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気まぐれムジカと祭りの夜  作者: 齋藤睦月
第二章 祭りの夜
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星明かりのように優しい笑み

 長い話の最後にしれっと物騒な名前が差し込まれてきた。それがこの辺りに潜んでいる? いや、まさか古くからの言い伝えの神というのは……?


「ムジカさん、まさかこれからそいつを倒しに行くなんて言わないですよね」

「ははは、言うわけないじゃないか。そんなこと言ったら君は付いてこないだろう? だから言わないよ」

「行く気じゃないですか。言わないだけで、絶対行く気じゃないですか」


 妖技を見てからは、話の全てに信憑性が備わっている。あれが起こりうるのだから、首斬り妖怪も存在するのではないか。不安が冷や汗となって背中を滑り落ちる。


「帰りたいなら、止めはしないぞ」


 ムジカが急に神妙な顔をしてそう言った。


「これは元々私の闘いだ。関係の無い君を巻き込むべきじゃない。わかっていたはずなんだがな。……恐ろしい妖怪が相手だ。心細かったのかもしれないな。カフェで再会した時に、これも何かの縁と声を掛けてしまった」

「ムジカさん……。」


 うつむいて肘を抱える姿は、どこか弱々しくて……。きっとこれから挑む相手は、さっきのチンピラどもとはわけが違うのだろう。


「そもそも危険を犯して妖怪を倒しに行くのは何故なんですか?」


 ムジカは白い手のひらで髪をかき上げて月を見上げた。遠い目をしたその仕草もいちいち様になっている。


「今はまだ、言えない。しかしこれは宿命、そう、宿命なのだと思う……」


 ムジカはそれ以上語ろうとしなかったし、僕もまたそれ以上追及できなかった。きっとそれは、知り合ったばかりの人間が立ち入っていい領域ではないのだ。


「付いて行きますよ」自然と僕はそう口にしていた。「僕に出来ることを手伝わせて下さい。それに、危なくなったらムジカさんが助けてくれるんでしょ?」

「泉原くん……」


 会ってからほんの数時間しか経っていないが、ムジカの人懐こい笑顔や人柄、妖技などの不思議な部分も含めて、僕はその全てに魅力を感じ始めていた。

 力になりたい。もっと一緒に居たい。いつの間にかそんな気持ちになっていた。

 そしてそれはもしかすると、会社を辞めて以来心に宿るある種の渇望、誰かに必要とされたいという強い想いが根源にあったのかもしれない。


 ムジカは一瞬戸惑ったような顔をした後、星明かりのように優しい笑みを浮かべて言った。


「ありがとう」


 ◆


 僕たちは再び本殿へ向かって階段を上り始めた。既に陽は落ちて、涼しげな浅い夜の色が空を満たしていた。

 屋台の並ぶ広場では天井のように敷き詰められていた頭上の提灯だが、階段においてはガードレールのように両端のみ並んでいる。

 児童による顔が描かれた提灯は入口近辺だけだったらしく、この辺りの物には大人が描いたと思しき整った線画の顔が描かれていた。

 整然と並んだ提灯が夜空をバックに煌々と光る様は、実に幻想的だ。

 ふとムジカが階段の下を眺めて言った。


「見てみな泉原くん。上から眺める提灯も悪くない」


 振り返って下を見ると、階段に沿って連なる先で、地上に敷き詰められた提灯が優しい光を放っている。


「本当だ。これは美しいですね」


 ここぞとばかりにスマートフォンを取り出してカメラのシャッターを切る。ムジカは例によって自分も映るように撮影しているようだ。自分撮りの表情固定技術の高さを目の当たりにして舌を巻く。


「さて、いい具合に空も暗くなってきた。提灯はその方が美しく輝くものだ。そろそろ、()へ行こう」


 ムジカはそう言いながら再び階段を上り始めた。本殿の裏に妖怪の隠れ家があるのだろうか。

 ついさっきまで観光気分で写真など撮っていたが、これから恐ろしいモンスターとの戦いが待っていることを急に意識させられる。見たことも無い怪物を想像して、僕は軽く身震いした。


 ◆


 山に沿って緩やかに曲がると、階段が終わって少しなだらかな広場へ出た。途端に祭囃子の音は聞こえなくなり、代わりに静かな虫の声が茂みの奥から聞こえてくる。そして灯籠(とうろう)が並ぶ石畳の奥には、古めかしくも美しい建物が構えていた。

 決して急な階段ではなかったが、日頃の運動不足のせいか、すっかり息が上がっている。


「あれが本殿ですか?」


 乱れた呼吸を整えてからムジカに問うと、彼女は不敵に微笑んだ。それなりの距離を上ってきたのに、疲れた様子は見えない。


「そうだ。見てごらん」


 ムジカが空を指差すと、そこには相変わらずの提灯が並んでいる。

 いや、ずらりと並んだそれは、まるで――


「生首……?」


 そんなはずはない。近付いて観察すると、余りにも本物に近い造形の提灯であることがわかった。

 これまでの提灯はあくまでも球状、提灯のシルエットを基本としていた。しかしここにある提灯はどれも人の頭としての立体感を持ったデザインだ。そしてその姿はひとつひとつ異なっている。


「本殿周辺は泣く子も黙るリアル仕様だ。噂には聞いていたが、これは素晴らしいな」


 言いながらムジカはスマホで撮影する。

 先刻垣間見せた不安な様子は何処へやら。すっかりブロガー・ムジカに戻っている。


 屋台が出ていないせいか、意外にも本殿周辺は人が少なかった。

 三人連れの外国人観光客が一眼レフを構えて辺りを撮って回っている。このエキゾチックな光景は、海外の人の目にどう映るのだろうか。


「凄いですね。これは確かに一見の価値がある」


 驚く僕を尻目に、ムジカは本殿に沿って建物の外周を歩き始めた。

 前面以外は木々が生い茂り、石畳にも覆われていない。特に書いてないが、天然の『関係者以外立ち入り禁止』というやつだ。

 茂みをかき分け、木々の隙間を歩くムジカの後に続く。


「あ、そうか。本殿の後ろに行くんでしたね」

「それは少し違うな。後ろではなくて、裏だ。さあ(しるし)を探そう」

「印……って、なんですか?」


 話しながらムジカはキョロキョロと見回している。


「そんなにわかりづらくはないはずだが……」


 暗い木々の奥から聴こえる姿の見えない虫の声。

 ムジカはまるでその出どころを探るように、一本一本木を覗き込んでいる。

 彼女が何を探しているかわからなかったので、僕はこれから始まるであろう未知の出来事について想像をめぐらせた。


 目の前で炎を見ただけでトリックの疑いを捨てるのは早計だろうか。しかし今のところ僕をからかって楽しんでるようには見えないし、数分前に見せた真剣な表情はとても演技には見えなかった。

 それに、これが嘘だったとして失う物は半日程度の時間だけだ。ならば思い切ってムジカの言うことを鵜呑みにしようという気持ちになっていた。


「首斬りかまいたち、か」


 例の殺人事件がその妖怪の仕業だとしたら、さっきのチンピラとは比べものにならない程の危険が迫っているのではないか。

 頭ではそう思ってみても、経験したことのない類の危機というのは中々実感が湧かないものだ。

 それにマイペースなムジカの様子を見ていると、これからとてつもなく危険な出来事が起きるとは到底思えなかった。


 漫画なんかではよくある話だ。どんな化け物かと怯える主人公。蓋を開けてみたらハムスターみたいな可愛い生き物が出て来て拍子抜け。何故か懐かれて仲間になったりなんかして。案外そんな落ちなのかもしれない。


「あったぞ。ほら、ボサッとしてないでさっさと来る」


 ほのぼのした空想から引き戻され、ムジカの元へ駆け寄る。


「一体何処に何があるっていうんですか?」

()()()()()()


 ムジカの指差した先は、足元の石だった。

 地面に突き刺さるような形で転がる、バケツほどの大きさの石。


「ムジカさん、石ですよこれは」

「見ればわかる。いいからその表面の印を見ろ」


 表面の印?

 ムジカの言う意味を理解しようとして石の表面をよく見てみる。

 もともとツルツルした表面ではないが、言われてみればマークに見えなくもない凹凸がそこにあった。なにか、平仮名を最大限複雑にしたような、丸みのあるマークだ。


「その印を見ろ。目を逸らしたり瞬きしたりするなよ。そのまま頭の中でゆっくり十数えるんだ」


 ムジカの言う通り、カウントする。

 視界の外周からぼやけてくる。視点の中心だけがくっきりと浮かび上がる。頭の奥で、何かが歪むような重低音が唸っている。

 重く、鈍く、世界が捻れていく……。何度か鈴の音が聞こえた気がした。


「泉原くん、もういいぞ」


 ムジカの声に我に返る。

 何度か瞬きをして、辺りを見渡す。

 同じ場所に居るのに何かがおかしい気がした。


()にようこそ。さあ、本番だ」


 そう言うムジカの口が、好戦的に歪んだように見えた。

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