NO.3 魅了体質ならぬトラブル体質 2
「ここは…?」
豪華絢爛な白い大理石で作られている天蓋付きのベットから起き上がった私は、困惑していた。さっきまで、家の前に居た筈だ。洋服も今まで来ていたスクルドのお下がりではなく、肩がざっくりと出るオフショルダーの様な形の寝巻き姿になって居た。柔らかくも光沢のある真っ白いレースがあしらわれた寝巻きは、正直すごく気持ちいい。
だけど、何この突然の誘拐展開。
ちょっと展開が速すぎて分からない。
夕方、私は花壇に水をあげるのが日課だった。
青紫の花が鮮やかに咲き乱れる花壇は私のちょっとした自慢でもある。そんな花壇に水をあげている時に事件は起きてしまったようだ。
おそらく睡眠魔法とか使われたんだろう私はそのままあっさり攫われて、なんかよくわからない豪華なお部屋に寝ていた。
絨毯は真っ赤で毛が長く、見るからにモフモフそうだし、金色のシャンデリアが煌々と煌めいている天井には天使の絵が豪華にも描かれていて、ヨーロッパにあるお城なんじゃないかと見舞うくらいだ。本当、なんなのここは…。
ただただ困惑である。
「お目覚めのようですね?」
不意に聞こえた声は豪華だ重そうな扉からだった。
メイド長だろうか?初老のメイド服姿の凜とした女性が扉から入ってきて、私の横まで来ると長いスカートの裾を摘んでお姫様とかがよくやる挨拶をしてきた。
「お初にお目にかかります。
私はこの屋敷でメイド長をしております、エリナで御座います。
これから身の回りの世話をさせて頂きますので、以後お見知りおきを」
これから身の回りの世話をする…?
困惑と疑問で頭を埋め尽くして来る言葉に目を白黒させていれば、メイド長は言葉を続けた。
「これよりお父上様がいらっしゃりますので、少々お待ちくださいませ。」
「お父上?!」
思わず驚きが口から漏れてしまった。
私のお父さんはどう考えても日本にいて、この世界には居ないだろうし、居たとしてもこんな豪邸なんかに住んでるのはありえない。だって、ここに飛ばされて来たのなら、一文無しで間違い無いもん。例えお金を持って来て居たとしても、こんな豪邸建てられるだけの金額を持ってるわけがない。
そう、転生でもない限り。
正直、転生は可能性が低すぎるから絶対に無いと信じたいけど、もしもあるなら、それは幸運でしか無い。また、お父さんに逢えるならそれは、私にとって喜ばしい事この上ない。
胸いっぱいに感じる、この期待と不安に瞳を揺らしながらエリナさんを見れば何処か優しげに微笑まれる。と、扉が開いた。
「サラ、お前なのか…?」
入って来たのは白髪混じりだがとても美しい顔立ちのダンディなオジ様だった。鼻の下に蓄えられた髭も綺麗に切り揃えられており、明らかに貴族とかの人物だと一目で分かる。この人は絶対に私の父ではない、断言出来る。だって、もう顔の作りが違うもん、本当に。
だけど…この顔何処かで見た事がある。
何処だったか…、思い出せない。
紅い首元まで襟がある服には沢山の勲章が付いて居て、金のボタンが高級感を漂わせている。袖口やスカーフは見るからに上質そうな真っ白いレースがあしらってあり、その人が歩く度にヒラヒラとはためく。ズボンも黒いスラックスでなめしで出来てるのかと思う程しっとりとした上品な生地で、形状は何処かスクルド柄履いている物と似て居た。
瞳には涙をいっぱいに溜め、低すぎない優しい声は感動からか震えており、早足に私の前に来ると私の存在を確かめるように抱き締められる。
えー…もうー…一体なんなの?
誰か説明してー…
そんな事思っても誰も私に説明なんかしてくれなくて、目が死んで行く。死んだ魚の眼とは、今の私の目だろう。本当に訳がわからない。
本当に感動していらっしゃる所、空気を壊すようで大変申し訳ないんだけど、何でもいいから私に何でこんな状況になってるのか早く説明してほしい。そんな想いを込めて私は軽く男性の身体を押した。
「サラ…?」
私の行動に今度は男性とメイド長が困惑したような顔で見て来たので、私も困った顔になってしまう。そんな目で見られても分からない物は分からないのです。ごめんなさい。
「あの、何故私はここに…?
それに、貴方は私の父とメイド長さんが仰っていらっしゃったんですが…、私の父は他におりまして、大変申し訳無いのですが人違いではありませんか?」
私がそういうと、二人はそれはもう悲しそうに顔を歪めるもんだから、私は慌てふためいてしまった。そんな顔されると本当に良心が痛む。
すると、男性は少し身体を離しメイド長に目配せをした。それを合図にメイド長が一歩前に出る。
「サラ様、貴女様はこのノーフォーク公爵家令嬢にして姫君。
貴女様をこの八年間ずっとお探ししておりました。
そして、その右背中の肩にある桜型の痣がノーフォーク家の血筋の証。
どうぞ、確認なさってくださいませ。」
エリナさんは空中から魔法で鏡を取り出せば、渡して来た。幸い肩が出ている寝巻きなので見易いが、本当にそんな物あるんだろうか?正直、そんな痣生まれてから一度も見た事がないし、家族からも言われた事ない。半信半疑のまま恐る恐る見る。
あるやん!なんで?!
ッ…?!
右肩には確かに桜型の痣があって、唖然としたと同時に脳裏に電撃が走った。それは、呼吸が出来なくなるほど強い衝撃で、思わず頭を抱えてベットに倒れ込む。割れるんじゃないか、という強い痛みに瞳が潤むのを感じながら悶絶する。
ノーフォーク公爵さんも、エリナさんも焦った様子で他のメイドを呼んで指示を出したりしているのが見えるが、正直声なんて聞こえないし、この締め付ける様な痛みに呻き声しか出てこないし、正直意識が朦朧として来る。
そして、目の前が真っ暗になった。
それと同時に目の前に映し出された映像は
私の大好きな本の映像だった。
あ、そうか…私は。
やっぱり、悪女令嬢になったのか。
+++
ゆっくりと瞼を開ける。
目の前には心配そうに手を握り覗き込むノーフォーク公爵が居た。
温かなその手を反射的に握り返せば再び、抱きしめられる事となった。魅了体質の能力。それは、私の大好きな本の敵役悪女令嬢が持って居た固有の能力だ。主人公の男を虜にしようとするのだが、その主人公の固有能力である魔法を一切無効化するというチート能力により効かず、最後は闇堕ちした令嬢を主人公が呆気なく倒して、悪役令嬢の人生は終わる。
残念ながら、その主人公の名前も思い出せないんだけどね?
どうやら、大まかな話の流れは分かるが、本の内容や詳しい登場人物、悪役令嬢の本当の名前に詳しい魔法能力、特に主人公側の人間のことが全く思い出せない。そうなると、フラグ回避はかなり難しくなるだろう。諦めないけど。
これからの未来を考えると、謂れもない虚しさと悲しさ、この人達の事を思い出してあげられない申し訳なさに顔が歪む。
そして、ゆっくりと身体を起こしてから、ノーフォーク公爵に向き合えば、綺麗な薄紫色の瞳と目があった。
「サラ、大丈夫か…?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます、ノーフォーク公爵さん。
でも、本当にごめんなさい。
どうしても、貴方やメイド長さんの事を思い出す事が出来ません…
しかし、私が貴方のいうノーフォーク令嬢である事は分かりました。」
部屋の中に静かに響くの私の声は、しっかりとノーフォーク公爵に届いた様で瞳は寂しげに伏せられた。暫くしてから開いた瞳はとても真っ直ぐで思わず私の方が驚いてしまう。
「サラ、お前に記憶が無くともお前は私の娘だ。 そして、お前が生きているだけで他に何が必要か。
生きている、それだけが私の喜びであり、それだけが私の幸せだ。
これからも私を父と呼んでくれ。私はその分以上にお前を愛そう」
一つ一つ丁寧に深い優しさと愛情を込められた言葉は、私の心を揺るがすのに充分すぎる程の物だった。握られた手の温かさも相まって、深すぎる愛情が体をじわりじわりと侵食し、私の瞳はダムが決壊した様に大洪水を起こして居た。
確か、ノーフォーク公爵夫人は令嬢を産んだ時に命を落として居て、一人娘の令嬢を凄く愛情深く育てたとされていた筈だし、兄弟も戦死して居る。この人の血筋的家族は、この世界で私、一人。そして、私もこの世界では一人。
ノーフォーク令嬢。
もう、名前も分からない悪役令嬢。
しかし、ここに居てノーフォーク令嬢なのは私で…
血筋の証もしっかりと存在してしまった。
きっと、転生したって訳でも無い今の状況。
それでも、血縁が生まれてしまったというのなら
この世界に居る間は、心から貴方の娘になりましょう。
「ありがとうございます、お父さん。」
さて、これからどうしましょう?
場面展開がなかなか速くて、皆さんが着いて来れてるか心配です(笑)
でも、これから、どんどん詳しく掘り下げて行ったりするので
まずは、この状況を楽しんでくれたら嬉しいです!