vol.25 ナレハテ
とある地下の一室。私は何もいないはずの部屋で何者かに話しかけられていた。
「あなた……は? あなたも、アイツの実験のせいで……?」
突然話しかけてきた何かは、穏やかにそう言った。このヒトは何を言っているのだろうか。声からすると女性だが、改めて<気配感知>を使ってみてもやはりヒットしない。こんな、相手の姿が見える状態でも駄目だなんて。生き物である以上、かならず引っかかるはずなのに。……ん? 生き物である以上?
「そんなに警戒しないで大丈夫よ。危害を加えるつもりはない、から」
そう言って彼女はわずかに灯りのある入口側に近づいてくる。徐々にその姿が露わになるにつれて、私は悲鳴をあげそうになるのを無理やり堪えなければならない羽目になった。
彼女の身体は、機械だった。いや、正確には“機械のような身体”だ。それを機械と呼ぶにはあまりにも無骨過ぎた。身体のあちこちからチューブのようなものが飛び出し、同時に出血もしていた。骨がむき出しになっているのを無理やり縫い付けてあるような箇所も見られる。“化け物”。モンスターの私から見ても、そう呼称するのが最も適切であるように感じられた。
「そ、その身体……」
「ええ……奴の人体実験の、成れの果て。所々魔術で補強してあるようだけど、私自身なんで意識があるのか不思議なくらいだわ」
彼女は悲しそうに頭を垂れる。人体実験だって? 彼女の頭からは狐のような耳が生えているのを見るに、きっと元々は獣人だったのだろう。こんな、非人道的なことをするやつがいるなんて信じられない。
「もしかして、元々は奴隷で……?」
「そうよ。あいつに奴隷として買われて、クスリで眠らされて。気がつけばこんな姿にされていたわ。……あなたも、似たような状況で?」
どうやら、私のことも哀れな実験の被害者と思い込んでいるらしい。すみません、この姿は元からなんです。元からモンスターなんです……。街の中では種族が見えないことが幸いしたな。私は嘘をついて話を合わせることにした。
「あ、ああ。そんなとこ」
「可哀想に、まだこんなに小さい子まで……。アイツ、ついにモンスターと融合させる実験までやり始めたのね……」
うーん、勝手に勘違いしているとはいえ心が痛い。けど、スライムガールっていう種族がレアモンスターで良かった。普通ならモンスターが侵入してきたと騒がれているところだ。
「あの、もしかして他にも被害者が……?」
「ええ。アイツはしょっちゅう奴隷を買ってきては実験台にしているから。特に、若い奴隷は活きが良いとか言って好んで使う傾向にあるの。館の入り口にマネキンがあるのは見たことがあるかしら? あのマネキンも、元はちゃんと生きていた人たちだったのよ」
にわかには信じられなかった。ちょっとまって、脳みそが追いつかない。入り口にあったアレ、全部? 二、三十体はあったぞ。
「嘘でしょ……頭おかしいんじゃないアイツ」
「悲しいけど、全て事実なの。私としても、これ以上被害者を増やしたくないのだけれど……。この狼藉を、審判者に伝えることさえできれば……」
彼女が語る、一筋の光明。私は思わず身を乗り出して尋ねる。
「審判者に伝えたらなんとかなるの?」
「それはそうよ。いくら相手が奴隷でも、人体実験は立派な法律違反だもの。一発でしょっ引かれて、確実に死刑でしょうね。でももう、私はこんな姿だし……ここを脱出したとしても化け物扱いされて殺されてしまうのがオチだわ」
アイツがやたら挙動不審に奴隷商に入っていった謎が解けた。これは取引において最強のカードとなり得る。機械ゆえにステータス表示も見えない彼女に感謝しないといけないね。
「色々教えてくれてありがとう。あの、あなたの名前は?」
「私は、D-12って呼ばれてる。実験で殺されてはリスポーンするうちに本来の名前も忘れてしまったわ」
ああ、もう。聞けば聞くほど、ここの館の主人がよほどイカれていることが分かってしまう。私は少しでも彼女を晴れやかな気持ちにするべく、精一杯明るく努めてみせた。
「じゃあ……ディーちゃんだね」
「え……?」
「ディーちゃん。ニックネームだよ。その記号みたいな名前よりは良くない?」
「ふふっ……そうね。そうかもしれないわ」
終始暗い顔だった彼女は、初めて笑顔を見せてくれた。機械になっても、その辺の人間よりよっぽど人間らしいヒトだ。私は、初めの方に“化け物”なんて思ってしまったことを心の中で謝罪した。
「あなたのお名前も教えてくれる?」
「あれっ、私の名前表示は見えてないの?」
「それが、この身体になってからステータス表示が見られなくなっていてね……。嫌じゃなければ、教えてくれないかしら?」
ステータスやスキルがつかえるのは生命体に限る……のか。彼女はもはや生命体ではないんだな。悲しくなったがしかし、同情するのは失礼な気がした。彼女の気持ちが分かるのは、きっと同じ立場になった者だけだ。悲しい気持ちを抑え、私は答える。
「私はコユキ。ディーちゃん、任せて。必ずなんとかしてみせるから」
ディーちゃんは首を傾げていたが、私が体型を変えて牢屋から抜け出すのを見ると合点がいったようだった。きっと私がうまいこと逃げ出し、審判者に通報してくれることを期待しているんだろう。だが、彼女にとっては、小さな子どもが助けてあげると言っているようなものだ。とても頼りなく感じるだろうが、それでも真っ暗闇の中に唯一見えた光。
「……お願い。私達を、助けて」
彼女はそれだけ言って、私を送り出してくれた。アンズの他にも助けなきゃいけないヒトが増えちゃったな。これは忙しくなるぞ。
※
「盛り上がっているところ、失礼致します。紅茶が入りましたので、宜しければ」
館の当主が顔を歪め言葉に詰まりだした頃、タイミングが良いのか悪いのか。メイドがティーセットを持って居間に戻ってきた。男はメイドに返事もせず、手だけで紅茶をテーブルに置く指図する。さして気にした様子もなく指示に従うあたり、普段からこんな感じなのでしょうね。
「……それで。仮に私が奴隷を買っていたとして、何故貴方に譲らなければならないのです」
露骨に不機嫌になりながら、男は用意された紅茶をすすった。まぁ、もっともな話ね。せっかく手に入れた奴隷をわざわざ手放す道理はないもの。
「そうですわね。まずあの奴隷の獣人は、奴隷の身でありながら、大変美しいですわ。あの姿に私は惚れてしまったのです」
フン、と興味もなさそうに男は鼻を鳴らした。つまるところ、彼はアンズの見た目が好みで奴隷として買ったわけではないということね。
「それに、若く靭やかな筋肉をしていました。私は見ての通り華奢ですし、貴方様ほどお金持ちでもありません。荷物持ちに適しているであろう彼女をどうしても手中に収めたいのです。勿論、譲っていただけるのであればそれなりの謝礼は考えさせていただきますわ」
「……まぁ、そうでしょう。若く健康な奴隷というのは中々入ってきませんからな」
男はそう言って、また紅茶を啜る。しかし、甘いわね。
「あら。そうですの? 奴隷について随分お詳しいですのね」
私はわざとクスクスと笑ってみせる。露骨に、男が『しまった』という表情を浮かべて歯噛みした。今の発言は、自分から奴隷商に通っていると言っているようなもの。奴隷なんて、そんなに頻繁に買うものではないはずなのに。
「どうやら、奴隷商に行っているのは一度二度ではないようですわね。……そんなに奴隷を買ったりしている割には、この館にはそちらのメイドさんを除いて使用人が見当たりませんね?」
「う、ぐ。それは……」
見る見る顔色が悪くなっていく男の様子を見て、勝ちを確信した。この調子でいけば、交渉成立も時間の問題ね。私は冷める前にと、紅茶を一口すすった。ダージリンのような良い香りがする。やっぱりお金持ちなのねぇ、お茶葉も拘っているわ。コユキちゃんが戻ってくる前に、片がついちゃうかもしれないわね。




