NO.2 魅了体質ならぬトラブル体質
朝に思わぬ事実を知ってから、もう時間はお昼になっていた。あのままスクルドを見送って、私は広くて風通しのいいリビングで一人、この世界の文字の練習をしていながら、自分の体質について考えていた。
スクルドが言っていた魅了体質。
それが本当なら、ここ二ヶ月で感じていた原因はそれで間違い無いだろう。非常に厄介な事になってしまったとしか言いようがない。
いや、良いんだよ?!モテモテって事でしょ??
それは良いんだけどさ、私が気になってるのは悪女真っしぐらの死亡フラグ路線が怖いのよ。それをどう回避していくかっていうのは、その時々の対応力だとは思うからなかなか鍛えるのは難しいと思うけど、命のためにも頑張りたい所ではあるし、もしかしたらそんな悪女フラグなんかなくって、ただの逆ハー恋愛物語で終わるかもしれない、なんて事になれば一番いいんだけどさ?
用心に越したことはないでしょ?
不意に玄関の方からコンコンッ!と音がした。
ノックをするということは、誰か訪ねてきた証拠でもある。この世界にはインターフォンが存在しないから玄関先で家主の名前を呼ぶか、扉に取り付けてあるノック専用の金属の輪を打ち付けることで相手に知らせるのだ。
私は広げていたノートを閉じて椅子から立ち上がると早足に玄関に向かっていき、重々しい色の木の扉の鍵を開ける。と、其処にはお隣のおばあさんがいた。
「こんにちは、ソフィさん!」
「あら、今日も元気ね?紗羅ちゃんは。」
ニコニコと微笑むソフィさんは、本当に良いおばあちゃんって言うのを体現したような人で、昼間は編み物をして穏やかに過ごし、作るアップルパイも凄い美味しくて、こんな人が祖母なら毎日が本当に楽しいだろうと思う。
そんなソフィさんは手に持ったバケットをお裾分けだと渡しながら少し申し訳なさそうに眉を下げているので、私は思わず疑問符を浮かべる。
「ソフィさん、どうしたんですか?」
「あぁ〜、…それがね?紗羅ちゃんには本当に悪いんだけど、ちょっと街に買い物に行ってきて貰えないかしら?…腰がまた痛くってね?
紗羅ちゃん、この前代わりに行きますよって言ってくれたのを思い出して、本当に申し訳ないんだけどお願いできない?」
このおばあちゃんは本当に…。
本当に、なんて可愛らしい人なんだろうか。
お年寄りなんだから腰が悪いのは当たり前の事だし、何よりもお孫さんも出稼ぎに出ていて家にはおじいさんしか居ない中、毎日10分以上も掛けて商店街で買い物をしているのを考えたら、手を貸してあげたいと思うのは当たり前だ。
それに、いつもよくしてくれている恩もあるし、孫みたいだと可愛がってくれる本当の祖母のようなソフィさんの頼みなら行かない訳がない。
「勿論良いですよ!寧ろ、買い物の時は私に頼んでください。
ソフィさんにはいつもよくして頂いてますし、私に出来る事なんかそれくらいしか無いので!」
そう伝えれば、ソフィさんの曇った顔は安堵したような穏やかな表情へと変わった。そんな顔が嬉しくて私は微笑めば早速街に行く為に、ソフィさんに断り入れて一度バケットを玄関に置き、窓の鍵を全部閉めて玄関に戻った。ソフィさんから貰った買い物リストを持ち、ソフィさんが自身の家の玄関に入って行くのを見届けてから街へと歩き出す。ちなみに、文字はゆっくりだけど読めるようになったのよ?
この街は、本当に綺麗だ。
煉瓦と石で作られた建物は何処かイギリスやイタリアなどを思わせる様な作りで、道も石のタイルでしっかりと舗装されているから歩きやすいし、この街の建築、経済水準が高い事も窺える。
街並みを崩さないように置かれた花壇と木は、この街並みを更に綺麗にしている気がして居て、緑が空の青にとても映える。
本当、天気も良いし、良い日だなぁ。
のんびりと散歩気分で歩きながら商店街に辿り着けば、色とりどりの外壁が連なる街並みに変わる。それはパステル緑だったり、ピンクだったり、黄色だったり、まるで絵本の世界に来たような気分になってくる。
そんなオシャレな街並みを歩きながら目的の八百屋さんへと向かう。
この世界の植物は不思議な形をしている物も多いけど、野菜は丸々地球と同じだったから扱い方がわかりやすかった。因みに長ねぎとか、大豆とか、大根とか、日本でも馴染みの野菜も多くあってお味噌があればお味噌汁が作れそうだ。
流石にお醤油とお味噌はこの世界に存在してないから作れないんだけどさ…
偶に日本食が恋しい。
そんな想いに馳せながら緑の外壁が鮮やかな八百屋さんに入れば、籠を取りトマト、玉ねぎ…と次々に入れて行く。と、不意に違和感を感じた。
感覚的な物だから何とも言い難いのだが、何処からか視線を感じるようなそんな違和感。
お店の中は私と店主さんしか居ないし、店主さんに限っては野菜を箱に入れて行っている途中だから此方を向いては無いし、視線はまた別物としか言いようがないが、何処か気持ちの悪い気分だ。そろり、と外を見ても特に変わった様子はなくただ人でごった返して歩いてるだけだから正直何もわからなかった。
まあ、私の勘違いかな?
そう思って店主さんに会計を済ませお店を出る。
相変わらず人でごった返した道はこの商店街がとても賑わってる証拠でもあるし、お祭りみたいで少し楽しい気にもなるが、さっきの違和感は少し気になるなぁ。朝の事もあるし、私の意思とは関係なく働くであろう魅了体質。何にもないと良いけど…。
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結局何にもなくソフィさんに野菜達を届ける事が出来た。因みにご褒美の頭ナデナデ付きで。いつになっても頭を撫でられるのは照れるけどちょっと嬉しいもんだ。
軽い達成感を持ちながら家に帰れば既にスクルドが帰宅して居た。
「おかえりなさい、スクルド」
「おう。」
「今日は早いんだね、どうしたの?」
ソフィさんに貰ったパンを冷蔵庫ならぬ、冷蔵箱にしまいながら鎧を外して行くスクルドに目をやる。
銀を基調にした鎧の蓋を彩るように青の装飾が施されて、それと同じ青色のマントは何処か王子様の服装に見える。それから、肩と胸に王国騎士団のエンブレムが付いていてデザインもとてもお洒落だ。鎧を脱いだ先は、黒のタートルネックに黒のスキニー。シンプルだけどそれがすごく似合う。
「今日は、見回りだけなんだ。お前はソフィ婆さんの買い物だろ?」
「あれ?よく知ってたね」
もしかして、感じた視線ってスクルドだったのかな?
「さっき、ソフィ婆さんから聞いた」
「そうなんだ…」
やはり視線はスクルドからでは無かったようだ。
思わず眉を顰め視線を落とせば、スクルドが近付いていたのに気がつかなかった。
「いたっ!!」
指先の出ている黒い手袋を口で抜き取りながら、もう片方の手で額にデコピンして来やがったコイツ。
地味に痛い!
涙目になりながら額を片手で押さえれば、いつものニヤリとしたニヒルな笑いを浮かべるスクルドの顔が更にずいっと近くに寄ってきて、思わず後ろに数歩後ずさる。
「なんかあったなら言えよ?
今日の話忘れた訳じゃねぇよな?」
その言葉にまた、顔に出ていたか、と後悔もするがなんだかんだ優しいスクルドはやっぱり良い奴だし、鋭い。その切れ長の目の鋭さは、見た目だけじゃないんですね、本当。
「…いやぁ、私の勘違いかもしれないから何とも言えないんだけどさ。
今日、八百屋さんでちょっと視線感じたんだよね。」
「ほう…?」
その言葉に片眉を器用に顰めるスクルド。
この件に関しては、本当に杞憂かもしれないし特に何かあった訳でもないから本当、全然心配とかしなくても良いとは思うんだけどさ。
口元に残していた手袋をソファに放り投げ、もう片方も同じように放る。髪を結う紐も取ればサラサラの銀髪が肩にはらり、と落ち、思わず見惚れてしまう。
「お前、なんて顔してんだよ。
…ったく、自分の体質忘れたのか?」
「へっ?」
「そんな、見惚れた顔してっと食っても良いのかと思われるぞ?」
そう言って私の髪をぐしゃぐしゃ、と撫で回して掻き混ぜれば何処か機嫌が良さそうに笑い手を離し、キッチンに向かうスクルド。
ちょっとだけ、不安は取り除かれたかもしれない…
そんなことを思いながらスクルドの大きくも細身な背中を追い掛けて、キッチンに向かうのだった。
主人公はかなりご近所付き合いがよく、
普段から近所の人の手伝いをして暇な時間を潰したりしてます。