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vol.21 行商の街、ウエストウッド

 空が白んできたことを伝え、マリンを叩き起こした私はウエストウッドの街へ向けて出発していた。いつも私より先に起きるマリンが珍しく寝坊していたのは、MPを沢山使った翌日は頭痛に悩まされるからだという。二日酔いみたいなもんか。



「この時間に出発すれば、お昼前ぐらいには辿り着くはずだけれど」



 マリンが道を先導しながら呟く。辺りはまだ日が昇り始めたばかりで、小鳥たちがさざめく音と、柔らかな光に包まれた木々に囲まれている。順調なことこの上なかった。



「マリンは、夢って見る方?」



 そんな中唐突に、夜中見た夢のことが気になってマリンに尋ねてみた。本当に唐突だったので一瞬怪訝な顔をされたが、それを聞いたマリンはクスリと笑う。



「急にどうしたの? 夢っていうのは……眠る時に見る夢のことかしら」



 私は黙って頷く。そうねぇ、とマリンは少しだけ考えて空を仰いだ。



「見るわよ?」


「あっ、そうなんだ? 例えば、例えばだけどどんな?」



 もし、彼女も私と同じような夢を見たことがあったなら、何かヒントになる情報があるかもしれない。私はごくりと唾を飲み込み、マリンの返事を待った。マリンが不敵に微笑む。まさか。



「ウフフフ……それがね。昨日はとっても良い夢を見たの」


「……へ? 良い夢?」



 マリンについて歩いているので、二股に別れたその尾が機嫌よく左右に揺れているのが分かる。アレを良い夢と捉えるヒトなんていないと思うんだけど。



「あのね、なんとコユキちゃんと一緒にピクニックに行く夢だったわ! 丘の上の花畑でね、お弁当を広げて、二人であーんとかしちゃったりして……ウフフ、恥ずかしい!」



 唖然とする。いやーん、頰を赤らめて照れながらクネクネするマリン。え、キミそんなキャラだったっけ。そんなことを言われたこっちが恥ずかしいよ。



「そ、そう……」



 私は適当に返事をしてため息を一つ付くと、マリンを抜かして無表情で歩き続ける。



「あ、あら? コユキちゃん、なんか……怒ってる?」


「怒ってない!」



真面目に考えていたことがバカらしくなった。きっとアレは、ちょっと良くないただの夢だ。露骨に不機嫌な私にオロオロするマリンを尻目に、ズンズンと進んでいく。







 かなり歩いた。太陽がほぼ真上まで登り、足も棒になってきてしんどいなー、と思った頃。マリンが急に立ち止まって私を振り返る。



「コユキちゃん、もうしばらくもすれば街の領域にはいるわ」



 ようやく着いたらしいが、やったー、とも喜んでいられない。マリンが言いたいのは、むしろ此処からが気の張りどころだということなんだろう。私は手に入れたばかりの“身隠しの布”で身を包み、マリンは<変化(へんげ)>で人間の姿へと化けた。



 しかし、人間態のマリンは相変わらず美人だなぁ。元のマリンもこんな感じなんだろうか?



 さらりとした腰まである黒髪。先端は髪留めでまとめられており、前髪は所謂ぱっつんスタイル。たれ目ながら、大きな瞳で優しく微笑む姿が眩しい。服装はこの世界に準拠しているのだろう、魔法使いらしいローブに身を包んでいる。



 ローブの中はワイシャツにプリーツスカートというシンプルな組み合わせに、ロングブーツ。たわわに育った胸が窮屈そうだ。チッ。私だって人間の時はアレくらい……いや、ちょっと負けてるかもしんないけど。



「あら? コユキちゃん、どうかしたかしら? そんなに見つめられたら照れちゃうわ」


「……行くよ」



 マリンがまた冗談めいて言うため、とりあえず無視して先に進む。



「あっ、待ってよコユキちゃん!」



 マリンと行動していると、気が抜けないような場面でも力が抜けてしまう。良くも悪くもあるんだけどね、もうちょっとこう、緊張感ってものがあっても良いんじゃないかなぁと。







 そうして、更に歩くこと数分。なんだかんだ森を抜け、見えてきたのは街の入り口。



【コユキちゃん、アレが街の門よ。門番さんが立っているのが見えるかしら?】



マリンが<念話>で話しかけてくる。彼女の言う通り、立派に構えられた門に“West Wood”と木の看板がデカデカと掲げられていた。その門を中心に、街の周りにはぐるりと取り囲むように石の壁で覆われている。



「ようこそ! 行商の街、ウエストウッドへ!」



入り口には鎧に身を包んだ門番が二人立っており、決められた謳い文句を言って挨拶していた。たまに行商人と思わしき人に声を掛けては荷物をチェックしている。思ったより人の出入りが激しいな。幸いにして、呼び止められているのは行商人くらいなのは助かる。どうやら門番は、商品を持ち込む輩にしか興味がないらしい。行商の街というだけあるな。



【それじゃあ、行きましょう。私から離れないでね。コユキちゃんがちゃんと一緒にいるか、私からは見えないから】



自分の姿は消えているかどうか分からないので、私はマリンの後ろにピッタリくっついていくことにした。少しマリンが嬉しそうなような表情になった気がしたが、まぁ気の所為だろうと思っておく。



 どうかバレませんように。内心ドッキドキで街の入口に向かって歩いていく。しかし、二人して<ステルス>を発動しているせいか、門番と視線が合うことすらなく難なく突破できてしまった。ちょっと拍子抜けしてしまうな。こんなガバガバで大丈夫なのか、この街のセキュリティは?



【門番があまり仕事をしていないのは、それだけ審判者ジャッジに信頼をおいているからなんでしょうね】



 マリンに心を読まれたのか、思っていたことを代弁された。ううむ、そう言われてみれば確かに。街にすんなり侵入できたとして、審判者に絡まれたらおしまいだもんな。出来る限り目立たないように、迅速にミッションを達成する必要があるわけか。



 感心しているのもつかの間。入り口を抜け、次に私達を迎えたのは大きな商店街だった。人間ヒューマンからドワーフ、エルフ、獣人まで。老若男女、多種多様の種族が行き交うその通りは、まさに異世界そのものを表しているようで。



【すごい……】



 思わず感嘆の声が漏れてしまう。森の中で、殆どモンスターしか見ていない生活をしていた私にはかなりのカルチャーショックだった。大田舎からやってきた者が、都会のビルにキョロキョロと挙動不審になってしまうがごとく。思わず、視線を奪われてしまう。しかもその大通りはあちこちから、賑わいを表す声が響いているときたもんだ。



「安いよー! 見てってよそこの兄ちゃん姉ちゃん! おまけするよ!」


「そこのお方、ウチの衣服を見て? こんなに綺麗な布は他においてないわよー」


「ホォラ、今ならこの大人気のお菓子が詰め放題ダァ! 買った買った!」



 あー、良いなぁお菓子詰め放題。見たことのない色とりどりのお菓子。なんて魅力的なんだチクショウ。ここでは、多くの人々が出店に並び商品をやりとりしていた。思わずごくりと唾を飲み込む。本当ならコソコソせずに、堂々と混ざってみたいところだったけど。



【凄いね……マリン。思った10倍は賑わってる場所だったよ】


【うふふ、でしょう? 落ち着いたら、一緒に買い物にでも来てみたいわね】



 マリンは何故か誇らしげに胸を張って答える。いつもなら突っ込むところだが、この場は私の心を完全に掴んでしまったようだ。返事も忘れて売り物を食い入るように見つめてしまう。うわっ、何あの飲み物。綺麗な桃色のビールみたいなのを子どもたちが嬉しそうに飲んでいる。絶対うまいやつじゃん何あれ……。モモン・キャンディ・ビール? 洒落た名前しやがって。絶対いつか飲む。



【コユキちゃん、商店街を抜けたら広場があるから。そこの案内板を見ながら作戦を練りましょう】


【う、うん。そうだよね。分かってる】



 分かってるとも。私達は遊びに来たわけではないと……あああ、私のモモン・キャンディ・ビール……。遠ざかっていく出店を見て、名残惜しさに私は小さなため息をついた。

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