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vol.14 この世界の事情

 翌日。私達は再び、発光キノコの洞窟の奥を歩いていた。といっても、今回は進行方向が昨日と違う。今は、崖の上を目指して進んでいる。



「コユキちゃん、進化したばかりだけど大丈夫かしらね?」


「うーん、多分大丈夫だと思う。<気配感知>をとったから相手の位置は探知しやすいし、万が一見つけてもステータスを覗き見るだけで戦うつもりはまだ無いからさ」



 以前ボコボコにされた銀色の狼。スカーモンスターと呼ばれる彼を倒すため、まずは私の作った最初の拠点に向かって移動しているというわけだ。洞窟の上層部は殆どモンスターもおらず、たまに見かけるモンスターも大人しいため、戦闘も起こらずサクサク進めてしまった。



「うーん、移動中に少しでも経験値を稼げればよかったけど」



 戦いたいときに限って敵がいない現象が発生しています。私の願望と裏腹に、気がつけば洞窟の出口に辿り着こうとしていた。ゴツゴツした岩に覆われた地面から、徐々に湿気を帯びた草地へと足元が変化してきていれば、もう出口が近い証拠だ。



 しばらく進むと予想通り、少し先に外の明かりが見えた。近くから川の音が聞こえる気がする。このまま上流に向かって進めば、前の拠点付近にたどり着くはずだ。嬉々として洞窟の外に出ようとするが、ここである気配に気がつく。



「それじゃコユキちゃん、行――」


「シッ! マリン、何か聞こえる!」



 私が身を低くして言うと、マリンも慌てて私の後ろに隠れる。<気配感知>を取得しておいたよかった。どうやら反応は、3つ。反応のある方向から見えないように茂みを移動し、覗き見る。


 

【見える? あっち、ホラ。あの少し大きい木の向こう側にいる。あれは……人間ヒューマン? 見えにくいけど、全部で3人かな】


【いや、人間ヒューマンは一人だけみたいね。あとドワーフと……あのしゃがんでるヒトはよく分からないわ。<STステータス閲覧防御>を持っているみたいね】



 大きめのフード付きマントに身を包んだ二人組が、しゃがんでいる一人に罵声を浴びせている。内容はよく聞き取れないが汚い言葉であることは分かる。なんだかいけ好かない。



【あっ……】



 その時、マリンが目を見開いて声を漏らす。というのも、ついに男二人がしゃがんでいる人物を蹴飛ばし始めたからだ。彼か彼女かはわからないが、抵抗もできずに一方的に暴行されている。



【ど、どうしようコユキちゃん! 助けるべきかしら……!?】



 <STステータス閲覧>で彼らのステータスを盗み見てみる。スキル構成も、ステータスも大した風には見えないな。ヒューマンにドワーフ、もし転生してその姿なら相当恵まれたポイントを持って転生しているはずだが。それには前世の行いが相当な善人でないと成り立たないはず。見るからに悪人なのはきっと、元々この世界に住まう人たちだからなんだろう。



【助けよう。元人間としては……ちょっと見てられないや】



 そうこなくちゃね、とマリンが笑顔で頷く。弱い者いじめを止める正義のモンスターになる気はさらさら無かったが、見て見ぬふりも寝覚めが悪い。“助けないの?”と目で訴えるマリンのこともあるしね。






 鈍い音を立ててその人物は蹴られ、殴られていた。鳩尾みぞおちに蹴りが入り、嗚咽している。仮に、少しお仕置きをする目的なのだとしてもやり過ぎだ。このまま放置しておくときっと死んでしまう。



 人間ヒューマンの方が大きく足を振り上げ、地面に横たわる人物の頭を踏み潰そうとした刹那。弾かれたように、私とマリンは男たちに飛びかかる。<形態変化>で腕を肥大化。先端を硬質化し、遠心力を使って勢いをつけて殴りかかる。



 ガツーン!!



 いい音がした。一撃のもと、人間ヒューマンが地に伏せる。不意打ちとはいえ一撃で倒せると気分がいい。急に相方が倒れたことに動揺した様子のドワーフだったが、近くにあった木に登り飛びかかってきたマリンに考える間もなく殴られた。



 突然の衝撃に2、3歩後ずさりふらついている。畳み掛けるように伸びた腕を思い切り上に振り、彼の顎を砕いてやった。モーニングスターで殴られたようなものだ。普通の人間なら立っていられないはずだ。……やりすぎたか? 死んでなきゃ良いけど。



 幸い、どちらもHPをわずかに残して気絶しているようだった。なんとなく、無意味にヒトは殺したく無かったのでほっと胸をなでおろす。



「あっ、ああぁ……! ごめんなさい! ごめんなさい……ころさないで……」



 さっきまで地面に伏せて殴られていた人物は、突然殴打がやんだので顔をあげていた。しかし、そこにいたのはモンスター2匹。しかも一緒にいた仲間(?)があっという間にやられてしまった状況だ。私が相手の立場なら「あ、死んだな」と思うくらいには絶望するかもしれない。ひどく怯え、ガタガタ震えながら命乞いをしている。



 無理もないが、少しだけ傷つくなー。って、あれ。人間かと思っていたその人物は、よく見るとウサギのような耳が生えていた。そして、女の子だ。男二人で寄ってたかって、獣人の女の子に暴行を加えていたとは。さっきは死んでなくて安心したけど、やっぱりトドメを刺しちゃってもいいかもしれないと思えてくる。



「大丈夫よ、私達はあなたを傷つけるつもりはないからね? ちょっと待ってね」



 マリンが彼女に対し優しく言う。マリンは<变化>で人間態になると、ウサギの獣人へと近づいていく。彼女は、次から次へと起こる不測の自体に混乱している様子だ。



 手をかざされて「ひっ」と小さく悲鳴をあげたが、発せられたのは回復魔法。これまで狩りが順調すぎたせいで殆ど出番がなかったが、マリンは聖魔法、すなわち回復魔法を使うことが出来る。傷だらけだった手足は、みるみる傷口がふさがっていった。



「な、なんで……」


「大の男がよってたかって、一人の女の子を虐めるなんてありえないでしょ?」



 えへん、と胸を張ってマリンが言った。うん、言い分は分かるけど多分助けた理由にはなってないんじゃないかな、それ。



「う、ううう、うう~……うえぇぇーん……」


「あらあら……何で泣くの? まだ傷が痛むのかしら」


「ううん、違うの。今まで、こんなふうに優しくしてもらったことがなくて……」



 メソメソと泣きながらそう言う彼女の様子を改めて観察してみる。白い髪に、垂れたウサギ耳。ロップイヤー種のウサギの耳とよく似ているな。目は垂れ目で瞳は燃えるように赤い。そして、ボロボロのマントのような衣類に身をまとっている。



 皮膚は末梢部分、すなわち肘から先と膝から下は茶色がかった体毛で覆われている。指先も人とは異なり、肉球なようなものが見て取れた。獣人って初めてみたけど、あんまり人間と変わらないのね。もっと全体的にモッフモフで顔もまんま動物なのを想像してたよ。



「正直、助けた理由はただの気まぐれなんだ。驚かせてごめんね? キミが困っている姿を見て放っておけなかっただけ。見返りは求めないから安心してね」



 泣き止まないことにオロオロしているマリンに割って入り、私も彼女にそう伝える。



「で、でも……あなた達はモンスター……ですよね」


「あら? モンスターが人助けをしちゃいけないのかしら?」


「そ、そういうわけではないんですけど。他のモンスターは、問答無用で襲いかかってくるようなのが多かったから……ごめんなさい」



 まぁ無理もない。マリンは不服そうだが、人間たちからすれば私達は野蛮なイメージがあっても極普通の感覚だろう。私達だって、野生のクマが急に現れたら警戒するなって言う方が無理がある。それと同じことだ。



「ともかく、自己紹介が遅れたね。私はコユキ。で、こっちが」


「マリンよ。違う種のモンスターが組んでいて不思議でしょうけど、私達はチームで戦ってるのよ。無闇に危害を加えるつもりはないからそんなに警戒しないでね?」



 なんか、圧があって怖いよマリン。ほら余計怯えてるじゃんか。



「ご、ごめんなさい。あっ、私は……アンズです。ウサギ獣人のアンズです」



 こっちはこっちで謝るのが癖になってるな。そんなやり取りをしている最中にアンズのステータスを確認してみる。レベル5の割にステータスが高いのは種族の特性だろう。特に筋力と敏捷が優れている。臆病な性格の割に中々戦えそうなステータスじゃないか。あの人間たちより、よっぽど。



「ところでさ、アンズ。なんであの人間たちに暴行されてたの? キミのステータスならあんなに一方的にやられることも無かったと思うんだけど。よかったら聞かせてもらえないかな」



 気になっていた質問をぶつけてみる。一瞬、アンズは言い淀むように表情を曇らせたが。小さくため息をつくと、こちらを向いて話し始めた。



「そうですね、あなた達はモンスターさんだから事情がわからないと思うし、説明しないといけませんね。実は私達獣人は、この世界の一部で迫害の対象となっています。特にウエストウッドの街ではその兆候が強くて。……私、この人間ヒューマンたちの奴隷なんです」



 奴隷。雇い主の手となり足となり働く存在。この世界にもそんなにダークな設定が存在していたとは。妙にボロボロな衣装に身を包んでいるのもそのせいだったのか。

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