悪役令嬢の現状3
どんなに叫んでも、俺の声は届かない
俺の願いが叶う事はない
君が傷つき、悲しむ時、助けることもできない
恋い焦がれ、君を求めた所で、君は違う世界にいる
隔てる液晶が、自分の姿が、もどかしくて悔しい
「では、おさらい致しますわね。
ここはセインツローゼ王国ではなくニホン国。
ニホン国は魔法を操るための力が上手く動かないので、代わりに科学を利用して生活をしている・・・
先程、ケータが動かしていたアレが科学ですのね?」
と、紅茶を飲んで一息ついて冷静になり、辿々しく悪役令嬢が読み上げたのは・・急遽俺が書き上げた説明用ノート。ちなみに悪役令嬢が指さしたのは、ガスコンロだ。至って普通の。貧乏人だからな、おしゃれなIHクッキングヒーターじゃなくて悪かったな。
先程、俺が説明ノートに書き込む前、魔法でお茶を入れ飲もうとしたのだが・・うまく使えず悪役令嬢は騒ごうとしたので、俺がサクッと用意したのだ。
やかんに水を入れ、お湯を沸かし、茶器に入れ、カップに注いだ。それだけだったんだが・・どうやらこの悪役令嬢、どっぷりと魔法に依存しているらしく、俺の一連の行動を目を丸くしてみていた。ゲーム中の学園内でも腰巾着をつけていて色々やらせていたと思われるので、魔法無しのこちら側の普通の生活が分からないようだった。
「あれというか・・・このニホン国は魔法を使うための素材の精霊が漂っていないので、物事全て、物理的にうごかしてるんですが・・・・」
お前の出身の乙女ゲームには当たり前のように魔法が使えるが、こちらじゃ使えないって信じてもらう為、そういう設定にしとくからな。
「信じられませんわね。精霊が存在しない地があるなんて。でも確かに、わたくしの声に誰も答えてくれないのでその話は真実なのでしょう」
シャーリィはカップを受け皿に置くと、空に向かって手をかざしたり、握ったりを繰り返したが・・・恐らく、魔法を使おうとしているのだろうが・・・現実世界では反応することなど起こるわけでもなく、がっくしと落ち込んだ。
悪役令嬢の落ち込む姿は、ゲーム内ではギャグテイストなのだろうが・・・現実世界で、キツい美人の半泣きを見るのはちょっとキツイ。軽く常識をひっくり返されたもんだからな。多少は応えるんだろう。
まぁ、愛しいメルシアちゃんが落ち込んでいるではないので、同情の余地なし、どうでもいい訳で。
「更にいうと、ニホン国の貴族社会はとっくの昔に崩壊しています。お金が無かったら、ただの弱者でしかないので。今のシャーリィさんはただのシャーリィさんです。魔法が使えるわけでも、お金を使えるわけでも無いので、ルナルティス家の威光は使えません」
俺は笑顔で追い打ちをかけた。だってメルシアちゃんをイジメたクソ女だったし。押しかけられて、迷惑かけられてる、これは正当な報復。あー楽しい。こみ上げてくる笑いを殺すのが大変だ。
キッと睨んでくる様は、正直怖い。さすが悪役。
だが、手持ち無し、魔法無しの悪役令嬢など何ができるわけでも無く・・・そう、口車にさえ乗せられなきゃ、不利になることは何もないのだから。
「では、わたくしとしては、一刻も早く・・セインツローゼに帰るのが目標になりますわね。方法が分かりませんが」
ぐ・・・確かに、そうだろうな。
俺としてもいい大人が、訳のわからない事をいう少女(一応学生)を自宅で飼っているというのが職場、親あたりにバレたら社会的制裁を食らい、ムショに入れられても反論は出来ない。違うんだメルシアちゃん、俺は無実なんだ。そんな哀れんだ顔(前髪で隠れた目元という通常運転だね)で俺を見ないでくれ!!!
「・・・俺としても、ずっとお世話は出来ないので、その方が助かります」
「・あら?・・そうなのですか?
・・・そういえば、お世辞にも見栄えがいいとは言えない貴方にも心に決められた方がいらっしゃる、との事でしたわね。
小生意気ですわねぇ・・まぁ、私個人としては使用人の事情などは知りたくもありませんが、ルナルティスの名を冠する以上、下々の者に誇られる人材であるように務めるのはわたくしの責務。国が違えど、それは変わりませぬ。
ですので、暫く相談相手になってあげてもよろしくってよ。
貴方はわたくしをセインツローゼに安全に返せる方法をお探しなさい。
わたくしはその間に、貴方の恋の悩みを解決してみせますわ!!
お金が無くとも、立場が無くとも、わたくしにはこの美貌と優れた知性で、ケータと取引が出来ますわ」
一瞬何を言っているのか思考が追いつかなかったが・・
要は口先であーだのこーだの言いつつ、また俺を都合よく利用しようとしているのは伝わってきたので・・要は対等に取引するとかいってるだけだし、俺はメルシアちゃんと恋仲になりたい訳じゃなくて、メルシアちゃんの幸せを見ていたいだけだし。
俺はため息を付き、キレることにした。
叶わぬメルシアちゃんへの思いはこいつに解決できないし
この悪役令嬢は調子に乗り過ぎた。
まだ大分残ってる・・もとい、明らかに飲みかけの茶器を回収しようと動く。悪役令嬢は察知し、それを防ごうと俺の腕を掴む。
ギリギリと止めながら、彼女は抵抗する。
「・・ケータっ、まだわたくしっ・・飲んでいるのですがっ・・力技で成し遂げようとするのはっ・・紳士では、なくってよっ・・」
「シャーリィさんっ・・あんた、だいぶ、調子にのっておられるようなのでっ・・ハッキリさせておきますがっ」
俺は先程、悪役令嬢に言われたのと同じように、言い返す
「俺にっ・・口答えは、しないほうが・・賢明ですよ?
だって、シャーリィさん、はっ・・俺がいないと、困る状態ですもんねぇ」
物理的に奪う、ただそれだけだが・・自分の常識全てが通用しない世界で、ただ一人理解してやれるのは俺だけだと自覚させる事になる。だから俺は脅すことにした。
「この部屋の、中では、好きにしていい、さっ・・ただしっ、部屋の外は、ニホン国の常識で生活してもらうから、そのつもりでいろっ、でないとお前に尽くさん!!!飯もやらん!!守ってやらん!!分かったら返事!!!」
「わ、わかりましたわ!!」
威勢のいい返事をしたので、俺は茶器セットをリリース。
飛びつく悪役令嬢。はっと、自分の淑女らしからぬ行動に気づくと戸惑って、しずしずと自分のペースに戻すべく高級菓子を、摘む。
おーい、キャラ崩壊してんぞ。お前、ドSの悪役令嬢だろー
ああ、怖かったのか。
魔法も無く、貴族社会も通じず。
年相応の顔が、剥き出しにならざるを得なかったのか。
悪役令嬢は、案外、世間知らずのお嬢さんで
ゲーム上とは違う顔を見るとなんだかむず痒い
お前は、誰にも愛されない、意地悪な女
冷血無慈悲なライバルキャラ
俺のメルシアちゃんの、敵なんだ。
無様な様を見せるなよ。