vol.22 街の裏側
後ろ髪を引かれる思いだったが、私達は街の大通りを抜け中央広場にたどり着いた。そこは賑わっていた大通りとはまた雰囲気が異なり、大きな噴水を中心に円形に広場が展開されていた。ベンチでは大通りで買ってきたであろう食べ物やらを広げる人々が見て取れる。広場の周りにはぐるりと建物が囲むように建っていて、隅には案内板がぽつりと佇んでいる。
【案内板を見ながら、この街のことを説明するわね】
マリンに促されて案内板を見る。私達は森を抜けて街の東側から入ってきたわけだが、そこがどうやら街の正面入口らしい。この街は行商の街と言われるだけあって、街をぶった切るように東側入り口から中央広場を挟んで、西側の入り口まで商店街が続くらしい。散々沢山の出店を見てきたが、あれでもまだ半分だという。マジかよ。
【今回の目的は奴隷商だから……たぶん、街の南西側を探すことになるのかしらね】
街の構造はわかりやすく、中央広場から見て北西が住宅区、北東が工業区、南側は商業区となっている。
【南が商業区だからってのは分かるんだけど、なんで西側?】
【前行ったときにね。南西側はちょっと怪しい店が多くてあんまり近づかなかったんだけど……あるならそのへんかなって】
思いついたまま疑問をぶつけてみたが、なるほど。前に街に来たことのあるマリンがいて本当に助かった。そうと分かれば、中央広場から南西方向へと続く道を選びそちらに進むしか無い。私達は意気揚々と歩みを進めた。
※
【うわ、いかにもって感じ……】
さっきまで見ていた華やかな商店街が嘘のようだ。私達が入り込んだ路地は昼間なのに薄暗く、人通りも極端に少ない通りだった。俗に言うスラムとでもいうべきか。この街は裕福層と貧困層がはっきりと別れているらしく、道端には汚れた衣類に身を包んだ者が生気無くしゃがんでいる始末だ。
商業区という割に、ぽつりぽつりと存在している店も開いているのかどうかすら定かではない。一応看板はぶら下がっているが、“海蛇屋”だの変な絵が書いてあるだけだの、何を売っているかさっぱり分からない店ばかりなので入るのを躊躇ってしまう。
興味本位で店の窓を除くと、瓶の中に何かの内蔵のようなのが浮いているものが展示されていた。理科室で見たことあるな。なんていったっけ、ホルマリン漬け?
【コユキちゃん、見て……】
マリンが道の先を指差す。言われるまま視線を移すと、貧民街に相応しくない、やたらと裕福そうな格好をした男が歩いていくのが見て取れた。彼はコツコツと高そうな靴が出す特有の音を立てて、細い道の手前でサッと曲がってしまう。
【あの男、もしかして奴隷を買いに行くのかも……。相場は知らないけれど、奴隷って高いイメージだから】
十分に有り得る。あの男の後をつければ奴隷商にたどり着くかもしれない。ここぞと<忍び足>スキルを使用して、私達は彼のあとをついて行くことにした。やたらキョロキョロとしているのはやましいことがあるからなのだろうか?
審判者がいるこの街で、奴隷を買うこと自体が法に触れるのだとしたら不安になるのも分かるが、その線は薄いだろう。というのも、先程の商店街でも荷物持ちをさせられている奴隷のような獣人を見たからだ。奴隷のやり取りや奴隷自体が法に触れるわけではないとしたら、彼が恐れているものは一体何なのだろうか。
狭い路地を複数回曲がり、実は迷っているだけなのはでないかと疑い始めた頃。ついに、彼はとある建物の地下へ続く階段を降りていった。その建物には看板がなく、なんの店か、いや店かどうかも定かではないが。普通に考えれば、小汚くてまず立ち寄りたくない出で立ちの場所だ。
【……行ってみる?】
【そうね……】
二人して挙動不審になりそうなところをぐっと堪える。あくまで、自分たちも奴隷を買いに来た金持ちを装わなければならない。マリンは、耳を隠している帽子をかぶり直した。
【何かあれば、いつでもサポートするから】
マリンの背中を押すように声をかける。マリンは気合を入れるように、小さく「よし」と呟くと階段を降りていった。自分も身隠しの布をぎゅっと握りしめ、後に続く。錆びた手すりを頼りに、緩やかな弧を描く階段を降りていった先。古く寂れた扉を開け、薄暗い店内へと入る。
「失礼しまーす……」
中では、先程の男と店主と思われる男がボソボソと話していた。店主と思われる男の方はチラッとこちらを見たが、挨拶もなしに無視して男と話し続けている。あまり新顔には興味が無いのだろうか。金がなさそうな奴には用事がないとでも言いたげだ。
店の中はガランとしており、商品らしい商品もおいていない。ただ、カウンターだけはしっかりと存在しており、何らかの店であることは間違いないはずなのだが。なんとなしに、部屋の隅っこにあるテーブルの上を観察してみる。
【……! マリン、多分ここで間違いない】
【えっ、本当?】
そこにあるのは、品物の発注リストだった。注文されたのは、どれもこれも物騒な品物ばかり。檻だの、手錠だの、足枷だの。まず、普通の店では必要のないものばかりであった。
「……それじゃ。また来る」
程なくして、先程入ってきた男は用が済んだのだろうかそそくさと出ていってしまった。ポツンと取り残されたマリンは、どうしたものかと一瞬悩み覚悟を決めて店主へ話しかける。
「あの、私」
「……金は」
しかし、突然マリンの話を遮るように店主は声を発した。
「え?」
「金はあるのかと聞いているんだ」
ぶっきらぼうに彼は言い放つ。背も低く、顔もしわくちゃの老人だが何故か凄みがある。ここで下手なことを言えば追い返されてしまうだろう。慎重に言葉を選ばなければならない。
【……マリン、あの指輪】
私に言われ、ハッとしてマリンは例の指輪をカウンターに置いた。シルバーウルフのレアドロップ、“ルビーの指輪”。赤い宝石が妖しく光り、豪華な装飾が施されている。傷モンスターのドロップ品だ。おいそれと、手に入るようなものではないはず。
「これでどうかしら」
「……」
店主は指輪を手に取ると食い入るようにそれを観察しだした。しばらくの沈黙。そして、諦めたかのようにハァ、とため息をつき立ち上がる。
「良いだろう、ついてきな」
交渉は成立したらしい。彼はが何かのスイッチを押すと、カウンターの後ろにある本棚がひとりでに動き出した。ズズズ、と重そうな音を立ててズレたその先には、更に地下へと続く階段。
「悪いが、一旦入り口に鍵をかけてくれ」
マリンは黙って男に従う。ガチャリと小気味良い音を聞いた後、さっさと行ってしまう老人をおいかけ更に階段を降りていく。そこは更に薄暗く、老人が手に持つロウソクが唯一の光だった。足元がよく見えず、思わず転びそうになってしまう。
<忍び足>が無かったら普通にばれてるなこれ。この暗がりで、足音が1つ余分に多ければもうひとりいることが分かってしまう。モンスターが店に侵入していると審判者にでも通報されればゲームオーバーだ。もっとも、こんな店の奴がそういう手段をとるかどうかは別として。
そして、階段を降りきる。これまで木製だった壁はいつの間にか頑丈な石で覆われ、かなり声がこもる空間に来た。そこには、おそらく見張り番としているのだろう。薄汚い男が椅子に座り退屈そうに本を読んでいた。
「客だ。金はたんまり貰ったから好きなのを選ばせてやんな」
ヘイ、と適当な返事をしてやる気もなさそうに男は答える。そのやり取りだけをして、老人はさっさと上の階に戻っていってしまった。部屋には人が一人入れるくらいの、沢山の牢屋がところ狭しと並んでいた。
「何ボーッとしてんだ。奴隷を買いに来たんだろ? 早くしてくれよ」
客に向かってなんて態度をとるんだこの男は。苛立つ気持ちを抑え、マリンと牢屋を一つ一つ確認していく。当然中には、奴隷がいた。
【……ひどい】
ほとんどは獣人の男女だった。誰も彼もが痩せ細り、ロクな扱いを受けていないのが見て取れる。中には人間やドワーフなんかの奴隷もいた。目の光は失われ、マリンが覗き込んでも誰も何も言わない。買われれば助けてくれるかもなんて甘い考えは持っていないんだろう。奴隷を買うなんざ、まず普通の人はしない。買われたとして、どうせ新たな主人に酷い扱いを受けるのが関の山だからだ。
そして、一番奥の檻。怯えた目でこちらを見つめる少女がいた。綺麗な白い髪、大きな耳は髪の毛のように垂れ。真っ赤な瞳が印象的の、彼女。
間違いなく、アンズが、そこにいた。




