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気まぐれムジカと祭りの夜  作者: 齋藤睦月
第三章 裏
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血も凍るような冷酷な眼光

「うわあああああああああ!」


 情けないことに叫んだのはムジカではなく僕だ。ムジカは斬られた肘を押さえ、苦悶の表情でうずくまる。全身から煙を上げた妖怪が、怒りとも嘲りともつかない形相で彼女を見下ろす。


「マッチのカスみたいな炎で私を始末したつもりだったのか? 残念だったな間抜けぇ!」


 もはや甘い声の面影は微塵も無い、獣の咆哮じみた恐ろしい声でかまいたちが叫ぶ。


「なんで……」


「泉原さん、かまいたちがどんな妖怪か知らないの? あいにく怪我を治すのはお手の物なの」


 声も見た目も凶悪なモンスターと化しているのに、僕への喋り方が美咲と変わらないことに恐怖を感じる。

 かまいたちといえば、昔から知られた有名な設定がある。三匹一組で行動し、一匹が転ばせ、一匹が切り裂き、最後の一匹が薬を塗る。だからかまいたちによる切り傷からは血が出ないとされている。おそらくこの妖怪は一匹ですべてこなせるのだろう。

 昔話と異なるのは、傷薬を相手ではなく自分に使うこと。


「あ、ちょっと待ってね、先にこの死にかけのクソ放火魔にとどめを刺しちゃうから」鎌を持ち直して怪物が言う。


 こんな化け物に勝てるわけがない。膝から下が震えている。

 また何も出来ないのか? 自分を救ってくれた人がピンチなのに、何もしてあげられないのか? 僕は、そんな自分に納得出来るのか?


「ざけんな……」


 心の奥から言葉が漏れる。その呟きはフィードバックされて頭の中で幾重にも反響する。


「今、何か言った?」


 かまいたちが恐ろしい牙を剥いてこちらを振り向く。

 血も凍るような冷酷な眼光。その凶暴な眼を見てまた心が折れそうになるが、自分の両膝に張り手を叩き込んで叫ぶ。


「ざけんなって言ったんだよ!」恐怖を殺して僕は地を蹴った。「うおおおおおおおおお!」


 化け物のボディに頭からぶつかる。想像以上の衝撃にめまいがしそうになる。しかし二メートルを軽く超える巨体はがっしりとしていて、バランスひとつ崩さない。グリズリーかこいつは! これじゃ時間稼ぎにすらならない。


「あんなに熱いキスをしたのに、酷い仕打ちだねぇ、イズハラさん」


 かまいたちが僕の首を掴み、片手で軽々と持ち上げる。


「ぐああぁ……!」

「それにしても、さっき確かに首をはねたはずなのに。なんで生きてるの? 君、実は妖怪なの?」


 首をはねた? ならやっぱりあれは夢じゃなくて……。


「じゃあ、気のせいだったんじゃねえの?」


 いつの間にか妖怪の背後にムジカが立っている。そして――左手を奪われたはずのムジカが――両手でかまいたちの肩を掴んで言った。


「間抜けはテメエだよ」


 耳をつんざく轟音とともに火柱が上がり、一瞬辺りが昼間のように明るくなる。

 眼前で燃え上がる炎の熱さに顔を覆う寸前、黒い影が爆発で四散したように見えた。

 掴まれていた首を放され、僕は尻餅を付く。あの頑強な身体を粉々に……なんていう破壊力。


 ムジカの炎は距離とともに威力が落ちると言っていた。それは裏を返せば近づく程威力が高まるということだ。ゼロ距離での火炎。まさに一撃必殺!

 地面に手をついて立ち上がると、ムジカが肩を貸してくれた。


「お疲れ、泉原くん。そして、すまなかった」


 めまぐるしい展開と、脈絡の無い謝罪。僕の処理能力では目の前の出来事を把握し切れなくなっていた。人生で最も濃い一時間だったかもしれない。


「色々わからないんですけど、説明してもらえますか?」


 普通に喋ったつもりが、弱々しいかすれ声になってしまった。


「君に説明すべきことがいくつかあるが」ムジカが少し困ったような顔で続ける。「まずは表に戻らないか?」


 ◆


 ムジカの後に従って本殿前方へと戻る。広場の入り口にある鳥居の前に来ると、ムジカが上方を指さして言った。


「あそこだ。鳥居のヌキの真ん中辺りを見てごらん」

「ヌキって何ですか?」

「鳥居の横方向に組まれている木が二段あるだろ。その下段の木のことだ」


 言われた通りに目を凝らすと、例の印が見えてきた。


「あんなところに。ムジカさんよく見つけましたね」

「さっき狐の連中に訊いておいたんだ。目的は達したのに帰り道がわからないというのが一番ストレスだからな。RPGでもよくあるだろう。ボスを倒したダンジョンの帰りに道に迷うパターンにはうんざりだ」

「そういえば、かまいたちが死んでもこの世界は消えないものなんですね」

「私も深くは知らないが、一度作ってしまえば比較的安定するらしい。古代の妖怪が生前に生み出した巨大な領域が、今なお日本のどこかに存在する、なんて噂もあるからな」


 何が嬉しいのか、ムジカの表情はどこか恍惚としていた。


「ところでこんな場所だと、戻った先に人目があるかもしれませんよ。現れた瞬間を見られてパニックになったりしませんか?」


 僕が素朴な疑問をぶつけると、ムジカは余裕の笑みを浮かべて答えた。


「安心しろ泉原くん。表裏一体(ひょうりいったい)という言葉があるだろう。異世界のように思えても、ここは表と通じる世界だ。どんなに突然現れても、向こうの人間からは違和感無く馴染んで見える。さっきから目の前に居たかのように感じられるだけさ」


 わかるようなわからないような説明だが、ムジカがそう言うのなら問題は無いのだろう。


「なんだか、へとへとです。冒険って、疲れますね」

「そうだな。今夜は宿に戻ってゆっくり休むといい」


 出口の抜け方は来た時と同じ手順だった。

 表へ戻るとほとんど人は居なくなっていたが、ほんの三メートル程離れたところに神主(かんぬし)が立っていることに気付いてぎくりとする。

 しかし彼は僕らに気付くと「もうお祭りはおしまいだからね、君たちもそろそろ帰りなさい」と優しい口調で声を掛けて来た。ムジカの言う通り、まったく不審がる様子は無い。


 階段を下りながら、ムジカが口を開いた。


「明日の正午に例のカフェで落ち合おう。ここまで君を巻き込んでしまったんだ。説明責任というやつを果たそう」


 苦笑しながら言うが、その眼は真剣そのものだった。


 僕らは祭りの後の閑散とした道を、ほとんど無言で歩いて帰った。

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