第五幕
目の前の若者に手にした大剣を叩きつける。
若者の額からやわらかい脳漿や頭蓋の欠片が飛び出してくるが、剣や服にかかる前に蒸発して消えた。
地面に突き刺さった剣を容易く抜くと男は周囲を見渡す。
彼より一回りも二回りも若い少年少女がまるで親父狩りのように彼を取り囲んでいた。
はたから見れば三十路の男に対して陰湿なリンチを行おうとしているようにも見えるが、両者の表情は全く真逆で男は余裕そうなのに対し、若者達は顔を青くしている。
仕方ないことだろう。先程見せしめと言わんばかりに一人呆気なく殺されたのだから。
おそらく先程殺された少年は彼らのリーダー格だったのか死んだ途端、逃げ出す者もちらほらいた。
所詮、ガキなんてこんなもんだ、と彼は息を吐く。
若者は前に立って引っ張る奴がいる間全ての責任をそのリーダー格に押し付けることが出来るため、行動や言動が強気になる傾向がある。
だが、リーダー格がやられると次のリーダー格を決めるための沈黙の魔女裁判が始まり、若者達は犠牲となる哀れな羊を見つけ出す。
その見つけ出すまでの時間こそ、彼らにとって命取りになりかねない。
彼は手始めに不安気に瞳を迷わせている少女の腹を突き刺すことにした。
溢れ出る血液が全て蒸発し辺りが一気に鉄臭くなる。
彼女の体内の水分という水分が全て蒸発するまでにさほど時間はかからなかった。
あっという間に干からびた少女は土に還るため、当然顔で地面に倒れる。
とうとう、彼らはパニックに陥った。それを見た彼は剣をぐるん、と振るい、剣先から強烈な熱波を発する。
熱波は瞬く間に若者達を飲み込み、ただの水分へと姿を変えさせる。
「!」
背後に強力な殺気を感じた彼は大剣を背中に担ぐ。
派手な金属音がして、彼の右腕に衝撃が襲いかかる。
はらり、と流れる薄紫色の長髪と灰色のパーカーの裾がちらりと見えたので彼は襲撃者の正体を悟る。
「Luciferか...」
「私の他にお前に奇襲を仕掛けれる奴が何処にいる?にしても随分と派手な真似をしたなぁ、小僧よ」
Luciferは彼の剣から飛び退き、距離を置いた。
直後、先ほど彼女がいた位置に強烈な熱波が湧き上がる。
「まさか、その程度の攻撃が当たると思ったか?随分と舐められたものだ」
「馬鹿言え、あのまま放置してたら殺しにかかってただろうが」
剣を担ぎ直し、相手を見据える。
冠位第二位の彼女が出てくるということはかなりの大事になりつつあるということだ。
勝ち目のない相手に時間を割く暇はないので取り敢えず迎撃を開始する。
逆手に構えた大剣の柄を90度回転させ、剣の腹についたベルトで腕を固定する。
剣の尻先が展開し、大口径の銃口が顔を覗く。
「...ほう」
彼女は興味深げに彼の武器を眺める。
直後、彼は引き金を絞った。地鳴りのような音を鳴らしながら、鉄の暴風がLuciferに襲いかかる。
すると、何を思ったのか彼女は双剣を顔の前に構える。
彼女の体に大口径の弾丸が突き刺ささろうとしたかと思うと、弾丸は一瞬の内に真っ二つに切り裂かれ、彼女の後方に流れていく。
目にも止まらぬ剣戟で彼女は次々に弾丸を切り飛ばし、いなしていく。
こちらの弾切れを誘っているのだ、と悟り一頻り撃ち切ると、銃から再び剣に変え、弾幕を追い抜かすかと思われる速度で彼女に肉迫する。
渾身の力で彼女に大剣を叩きつけるが、彼女は双剣を交差させ、あっさり受け止めた。
「甘いわッ!!」
「!?」
Luciferはそのまま彼の大剣を挟んだまま、力任せに後ろに向けて放り投げた。
即座に受け身を取り、態勢を立て直すとすぐ目の前に彼女の双剣が迫ってきていた。
咄嗟に大剣を腹を向け、衝撃に備える。直後トラックがぶつかって来たと錯覚する程の強い衝撃が彼の体を貫く。
数メートル程の後退してようやく鍔迫り合いにまで持ち込む。
が、既に人以上の力を有している彼女の前では鍔迫り合いなどしたところで負けることは確実だ。
一旦、剣を蹴りあげ、双剣を弾く。彼女が呆気にとられている隙に腰を屈め、回し蹴りの要領でそのまま蹴り飛ばす。
いくら人を遥かに凌駕する腕力を保持していようと、彼女の体つきは若い女性のそのものであり、体重も軽いこともあってかあっさり吹き飛んだ。
壁を何枚も突き破る音が聞こえる。彼女が戻って来るには相当骨を折らねばなるまい。
と言ってもすぐ戻ってくるだろうから、とっとと逃げようとした矢先、今度は自分の影が何者かに押さえれていることに気づいた。
「...夜見。テメェまで何のようだ?」
「決まってんだろ。おっさん、テメェを殺しに来たんだ」
彼の口角が愉快げに釣り上がる。
彼はため息をつき、手始めに自分の影に大剣を思いっきり突き刺した。
刺した影から飛び散る闇を見て、かつての血で塗れた、穢された記憶が蘇る。
かつても彼はこうして『敵』と定めた者に剣を刺していた。
物心ついた頃には既に彼は剣を握っていた。
様々な異能力を持つ者達の中で彼はずば抜けて能力値、適正値が高かった。
人々は彼を神童と呼んだ。
彼に対して誰も嫉妬心を抱かなかった。それほどにまで彼は非の打ち所の無い、完璧な少年だったのだ。
今から11年前、帝国に『冠位』が発足した。
能力者の中でも抜きん出た6人が選ばれ、皇帝によって直々に『冠位』と神器が与えられる。
彼は初代メンバーの1人だった。
若干18歳にして、彼は能力者の最高位に着いた。
彼は『■■』の『冠位』を与えられた。
太陽と『冠位』を示す王冠の刻印が掘られた一本の剣、『夜明けの炎』と名付けられたその剣は神器の中でも極めて強力な武器の一つであった。
そして、それに応えるように彼は戦った。
― It like spring night DREAM ―
戦争では誰よりも人を殺した。
誰よりも斬り殺した。
誰よりも刺し殺した。
誰よりも惨殺した。
誰よりも虐殺した。
殺した。
殺した。
殺した。殺した。
殺した。殺した。
殺した。殺した。殺した。
殺した。殺した。殺した。男達を
殺した。殺した。殺した。殺した。女子供を
殺した。殺した。殺した。殺した。請う者達も
殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。
殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した。
彼は殺した。殺し尽くした。
彼の歩く道は常に彼が殺した死体が転がっていた。
彼は常に死体の山を築いた。
死体畑に肥料を巻き、耕した。
彼は死体と共にあった。死体があるところが彼のいる場所だった。
制服はあちらこちらが破け、肩の王冠のエンブレムは血で塗れ、返り血によって鬼の様な形相に変わり果てた彼を見て人々は口を揃えて言った。
― まるで『血塗れた太陽』だ 、と。
そしてある日を境に、彼は表舞台から姿を消した。
皇帝の机には、地で塗れた制服と返り血で錆びつき、ボロボロになった剣が置かれていたのだと言う。
「まさか、あの『血塗れた太陽』がおっさんだったなんてな!殺しがいがあるぜ」
「ハッ、言うじゃねーか。そっちが早々にくたばれ、クソガキ」あくまで冷静に挑発に挑発で返す。
剣と刀がぶつかりあい、激しく火花を散らし、周囲は昼間にも関わらず、あたかもそこに光源があるかのようだった。
夜見が影に潜り、一瞬の内に彼の背後に回る。
「もらった!」
そのまま必殺の一撃を与えようとするが、
「詰めが甘いぞ。この青二才が」
全身から熱風を吹き出し、いとも容易く夜見を吹き飛ばす。
じゅう、と肉の焦げる嫌な臭いが周囲に充満する。
「...!!ってめッ!!」
夜見が反撃する為に刀を構えたのも束の間、彼の飛び膝蹴りが顔面に突き刺さる。
彼の膝に生暖かいむにゅっ、とした感触が伝わってくる。
それは余りにも肉々しかったので彼は顔を顰め、そのまま地面に捩じ込んだ。
敷き詰められた焼き石が弾け飛び、その下の地盤が姿を現す。
気を失った夜見を見つめ、彼は踵を返す。
「そんな体でよく俺とケンカする気になったな。1位は一体何を考えてるんだか」
砕けた顔面の他に、脇腹から血が滲み出ているのが見えた。
相当無茶をしてここまで来たのだろう。
若い日の彼の姿が彼の脳裏を過ぎる。
愚直なまでに剣を振るっていた、輝かしかったあの日を。
頭を振るい、そんな思いを払うと彼は再び駆け出した。
・・・
駆け出したはいいものの、彼の後を追うように人形が執拗に追撃を繰り返してきていた。
時折、振り向き迎撃をするものの如何せん数が多い。このままだと包囲される可能性も捨てきれない。
別にただの馬鹿どもなら囲まれた所で、先ほどのように蹴散らせば済む話なのだが、飛びかかってきた人形を蹴飛ばした際、奴らの胸に本を囲う王冠のエンブレムが見えたことから彼は認識を改めた。
そのエンブレムが意味するはただ一つ。冠位第一位が彼に対して攻撃しているということだ。
彼女の能力は極めて厄介な代物で、自らの記した『物語』通りに全て物事が転がるといういわゆる、“運命”を操るタイプの能力である為、彼女に直接勝利することは難しい、というより不可能だ。
だが、今回の襲撃してきたのは彼女が操る人形。別にこいつらが特別強いかと言われればそうではないのだが、何よりも恐ろしいのは異常な程量が多いということだ。
蹴散らしても蹴散らしても一向に数が減らず、消耗したところにトドメを刺しに来るがこいつらの戦い方だ。
故に、逃げるしか勝つ手段はない。
だが、思った以上に早く救いの手は差し伸べられたようだ。
まず先頭の人形の頭がいきなり吹き飛び、派手に仰け反る。次に彼が走り去った後から突風が吹き、多くの人形は抗うことも出来ずひっくり返る。
更に上空から複数の人影が降りてきたと思えば、各々展開し迎撃を開始する。
複数は鋭利な刃物によって真っ二つに切り裂かれ。
複数は槍によって串刺しにされ。
そしてまた複数はレイピアのようなもので蜂の巣にされた。
すべて一瞬の出来事だった。
彼は自分が疲れた果てていることに今更気づき、一旦その場に腰を下ろし後片付けをしている人影達を見つめる。
全員華やかな容姿をしていた。
一人例外を含め、彼女達は彼が裏で集めた仲間であり、彼が危機に陥った際には救助に向かうため、彼が事前にここに待機するように言っていたのだった。
「全く、僕達が間に合わなかったらどうするつもりだったんですか?」
その“例外”が目の前に来たと思うといきなり説教を始めてきた。
周囲からカオルという愛称で呼ばれている彼は、こちらに対して気が無いように振る舞いつつ、心配を欠かさない頼りがいのある奴なのだが。
...そう...かなりツンツンしている奴なのでどう扱えばいいのかが彼にはわからなかった。
少女のような麗しく、可憐な容姿をしているが決して忘れてはいけない。そう、こいつは男だ。
彼の母親が綺麗だということで有名らしいがここまで遺伝したことにその母親本人が驚いていたそうだ。
「ああそうだったな。ありがとうよ」
「!? わ、分かればいいんですよっ!」
...からかいも込めて軽く頭を叩いてやった結果、変な反応をされてしまった。
どうも彼自身、この手のような反応に弱いらしい。余計扱いに困ってしまう。
彼――ミカミは溜息をつく。
元よりそういった関係を女性(男性とは勿論)と持ったことは殆ど無い身だ。
つまり、こういった好意をモロ向けられるとどうしたらいいかわからないのだ。
剣の道は迷いを持ってはいけない。剣同士の対決は一瞬の迷いが命取りになりかねないからだ。
逆に捉えるとミカミ自体、そういった迷うような事柄について避けている節があることを彼自身理解していた。
ぐるり、と見渡し後始末をしている彼女達を見る。
彼女達は皆、彼に惹かれて集まった集団だ。彼が唯一心を許した友人に『ハーレム集団』と馬鹿にされたが、改めて考え直してみるとそうと表現した彼が一番的を射ていると今更思った。
「ミカミさん、なにボサっとしてんの」
ローブを着た彼女達のリーダー格の少女が後始末が終わったことを報告しに来た。
潮時だ、彼は彼女達に撤退を指示した。
すると突如として上空から1機のヘリが滑り込んできた。
それはカサッカと呼ばれる多目的ヘリで、旧ソ連で製造されていたモデルだが、現在では様々な国で製造が続けられている、ダイ・ハードなヘリである。
主な区別として民間用と軍用があるのだが、見た感じこれは民間用のようだ。
「大将、どうだい?アタシが仕入れてきたんだよ」
最初に狙撃銃で人形を仕留めた少女が自慢げに語る。
確か彼女の実家は大金持ちだったはずだが、それにしても古い機体とはいえヘリ一台買えるだけのポケットマネーがあることには驚いた。
乗り心地はというと、民間モデルとはいえやはり元は軍用、そこまでよくはなかった。
「姉ちゃん!そっち行ったよ!」
「わかった」
私は弟に言われた通り振り向き、腕の装甲に取り付けられた刃を目の前の敵に叩きつける。
が、相手の方が瞬発力が高く、結界を張られて鍔迫り合いのような状況になる。
埒が明かないことを悟った私は、刃の付いている腕の親指でかちり、とスイッチを押した。
すると刃が突然高速で振動し始め、目の前の敵の結界を焼き切っていく。
結界に刃が通ればもうこちらのものだ。あっという間に彼の身体は私の刃によって溶断され、真っ二つになってしまった。
蛋白が焦げる嫌な臭いがする。
私のマスクはマスクというより、ゴーグルに近い為、口や鼻は保護されていない。
臭いに耐えかね、私は次の敵に躍り掛る。
足に付けられたスパイクを敵の胸に突き立て、そのまま地面に押し倒す。そしてそのまま私は身体を捻り、敵の身体の上で一周くるりと回る。
ぐちゃぐちゃぐちゃり、とミンチを捏ねているような肉が掻き回される不快な音が聞こえる。
うるさく悲鳴をあげられるのも困るので敵が悲鳴をあげる前にもう片方の足のスパイクで喉笛を掻き切ることも忘れない。
一方、弟の方もしっかりやってるようだ。フルフェイスタイプのバイザーで顔は見えないが、冷静にライフルのセミオートで確実に敵の頭を撃ち抜いていっている。
が、一人の敵がライフル弾の雨を掻い潜って突っ込んできた。
それでもやはり彼は冷静にライフルからソードオフを取り出し敵の上半身を吹き飛ばす。
どうやら、こいうが最後のひとりだったようだ。
「姉ちゃん、片付いたよ」
「そ...。じゃ帰ろっか」
装備一式を纏めて私達は帰路につくことにした。
部署変更を言い渡され、異動した先が新設された部隊だと聞いた時は正直そこまで喜ばしくなかった。
馴染みのある今までの部隊が良かったし、そこには両親もいた。
しかし、その時聞いた噂で私は一気に乗り気になったのだ。
『新しい部隊には“鴉”と呼ばれている奴がいるらしい』という噂を。
是非とも顔を見てみたい、と思った私は快く承諾した。
別に弟は異動を言い渡されていなかったのだが、姉が行くなら自分も行くとのことで、彼も同行することになったのだ。
だが、彼に実際に会ってみて私は少し彼への評価を下げた。
彼には愛想が無いのである。全く。これっぽちも。
兵士としての自尊心も無ければ、忠誠心も無く。なら何の為に戦っているのだ、と問い正せば「さあ」と返してきたのだ。
私はこんな中途半端な奴は大嫌いだった。しかし、何を間違ったのか私はそこで彼に模擬戦を挑んだのだった。
結果はボロボロだった。
というより、全く歯が立たなかった。
全身の苦痛より、こんなちゃらんぽらんな奴に負けたという事実の方が痛かった。
そして、負けた条件として更にキツイことを言い渡された。
「ん、帰ったか」
「なんでそんなに上から目線なのよ...」
収容口に戻ると、椅子に浅く腰掛けコーヒーを啜っている青年―八咫が出迎えてきた。
否、本人には全くそんな気はなかったのだろうが、結果的にそうなってしまったのだ。
「悪いな、元からこういう口調なんだよ」
「あっっそ!」
呆れた私は彼の横を通り過ぎ、自室へと向かう。
自動ドアが閉まる瞬間、背中に彼が「お疲れ」と言ったのが聞こえた。
遅いっつーの。
姉ちゃんは嫌ってるけど別に俺は八咫さんのことが嫌いではない。
寧ろ、頼れる兄貴分みたいで非常に心強い。
さっき姉ちゃんの去り際に八咫さんが「お疲れ」と言ったら姉ちゃん顔真っ赤になってたのを見て、やっぱり姉ちゃんはもっと素直になるべきだと思った。
八咫さんだってこんな感じだけど話しかければ普通に返してくれるし、アドバイスを求めればちゃんと真面目に考えて返してくれる。
お姉ちゃん子の俺からすれば2人にはもっと仲良くなってほしいものだ。
俺の願いは姉ちゃんが幸せになってくれる事だ。そのためなら俺は銃を握り続けるし、人を殺し尽くしてしまっても構わない。
だって俺は世界で1人だけの姉ちゃんの弟なんだから。