった異形の者達が、縛られた彼等を見つけたんだろう。ディーちゃんは信じられないといった表情を浮かべていたが、状況が真実を語っていた。
「……本当なのね。ああ、なんてお礼を言えばいいんでしょう。ありがとうコユキ! 同じ立場の者として誇らしいわ。あなたはなんて勇敢で逞しいのかしら!」
……ああ、そうだ。私は彼女に酷いことをしたままだった。正直に言わなければならない。
「ディーちゃん。あのね、謝らないといけないことがあるの」
「コユキ……? どうしたの? あなたが謝らないといけないことなんて無いわ。だって私達を助けてくれたんだから」
ディーちゃんは優しく言った。違う。そうじゃない。以前の私なら、相手が勘違いしていることを都合が良いとただ利用するだけだっただろう。でも、そのままではいけないと思った。彼女たちの誠実さを、裏切ったままではいけないと感じたから。
「ディーちゃん……私、嘘をついてたんだ」
「え……?」
「私は奴らの実験の被害者じゃない。元から、モンスターなの」
固まる彼女。“だって、その姿……”と困惑している様子だった。今の私は割と人間に近い姿かたちをしていて、しかも喋るモンスターだ。こういう異常な環境がゆえに、彼女を勘違いさせてしまったのだろう。
「あの時、正直にモンスターだって言ったらディーちゃんと敵対してしまうかもしれないと思って。……ごめんなさい」
「……コユキ」
ただただ、正直に自分の気持ちを伝えて頭を下げる。ヒトに素直に謝ったのなんて凄く久しぶりだった。
私は勉強しなくてもそれなりに成績はよかったし、やることをやってさえいれば良いという家庭の方針だったので、親すらも私を怒ることなんてまず無かった。これまで心の中で他人を見下しながら生きてきた私が頭を下げるなんて。人間のときは絶対に有り得なかったな。
「これから、審判者に通報して当主たちのしてきたことを告発する。勿論私達も姿を見られるわけにはいかないから、非常ベルを鳴らして書き置きで告発するんだけどね。ディーちゃん達も、早いうちになんとか逃げだしてほしい」
「……」
彼女は何も言わなかった。ただ、悲しそうな表情で私のことを見つめていた。
「これからどうするかはディーちゃんに任せるよ」
私は淡々と伝えると、マリンに“行こう”と一言伝えて階段を登る。マリンは何かもの言いたげに私を見ていたが、結局は黙って同意しついてきてくれた。こういうときに空気を読んでくれる彼女にはいつも助けられる。
一方で、ディーちゃんは静かに佇んでいた。嘘をつかれていたことがショックだったのか、私がモンスターだったことが信じられないのか。私達が階段を登りきっても、物音ひとつしない。こればかりは、私が騙していたのだから仕方がないと、そう思うしか無かった。
「……それじゃあマリン、お願い」
「良いの? あのヒトのことは」
心配そうにマリンが尋ねてきたが、私は大丈夫だと頷いた。屋敷を探索した時に見つけておいた非常ベル。マリンがスイッチを押すと警報音が響き、私達は弾かれるように逃げ出した。“出来ないことはない”と言われる審判者のことだ。恐ろしい速さで駆けつけてくるに違いない。
しばらく走り、もう大丈夫だろうという距離まで誰にも見つからずに来ることができた。振り返って屋敷の方角を見る。ディーちゃんも、その他の被害者たちも、ちゃんと逃げ出すことはできただろうか。あんな姿の人々だ。審判者に見つかったら退治されてしまうかもしれない。出来れば一緒に逃げて欲しかったんだけど。
しかし、彼女が一緒に来てほしいなんて私が言う権利は無かった。散々ひどい目に会い、漸く助けてくれる人物が現れたと思ったら、そいつは嘘をついていたのだ。それが些細なことだったとしても、もう彼女の信用を得ることは難しいだろう。
目的があったとはいえ、私は自分の行いを後悔せざるを得なかった。まだまだ私は未熟だ。ぐいっと腕で悔し涙を拭い、再び奴隷商に足を向ける。隣に立つマリンが、優しく頭を撫でてくれた。いつの間にか“身隠しの布”が頭から外れていたらしい。涙を見られたのが恥ずかしくて、私は布を被り直した。
※
そして。再び、私達は奴隷商に戻ってきていた。
「話をつけてきたので、今度こそ奴隷を購入させていただきますね」
マリンが受付の老人に、奴隷購入の権利書と代金代わりの指輪を提出する。老人は怪訝な顔をしたが、物が揃ってしまえば構わないタチなんだろう。フンと鼻をならし、あっさりと受理してくれた。
「……どうやったか知らんが、まぁ良い。連れて行きな」
サラサラと、マリンを宛名に権利書を書き直してくれた。地下に降りると、牢屋の鍵を開けてもらったアンズがおずおずと外に出て待っていた。ああ、やっと再会できた。どんな形であれ、再び彼女に合うことができたのが何よりうれしい。
アンズは新しい主人にぺこりとお辞儀をし、どんな指示が出されるのかとビクビクしている。相変わらず身にまとうものはボロボロで、早く洋服を買ってあげようと思った。
「今日から私があなたの主人よ。よろしくお願いね。それじゃ、行きましょう」
「新しい奴隷が必要になったら是非~」
歯抜けの男の言うことは無視して、店を後にする。アンズと話をしたいことが山積みだったが、その前にマリンが<念話>で話しかけてくる。
【コユキちゃん。ごめんなさい、ちょっと急ぐわ。魔力が残り僅かなの】
【えっ、大丈夫?】
【なんとかなると思うわ、目をつけていた宿があるから】
※
あたりはうっすらと暗くなってきていた。私達はアンズを連れ、街の宿屋に向かった。流石に疲れているのか、マリンはかなり早足で進んでいくためアンズが慌ててついてきている。
ほどなくして、街の中央部近くにある宿屋、“三つ目巨人亭”に到着した。一階部分が酒場になっている宿屋で、小さくも落ち着いた雰囲気の良い店であることが印象的だ。ここは金さえ払えば無条件に泊めてくれる宿屋なのだそうで、マリンは以前にも利用したことがあるらしい。
「一部屋お願い。二名よ」
「ご夕食は?」
「部屋で食べたいから、あとで取りに行くわ」
受付でマリンがチェックインをし(私は布で隠れていたのでノーカウント)、部屋の鍵をもらう。マリンはお礼を言って鍵を受け取り、部屋に入るとガチャリと鍵をかけた。
「……ぷはーーっ!! もう駄目!!」
マリンは、ふらりとよろめいたと思うと、ボフンと<变化>の解ける音と共に猫の姿になりベッドに倒れ込んだ。こんなに長く変身し続けたことは今までなかったようで、疲労困憊と言った様子だ。
「!?」
アンズは何がなんだか分からない様子でオロオロしている。ちょっと可愛いと思ってしまった。
「コユキちゃん……アンズちゃんのことは任せるわね……」
「お疲れ様、マリン。休んでいていいよ」
はらり、と私は“身隠しの布”をはがしながら言う。アンズはもう訳が分からず泣きそうだ。いきなり猫になる主人。何もないところから出てきて喋るモンスター。ぱくぱくと口を動かしながら私のことを指さしている。
「ヒトのことを指差すとは随分なご挨拶だね、アンズ」
「え、あ、アンズ……? それは、私のことなのですか……?」
私はニコリと微笑み、持っていたネックレスを彼女に見せる。あの時、アンズから預かったネックレス。警戒しながらも、何かに惹かれるようにアンズはネックレスを観察していた。
「そう。ヒムカイ アンズ。それがキミの名前だよ」




