悪役令嬢の現状
初めて君を見た時、俺は悲しくて泣いていたんだよ。
どんなゲームか調べて売り払ってやるつもりだったから。
でも、俺は君の心情なんかお構いなしに、些細な事に笑い
当たり前のように決められた運命の文字をなぞって生活し
皆から愛された。
とても美しい虚構のお話の中で、君の目を通して、君の素直な気持ちを知り、君自身を求めた。乙女ゲームに感動していたんだ。
・・・・結局、君のデフォルト名しか分からなかったし、俺は男だけど。
「では、オリバー様を知る貴方は、ノガミ、ケータ。」
「・・・・はい」
「ミドルネームがないということは、庶民なのでしょうね」
「・・・・はい」
「では、庶民。一度ハッキリさせておきますが・・わたくしはセインツローゼ王国の筆頭公爵のルナルティスに連なりし淑女。さらにいうとオリバー様の婚約者で、この国の未来の王妃になる予定ですわ。つまり今後、二度と、私に指図をしてはなりません。」
「・・・・や、それは知っているんで」
「口答えも禁じますわ」
こ、こいつ・・・初っ端から、プライド高いというゲーム設定を生かした見事なモラハラしやがって・・・制作陣の作り込みが生かされてるっちゃ生かされてるから泣いて喜ぶべきなのか、初対面でボロクソ言われてることに反抗すべきか、むすうたファンとしてはどうしたらいいのか分からなくなるじゃねぇかっ・・
「・・・〜という感じで、気がついたらここにいましたの・・って・・・ノガミ・・庶民如きにファーストネームを呼ぶのもおこがましいですわね。・・ケータっ!!
わたくしの話、聞いておりますの?」
「ひゃ、ひゃいっ!!!」
ごめん、やっぱお前、職場のお局様の威圧感を思い出す怖さだから至近距離の説教は勘弁して欲しいわ。
話を聞いてなかった俺は、悪役令嬢シャーリィの綺麗に手入れされた繊細で優美な指先で、基本的に表情筋の死んでる頬をギリギリと抓りあげられた。爪の色はイメージカラーをマニキュアとしてちゃんと塗り込んでいるんですね。神絵師のキャラクターデザインが細部にまで反映されている奇跡と、単純に抓られている状態からの回転という凶悪な技へと変化した激しい痛みで俺は悲鳴を上げかけるも、かろうじて飲み込んだ。だって情けないし、くやしいから。
淑女からの凶悪な技を耐え抜いた優秀な俺の頬を癒せるようにさすりながら、シャーリィの話を聞きたかったのだが・・どうやら俺のむすうたファンとして迷うという貴重な経験中にあらかた喋っていたらしく
「次はケータの番ですわ。わたくしは一度喋っているのだから、正当な対価としてケータの情報を要求しますわ。拒否権はありません。聞いていなかったのはそちらの落ち度。わたくしは知りません。一応、聞いているのかを声かけしましたもの」
詐欺まがいの手口だったろと抗議しようとしたら、先程の凶器の指先をさりげなく相手がチラつかせた為、萎縮するしかなくて。
その仕草から俺のリアルはチワワで弱者な性質を看破したらしく、シャーリィ嬢は、自身のゲーム公式イメージカラーで塗り上げられた爪先を顎に当て、悪役令嬢の名をほしいままにしてきた実績をなぞる様に、その美貌を彩るサディスティックな笑みを浮かべ。
「情報提供の後に、わたくしの今後・・・つまり、暫くわたくしに仕えると契約するなら、もう一度情報提供してもよろしくってよ」だの言ってた。
め、メルシアちゃん・・・君はあんなに可愛くか弱いのに、こんな恐ろしい敵を相手に立ち向かったんだね・・悪役令嬢、ちょう怖い・・所詮、リアル弱者の俺には・ゲームヒロインの君の勇気が、持てるわけなかったんだよ・・・・でも、これはこれでメルシアちゃんの恐怖体験をリアルで味わえてるようで、つまりそれって・・メルシアちゃんと精神的に同化しているって様な現状って事だよな。うわ、くっそ嬉しい。イベントごちそうさまっす、ビバ悪役令嬢!!
いやMじゃねぇから。たとえ、Mだとしてもメルシアちゃんの頭文字のMだから。けっしてマゾヒストのMじゃねぇから。
かくして俺は、状況整理に失敗し
悪役令嬢に有利な契約・・・つまり
師匠に逃げられた時、引っ越しそこねてた
カップル向けのマンションの一室という
俺の住処という聖域の80%を
この女に使わせることになったのでした。
勿論、各経費は俺のなけなし貯金から。
つまり、この悪役令嬢が、
すっげー有利に、俺の部屋に住み着くことになった。
なぜだ、どうして、こうなった・・・・
愛しのメルシアちゃん・・・どうせ、ゲームが実体化するんだとしたら・・・どうして君が現れなかったんだ・・・そういえば、ゲームが見当たらねぇ・・・あれ?・・・これ、フラグじゃね?・・・