vol.13 二度目の進化
【ふいー、ただいまーっと! あ~やっと着いたー疲れたもぉー!】
【うふふ、おかえりなさいコユキちゃん】
私達二人は、さして問題もなく拠点に戻ってきていた。改めて思ったが、手足のないスライムの身体だと上り坂を登るのがとにかく大変だ。狩り自体よりも、帰り道の方が大変とは予想外です。だってちょっと気を抜くと転がっていっちゃうからさ、丸い身体なもので。最後の方はマリンに抱えてもらう有様よ。
【特にトラブルもなくレベルアップできて何よりだったわ。これもコユキちゃんのおかげね?】
私を抱えるために、人間態になっていたマリンが<变化>を解きながら言う。いや、確かにレベルはどどんと上がったのだが、殆どはマリンの攻撃が決め手になっていただけに後ろめたい。
【何いってんの、今日は最後までマリンにおんぶに抱っこだったじゃない。……物理的にも】
【うふふ、そんなことないわよ? パーティを組まなきゃこんなふうに安全に狩りなんて出来ないんだから】
マリンはちょっと謙虚過ぎるところがある。本心で言っているのだろうが、聞く相手が相手ならイヤミみたいに聞こえちゃうぞこれ。突っ込みだしたらキリがないから黙っておくけども。今はそんなことより、例のアナウンスですよ。安全な場所にたどり着いた私は、早速ステータスを確認する。
うん、レベル30。しっかりレベルマックスの表示もある。改めて見てもほくそ笑んでしまうな。早速進化しようと思い、進化をコマンドを念じる。
『レベル上限に達したので個体ハイスライムが進化可能です。複数の進化先があります。選択してください』
えっ。思考停止で進化だーって思ったら複数の進化先があるとは。これはちょっと、しっかり考えて決めないといけないね。どれどれ、どういう選択肢があるの?
『・ヘビィスライム:スライムが成長し、大型になった姿。体力が多く相手を押しつぶす攻撃が得意。
・スライムガール:雌のスライムが突然変異し、頭と手が生成された種。器用さの成長率が高い。』
うーん。ヘビィスライムは順当進化、スライムガールは希少種って感じなのかなぁ。パワーでゴリ押すのも魅力的っちゃ魅力的だけど、身体のサイズが大きいと狭い場所に入れなかったり、的が大きくなって何かと不便そうだなぁ。これはスライムガール一択ですね。
いよいよ私も手を使うことができる。少しでも人間っぽい形に近づけるのがこんなにうれしいとは。感慨深さすら感じる思いだよ。
【ねぇ、マリン】
【あら、どうしたの?】
【あのね、ちょっと今から進化するから驚かないで見ててね】
【えっ、進化なんてできるの?】
あっ、マリンはまだ進化したことないのか。これは説明してあげねばなるまい。
【私は前がレベル上限が低い種族だったから、今回の進化は2回めになるんだけどさ。各種族でレベル上限まであげたら進化できるみたいなんだよね】
【へぇー、そうなのね。レベル上限はどれくらいなのかしらね?】
【多分それは種族によって違うんだと思う。前は15で進化できたけど、今回は30だし。マリンも20とか30とか、恐らくキリが良い数字で進化できると思うんだけど】
ほうほう、と興味津々でマリンが頷いている。ついでに、進化するとレベルが1になってステータスは半分になるとかデメリットも伝えておいた。
【進化かぁー、ちょっと夢が広がるわね。進化したらどんな姿になるのかしら? コユキちゃんの新しい姿も楽しみね!】
やや鼻息を荒くして話す彼女を制し、私はいよいよ進化する体制に入った。進化先は“スライムガール”を選択し、精神を集中させる。身体が淡い光を帯び、徐々に形態が変わっていき……間もなくして、私は進化を完了した。
おお、手だ! 手があるよー! 自分の体をあちこちペタペタと触り変化を確認する。ゼリーのような身体はあまり変化がないが、色は半透明の青色に戻ったようだ。頭からはショートヘアのように黄色っぽく変形したゲルが生えている。足はなく、下半身は中身の詰まったスカートのようになっていた。
……悪くいえばナメクジだなこれ。うーん、まだ足では走れないのか。残念。
『進化して種族が変更されました。スキル<分裂>、<融合>が失われました。<形態変化>を取得しました。』
えー!? あの超絶便利だった分裂・融合はもう使えないの!? ヘビィスライムにしとけば残ったのかなぁ……。見た目の満足度は大進歩なんだけど、仕方ないのかな。あの調子でいけばレベル上げ放題だったもんな。諦めるしか無いね。
【やーん! コユキちゃん、すっごい可愛い!!】
【へぶっ!?】
そこに例のごとく、マリンが人間態に<変化>して抱きついてくる。抱きしめられながら、妙に冷静な私は身長もかなり伸びたことを実感した。幼稚園児くらいはあるかな? 前がスイカくらいのサイズだったことを考えると相当大きくなった。
【マリン、くるしい】
【あっ、ごめんなさい! 可愛くってつい……】
今度は急に手を離されても地面にぶつからなかった。うん、同じミスはしない私えらい。
【コユキちゃん、そういえば前は目だけだったけど今は口があるのね。もしかして、普通に喋れたりするんじゃない?】
え、マジで?
「……あー。あー。あーーー。聞こえてるこれ?」
「わっ! コユキちゃん喋ってるわ! 可愛い声! なんだか新鮮ね!」
なんと、進化の副産物として声帯も獲得したらしい。何故だろう、声が出せるだけで感動して泣いてしまいそうだ。素直に嬉しい。
「っていうかマリンも普通に喋れたんだね」
「んー、コユキちゃんが喋れないみたいだから常に<念話>を使っていたんだけれどね。これからは、戦闘中以外は普通に喋っちゃって良さそうね?」
そう言うと彼女はお茶目に微笑んだ。相変わらずだ。
「えぇ、そんなことを気にしてたの? もう、気を使い過ぎだよ。これからはもっと遠慮なく接してよね」
「いや、私だけ喋るのって失礼かなって思って……」
「変な気遣いが逆に失礼になることもあるの!」
腕を組み、そうマリンに注意する。彼女は一瞬しゅんとしたがすぐに「分かったわ」と了解したようだった。私は満足げに微笑んでみせる。
「いやー、でも。やっぱり手があるって良いね。腕を組んだりは勿論、ほらこんなふうにお皿も持てる。なんか出来ることが一気に増えた気分だよ」
マリンがクラフトした木のお皿や食器を手にとって見る。道具が使えるって素晴らしいな。やっぱり、元人間である以上。知識を活かして道具を使っていくべきだよねー。
「進化って凄いのね。私もレベル上げを頑張らなきゃ。……あら? コユキちゃん、新しいスキルも覚えたのね」
「あっ、そうだった。<形態変化>も試さないと」
私のステータスを見たマリンに言われて思い出す。手が生えたことが嬉しすぎて、新スキルのことを忘れていた。といっても、スキルの名前的に何ができるかだいたい想像はつくんだけど。
「それじゃ……えい! <形態変化>!」
自らの身体を変化させる。全体を柔らかくして水のようになったり、一部分を硬くしたり、腕を太くしたり細くしたり。おおー、これは応用が効きそうだぞ。狭い場所もなんのそので通れちゃうね。どうやら、“形”と“身体の柔らかさ”を変えられるらしい。
腕を大きくさせたあと先端を硬質化させて殴る、みたいに使い方は沢山ありそうだ。とにかく、このスキルに関しては色々試して模索していこう。今後の楽しみが増えたぞ。
「……うーん、こんなところかな」
「コユキちゃん、かなり強くなったんじゃない? しかも各ステータスもレベル1に戻ったからって、おおよそ半分になるだけで済むのね」
「そうそう。だからこそ、レベル上げと進化を繰り返すことで早く強くなれると思うんだ」
「進化して名前表示も黄色になってるわ。多分、レアなモンスターに進化したからってことよね?」
通常のモンスターは黒枠に白いフォントで名前表示される。黄色ということは、進化したことで私のモンスターとしてのランクが上がったらしい。良いことのようにも思えるが、これはレアモンスターとして目立つため敵からヘイトを集めやすいともいえる。
「うーん。嬉しいような、そうでもないような……」
「まぁまぁ、いいじゃない。何が起きてもきっと大丈夫よ。今日一日戦ってみて思ったけど、並大抵の相手なら負ける気がしなかったわ」
「そうかなぁ。ま、あんまり考えすぎても仕方ないか」
「そうそう。ご飯にしましょ? 一日動いてもうお腹ペコペコだわ」
マリンがそう言って笑う。私もつられて微笑み、彼女の提案に同意する。私達は充実した一日を過ごせたことを喜び、ハイタッチした。