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気まぐれムジカと祭りの夜  作者: 齋藤睦月
第二章 祭りの夜
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トリック抜きのファンタジー

「祭りにあの手合いは付き物だが、本当にうんざりするな。(しつけ)がなってない。自分が良ければ周りは関係無いという思考は全く不愉快だ」


 ムジカの言葉が聞こえたが、僕は目の前で起きたばかりの出来事を整理することに必死で、返事も出来ずに片手で髪の毛をくしゃくしゃと掻きむしった。

 トラブルが解消されたことを察してか、周囲の野次馬は最早見当たらない。


「おや、泉原くんには刺激が強すぎたかな?」イカ焼きの串を弄びながらムジカが言った。

「刺激……っていうか、正直怖かったです。あいつらも、ムジカさんも」


 今更虚勢を張っても仕方ないので、素直に感想を伝える。

 実際、まだ膝が僅かに震えてるし、ムジカの目も見られない。


「喧嘩、苦手なんです。といっても自分がどれだけ弱いかもわかりませんけど。殴り合いをしたこともないですから。ただ、とにかくああいう場面で動けた試しがありません。……情けない話ですけどね」

「ほう。会って間もない人間に、随分大胆に心を開くじゃないか。旅の恥はかき捨てという奴か?」ムジカが茶化す。

「それもあるかも。まあ、カッコつけても仕方ないですし。……こんな悩みにムジカさんならどう答えますか?」


 ムジカは一瞬考えてから口を開いた。


「見ての通り、私も君も怪我ひとつ無い。その上で何を悩む必要があるのかと思うけどね。そうだな、例えば君は本当に追い込まれるまで動けないタイプなのかもしれない。夏休みの宿題は八月末にやるもの。そう思ってたタイプだろ?」

「それは、その、確かに……」

窮鼠(きゅうそ)猫を噛むというだろう。いざ傷つけられた時には反撃に出るかもしれない。終電でよく見かける喧嘩っ早いおっさんどもと違って実に理性的じゃないか」


 突飛(とっぴ)な発想に少し慰められたが、あくまでもそういう可能性もあるというだけの推論だ。

 ムジカの言葉が正しいなら、僕はどれだけ追い詰められたら動けるのだろうか。やはりただの臆病者なのではないだろうか。見るからに強そうな相手を前にして、勝てる保証が無いからと怯えているだけなのではないか……。


「そういえば、一体どうやって離れたところから背中を燃やしたんですか? まるで超能力に見えましたけど……。それだけでも知りたいです」


 おそるおそるムジカに視線を合わせる。

 するとムジカはニヤリと笑って言った。


「勿論私の仕業だよ。離れたところに火を点けることができる。といっても距離制限があるけどね。離れるほど威力が小さくなってしまうんだ。二十メートルも離れると、ケーキのロウソクに火を点けるのがやっとといったところだ」

「待って待って、ちょっと待って下さい……火を点けられる?」


 どんなトリックを使ったかじゃなくて?

 まるで――「SFかファンタジーみたいだ」無意識に呟く。いずれにせよフィクションとしか受け取れない説明だ。

 個性的な人だとは思っていたけど、いよいよわけがわからなくなってきた。


「その通りだよ」とムジカが答える。

「ムジカさんは……その、魔法使いだってことですか?」

「魔法使い? 随分と古くさいフレーズだな。指輪物語じゃあるまいし、魔法なんて使えるわけがないだろう」


 苦笑混じりに諭されてしまった。恥ずかしさで顔が赤くなるのがわかる。


「ごめんなさい。でも、それなら今のは何なんです?」

「今のは妖技(ようぎ)だ」


 ヨウギ? 容疑? 明らかに理解していない僕を見て、ムジカは苦笑する。


「辞書には載っていない言葉だ。君の学が無いわけじゃないから安心してくれ。妖怪の妖に、技術の技。で、妖技。覚えたかい?」

「シンプルな説明で助かります。でも残念ながら名前しかわかりませんでした」

「名前しか言ってないからな」


 以上説明終わり、と言わんばかりに切り捨てられる。

 しかしここで引き下がるわけにはいかない。


「ムジカさん、喉乾きませんか?」


 ◆


「祭りといったらまずはラムネだろうが。いきなりこんなビールなど頼んで全く」


 近くの露天で生ビールを二杯購入すると、僕らはなるべくひと気の無いスペースへと移動した。

 文句を言いながら早速ムジカはぐいぐいと紙コップを煽っている。文句言うなら飲むなよ……。さながらやるだけやって説教を始める援交オヤジのようだ。

 やれやれと僕もビールを飲み、冷えた息を吐き出した。


「それで、さっきの話の続きを聞かせてもらってもいいですか?」僕が促す。

「なんだ、ビール一杯で買収したつもりか?」ムジカが牽制する。

「あんな出来事を目にしたら誰だって気になるじゃないですか。張本人のムジカさんには、何が起きたか説明する義務があると思います」


 ワイロを渡したこともあり、やや強気に畳み掛ける。

 ムジカは白い喉を見せつけるようにぐびぐびとビールを飲み干すと、少し目を細めて笑った。


「くくく、泉原くんは本当に素直だな。まぁいい、元々隠すつもりも無かったし。そうだな、泉原くんはゲームは好きかい?」

「ゲーム? テレビゲームなら好きですけど」

「それはいい。実にテレビゲーム的なシステムなんだ。いいか、妖怪はそれぞれ固有の超能力を持っている。それは透視能力だったり、空中浮揚だったり、物質変換だったり色々さ。それを総称して妖技と呼ぶ。そして我々はそれを奪うことができる。さっき見せた炎は、その一つというわけだ」


 妖怪? 何を言い出したんだ? いくらなんでも荒唐無稽過ぎる。子供騙しもいいところだ。


「あのですね、ムジカさん。もしそれが本当だとして――」


 そう言ったと同時に、僕のすぐ近くに吊るされていた提灯が燃え始めた。

 唖然(あぜん)とする僕の前で、ムジカが左手を無造作に動かす。提灯を見ると、火が消えている。不思議なことに、焼けた形跡すら見つからない。


「泉原くん、私の話を信じるかどうかじゃないぞ。自分の目で見たものを信じるかどうかだ」


 しばらく考えてから、僕は言った。


「わかりました。でも後で六十万円のツボとか買わされそうになったら即、疑いますよ」

「結構だ」ムジカはにっこりと頷いた。この笑顔は信じてよいのだろうか……。


「そしたら、その技は妖怪をやっつけて覚えたってことですか?」


 ムジカは何故か寂しそうな顔をしてから、首を横に振って言った。


「いや、これは違う。妖技の持ち主がこの世を去る時に私が居合わせてね。その時に譲り受けたんだ。ある意味で運が良かったわけだな。奪うことも出来ると知ったのはもっと後のことだ。偶然遭遇した友好的な妖怪から色々教わった」


 二度も遭遇するほど世の中に妖怪が溢れているものだろうか。


「街中で声でも掛けられたんですか?」


 そんなはずないだろうというニュアンスを込めて訊く。


「掛けられた。それも居酒屋でね」


 居酒屋! 急に身近な単語が出てきたものだ。反応に困ってると、ムジカが続けた。


「その妖怪は、妖技を探す妖技を持っていたんだ。一口に妖怪と言っても武闘派ばかりとは限らない。そいつははっきり言って弱い妖怪だ。だから、強い仲間を見つけて少しでも自分が生き残る確率を上げようとしていた。私もその頃には妖技の扱いに慣れてきていた。チンピラみたいな妖怪を倒したこともある。腕の立つ人間が居るらしいと妖怪の間でもちょっとした噂にもなっていた。何かあったときに彼の用心棒となることを約束し、妖怪についての色々な情報を引き出した」


 なるほどと頷いてみせる。目の前でトリック抜きのファンタジーを見せられた以上、自分に不利益がある情報以外はなるべく受け入れようという気になっていた。


「そしてその中の一つが、この辺りに潜むという妖怪、首斬りかまいたちの情報だったわけだ」


 ……ちょっと待て、今なんて?

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