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vol.18 犠牲

 全身の肉が灼け、立っているのもやっとという状態で、それでもなお銀の狼は私のことを睨みつけていた。血走った目で、殺意は失われずに対峙してくる。こちらとて、あと一発でも貰えば生命の危機にある。決して油断はできなかった。



「じゃあさ……いい加減、決着つけようか。お互い、この戦いにも飽き飽きしてきたでしょ」



 そう、相手に告げる。言葉が通じているかわからないが、元より狼もそのつもりらしい。ザッ、と足元を踏み鳴らし、いつでも準備できているぞと言わんばかりに身構えた。多分、お互い次の一撃が決定打となる。



 睨み合い、張り詰めた空気の中。焼き爛れた木の葉が、枝から落ちるのを合図に、私達はほぼ同時に地面を蹴った。銀狼は風の刃を爪先に纏わせ、斬撃を飛ばしてくる。これまでで一番洗練された動き。首を飛ばされそうになる寸前、<形態変化>でほぼ真ん丸の形態へと変化、全身を硬質化し相手に突っ込む。



 久々の<回転移動>からのシンプルな体当たり。でも、以前とはわけが違うぞ。巨大なボーリングの玉が突っ込んでくるみたいなものなんだから。



「いっけぇぇぇえええ!!!」


「!!!」



 横っ飛びして回避しようとする狼。しかし、火傷のダメージが大きくうまく動くことができない。それでも彼は気合で地面を蹴り、なんとか避けきった。嘘だろ、まだ動けるのかよ!!


 

 狼はカウンターを狙い、私の横側へ回り込む。回転の勢いが止まった瞬間に魔法を叩き込む気だ。当たれば、死の淵に追いやられるのは私だ。非常にまずい状況。どうする!?



「動いちゃ駄目ですよ!!」



 その時、アンズの声が響いた。思わぬ襲来者に面食らったようで、狼の反応が遅れる。アンズは華麗に後ろ回し蹴りをヒットさせ、私の体当たりの軌道に無理やり狼を押し戻した。



 ドン。シンプルな音を立てて、回転しながら狼は宙を舞った。口から血を吐き、地面にドサッと落下する。ついに、彼は力尽きたようだ。ほどなくして、遺体は経験値石とドロップアイテムへ変化した。



「アンズ……どうして」


「へ、えへへ……困っているヒトを助けるのは……普通のことなんですよね?」



 照れるように笑うアンズ。肩をすくめて「そうだね」と返事をし、依然気絶しているマリンを起こそうと一歩踏み出そうとした。



「コユキさん!! 危ない!!!」



 瞬間、血相を変えてアンズが叫ぶ。後方から舌打ちが聞こえた気がした。しかし、私が振り返るより早く。明確な悪意は、私に向けて放たれた。



 ドスッ!!!



 深々と、私を庇ったアンズの肩に矢が突き刺さる。放たれた先を目で追うと、そこには先程トドメを刺さずにおいた人間たち。



「う……そ……き、貴様ぁぁぁ!!!」



 頭の中が真っ白になる。怒りに身を任せ、我を忘れて私は突撃していた。相手が再び矢を構えるより、早く。思い切り、相手の頭をかち割ってやった。そして今度は、生かしておくなんて甘いことはしなかった。







「な。なにこれ……」



 状況はひどいものだった。アンズの肩に刺さった矢。受傷箇所は通常の何倍にも腫れ上がり、どす黒く変色している。呼吸は荒く、冷や汗でびっしょりだ。



「アンズ! アンズ! 聞こえる!? 今すぐ手当を……」


「いいんです、コユキ、さん。ゲホッ。きっと、むだ……です。ゲホッ! ガハッッ!」



 私に抱かれながら、血を吐く。ひゅー、ひゅーと呼吸が徐々に弱々しくなり、生命が失われていく様子がありありと見て取れた。バカな。こんな、不幸な目にばかり会っていた子が。こんな形で命が終わってしまうというのか。



「マリン! マリン!!」


「ん……? あっ! コユキちゃん! ど、どうなったの!?」



 気絶しているマリンに必死で呼びかける。辛うじてマリンは目を覚ましてくれた。



「説明はあと!! アンズが! アンズが……死んじゃう!」



 泣きそうになりながら懇願する。マリンはただ事ではない様子を察してか飛び起きると私の元に駆け寄り、そして言葉を失った。



「なんでも良いから回復魔法を!!」


「ごめん、コユキちゃん。魔力が……もうないの……」



 そもそも、マリンが倒れたのは魔力切れのせいだ。そんなことも忘れるほど、私の気は動転していた。<道具入れ>から、回復に役立ちそうな薬草やらなにやらありったけ引き出し、使用する。焼け石に水とは、分かっていても。



「う、うう! 腫れが引かない! どうしようマリン!?」


「コユキちゃん……」



 マリンが何も言わないことが、状況の深刻さを表してしまっているようで。私はそのことを認めたくなくて、せっせと薬草やら毒消し草やらをアンズに当て這うことしかできなかった。それでも、徐々に彼女の目からは光が失われていく。



「コ、ユキ……さん」


「アンズ! ここにいるよ!」



 絞り出すように私の名前を呼び、空中へ手を伸ばす彼女。私は思わずその手を取って叫ぶ。



「……な、にも、見えない……んです。寒くて……怖いん……です」


「だっ……大丈夫! 大丈夫だから! 医者を呼んだから! 絶対助かるから!」


「は、はは……何を言ってるんですか……モンスターさんが……お医者さんを呼ぶなんて……」



 アンズは、私達を安心させるようにニコリと微笑んで見せた。誰よりも苦しいはずなのに。



「はーっ……はーっ……コユキさん……マリンさん……わた、しのお願い……聞いて下さい……」



 あまりの痛々しさに、私は何も言えなくなってしまった。代弁するようにマリンが答える。



「アンズちゃん……良いわ、何でも言って」


「もう私を……楽……にして、下さい」



 アンズは苦しそうに咳き込みながら、言った。正直に言ってしまえば、もう助かるようにはとても見えない。でも、彼女が最後にした願いは、私にとってあまりに酷なものだった。



「何言ってるの……そんなこと……」


「お願いです……あなた達にしか頼めない……んです。だいじょう……ぶ、運が良ければ……また会えます。こ、これを……」



 そう言うと、力ない手で彼女は私に銀色のネックレスを差し出してきた。意味はよく分からないがとにかく受け取り、今にも力尽きてしまいそうなアンズに尋ねる。



「また会える!? それってどういうこと!?」


「は、はや……く。時間がありませ……ん。ガッ、ゲホッ! ゲホッ!」



 ビシャッ、と彼女の吐き出した血が私の顔にかかった。ついには、彼女は泡を吹いて痙攣しだす。今にも命の灯火が燃え尽きようとしていた。



「コユキちゃん……アンズちゃんのお願いを、聞いてあげて」


「マリン……。……分かった」



 マリンは、いつの間にか拾っていたのか人間たちの持っていたナイフを私に差し出す。私は深呼吸すると、一思いに彼女の心臓にナイフを突き立てた。



 ドスッ。



 ヒトの身体の肉を切り裂く、いやな感触が手に伝わってくる。しかし、アンズは最後の瞬間まで笑っていた。



「あ、り、が……。……」



 声にならない謝辞を述べ。そして、彼女は息絶えた。遺体が光となって、消滅していく。



『経験値を獲得しました。レベルが――』



 いつものアナウンスは、ちっとも頭の中に入ってこなかった。ただ、自責の念、後悔、そして自分への甘さが頭の中で渦を巻いていた。



「――ッ、ああっ!!」



 自らへの怒りを八つ当たりするように、ナイフを地面に投げつけ。そして、力なく私はうなだれる。戦闘中は気にする余裕もなかったが、木々が燃える焦げ臭い匂いが妙に鼻についた。



「ううう、くそぉ……。助けられなかった……!」


「コユキちゃん……どうか、自分を責めないで」


「私のせいみたいなものじゃん!!」



 自分でもびっくりするほど大きな声でマリンに怒鳴ってしまった。一瞬驚いてたじろいだ後、マリンは悲しそうな顔で私を見つめている。



「ご、ごめん……。でも、どうしても自分が許せなくて……。私が、最初から人間たちを始末していれば。もっとアンズに歩み寄って<念話>を取得させておけば。そもそも、調子に乗って銀狼の様子を探ろうだなんて発想を持たなければ。アンズは、まだ生きていたかもしれないのに!」



 過ぎたことを、グチグチとたらればしてしまう。確かに、当初の目的だった銀狼のスカーモンスター討伐は達成できたかもしれない。しかし、こんな形では意味がない。こんなことでは、とても成長できたようには思えない。悔しくて涙が出てくる。マリンが、そっと寄り添って涙を拭いてくれた。



「そういえば、アンズちゃんがコユキちゃんに渡したネックレスは……」



 マリンに言われて、そういえば手に握ったままだったネックレスを改めて観察してみる。シルバーのチェーンに、リングがアクセントになっているネックレス。……ん? よく見ると、そのリング部分の内側には文字が彫ってあるのに気がついた。



「“ヒムカイ アンズ”……」



 何処か引っかかる名前に、私はマリンと顔を見合わせる。そして、一つの疑問が浮かんだのだった。

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