vol.11 コンビネーション
私達はキノコの明かりを頼りに、慎重に歩を進めていた。あちこちに生えているキノコの御陰である程度の明るさはあるものの、やはり薄暗い。地下に行くほど不気味さは増していくような気がした。
岩肌に囲まれて息苦しく感じるのは気のせいだろうか。無駄口を叩く暇もなく、緊張した空気感の中カリンの後について進む。マリンは迷いなくサクサク進んでいってしまうので、見失わないようにしないといけない。
【コユキちゃん、見える? いたわ】
不意に、マリンが<念話>で呟く。岩陰に隠れながら言われた方角を覗き込むと、岩で出来た壁をガリガリと齧るイノシシのようなモンスターがいた。黒く硬質化した毛皮に覆われ、背中には刺々しく岩のようなものが生えている。名前表示は……見えないな。
【ねぇマリンは見える? 表示】
【ダメね。レベルは私達より上みたい】
そんなときは、困った時の<ST閲覧>。さて、と。注意すべきは地魔法に、皮膚硬質化、牙強化あたりかな。ひとつひとつのスキルは高水準だけど、スキルが少ないタイプか。HPと筋力が異様に高く、タフそうなのでシンプルな構成ながら倒すのに苦労しそうだ。
【どうするの?】
【そうね……】
マリンと作戦を考える。特に問題なのは皮膚硬質化かな。見るからに硬い相手にどうやってダメージを与えるかがポイントとなりそうだ。こうしてパーティ間だけで敵に悟られず会話ができるあたり、やはり<念話>は取得しておいて正解だった。
【壁齧ってるけど何してんのかな? アレ】
【あの種族は石とか土がご飯みたいね。あの岩のような肌はそれが元みたいよ? この洞窟で見かける度に岩を穿っているから。見かけによらず強いから極力戦いは挑まないようにしていたんだけれど】
そう、こういった純粋に強いタイプは、もしもソロならスルー推奨な相手だ。でも数の理はこちらにある。私達は顔を見合わせ、頷いた。
【それじゃ、のんびり屋さんに痛い目を見てもらいましょうか】
※
小部屋のような構造になっている洞窟の壁を、相変わらず猪は貪るように齧っていた。あまりに無防備だが、それはある種自信の表れとも言えるのだろう。多少の攻撃は屁でもない、来るなら来いよという自信。私達は<忍び足>でそれぞれ配置につく。
【コユキちゃん、準備はいい?】
【いつでもどうぞ】
【無粋な質問だったわね。――行くわっ!】
合図と共に、私達は一斉に飛びかかる。まずは<麻痺魔法>、パラライズ!
「――ッ!?」
バチッ! という弾ける音と共に魔法が炸裂する。直接的なダメージにはなっていないが、麻痺耐性がないのは確認済み。明らかに効いている様子だ。動かしにくくなった身体を、ゆっくりと私の方角へ向ける。鋭い牙を私に向け、身を低くし、今にも突進してきそうだ。が、それも読みどおり。
【マリンお願い!】
【任せて! <幻惑魔法>、影分身!】
マリンの魔法により、私達の姿が分裂する。初見ならまず面食らうだろう。<見切り>もしくは<嗅覚強化>でも持っていれば別だけど、残念だったね。私達の正確な位置を見失った猪は見るからに困惑し、出鱈目に突進し始めた。洞窟の狭い小部屋でそんなことをすれば、それはもう哀れ。幻をすり抜けて壁に激突する。
ドゴォッ!!
【……うわ、マジか】
【……ちょっとこれは予想以上ね】
こちらの攻撃が通じないなら相手の攻撃力を利用すれば良い。挑発し、壁に激突させる作戦をとったは良いが。猪がぶつかった壁がぽっくりとえぐれてしまった。硬い岩肌をそんなに削ってしまうとは。確かにダメージは入ったはずだが、思ったよりもピンピンしている。
麻痺と幻惑のおかげで躱すのは難しくないが、もしアレに当たったらと思うとゾッとする。一方で、彼は渾身の突進を容易く避けられて御冠だ。
【マリン! お願い!】
私の掛け声と共にマリンが猪に飛びかかる。猪はそれを迎え撃とうと、牙を突き上げようとするが、私達の狙いはそれ。咄嗟に<变化>でカリンは“木の葉”に変化する。猫から人間になれるなら、逆に小さくもなれるんじゃないの? という発想のもと、やってみたら出来たのだ。質量保存の法則? なにそれ美味い?
狼の牙が空を切り、マリンは煽られて天高く舞う。ヤツはぐらりとバランスを崩し、4足が2足歩行に。その隙を突き、私はヤツの足元に滑り込み、自らの身体を思い切り潰した。身体が元に戻る勢いを利用し、渾身の体当たりをお見舞いする。
ガツン!!
【ッッ! 痛ったぁーーっ!!】
アッパー・カットのような形で猪の顎に体当たりがヒットする。しかしなんつー硬い皮膚! うわこっちもダメージ受け取るわ。
【コユキちゃん! 大丈夫!?】
【痛いけど平気! それよりマリン、今!】
猪はアッパーを受けて、仰向けに倒れた。マリンの前情報どおりなら、腹側は唯一柔らかい皮膚があるはず。仰向けに倒れてもがいている今、そこをつく。
【<变化>!!】
天井付近まで舞い上がったマリンは、一旦猫形態に戻る。天井を蹴り、再度<变化>を使用。逆三角推の岩の塊へ变化した。私は私で、<麻痺魔法>で猪の位置がズレないようアシストする。蹴った勢いと重力でマリンは二重に加速していく。
ズドン!!!
「――ブギッ……ッッ!!」
猪の腹に、深々と石柱に化けたマリンが突き刺さった。2、3度ビクッと痙攣し、血反吐を吐いたあと。間もなくして猪は絶命した。死体が光となって消え、代わりに経験値石とアイテムが出現する。
『経験値を獲得しました。レベルが4→5になりました。SPを5獲得しました。
経験値を獲得しました。レベルが5→6になりました。SPを5獲得しました。
経験値を獲得しました。レベルが6→7になりました。SPを5獲得しました。』
うわ、凄い。作戦で完封勝ちして、3つもレベルが上昇するとは。ちょっと旨すぎるな。
【想像以上に上手くいったわね! コユキちゃんの作戦勝ちね♪】
【いや、私はほとんどサポートに徹してたから。マリンのおかげだよ。にしても、<变化>は本当に強いね。汎用性もあるし】
全くもって羨ましい。それに、最後の攻撃なんかは格上の相手を一撃で葬り去ったわけだ。なんというか、クリティカル! って感じだった。ゲームでいう急所に当たっただのクリティカルだのは、実際はああいうことが起こっているわけなのかな。
【それはホラ。まだ私のほうがレベル高いから。でもコユキちゃんは<早熟>もあるし、すぐレベル追いつかれちゃいそう……って3つも上がったの!?】
マリンが私のステータスを見て目を丸くしている。それもそうだろう。レベル差があるとはいえ、マリンは1つしか上がっていないのだから。態度に出さないようにはしているのだろうが、ちょっとだけ不満そうだ。
【このぶんだと追いつかれるどころか、簡単に追い抜かれちゃいそうだわ】
【私の経験上、レベル差がある相手を倒すほど経験値入る気がするんだよね。レベルが上がってきたら、流石に今回みたくポンポン上がることはないと思うけど】
ドロップしたアイテムとお金を拾いながら、なるほどとマリンは納得した様子で頷く。しかし、いくらレベルが上がっても、私はまだまだ種族単位で弱い。早くレベルを上げて、また進化できるようにしないといけない。今の戦闘でも、殆どマリンに頼り切りだ。私の課題は攻撃力不足。溜めておいたスキルポイントを使って、弱点を補うことを考えなければ。
次の獲物を探す最中に、取得可能スキルリストを眺めて考える。うーん、現行のスキルを強化するのも大事だけど……。あ、これとか良さそうかも。<酸攻撃>。強酸で、相手の身体を溶かしたり、自分の身体に纏わせれば防御にも使えそうだ。ちょっと見てくれは悪くなるけど、四の五の言える身分じゃないしね。
スキルもステータスも調整しつつ、この調子でドンドン狩っていこう。とりあえず、目標はこの洞窟のモンスターを制覇するってことで。