NO.6 計画なんて糞くらい
あれから、三日はみっちりお勉強タイムだった。
ノーフォーク公爵に外交の相談をしに行き、ある程度令嬢作法を身に付けられたら行ってもいいという約束を貰い、早速令嬢作法をエリナさんから教わる事となったわけだが、意外と彼女はスパルタで休憩なんて作られない中でみっちりと教えられた。本当にみっちりと!もうね、全然休憩くれないの!頭パンクしちゃうよ!
そんな事を思いながら、今日はエリナさんから出されたマナーと歴史の本をエリナさんの翻訳つきで理解していく。と、時計は午後3時を指していて、もう5時間はやったんだと分かった。
流石のエリナさんも肩の力を抜き、勉強が一段楽したところで休憩をくれる事になった。
「外の空気でも吸ってきてください。」
エリナさんは本当に気が利く。
中華服の様に首元まで詰めてあるノーフォーク公爵が着ていた赤い服に似たジャケットを着て、プリーツ型の黒いミニスカートに、中が見えないように黒のタイツを履いて脛まであるブーツを履けば完成。動きやすい服にしたのは、こんな豪華なお屋敷なんて見たこと無かったから探検して見たかったってのが大きな理由だ。
ここのお屋敷の外壁は真っ白の大理石で出来ていて、屋根の色はコバルトプルーの石で作られている。玄関から門までは灰色のタイルが道を作りその周りを芝生が青々と囲んでいるのだが、犬とか走らせたら喜びそうな広さだ。本当、玄関まで何メートルあるんだろうね?軽く50メートル走は出来そう。
門は細かい装飾が施された鉄で出来たものなのだが、毎回開け閉めするにはちょっと大きすぎる大きさだ。まあ、敵とか来た時に第一関門にする目的もあるんだろうから仕方ないか…、と目を離して部屋を出る。
床も壁も真っ白。大きな窓が連なる廊下からは、太陽の光がよく差されていて白く輝く姿は神聖な神殿みたいだ。そんな廊下を歩きながら、ふ、と外を見ると部屋からじゃ見えなかった物が見えた。
「なんだろう…?」
窓に近寄って見ればノーフォーク家の屋敷の城壁から程なくした場所に立つ、大きな煉瓦作りの建物。其処からは、男の人達の掛け声が聞こえている。1、2、3、4、と掛け声が上がる度に漏れ出す呼吸までしっかり聞こえてくるってことは、それだけ激しい運動をしてると言う事だろう。
今日の曜日は、火曜日。
確か、火曜日は騎士団の人達の演習と訓練がある日だ。と、言うことはあそこが騎士団本部なのかな?
そういえばこの三日間全然スクルドに会えてなかった。
流石に公爵の家に騎士団団長でもない人が来るのはなかなか難しいだろうけど、結構寂しい。この世界に来て初めて出来た知り合いっていうのもあって、私の中ではかなり信頼度が高く、2ヶ月間一緒に過ごしていたのもあって急に会えなくるってこんな気持ちになるんだね。
ふ、と目を上げて男の人たちの声のする方を見る。
「なんか、近くに行きたくなっちゃったなぁ…」
私は階段の方に足を向け、学校にある階段のようなそれを降りて玄関に向かう。下まで降りると玄関には一人の男性とお付きの騎士の人達が立っていて、思わず足を止める。知性の塊を思わせる面持ちの男性は、距離を置いてみても凄く綺麗だ。この世界って本当、綺麗な顔の人多いなぁ…
髪は青紫っぽい色で毛先が鎖骨に掛かる程の髪は外向きに跳ねており、瞳は血と見舞う程真っ赤な深紅。スクルドとはまた違った切れ長な二重は、どこか人を見透かすような鋭さだ。因みにスクルドの瞳は、切れ長だけど優しさも含んでるから冷血さはあんまり感じない。でも、この人の瞳はそんな鋭さを持っている。
服装の形状はドイツの軍服に似ており、色は私と同じ赤。背には皺一つない黒いマントがつけられ、如何にも高貴な地位に立っていそうだ。足元のブーツも傷一つない。几帳面なのかな…?
「おや…?ご令嬢、どちらに行かれるんですか?」
「あ、…えっと、…?」
低く落ち着いてるけど何処か氷みたいに冷たい声質。
突然話し掛けられ戸惑う私ににっこりと微笑んだ男は、自身の左胸に手を添えて軽く会釈する。それにつられて私も慌てて習ったばかりの令嬢としての挨拶を返す。お姫様とかがよくやる、スカートの裾を持って頭をさげるアレ。
「お初にお目に掛かります、私はアーガルム帝国で軍師をしております。
ヘクター・シーザーと申します。以後お見知りを。」
「ノーフォーク公爵家、第一令嬢、サラ・ノーフォークと申します。
よろしくお願い致します。」
私が形式通りに挨拶したのがそんなに珍しかったのか、ヘクターさんの顔が驚きに満ちる。
え、なに?凄く失礼じゃない?
私の心の声が顔に出ていたのか、ヘクターさんはすぐに形式上では笑ってますよ、と言ってるような胡散臭い笑みを浮かべて微笑んでから、さも申し訳ないと言いたそうに眉を下げる。
「おや、気を悪くされましたか?それは、すみません。
失踪され記憶も無くされていらっしゃったとお聞きしたものですから、
その様な形式事も抜け落ちてしまっているかと…」
でも、言うことは言うんだな…、この人。私のことを嫌っているのか?と疑いたくなる対応だけど、この人の心を見て確認した訳でもないので、それは一旦置いておくとして…。
皮肉には、真摯でまっすぐな言葉を返すのが一番。皮肉で返すより素直で可愛らしいご令嬢を演出できるし、後々の印象もいいだろう。
私は申し訳なさそうに見つめる相手から少しだけ恥ずかしげに視線を外し、両手を腰前で握る。そのまま顔を上げて困った様に微笑み、さあ、言葉を紡ごう。
「お恥ずかしいお話ですが、シーザー様の仰る通り
作法の記憶もなくなってしまって居たので、新しく覚え直した所なんです。
…どうでしょう?少しは様になっていましたか?」
「…これは、一本取られましたね。」
「え…?」
ヘクターさんが顎に手を当てて何かを言ったけど、聞き取れず思わず聞き返す。だが、次には満足そうな笑みに変わっていて疑問符だけが頭の中に浮かぶが、まあ、悪い印象にはならなかったみたいだからよかった。すると、ヘクターさんが近づいてきて私の手3枚分位の位置で止まる。
ちょっと、近くない?え、これまたフラグ立ってる?壊さなくちゃ。
この壊さなきゃっていう思考に直結する私はちょっとやばいんじゃないか、とも思うけどしょうがない。それで、ハーレムが出来上がっちゃって原作通りみたいになるの嫌だもん。あ、でも、素直な可愛らしい女の子に見せようとしてる時点でそりゃあハーレム出来上がりますわ、魅了体質だもん。
なんか、言ってることとやってしまった事が真逆すぎてちょっとだけ後悔。
思考に意識を全集中させてしまった事によって、手を取られたのだと認識するのに少しだけ反応遅れた。そして、どこかの騎士の如く自分の右手を胸前に当てる。そして最初とは違う、まっすぐで楽しそうな目線。
え、なになに?この手、引っ込めていいかな?だめかな?
「サラ嬢、先程のご無礼お許しくださいませ。
なかなか、いい育ち方をしていらっしゃいますね。
私は、今日から貴方の婚約者となりましたのでご報告も兼ねて此方に足を運んだ次第です。
どうぞ、末長く宜しくお願い致しますね?」
まさに、“にっこり”という効果音が付きそうな笑顔と思わぬ言葉が聞こえ、思考が停止する。お付きの騎士の人達は、それはもう見守るような優しい表情で此方を見ていて、そちらにもツッコミを入れたくなる。
てか、婚約者とか聞いてないし、家に帰ってきてまだ3日しか経ってないのにノーフォーク公爵気が早すぎません?もしかしたら、早く結婚させて屋敷に骨を埋ませたいのかもしれないけど。それにしても、私に何も相談せずに婚約者決めるって何事?
「あの、…婚約者というのは一体なんのお話でしょうか?」
「2日程前に、ノーフォーク公爵から直々に私の家に婚姻の話があったんですよ。
嫌そうな顔をされていますが、親同士が決める婚姻など当たり前の事ですし…
勿論、シーザー家の名において不自由などさせませんよ。」
この世界は親同士が決めた結婚が普通だったのか…。経済水準が高いから日本の考え方に近いのかと思ってたけど、油断してた。これ、やらなきゃいけないこと増えたじゃん。好きじゃない人と結婚するのはちょっと嫌だなぁ…、まあ、ヘクターさん普通にイケメンだけどさ?でも、顔で選んでもさ価値観とか合わなかったらこれから一生一緒に生活していくの辛くない?
私はそんなことを思いながら そ、とヘクターさんの手の上から手を引っ込めれば先程と同じように腰前辺りで両手を握る。
とりあえず、距離を取らなければ…。
「すみません、まだ心が追い付かないようで…
まだ、シーザー様との婚約は受け入れる事が出来ません。
こんな私に、シーザー様のような聡明そう素敵な方、勿体ない位に光栄なのですが…
私の知らない所で婚約が決まってしまっていた、というのが、
私には凄くショックなんで…。」
私の言葉をまっすぐに聞いてくれるヘクターさん。うぅぅ、そんな風に聞かれているとちょっと心苦しさが…でも、このまま思い通りになるのは嫌なんです。ごめんなさい。
「シーザー様との婚約、本当は凄く喜ばしい事なんだと思うのですが
先日まで失踪してしまっていて、やっと家に帰ってきたばかりの私には
こんな素敵な方との婚約。…少々荷が重いのです。」
「おや?それは残念ですね〜?」
その言葉を言い終わると同時に申し訳なさから下を向く私。全然残念そうじゃない声で返答するヘクターさんは顎に手を当て、ふむ、と一つ考え込む素振りと見せると踵を返してドアの方に向かっていき、一度止まり此方に振り向いた。
「サラ嬢のお気持ちはわかりました。しかし、親同士が決めた婚姻。
それがどういう意味をお持ちか分かりますよね?
全く脅しではありませんが、心の端にでも止めておいてくださいね。
それでは、また。」
いや、このタイミングでその言葉はどう考えても脅しでしょ!?
ヘクターさんはそういうと胡散臭い笑みで笑いかけてきてから、騎士の人達と一緒に出て行った。なかなか、私のやりたいようにやらせてくれない物だね、人生って…。また、厄介ごとが増えてしまった。