vol.15 襲撃
「でも、奴隷だからって……逃げようと思えば逃げられたんじゃない?」
私がアンズに尋ねると、悲しそうに彼女は首を振った。そして、自らの首を指差す。そこには、銀色に鈍く光る首輪がはめられていた。
「それが、無理なんです。これは“服従の首輪”といって、謂わば奴隷の証。私が死ぬまで取れることはない呪いがかかっています」
うわー。呪いとはまた、大層なものが出てきたもんだ。
「その首輪のせいで抵抗できないってこと?」
「はい。もし主人の命令に逆らえば強力な電撃が流れるようになっていて……。それはもう、思い出すのも恐ろしいほどの苦痛なんです。あの苦痛を味わうくらいなら、多少殴られたり蹴られたりするくらいの方がマシです」
アンズは、自らの両肩を抱えて身震いした。顔が青ざめ、これまで相当酷い扱いを受けていたことが言葉の端々から見て取れる。あんな、死んでもおかしくないほどの暴行を受けてなお、暴力のほうがマシだと言うなんて。なんてひどい人間達なんだろう。
「ちなみに、主人が死んじゃったらどうなるの?」
「恐らく、前の主人に権限が移るんだと思います。中には隙をついて主人を殺し、逃げ出した奴隷もいるんですけど。結局は見つかってしまい、電撃に襲われて死んでしまいましたから。多分、この首輪には位置を特定する機能もついているんでしょうね」
なるほど、ただ主人を殺せば良いというものでも無いということか。どうやら想像以上に厄介な代物らしい。このままではあまりにアンズが可哀想だが、どうにかして呪いを解く手立てはないだろうか?
「奴隷だからひどい扱いを受けていたのはわかったけれど、アンズちゃんがさっきまで彼らに殴られていたのはなんでなのかしら?」
私が難しい顔で考え込んでいる間に、マリンが口を挟む。
「大した理由ではないんです。彼らは傷モンスターのシルバーウルフというモンスターを探しに来たんですけど、全然見つからないのでイライラしていたのでしょうね。今回も、私がノロノロしているから見つからないんだ、とか言って。何かと難癖をつけて暴行するのはいつものことですから」
力なく自嘲気味に笑い、淡々とアンズは述べた。日常的に逆らえない暴力に晒され、精神的にだいぶ参っているようだ。偶然にも、彼らもシルバーウルフを狙っていたことには驚きだったけど。傷モンスターとは、それほどに価値のあるモンスターということか。
「まぁ、ある意味見つけられなくてラッキーだったかもね」
「え? 何でですか?」
私の発言に、アンズは不思議そうに首をかしげる。
「言っちゃあ悪いけど、あの人間達。正直、実力不足だよ。レアドロップに興味を惹かれたんだろうけど、不意打ちとはいえ私達に一方的にやられちゃうようじゃ……」
「そうね、傷モンスターに挑むのはまだ無謀かもしれないわ」
言葉の終わりを代弁するようにマリンが言う。もし、彼らがシルバーウルフを見つけられたとして。あの戦力では返り討ちにあい、全滅する未来しかないだろう。それは凄惨な光景が目に浮かぶ。逆に今は、そうならなかったことを幸運に思うべきかもしれない。
「どのみち、どう転んでもロクなことになっていなかったんですね……」
ただでさえ垂れている耳を益々垂れさせ、しゅんとしてアンズは言った。うーん、空気が重い。なんとか場を明るくしようと思考を巡らす。
「えーと、アンズちゃん。家族とかいないのかしら?」
見かねたマリンが助け舟を出してくれた。グッジョブだよマリン。
「家族……ですか。実は、よく分からなくて」
「え? どういうこと?」
「実はわたし、ここ1ヶ月くらいの記憶しかないんです。気がついた時にはもう、奴隷で。分かっているのは、私が今16歳だってことくらいです。雇い主には、1年前に奴隷として買われて、1ヶ月前に強く頭を打ってから今の状態だと言われました」
記憶喪失。その言葉が私の脳裏に浮かんだ。つまりこの子は、記憶もないまま一月もあの苦痛に耐え続けてきたのだ。誰にも頼ることもできず、一人で。想像を絶する恐怖と、孤独と、戦ってきたのだ。いつの間にか私は、この獣人の子をどうしても助けたくなっていた。そしてそれは、マリンも同じようだ。
「そうなんだ……。じゃあ尚更アンズの記憶を取り戻すために、自由になる方法を見つけないとね」
「そうね、コユキちゃん。方法はまだぼんやりしているけど、なんとかしてあげないといけないわね」
勝手に話を進める私達に、アンズは目を丸くして狼狽える。
「そ、そんな。無理ですよ! そもそも、私が死ぬまで解けない呪いなのに……」
「そうとも言い切れないんじゃないかな。呪いってかけた人がいるわけじゃない。呪いをかけられるなら、解くことも不可能じゃないはずだよね? どう思う、マリン」
「そうねー……解呪のアイテムの存在も、聞いたことがないこともないし。そういったアイテムを見つけることさえできてしまえば、そんな呪いとはおさらばだもの。諦める前に、色々試してからでも遅くないはずよ?」
私達の提案に複雑な表情をし、アンズは黙ってしまった。初めて見えた僅かな希望と、失敗したときの恐怖と葛藤しているのだろう。私達が手を差し伸べるのは簡単だ。あとは、アンズが乗ってくれるかどうかが鍵となる。
どちらにしても、これからどうしたもんかな。アンズをこのまま放置するのも気が引けるし、かといってこの人間たちをやっつけても問題は解決しない。
「い、いえ。その気持だけで十分です。彼らには、私から上手く説明しておきますので……コユキさんとマリンさんは、もう行って下さい。こんな私を気にかけてくれるだけで、凄く嬉しかったですから……」
しかもアンズはこの調子ときたもんだ。やれやれ、この話し合いは埒が明かないな。お互いに譲る気がないもんだから、まるで答えが出ない。出口のない迷路にでも入り込んでしまった気分だ。ただ、いつまでもこの場であーだーこーだ言っているわけにもいかない。
「今は考えておくだけでも良いから。いきなりこんなことを言われて、すぐに答えが出せないのはわかるよ。でも、アンズが助けてほしかったら、いつでも助けになるよ」
彼女の居場所はとりあえずウエストウッドの街だと分かっていることもあるし、一度距離を取って考えてもらうしか無いのかな。マリンに言ってこの場を後にしよう……とした、その時だった。私の<気配感知>スキルに、一つの反応が引っかかる。その反応は、真っ直ぐとこちらに向かっていた。それも、殺意をむき出しで。
「これは……! マリン! アンズ! 急いで逃げ――」
しかし、何もかも遅すぎた。反応に気が付き、とにかく逃走しようと準備する私の努力も虚しく。木々が開けた箇所、視界の端にある姿が映る。そう、突如として奴は現れた。銀色に輝くその身体、しなやかな肢体、鋭く光る黄色い瞳。何より、額の傷。紛れもなく、傷モンスターなるシルバーウルフだった。喧嘩を売られて仕留められなかった相手を、ずっと探していたのだろうか。
彼は、明らかに私のことを覚えている様子だった。姿が変わっても、匂いで分かるのだろうか。颯爽と私達の前に駆けつけ、戦闘態勢に入ろうとしている。戦いは避けられない。そのことを私に認知させるのに、そう時間はかからなかった。傷の狼のサイズは、以前戦った時より一回り大きく見える。確実に以前より強くなっていると、実感せざるを得ない。
『<ST閲覧>が失敗しました。』
しかも、しっかり<ST閲覧防御>持ちだ。相手の状況を見極めて、臨機応変に戦わないと勝つことは叶わない。私は、いよいよ覚悟を決めた。
「――マリン、アンズ。もう、やるしかない!」
「そうね。コユキちゃん、アンズちゃん。誰も死んだら駄目よ、分かった!?」
「は、はい!!」
凸凹なチームだが、今はこの戦力総出で彼の相手をするしか無い。3対1のはずなのに、明らかにプレッシャーに気圧されている。
でも、一人で戦いを挑んだあの時とは自分の実力も、仲間の存在も、大きく違う。この戦いは、過去の失敗を払拭するためのリベンジマッチだ。絶対に負けられない。私は気合を入れ、地面を蹴った。
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