NO.4 魅了体質ならぬトラブル体質 3
さてさて、ノーフォーク公爵家の娘になったのは良いが、スクルドになんて言おうか。
ノーフォーク公爵は、私がお父さんと呼ぶと偉く感激されて私を存分に猫可愛がりした後に、執務へと戻っていった。
その後、エリナさんから誘拐された経緯を聞いたのだがこれも驚きの嵐だった。
なんと、魔術師は姿眩ましが出来るんだとか。
姿眩ましというのは、つまり透明人間になる魔法で、それはよく尾行などに使われる魔法なんだってさ。
ここ一ヶ月間、私の容姿の情報を聞きつけた公爵は、度々間者をスクルド宅や街に送りつけて監視させ、風呂場にて肩にある痣を確認。ずっと、誘拐する機会を窺っていたらしい。なにそれ、怖すぎる。
しかも、風呂覗かれてたとか…
それは絶妙にトラウマになった。
軽いトラウマを植え付けられた所で、魔法が掛かったベルを渡されエリナさんも退出していった。ご飯の支度があると言っていたから、おそらく朝七時前後になるんだろう。
外は既に朝焼けで白んでいて、誘拐された夕方からかなり時間が経っている。正直スクルドの性格なら夜通しでも私の事を探してくれて居るだろうから、本当に申し訳なさしかない。
と、いうか先ず誘拐するなよ。そこな?血縁でも、日本なら犯罪だからな?
若干呆れと怒りが沸き立つが、世界の違いはルールの違い。其処は飲み込むとして…
そ気になるのは私の肩にいつ痣が現れたのか、ということだ。二ヶ月前、少年を助けて背に傷を負った時、スクルドは私の治療をしている筈。その時にこの痣が在るのを見れば、すぐにノーフォーク家の物だと分かっただろう。でも、分からなかった。それとも、私をノーフォーク家の人間だと知っていながら返さなかったとい言うこと事なんだろうか?とても疑問が残るが、それはスクルド自身に確認してみなくちゃ分からない事だろう。
とりあえずは早馬を飛ばしてスクルド宅に帰ろう。
そう思ってメイド長のエリナさんを呼ぶベルを鳴らそうとすると、また勝手に扉が開いた。
何なの?皆、開ける時はノックしてよ!
時間も無いので、少しプリプリ気味に扉の方に目線を走らせれば、今一番会いたい人間が鎧を着て、瞳を丸くして立っていた。こんなところに来る筈ないのに。どうやってこの場所を知ったんだろうか。そんな想いを込めて呆然と見詰めれば、それは大きく歪んだ顔に変わり、怒りを体現するようにズカズカと私に近付きノーフォーク公爵とは全く違う、本当に掻き抱く様に抱き締められる。顔に当たる鎧が硬くて痛い。
「お前ッ!!急に居なくなるんじゃねぇ!!
どんだけ探し回ったと思ったんだよ、この馬鹿たれが!」
そして、怒号とも取れる必死で焦りの含んだ切ない声は、私の事を本当に心配してくれて居たのだと思い知らされる。銀色の髪が少し湿って乱れているし、呼吸も凄く荒い。本当に夜通し探してくれて居たんだと思うと胸の内がキュウ、と締め付けられ、絞り出すように“ごめんなさい”の一言しか出なかった。
スクルドは、はぁ、と溜息を吐くと少しだけ腕の力を緩めた。
「お前なぁ…、
昨日、魅了体質なの説明したばっかで…
夕方には視線を感じるだの言ってて…、
本当、何やってんだよ。気をつけろって言っただろ?」
「ごめんなさい。」
「それに、名家の公爵家の出自だったとか…
まだまだ聞きたい事、沢山ある。」
呆れ声ながら安堵と優しさも含まれた力強い腕と、微かに震えるスクルドの身体から感じる汗の香り、頭に埋められている鼻先はどれも安心をくれる物で、二ヶ月間育んだ信頼は本物なんだと感じる。鎧は硬くて痛いけど、この温かさはそんなので遮られなかった。優しげに後頭部を撫でられ、まるで子供をあやす様な其れはただただ体全体が温かくなってくる。
「スクルド、ありがとう…。
きっと、夜通し探してくれたんでしょう?
ごめんね、疲れたよね?」
今日もきっと、朝から仕事だ。
それなのに、自分の身体も省みずに探してくれるとか、本当に貴方はなんて出来た人なんだ。感謝しか生まれない。そんな申し訳なさと感謝で顔を歪ませながら顔を少しだけずらして見上げれば、スクルドは一度キツく抱き締めてから身体を離し、いつものニヒルは笑みを浮かべる。…あれ?ちょっと嫌な予感。
「俺がそんなんで疲れる訳ねぇだろ?
…お前に非が無いのは分かってたが、すげぇ心配したんだ、
その落とし前、つけてくれるよなぁ?」
落とし前とは?
思わず、聞き返すように瞳を丸めてスクルドを見上げれば顎に指を添えられ、そのまま上向きの状態で固定される。皆さん、思い出して頂きたい。私は今ベッドにいるわけで、後ろに逃げ場は無い。そして、スクルドは追い込む様にベッドに片膝をついて乗り上げ、顎に添えて居ない手を私の横について身体ごと迫ってくる。
スクルドの表情はといえば、自身の口元をぺろり、と舐め上げ正に狼の様な表情で見下ろしていて、私の体はピシリ、と音を立てそうな勢いで固まった。
「さて、お姫様よ?
俺に何処までさせてくれるんだ?なあ?」
妖艶なハスキーボイス。
艶を含んだその響きは何処か身体の芯をずくり、と震わしてくる。褐色の肌によく似合う切れ長の瞳はギラギラと光り、本当に狼なんじゃないかと思う程鋭く、そして甘い色を含んでいる。いきなりそんなスイッチ入るの?私、何処でそのスイッチ押しちゃったの?ねえ?
だが、二ヶ月。
そう、まだ二ヶ月しか経っていない。
そして、私はまだまだ貴方の事を知らない!
そして私の固有能力は、魅了体質。
と、いう事は答えは一つ!
「そんな事は許さない!」
勢いよくスクルドの口許を両手で押さえれば、迫ってくれ顔を阻止。雰囲気に流されてしまったが、魅了体質の能力でそういう風な事してるんだとしか思えない、今。私は、そんな恋人的な行為絶対に絶対に絶対に許さない!
そう!作られた愛程悲しい物は無い!
私だって出来ればこんなイケメンとキスしてみたい!
でも、何が悲しくて魅了体質の能力に侵された相手にキスされなければならないのか。
されるなら、本気で愛してくれてる時にされたい…。
そう思ってしまうのは贅沢ですか?
口を塞がれ一瞬驚いた瞳をしたスクルドだか、所詮は男女。手首を掴まれ徐々に退かされ始める手は、どんなに力を入れても叶うものでも無い。
銀色の髪が私の顔に軽く掛かるほど近い距離にあるスクルドの瞳は何処か楽しそうな物への変わっていて、ここまでか、と若干悟りを開き始める。
「…もう抵抗は終わりか?」
私の手が外れた事で剥き出しにされた形のいい薄い唇は弧を描いていて、私の腕は自由にならなくって、本当にここまでかもしれない。キスくらい良いじゃないか?って?
するなら、出来れば気持ちよくてお互いに愛がいっぱい含まれたキスのがよくない…?
と、私は思い付いてしまった。
一か八か。
イメージを形に。
そう、ノーフォーク家は人間の中でも魔力が一番多いとされる家系。
魔法の力で名声を得てきた家系である、ということは私にその血が流れているのなら、その才能だってある筈。根拠なんてサラサラ無いけど、貞操の為を思えば試して見ない選択肢はない。
そして、私に折れないフラグはない!
じわじわと甚振る様に迫りくるスクルドの唇に集中が途切れそうになるが、明確なイメージを頭の中に描く。睡眠のイメージ。流れる様な白い光と水色と灰色が混ざったふわふわした淡い綿菓子で描かれた様な川の流れ。それが、体の中に力となって流れた時、言葉と共に体現するだけ。
「眠れ、灰色の揺りかご」
「っ、…お前ッ!…」
泡の様な灰色の光がスクルドの前で弾ければ、一瞬で瞼が閉じていき力が抜けた様子で私の方に倒れこんで来る。
こ、これは、計算外すぎる。
鎧の重さと男性の体重が合わさった物を支えられる訳もなく、押し倒される形で私も後ろに倒れ込めば、スクルドの顔が至近距離にあるのにも関わらず使ったからか急な眠気に襲われ、そのまま私も眠りへと落ちていった。…不覚。