vol.10 変わる環境
【ひどい! 許せないわ!】
さて。ひとしきり泣いて、マリンが落ち着いた頃。改めて私達は今後の方針について話し合っていた。マリンがいま激昂しているのは、例の“傷の狼”について話をしたからである。泣いたり怒ったりと忙しい。
【……と、まぁそういうわけでね、今はその狼を討伐することを目標としてるんだ。頂点を目指すにしても、その辺にいるモンスターにやられてるようじゃ話にならないからね】
【傷のモンスター……そういえば街に出たときに何か噂になっていたような……】
私の出した“傷”というキーワードに引っかかったのか、考えるような仕草をしながらマリンが続ける。
【ええと、なんていったかしら。確か、“傷モンスター”っていう称号を持つモンスターの討伐依頼が出ていたのよね。なんでも、そのマップのレベル帯では到底相手にならないほど強いモンスターで、倒すと多額の報酬と、レアなお宝がドロップするって話】
【……もしかして、とんでもない相手に喧嘩を売ったのかな】
マリンの話を聞いて、過去の自分の愚かさを反省せざるを得ない。情報不足は命取り、と。うん、私は深々と心に刻みこんだ。
【でもマリンのおかげで尚更、傷モンスターを狩る理由が出来たね。……ただ、こっちは二人になってるとはいえ、まだまだ不安要素が多いなぁ。相手も強くなってる可能性が高いし】
【え、どうして?】
首を傾げてマリンが尋ねる。
【私達だって、客観的に見ればただのモンスターがどんどんレベルアップしていってる状態だよ? 普通のMMORPGならとんでもない驚異だよ】
【えむえむおーあーるぴーじー?】
【あー、いやごめん。ゲームのことね。でね、レア度の差はあれど、私達は所謂通常のモンスターでしょ。それが人間たちでも手を焼くくらい簡単には狩れない特殊なモンスターともなれば、日々成長して強くなるくらいありそうだなって】
そのためにも、まずは徹底したレベル上げが必要となる。そこらのゲームと違って、この世界はおそらくどの人間もモンスターも成長する。初日に見かけた低レベルモンスターを最近では殆ど見かけないのはそういうことなのだろう。ちんたらレベル上げをしていても、周りはどんどん強くなっていき差がつかない。私はそう睨んでいた。
【うーん、そうなると引っかかる点もあるわね?】
これまでふむふむと私の話を聞いていたマリンだったが、不意に考えが浮かんだのか問いかけてくる。
【というと?】
【もし、他のどのモンスターも私達のように切磋琢磨してレベルアップしているとするじゃない。そうなるとどうしても狩られる側のモンスターがいるわけで、モンスターの総数は凄い速さで減っていく計算になるのよね】
それもそうだ。レベルアップのためには継続して狩りを行わなければならない。この世界に来た時よりも周囲のモンスターのレベルは上がったように感じるが、しかし。
【……減ってないよね、モンスターの数】
【そうね。私達が継続して狩りを続けていられるのが何よりの証拠ね】
となると、考えられる仮説は2つ。
【レベル据え置きの再スポーンか、新しく強いモンスターが転生されて生まれているか】
【……どちらにせよ、あまりいい話ではなさそうだわ。すごく緩やかに、でも確実に、勝ち抜き戦が始まってるようなものと考えて良さそうね?】
……あまり考えたくない。うかうかしていると、ドンドン強くなる環境においていかれて一方的に狩られる身にもなり得るということだ。それだけは避けなければならない。
効率の良い狩場を見つける、パーティメンバーを増やす、すごく強い武器などを見つける。周囲より強くなる手段を模索するため、今はとにかく情報がほしいなぁ。
【じゃあ、ここらで私の知ってることをコユキちゃんに伝えておいた方が良さそうね】
※
マリンが言う情報をまとめると、以下のようになる。
まず、ここから西にずっと真っ直ぐ行くと、森を抜けて街に出る。街の名前は“ウエストウッド”。また、この森は“古代の森”と呼ばれ、ウエストウッドの住民たちにとっては初心者~中級者用のハンティングスポットとのこと。
森の東側に行くほど強力なモンスターがのさばっており、そのまま東に突っ切ると今度は砂漠地帯になるという。砂漠は環境の厳しさもさることながら、上級者向けのモンスターばかりのためとても危険だという話だ。
一方で、この滝の北側。もとい、崖の上は私がスポーンした場所でもあるわけだけど、基本は弱いモンスターばかりである(私もそこに含まれると思うと悔しい)。ただ、稀にレアなモンスターが湧くため決してバカにはできないスポットなのだという。
調子に乗った初心者がレアモンスターを探しに行って、返り討ちにあう。よくあることなのだそうだ。……ん? 誰のことかな?
【ちなみに、現在地は森の中間地点よりやや北西寄りよ】
【なるほどねぇ。ちなみに、南北方向に森を抜けると何があるの?】
【うーん、それについては北側は雪山、南側は海岸地帯ってことくらいしか分からないわね。街で地図も売っていたんだけどお金が足りなくて……】
マリンは現在地、滝の裏の洞窟を拠点として活動している。拠点から西側、ウエストウッドの街までの間は殆ど探索したものの、その他の方角については詳しくないらしい。
【いや、十分だよ。ありがとうねマリン】
【お礼なんて良いのよ? だってもう私達はパーティなんだからこれくらい当たり前でしょ?】
そう言ってマリンは優しく微笑んだ。ああ、なんて眩しいのかしら。しかも頼りになるなんて。私はいい仲間を持ったなぁ。
【それで、当面のレベル上げだけど。情報からすると、強いモンスターのいる東側に狩りに行くべきなのかな?】
【ううん、それも良いんだけどね。折角二人になったことだし、私としては是非行ってみたい場所があるわ】
【そうなの? どこ?】
興味津々に尋ねる私に、マリンが妖しげな笑みを浮かべて言った。
【発光キノコの洞窟。もとい、この洞窟の地下。難易度は高いけど挑戦する価値はあると思うわ】
ここじゃん。と、思わず私はアホ面をかましてしまう。
【えぇ!? ここってそんな危険な場所だったの!?】
【この拠点周囲は全く。でも、地下に行くほど強いモンスターがいて、しかも入り組んでる。迷いやすいから注意して進まないと危険な場所かもしれないわね】
考えるような仕草をしながらマリンは言った。
【よくもまぁ、そんな危険な場所に拠点作ったねぇ……】
【元々この洞窟がスポーン地点だったから。それに、ある程度危険な場所の方が良いこともあるのよ】
【というと?】
【まず、あんまり人間達が立ち寄らないでしょう? 入り組んでいる場所に拠点を作れば見つかりにくいし、仮に見つかっても逃げやすいぶん逆に安全って寸法ね】
なるほど。生きるのに必死であんまり考えてなかったなぁ。なんだか、よく考えもせず拠点を作っていた自分が恥ずかしくなる。
【マリンは色々と考えてて偉いなぁ】
【ど、どうしたの? 急に褒められると照れちゃうわ】
【いや、私って行き当たりばったりなところあるから……。とりあえずやってみて失敗するタイプというかね。もっと慎重にならないとダメなのかもって】
【そうなの? でも、私はコユキちゃんのそういうところが羨ましいと思うわ】
え? どこが? 意外な言葉に私はキョトンとしてしまう。
【私はどちらかというと、何事もできないと決めつけて行動できないタイプだったから。何でも思い切って挑戦できるヒトって凄いなぁって思う】
【うーん、そんなものかなぁ】
【そうよ。うふふ、なんだか、お互い無い物ねだりみたいね?】
マリンが無邪気にクスクスと笑う。つられて、私も笑ってしまった。
【そうだね。だからこそ、私達はサポートし合えば良いのかもね】
【ええ。益々良いチームになれる気がしてきたわ。それじゃ、早速だけど出発しましょうか? 状況を考えるに、レベル上げは急ぐに越したことはなさそうだものね】
【うん。案内宜しく頼むよ、マリン】
彼女は優しく頷いた。私達は拠点の横穴を出ると、洞窟の更に奥深くに向かって歩き出す。
キノコの明かりを頼りにしばらく進むと、なるほど。登りと下りの坂に道が別れていた。ここを上側に進めば崖の上にも出られるのかな。まぁ、それは後回しだけど。
【ここから先は、危険なモンスターがうろついているわ。分かってると思うけど警戒して進みましょう】
先程と打って変わり、マリンが真剣な表情で言う。思わず緊張してしまうが、足を引っ張るわけにもいかない。私は気合を入れ直して、歩を進めた。




