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vol.24 人形の館

 ドン。ドン。



 ライオンの装飾が施されたドアノッカーを、マリンが叩く。低い音が響き、中からの反応を待つことしばらく。痺れを切らせてもう一度ドアノッカーを触ろうとした時、突然ガチャリと鍵の開く音がした。マリンは慌てて真っ直ぐと起立し直す。



 ギィ、と重そうなドアが軋みを立てて動いた。そこに立っていたのは、メイド服姿に身を包んだ若い女性だった。家事使用人だろうか? メイド服と言っても俗にいうアキバ系の可愛いものではなく、ロングスカートにシックな印象の、清潔感が強いメイド服だ。ちなみに私が着るとしたらミニスカートのやつの方がいいな。可愛いし。いや、どうでもいいけど。



「……どちら様でしょうか」



 玄関口を軽く一瞥し、立っているのがマリンだけであることを確認すると、彼女は無愛想に言った。マリンは少し緊張した表情で返答する。



「私はマリンといいます。こちらの主人に話があって参りました」


「……当主からは話すことはありません。お引取りを」



 彼女は冷たく言い放ち、扉を閉めようとする。慌てて私は扉を押さえた。ガッ、となにも遮るものはないはずなのに扉が何かに引っかかり、メイドは困惑している様子だ。



「な、何これ、動か、なっ」


「そうですか……奴隷の件で話すことがあったのですけれど」



 相手の失礼な態度に少し腹を立てたのだろうか。マリンはいかにも意味深である風を装って、負けじとメイドに本題をぶつけた。そして“奴隷”というワードが出た時、露骨にギクリとしたのを私達は見逃さなかった。メイドとマリンが一瞬、にらみ合うように見つめ合った後。



「……はぁ。仕方ありません。お入り下さい」



 折れたように、隠しもせずため息をつくと改めて扉を開けてくれた。これに関してはマリンがグッジョブだったな。この家は、奴隷に関して何か良くないことをしている。そういう反応だ。



 入り口から堂々と入り、室内を見回す。入ってみて初めてわかったが、建物の外見は案外アテにならないな。内装は赤い絨毯が敷かれ、シャンデリアが綺麗に輝いている。しかもこまめに掃除されているのだろう、ホコリ一つ見当たらない。これだけなら間違いなく良い屋敷だ。これだけなら。



「……わぁ」



 思わずマリンが声をこぼす。無理もない。入るなり早々に、マネキン……だろうか。廊下のあちこちに人形が直立しているのが目に入ったからだ。男のマネキンも女のマネキンも、どいつもこいつも悲痛な表情を浮かべている。一言で言ってしまえば不気味極まりない。ハッキリ言って悪趣味だ。



「こちらへどうぞ」



 客人がそんな反応をしているのに、メイドは意に介さず奥へと案内を始めた。そりゃあどの客も似たような反応をするだろうし、いちいち相手にしてたらキリがないんだろうけど。もう少し気遣ってくれても良くないですかね。……しかしリアルなマネキンだな。今にも動き出しそうで、側を通るのに少しだけためらってしまうぞ。



 玄関から真っ直ぐ進み、居間へ通される。チラリと、視界の端に降りる階段があるのを見つけた。外から見て2階建ての建物だと思っていたけど、地下もあるのか。メイドにソファに座って待つよう言われ、マリンは大人しくだだっ広い居間でちょこんと座って待つことになった。



「勝手に動いたりしませんよう」


「……」



 メイドはマリンに釘を刺すように言った。マリンはそんなことしませんよ、と肩をすくめて無言の返事をする。カツカツと、ヒールの音を立ててメイドは2階への階段を登っていってしまった。たぶん、主人を呼びに行ったんだと思われる。案内人に黙って待つように言われたのだから、勝手に動くわけにはいかないよな。



【そんじゃマリン、ちょっと手掛かりがないか探してくるよ】


【えっ!?】



 まぁ、私は勝手に動くけどね。幸い、相手は私達のことを一人だと思っている。このアドバンテージを活かさない手はない。弱みを見つけて交渉の種にしてやるぜ。



【き、気をつけてね!】


【おっけーい】



 マリンは少し困惑しているが、止めはしないんだな。まぁ、あのメイドの態度は気に食わないからね。仕方ないね。とりあえず露骨に怪しい場所から調べようと思い、私は早速地下へと続く階段を降りていった。



 灯りがないから注意して……っと。一番下までたどり着き、通路を進む。通路に面するように部屋の入口がいくつかあったが、困ったことがあった。地下の部屋の入口は檻のようになっていて、鍵がかかっていたのだ。



 参ったなぁ。<鍵開け>スキル、とっておくんだった。ポイント20も使うから敬遠してたんだけど……。部屋の中は暗くてよく見えない。こんなに厳重にして、一体そこに何があるというのか。気になる。



 檻の隙間は人の腕が通るくらいだった。ん? 待てよ。今の私なら、或いは。<気配感知>を使っても……引っかからないな。よし。“身隠しの布”をリスク承知で外し、<形態変化>で細長い形になる。硬度はできるだけやわらかくして……。



 ぬるり。おおう、できてしまった。普通なら絶対通れない細い隙間も、今の私は通ることができる。気分は完全にターミ○ーター2のアレだな。



「だ、誰……?」


「!?」



 暗い部屋の隅。誰もいないと思っていた場所から、何者かの声がする。バカな、<気配感知>を確かに使ったぞ私は!?







 コユキちゃんが館を探索すると言ってから結構経つけど、未だに戻ってこない。心配だわ。コユキちゃんに限って、ヘマはしないと思うんだけど……。探しに行くわけにもいかないし、こうしてひたすらソファで待っていなければならないのがもどかしいわね。



 その時、二階から階段を降りてくる足音がする。足音は……2つね。間もなくして、館の主人とメイドが居間に入ってきた。館の主人は、勿論あの挙動不審の男。彼は深々とお辞儀をすると、



「ようこそ、お客人。私にご用事とお聞きしましたが」



 そう言って、私を見て微笑んだ。なんでしょうね、その笑みは。優しく微笑んでるつもりかもしれないけれど……妙に不気味だわ。コユキちゃん、早く戻ってこないかしら。内心不安だけれど、今は取り敢えず切り抜けるしかないわね。



「はじめまして、この度はお時間をいただきありがとうございます。私はマリンと言います。今回は奴隷の件でお尋ねしました」



 ソファから立ち上がり、私もお辞儀をする。感情の読めない面持ちで、男は再び微笑んだ。



「座っても?」


「ええ、勿論」



 見た目によらず紳士的な男ね。テーブルを挟み、ソファに向かい合うように座る。メイドはお茶を淹れてきますと一言言い、この場を離れてしまった。二人きりになり、気まずい沈黙の時間が流れる。



「……帽子は取らないので?」



 本題に入る前に、先に切り出したのは男の方だった。今は<变化>で人間態になっているが、猫耳と尻尾は隠しきれない。“獣人だ”と言ってしまえば良いのだけど、こいつはアンズちゃんをわざわざ入荷した直後に買いにくるような奴だ。



「え、ええ。そうですね……」



 私を獣人と勘違いしたら何をされたものか分かったものではない。しかも、この街には獣人を差別するやつも多い。場合によっては追い返されてしまうかも。なんとか言い訳を考えないと……。



「ですが、私は頭を怪我しておりまして。お見苦しいのでこのまま話すことをお許しくださいな」


「……そうですか。それは大変失礼致しました」



 一瞬のうちに、必死に思考を巡らせてなんとか誤魔化すことができた。男は無礼を詫びるように頭を下げる。危なかったわ……さっさと本題に入ったほうが無難ね。



「それで、本題なのですけれど」


「あぁ、そうでしたな。して、奴隷の件と伺っておりますが」


「えぇ。単刀直入に言いますが、本日あなたが購入された奴隷をお譲りいただきたいのです」



 ぴくり、と男が一瞬動揺したような気がした。いくら取り繕っても無駄よ。私達は、あなたが挙動不審に奴隷商に入っていくところをばっちり見ているんだから。



「……何故私が、本日奴隷を購入したことを?」


「簡単ですわ。くだんの奴隷を買おうとしましたら、売約済みと言われてしまいましたので。奴隷商に金を握らせたら、どなたが購入されたのかあっさり教えてくれましたわよ」



 男の顔がみるみる歪んでいく。ただ奴隷を買っただけなのであれば、そんなにやましいことは無いはずなのだけれど。これは何かあるわね。 

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