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気まぐれムジカと祭りの夜  作者: 齋藤睦月
第四章 カフェ・インヴィジブル
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誰も見ていないようでも、誰かが見ていることもある

「ムジカさんの助手……ですか。一体何の仕事を手伝うんですか?」

「とぼけるなよ。妖怪退治に決まってる。よく考えてみなよ。今回の件だって、社会に迷惑を掛ける殺人妖怪を私達が暗躍して葬ったわけだ。そう、正義の味方さ」

「金儲けついでに正義の味方ですか」つい呆れた口調になってしまう。

「正義の味方が然るべき報酬を頂くのさ。大体モンスター退治してお金稼ぐなんてのは何処のゲームの勇者様でもやってることだろう? どんな英雄だって収入無しには暮らしていけない。当たり前のことだ」


 まったくもってムジカの言う通りなので、反論はしない。それにしても急に雄弁になった気がする。


「なあいいじゃないか。私のような美女のそばで定期的にアドベンチャーできるんだぞ。こんなワクワクする仕事、他にあるか? それに、このご時世だ。新卒でもない人間が職を探すのは大変だぞ。うちなら基本給がこれ。さらに成果報酬で……」

「ちょっと待って下さい、ちょっと待って」


 指で金額を示すムジカを制止する。


「ムジカさん、まだ何か僕に隠してません?」

「隠す? 何をだい?」ムジカがわざとらしく両手を広げて眉間にシワを寄せる。「そりゃまだ言ってないことはいくらでもある。恋人の有無とかね。でもそんなことは君が質問をしないから言わないだけで――」

「なら、僕が無職だってこと、どうして知ってるんですか?」


 ムジカの動きがピタリと止まる。


「それは、ほら、昨日言ってたじゃないか。会社を辞めたお陰でムジカさんと出会えて良かったなぁって」

「言ってません」


 無言のまま視線を交わした後、ムジカが溜息をつく。


「そうだったな。言ってない」


 ◆


 悪戯がばれた子供のような。しくじった、という表情のムジカを、僕はその時初めて見た。


「じゃあ……どうして知ってるんですか? もう全部吐いて下さいよ。信用できない人の助手なんて出来ませんよ」


 僕の言葉にムジカはアタマを掻いて苦笑いする。


「泉原くん、案外鋭いんだな。いや、見込んだ通りと言うべきか」

「恐れ入ります」


 BGMが終了する。曲の変わり目の沈黙がカフェ・インヴィジブルを支配する。その一瞬の静寂に――


「誰も見ていないようでも、誰かが見ていることもある」


 ムジカが唐突に教訓めいた言葉を口にする。彼女の台詞を待つようなタイミングで、店内のスピーカーからアンドリュー・ヨークのギターインストが流れ始める。


「ムジカさん? それ、何の話です?」

「君は自己満足で続けていたつもりだろうけど、私は結構楽しませてもらっていたんだ」


 コーヒーカップの水面に視線を落として、ムジカは薄く笑みを浮かべる。


「だから、一体何の話ですか?」


 質問をする自分の声が、今度は緊張で震えている。ムジカが言っているのはまさか……。いや、そんな馬鹿なことが。

 しかしムジカが口にしたのは、まさにその馬鹿なことだった。


「とぼけるなよ。薄々勘付いているくせに。『ハイパーくるくるランド』の話さ」


 その間抜けな名称を耳にして、ようやく事態が飲み込めた。あろうことかムジカは、僕のブログの数少ない読者だったのだ。


「う、嘘でしょ……なんで……?」

「だから言ったろう。楽しませてもらってると。ちょっとしたファンなんだよ」


 ムジカはポニーテールを縛り直しながらそう言う。

 ハイパーくるくるランドのアクセスログをたまに見るが、あのブログの訪問者はどうがんばっても週に一桁程度。コメントもまるで付かないものだから、すべて検索で迷い込んだ人達だと思い込んでいた。しかし数字としては無言の固定客が一人居たとしても不自然ではない。とは言え、その一人と偶然旅先で会うなんてことが……?


「泉原くん、ブログやツイッターは何処で誰が見ているかわからない。あまりリアルタイムの行動について載せるのはお勧めしないな。いつ何処へ行くかがわかっていれば、先回りして待ち伏せすることもできる。今回私がそうしたようにね」


 確かに僕は御影県のお祭りに行くことをブログに載せていた。大まかな到着予定時刻まで。そして当日も旅の経過を度々更新していた。


「じゃ、じゃあムジカさんは僕を先回りして待ってたんですか? てっきり同じ電車に乗ってたのかと」

「最初からホームに居たよ。君が降りるのを見計らって姿を現しただけだ。日陰とはいえ、三十分以上待機するハメになった。やれやれだ」


 ホームにはトイレが備えられていた。恐らくそこにムジカは隠れていたのだろう。そこまでするとは……。


「でも、そこまでしておいてなんで駅で声を掛けなかったんですか? ムジカさんは一度僕をスルーした。それは何のために?」

「少し様子を見たかったんだ。人違いは避けたかったからね。宿に荷物を置いてから一度更新したろう。『駅で綺麗な女の子と遭遇した。彼女が落としたハンカチを拾おうとしたら、ハンカチが消えてしまった。嘘みたいだけどマジなんだぜ!』あの内容でほぼ特定できたよ」ムジカが手元のスマートフォンを操作しながら言った。

「ちょっ、読み上げないで下さいよ!」


 現実とは微妙にキャラが異なるブログ記事を再現されて妙に焦ってしまう。


「別に恥ずかしがることはないのに。ともあれ、その後この店で私が声を掛けたことで、偶然の再会を演出できたわけだ」

「演出って、あれも計算だったんですか?」


 ムジカはスマートフォンをしまうと、不敵な笑みを浮かべて言った。


「もちろん。まるで三十年前から移植してきたような寂れた駅前に、随分洒落たカフェがあるとは思わなかったかい?」


 まさか、それはつまり――?


「セバスチャン」とムジカが立ち上がって呼び掛ける。

「かしこまりました、お嬢様」とマスターが応じる。


 やり取りの意味を理解する前に、世界がグニャリと歪む。ドアチャイムの音が遠く聞こえた気がして、はっと気付いたときには僕は店の外に居た。いや、それは正確な表現ではない。何しろ、そこにあったはずのカフェが――綺麗さっぱりと消えていたからだ。

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