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vol.17 悪意

 おかしい。こんなの、おかしい。どうしてコユキさんもマリンさんも、立ち向かっていけるの? あんな化物に。私は一撃食らっただけで、“勝てるわけがない”と本能に刻まれてしまった。私には、岩陰に隠れ、震えながら戦いの行く末を見つめることしかできなかった。



「……ッ!」



 狼の攻撃が、彼女らに当たる度に思わず目を覆ってしまう。肉が抉れ、血が、体液が噴き出す。でも、それでも彼女達の目から闘志が失われることはない。真っ直ぐに敵を見据え、相手を倒すことだけを考えて動いていた。



 コユキさんは、私にも攻撃に参加するように言った。でも、私なんかに何ができるというのだろう? 所詮ただの獣人に過ぎない私が。ただの奴隷に過ぎない私が。私にも、力があれば。力が……。



 悔しくて、もどかしくて、涙が出てくる。できるものなら、私もあんなふうに恐怖に立ち向かえるようになりたい。でも、仕方ないのだ。手も足も、震えてしまって力が入らないんだから。



 そもそも、コユキさんもマリンさんも、きっとどこかおかしいんだ。会ったばかりの私にあそこまで優しくしてくれるなんて。何処の誰とも分からないのに。モンスターのくせに。どうかしている。怪我をした私を、命がけで回復してくれて、かばってくれて。



 絶対に、おかしい。……私は、最低だ。







 ジリ貧。私の頭の中にはそんな言葉が浮かんでいた。敏捷値で明らかに劣り、こちらの攻撃をまともに当てることが相変わらずできていない。一方で、奴の攻撃は確実に、私達の体力を削っていく。私もマリンも、いつの間にか残りHPは半分を切っていた。



 マリンの回復魔法で騙し騙し戦えているものの、一方が回復に専念してしまうと攻めに転じられて攻撃を捌くのが難しくなってしまう。“アシッドヴェール”で酸を身体に纏わせても、同じ手は通用しないらしい。奴はあれから直接触れてこずに、風の刃で攻撃してくるようになってしまった。



【どうしよう……なんとか、動きを止めないと……。マリン、何か手はないかな?】


【……そうね、ないこともないわ】



 狼と距離をとりながら、<念話>で話す。ダメ元でマリンに提案してみたが、意外な答えが返ってきた。すがるように作戦を尋ねる。



【ピンポイントに狙って攻撃を当てられないなら、大きい魔法を放って避ける間も無くしてしまえばいいのよ。<炎魔法>ギガフレイムなら、条件さえ揃えばなんとかなるはず……】



 なるほど、確かに一理ある。



【……条件って?】


【条件は2つ。まず、この魔法は凄く“溜め”が必要な魔法なの。その間、コユキちゃんがひとりで奴を足止めしなきゃいけないわ】

 


 一人で相手をするのは少し厳しいが、足止めをする程度で良いならなんとかなるな。でも、魔力を無事に溜められたところで、まだ問題がある。



【もし地中に逃げられたら……?】


【それが条件の2つ目。魔法を放つ準備ができたら、相手に空中にいてもらわないといけないの】



 まぁ、そうなるよね。足止めをした上で、相手を空中に誘導する必要があると。誘き出すか、打撃か何かで打ち上げるか。



【……他に手がない以上、やるしかないね。頼んだよマリン】



 マリンはしっかりと頷いたあと<变化へんげ>で人間態になり、魔力を溜め始めた。胸の前で両手を構え、手の中で魔力を集中していく。さて、やりますか。



「やい、狼! カウンターばっかり狙ってせこいやつめ! 正々堂々かかってきたらどうなの!?」







 コユキさんとマリンさんには何か考えがあるのか、急に狼を挑発し始めた。あんな相手に挑発するなんて自殺行為だ。戦いの行く末をついに見ていられなくなり、再び岩陰に隠れようとした、その時。偶然にも、自分の主人達が木の陰に隠れているのを見つけてしまった。コソコソと、何かを狙っているように見える。



 慌てて身を隠しつつ、<聴覚強化>で彼等の動向を探ってみる。



「オイ、あのモンスター。間違いねぇ、スカーモンスターだ」


「モンスター同士で争っているところに出くわすとは運が良い。戦わせて弱ったところを叩けばいいからな」


「一人、獣人が混ざっているようだが?」


「バカ、見ていなかったのか。あいつもモンスターだ。<变化>スキルを持っているんだろうよ」



 なんと、無謀にもまだ諦めていなかった。無様に一発で気絶させられたくせに、無知とは恐ろしい。彼等には、あの銀狼もコユキさん達も到底相手になるとは思えないけど。



「……!!」



 そう思っていた矢先、彼等が取り出した武器を見て絶句する。あれは、確か。“暗殺の弓矢”……! 猛毒を塗った、恐ろしく命中精度の高いボウガンだ。あの人間ヒューマンはそもそもが遠距離タイプ。狙撃だけはそこそこの実力があったはずだ。



「オイオイ、そんな代物どこで手に入れたんだ?」


「へへへ、バカな商人を騙して、ちょっとな。こいつは凄いぜ? 毒が強力過ぎて、刺さった箇所から肉が腐っていっちまうからな」



 人間たちは下品に笑う。あぁ、なんてことなの! 狼はともかく、コユキさん達に被害を及ぼすわけにはいかない。この危機を知っているのは私しかいない。私にしか、防ぐことが出来ない。



 でも、もしあいつらに感づかれたら? あの電撃を思い出すだけで、恐怖で身体が蝕まれる。毒を防いだとして、自分が殺されてしまうかもしれない。でも、私が動かないと彼女らが殺されてしまう。



 私は何がしたいんだろう? どんなにひどい目にあったとしても、惨たらしく生にしがみついていたいのだろうか? コユキさん達に拾われた命みたいなものなのに、何もせず?



 思えば、この一年間。主人たちのご機嫌をとることだけに必死になって生きてきた。汚いことも、見なかったフリをして目を瞑ってきた。助けを求められたこともあった。でも、私は手を差し伸べることはしなかった。



 結局、私はこれまで自分のことしか考えていなかったんだ。はは、考えれば考えるほど自分のことが嫌いになってくる。最近では、いくら殴られても蹴られても、ひどい扱いを受けても涙なんて出なかったのに。どうして、こんなに涙が溢れてくるんだろう。



 マリンさんみたいに、優しくなりたい。コユキさんみたいに、自由になりたい。あんな人間たちの言うことなんて、もう聞きたくない。このまま、惨めなまま人生を終えるくらいなら、いっそ。







【コユキちゃん! 準備できたわ!!】



 必死に攻撃を避け続けること、幾分。HPも4分の1程度まで削られた頃、待望のマリンの声が頭に響く。あーもう! 待ってたよマリン!!



 傷だらけの身体に鞭をうち、一転攻勢を仕掛ける。防戦一方だったように見せかけていたのは、全てこのためだ。狼の斬撃を<形態変化>で身体を平らにして避ける。



「ふんぬうううう!!!」



 元に戻りながら、硬質化した腕でアッパーを相手の顎に繰り出す。鈍い音を立てて、狼が仰け反る。初めてまともにヒットした。しかし。



「――浅い!?」



 狼は踏みとどまり、私に再び噛み付いてきた。首は効果が薄いとみたのだろう、今度は身体に。力づくで引き剥がそうとするが、とれない。牙が食い込み、体液がブシュッと飛び出す。口の中は酸でズタズタのはずなのに。……いや! これはチャンスだ!!



【マリン、私ごと! 私ごと撃って!!】


【ええ!? で、でも!!】


【大丈夫! 絶対大丈夫だから! 私を信じて!!!】



「くっ……信じてるわよコユキちゃん! ギ・ガ・フレイム!!!」



 満を持して、マリンは超特大の火球を私達に向けて放った。灼熱が眼前に迫り、噛み付いている場合ではないと狼が私から離れる。……甘い。離すわけがない。



「ガッ!? グルルァ!!!」



 ギリギリまで引きつけて、焔に焼かれる寸前。狼は風の魔法で火球を分散させようとした。ほいきた! やると思ってたよ! 詠唱を始めた瞬間、私はやっと手を離して思い切り炎へ向かって殴り飛ばす。詠唱は中断され、奴はまともに炎をその身に受けた。しかし炎の勢いはそれくらいでは止まらず、私の方にも迫る。



 ゴォォォォ……!!!



「コユキちゃん!! 嘘……!?」



 凄まじい勢いで、炎の塊は木々を焼き払いながら通り過ぎていった。魔力を使い果たしたマリンが、猫形態に戻って倒れ込む。そこに残っていたのは、肉が焼きただれ満身創痍の、銀狼。そして。



「あっぶねー……もうちょっと手加減しても良かったんだよマリン」



 地面からひょっこり出てきた私。先程、狼が地面を移動した際に残った穴。狼がぶつかって炎の勢いが一瞬弱まった隙に、<形態変化>で咄嗟にその穴に隠れたのだ。ちょっとだけ火傷したけどね。



 私が無事な姿を見て安堵したのか、マリンが気絶する。安心して、後は私に任せておいて。

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