vol.16 リベンジ
額に傷を持つ狼のモンスター、シルバーウルフ。改めて対峙するが、以前は中型犬程度だったのが、今は大型犬ほどのサイズになっている。
【マリン、アンズ! こいつに麻痺と罠は効かないからそのつもりで!!】
<念話>で二人に注意を促しながら、先手必勝と私はいち早く攻撃をしかけた。<酸攻撃>で、相手を溶かす強酸を水鉄砲のように勢いよく飛ばす。
「アシッドショット!!」
しかし、シルバーウルフはいとも容易くそれを躱して見せた。寸分違わず狙ったはずが、狼のいた場所の地面がジュワッと音を立てて蒸発する。軽く跳躍したと思うと、想像以上に天高く彼は跳んだ。いや、飛んだ。私達の頭上を軽く飛び越え、後ろ側に着地する。
正面から狙っても当たる見込みは薄いとは予想していたが、やはりというべきか素早さに磨きがかかっている。即ち、他のステータスも軒並み向上していると思って良さそうだ。
「くっ……<幻惑魔法>、影分身!」
一瞬のうちに後ろに回り込まれたことに焦ったマリンが魔法で分身を作り、回避率を向上させる。しかし。
「グルァッ!」
「キャッ!?」
真っ直ぐ、本物のところに爪で切りかかってきた。マリンは寸でのところで身体を捻りを躱したものの、紙一重。銀狼はすぐに体制を立て直し、隙を見せず身を低くして次の攻撃に備えている。
【……そういえば前も、逃げても匂いで追ってきた。マリン、あいつは<嗅覚強化>を持っているから幻は効果がないかも】
【道理ですぐに見破られたわけね。本当に厄介な相手……全く気が抜けないわ】
【同時に攻撃しよう、ひとりひとりじゃ分が悪い】
【了解よ】
マリンと目を合わせて作戦を伝える。一方で、<念話>を持っていないアンズは黙って頷いた。こちらからしか意志の疎通がとれないのが歯がゆいが、ないものねだりはしていられない。
「<炎魔法>、フレイム・ノヴァ!!」
まず、マリンが炎魔法で相手の周囲を取り囲む。これは相手に当てるのが目的なのではなく、逃げ道を無くすためだ。彼の跳躍力を持ってすれば容易く脱出できるだろうが、しかし。周囲は炎で覆われ、上にしか逃げ道がないのなら、そこをふさぐように攻撃すれば良い。
<形態変化>で両腕を伸ばし、手を組んだ状態で先端を硬質化。<回転移動>で縦の回転力を増す。いわば、激しく縦回転するモーニングスター。私は力の限り、腕を叩きつけた。
「はぁぁぁぁぁっ!!!」
ドゴン! と衝撃で土埃が舞う。……が、おかしい。明らかに手応えがない。抉れたのは地面だけで、そこにシルバーウルフの姿が見つからない。奴は何処に行った!?
「ああっ!?」
後方から、アンズの悲鳴。攻撃の機会を伺っていた彼女にターゲットを決め込み、左肩を噛みつかれたらしい。肉を抉られ、血が滴り落ちる。激痛から彼女は膝から崩れ落ち、息も絶え絶えだ。辛うじて意識は保っているが、より深刻なのは彼女の精神状態の方だった。
「ああ、ああああ……!! そ、そんな……早すぎる……!」
見るからに心が折れ、戦意喪失している。くそっ、どうして!? 逃げ場は無かったはずなのに。
【やられた……! コユキちゃん、相手は地面を掘って移動しているわ!!】
マリンに促されて地面を確認すると、アンズの近くの地面には穴が空いていた。嘘だろ、<地中移動>まで持ってるのか! ますます完璧な布陣。一対多の戦いに明らかに慣れている。取り囲まれた際の対策までバッチリとは正直、恐れ入った。ヒットアンドアウェイを繰り返し、相手の攻撃で隙が生まれれば確実にカウンターを入れてくる。一匹狼とはよくいったものだ。
「コユキちゃん、上!!」
攻撃を避けられたことで、今度は私が炎に囲まれている状況を見逃すほど彼は甘くない。天高く舞ったかと思うと、木の幹をトランポリンのように蹴り、鋭い牙で私を狙って急降下してくる。一気に畳み掛ける気か。だけど、流石に甘い。そこまで一方的にやられてしまうほど対策をしていなかったわけではない。
「アシッドヴェール!」
咄嗟に強酸を全身に纏わせる。<酸耐性>により、これによる私へのダメージはない。くるなら来てみろ! 狙い通り攻撃の勢いを止められず、ヤツは私の首に噛み付いた。
「……ぐっ!?」
「コユキちゃん!!」
しかし、肉をくらわば毒までと、彼は口腔へのダメージを無視して噛みちぎったではないか。表皮が抉れ、私の体液が飛び散る。これはたまらないと、私が無闇に振り回した腕を軽々躱し、彼はまた距離を取った。牙も舌もただでは済んでいないはずだが、これではこちらのほうがダメージが大きくなってしまった。ペッ、と口から煙をたてながら私の一部だったものを吐き出している。
「コユキちゃん!! ひどい怪我……!!」
心配して真っ青になっているマリンを手で制し、相手を睨む。生半可な覚悟では挑んできていないということか。相手を倒せばレベルが上がって怪我も治るからって、無茶苦茶だ。リスクを負ってでも確実に仕留めに来ている。
「……勝ったと思った?」
私は、相手を挑発するようにニヤリと笑った。首の一部が千切れ、まるで新生児にように首がぐらついてしまったが、進化しても私はスライム。<形態変化>は思っているより万能なスキルだ。千切れた部分を補完するように、身体の他の部分から持ってくれば、見た目は元通り。体液の流出も止めることが出来る。
「今の私はちょっとやそっと齧られたり切られたりしたくらいじゃ死なないよ」
「……もう! びっくりしたじゃない!」
「ごめん、ごめん。敵を欺くにはまず味方からってね」
マリンに謝罪しつつ炎から脱出する。これには相手も面食らったらしく、思ったより私にダメージが入っていないことに少しだけ焦りが感じられた。ご立腹と行った様子で低く唸り声を立てている。とはいえ、こちらとて見た目が元通りなだけでダメージがないわけではない。一瞬の油断が命取りだ。
<酸攻撃>で牽制しながら、マリンがアンズを治療し終わるのを待つ。私と狼はお互いに手を出しづらく、マリンがサポートに手一杯な以上、決め手がない。なんとかアンズにも攻撃に参加してもらわないといけない。一定の距離を取って機会を伺っていた、その時。
「グルルルル……ッ!!」
突如として狼の周囲を風が渦巻き、砂ぼこりが舞う。あ、これやばい。嫌な予感がする。
「<道具入れ>から、岩を大量使用!」
マリンとアンズの縦になるように立ち塞がると、眼の前に壁を積むように岩を出現させる。瞬間、銀狼の雄叫びが聞こえた。鋭い風の衝撃波が四方に飛んでいく。
「……あっぶねー!! なにそれ反則だろ!」
彼の飛ばした風の斬撃は、周囲の木々を切り倒していた。見るも無残に、変わり果てた姿の森がその威力を物語る。範囲攻撃まで持っていやがったか。万が一でも当たったら死んじゃうよこんなの。咄嗟の判断で防御に回って助かった。
「……よし! アンズちゃん、もう大丈夫よ!」
最低限の回復が済んだことを知らせるように、マリンが叫ぶ。しかし、相変わらずアンズは恐怖からか震えて動くことが出来ずにいた。
「アンズ! このままじゃ全滅する! アンズにも戦いに参加してもらわないと……」
「あ……ああ……」
「アンズ!! ……ぐう、だめか! マリン、私達でやるしかない!! アンズはせめてここに隠れてて!!」
必死に呼びかけるも、アンズからはまともに返事も得られなかった。流石に厳しいと判断し、マリンに目配せする。彼女も了解したようで、二人で岩陰から飛び出す。状況はまずくなる一方だが、それでもなんとかするしかない。元々、二人で戦う予定だったんだ。想像以上に相手は成長していたけど、全く歯が立たないわけではないんだから。