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vol.26 漆黒のメイド

 マリンのところに戻る前に他の檻も覗いたが、どの部屋にもディーちゃんと同じように改造されてしまった姿の人々が力なく佇んでいた。当主に怒りを覚えながらも“身隠しの布”を身に纏い直し、私は階段を登る。<忍び足>で足音が立たないようにしながら居間を覗き見ると、ちょうどマリンと当主が向かいあわせに座り、お互いに紅茶を飲んでいるところだった。



【マリンおまたせ、戻ったよ】


【あらコユキちゃん、遅いから心配したわよ! でももうすぐカタがついちゃうところだったから、一足遅かったかもしれないわ】



 勝ち誇ったようにマリンはニコリと微笑む。交渉がどうなったかは見ていなかったけど、マリンも意外とやるなぁ。当主の方は見るからに余裕がない。ちょっと見守ってみることにしよう。



「ぐ、ぐ……」


「ふふ、顔色が悪いですよ。何か言ったらど……う……?」



 様子がおかしい。館の当主の顔色がみるみるうちに、悪いどころか真っ青になっていく。



「う、が。なに……を」



 そして、突然に当主が倒れた。彼が恨めしげに視線を送った先は、マリンではなく、メイドだった。メイドは彼を見下ろし、そしてため息をついて言い放つ。



「はぁー……使えない男。もっとうまく嘘がつけないものかしらね」



 それは、このメイドが今まで浮かべた中で最も恐ろしく冷たい表情だった。予想していなかった事態に困惑してマリンは訪ねる。



「ど、どういう……こと」


「あなたが知る必要はありません。が、もはやあなたにとっても他人事ではありませんね。そろそろクスリが効いてきたころでしょう。迂闊ですね、出された紅茶を警戒もせずに飲むとは」



 マリンも苦しそうに首元を抑えている。一瞬毒かと思ったが、これは違う。男はピクピクと細かく痙攣し、動きたくとも動けない様子を察するに。痺れ薬を盛られたのだろう。



【マリン、こいつが黒幕だ……! 地下で、人体実験された被害者を見つけたの!】


【人体実験……!?】



 報告を聞いたマリンはキッ、とメイドを睨みつけて言う。



「なるほど……奴隷を買っては実験に使っていたってわけね」


「おや? もうそこまで調べが回っていたのですか? ……大方、そこに転がっている男がヘマをやらかして情報が漏れたのでしょうけど。まぁ、それが分かったところで今更どうにかなるとは思えませんがね」



 そうして彼女がスカートのポケットから取り出したのは、謎の直方体の石。色はどす黒く、鈍く光っている。相手を不安にさせるには十分すぎる不気味さがあった。



「これが何かわかりますか?」


「……分からないわね」


「市場には出回っていないものですからね。良いでしょう、お見せして差し上げます」



 メイドは、怪しく光る石を倒れている男の首筋に躊躇いなく当てる。一瞬石を握る手元がぼんやり光ったかと思うと、



 バチッ!



 という鋭い音が響き、稲妻が走る。ピクピクと痙攣していた男は、今の衝撃で完全に気を失ってしまったらしい。石を離すと、プスプスと焦げたような匂いがした。



「まぁ、こういうものなのです。これは大変便利なものでしてね、通常のヒトならばまず一発で気絶してしまいます」



 要は強力なスタンガンみたいなものらしい。彼女は手のひらの上で、器用にころころとその直方体を転がしながら一歩、マリンへと近づいた。



「まず、この石であなたの意識を切り取らせていただきます」



 一歩、また一歩。

 


「次に、あなたの身体を素敵な身体につけ替えてあげましょう」



 一歩進むごとに、狂った発想をぶつけてくる。



「目が覚めたときには、きっと。新しいご自分の姿をさぞかし気に入ることと思います」



 そして、ついにマリンの目の前に立って見下ろす形になった。マリンは身体が痺れて動けないようで、ただ座ったままメイドを見上げることしかできない。



「ごめんこうむりたいところだけど……。せめて教えてちょうだい。あなたの名前は……?」


「……まぁ、ヒトでいられる最期の時ですからね、冥土の土産に教えてさしあげます。私はエスタロッテ・ブラックローズ。この腐った世界を更生するため、日々研究を続けている者でございます」



 言いながら、彼女はゆっくりとスタンガン石(今命名した)を振り上げた。アレを当てられたら一環の終わりだ。マリンは覚悟を決めたように顔を伏せる。



「そう。……名前だけでも知られて良かったわ」


「では、もうよろしいですかね。また新しい姿でお会いし……まっ!?」



 ガツン!!!



 唐突に、突然に、鈍い音と共にエスタロッテと名乗った女は吹っ飛んだ。……いや、正しくないな。私が吹っ飛ばしたのだから突然も何もない。当然の結果だ。誰もいなかったと思っていた場所から、全力で殴りつけてやったんだ。意識の外からの打撃に耐えられるわけがない。強かに頭を打ち付け、奴は気を失ったはずだ。



「あぶない女だよ全く。マリン大丈夫? いやー名演だったね」


「……もう! 遅いわよコユキちゃん! 本当にやられるかと思っちゃったわ」



 頬を膨らませてマリンがぷりぷりと怒っている。そしてマリンは何事も無かったかのように立ち上がった。



「え? 痺れクスリを盛られたんじゃないの?」


「悪いけど、流石に怪しくて飲めたものじゃなかったわ。飲んだフリよ。私が紅茶に口をつけた瞬間から、明らかにメイドの挙動が変わったから予想通りだったわね。まさか当主の方にも無差別にクスリを盛っているとは思わなかったけれど」



 クスクスと笑ってマリンは言った。いや割と笑い事じゃないぞこれ。マリンは私が思っているより一枚も二枚も上手うわてなのかもしれない。敵に回さなくて良かったなぁ、としみじみ私は思った。



 ふと、メイドが落とした黒い石が床に落ちているのに気がつく。石を拾い上げて名称判定すると“黒雷石”と表示された。雷の魔法を閉じ込めてあるのかな? これもきっと珍しいアイテムなんだろう、ちゃっかり貰っておくことにしよう。



「それで。館の当主も、黒幕だったメイドも気絶してしまったけれど。アンズちゃんをどうやって譲ってもらえば良いかしらね」


「あぁ。そこについては既に考えてあるよ」



 ニヤリと悪い顔をして笑う私に、マリンはキョトンとして首を傾げた。







 館中を捜索することしばらく。私達はアンズを購入した権利書を見つけることに成功していた。当主の部屋に厳重に保管されていたから、随分と分かりやすかったな。……うん? 鍵は、当然彼からくすねさせていただきましたよ。



 当主もメイドも、縄でぐるぐる巻きにしておいたから逃げ出すことは出来ないだろう。せっかくなら金目のものでも持っていってしまおうと思ったんだけど、流石にそれは駄目よとマリンに怒られてしまった。マリンはお硬いなぁ……いや、それが彼女の良いところでもあるんだけどね。



「それで、あとは通報してしまえば良いのよね?」



 手に入れるべきものも手に入れて、悪い奴らもお縄につけた。マリンがぱんぱんと、手をはたきながら私に言う。直接私達が審判者ジャッジとやり取りするのは面倒くさいことにしかならなさそうなので、書き置きを残した後に電話をしてジャッジに来てもらえば良い。あとは、きっとこの世界のポリスメンがなんとかしてくれるだろう。



 ……が、通報する前に、どうしてもやっておかなければならないことがあるのを忘れていた。



「あっ、待ってマリン。やり残したことがあるんだ」



 私がメイドのポケットを探ると、小さな鍵を見つけることができた。まず間違いなく、あの鍵だ。マリンに一緒についてきてほしいと頼み、私達は地下へと降りていく。



「マリン、ちょっとショッキングかもしれないけど……驚かないでね」



 そう言い、すべての鍵を開け放った。突然開かれた扉に、中にいた異形の者達がゆっくりと這い出してくる。マリンはというと、目を丸くしながら私の後ろに隠れていた。まぁ、無理もないか。初見ではSAN値が減ってしまいそうな状況だものな。



「ディーちゃん、もう大丈夫。助けに来たよ」


「コユキ……? ああ、嘘でしょ……本当なの?」



 異形の者達の中でひとり、私の姿を見て信じられないと近づいてくる姿。ディーちゃんだった。まさか無事に戻ってくるとは思わなかったんだろう。目に涙を浮かべ、私のことを抱きしめてきた。

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