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ダメ男の異世界転生記  作者: 根無草
葬送花
7/20

侯爵

力なく歩く俺達2人。川で荷物を落としてからずっと、穀物や肉の類を食べてない為、全員力が出ない。そんな中、一人だけ誰よりも気を張って前に進んでいるシャロ。

「さぁ、見えたわ。あそこがリオレ侯爵がいるポワッソメールよ!」

「おぉ、あそこが……」

「あれがシャロさんの目的地ですね」

シャロが指し示す方向を見た俺達がそれぞれに感嘆を漏らす。その先にはいくつかの帆船が浮いた海のそばに町があった。ここまで長かった……いや、川から3日しか経ってないのだが、それがとてつもなく長い。

俺を含めた三人ともやつれてたような顔をしている。正直言って、ここ数日の旅はきつい事この上なかった。川に溺れた時はもう水なんかこりごりと思ったし、雑穀パンを食べている時は米が食べたいとも思った。

しかし、いざそれらが無くなるとそれのありがたみが解る物だ。水分は飲める水を探さなければいけなかったし、穀物など森には存在しなかった。おかげで体があまり動かない。

「早く行こう、シャロ!」

「えぇ、そうね!」

体力も残り少ないはずのシャロが目を輝かせながら返事をする。目的地に着いたことが余程嬉しいのだろう。とはいえ、ここで何をどうするのか俺は知らない。

とりあえずまともな食べ物にありつけさえすればいいのだが。

「はぁ……ここから遠いですね。さすがに気が滅入ってしまいます」

リサさんは神様の類ならしいくせにちゃんと飲食をしないといけない様子だった。そう考えると俺達と体のつくりは同じなのだろうか。どう違うのか気になるものではある。

「そうね……だったら、リサちゃんはショータに背負ってもらった方が良いと思う」

「……そうだな」

嫌だなぁとも思ったがリサさんの疲れきった表情を見てそれを引っ込めた。このメンバーの中で一番歩幅が小さいのは身長からしてリサさんである。

そうであるから……この数日間、俺達に合わせて飛んだり魔法を使わなかったリサさんにとって肉体的疲労は俺達の中で一番大きいだろう。

「ほら、リサ……乗って」

「……ありがとう、お兄ちゃん」

一瞬迷っていたようだがゆっくりと俺の背中に乗る。傲慢で意地悪でとても強い人だと思っていたが、こういった面もリサさんにはあるのか……と感心してしまう。

「失礼よ?……女性にそういうこと思うのは」

背中でポツリと不満を漏らすリサさんの声もそれほど強くなかった。

「さて、一気に行くか」

「えぇ!」

そう言って俺達は町に向かって駆け出す。


 太陽が真南を通り過ぎた頃に俺たちは町へ近づく……やはり、前の都市と同じように壁の外に畑は存在するが農民達はそれほど不健康な様相を呈してはなかった。

むしろ、逆に生き生きと働いている。これはどういった事か……。

「なぁ、シャロ……リオレ侯爵ってすごい人なんだな」

「そうよ?いきなりどうしたの?」

「いや、農民達が活力にあふれて働いているからさ」

「……そうね、私も見習うべきだった」

シャロの瞳に後悔の念が見えたが……俺にはその理由が解らなかった。

 前回の都市とこうも農民の状態が違うのならば、これは領主の采配としかいいようが無いのではないか?

いや、勿論……経済状況とかそういった事も多々関係してくるのだが。それにしたって一国の中での差が酷すぎる。

 またも都市への出入り口である巨大な門を通る。そこにはやはり槍兵がいたが……他にも弓兵が門の上の詰所に併設されてるらしき見張り台にいた。

門の内側と外側は相変わらず家の造りが石と木とで違いがあったが、都市の中の道に綺麗な服を着た子供やその親である青いドレスを着て、白い布を被った農家の女性らしき人。

(これは持っている籠の中身が麦の類らしかったから推測しただけである。)吊り紐のついた青い胴着に大きな袖と丸襟のついたシュミーズを着て、細かくプリーツの入った白いスカートに茶色い前掛けした女性。

(恐らくは羊を連れているので羊飼いであろう。)はたまた前の都市で見た召使等々などの多種多様な人々が行きかっている。故に、総じてここには道にも活気があるといえるだろう。

前の都市は市場にしか活気が無かったがここではそこらかしこに活気があった。そして、その誰もが幸せそうではあった。いや、勿論……身分差がないわけではなさそうだが。

市場は市場でまた違う様相を呈していた。そこにはパレットを広げ、絵を描く画家の姿も見られたし……魚も売られている。前に見た市場ではそのような芸術家等が往来に存在しなかった。

これが地域格差とでも言わんばかりの違いだった。

「こっちよ」

「あぁ、解った」

考えている俺を余所にシャロが目的地へと誘導する。

 町の中心である広場を通り、青く綺麗な海や様々な帆船が見える港の近くに位置する大きな門に案内された。

門の内側のすぐ手前にはどうやら石畳の練兵場らしきものがあり、その奥に草木の生い茂った中庭がある。それよりも目に付くのは更に奥に鎮座する屋敷だ。

 よくアニメとかで使われる貴族の屋敷であろう事が一目瞭然である。

「取りあえず、入りましょう?」

「そうだな」

少し圧倒されていた俺はリサさんをもう一度背負い直す。練兵場には訓練用の藁案山子や木で作られた的などが一定の間隔に置かれていたが、どれも使用した後のようだった。しかし、全て黒ずみなどなく新しい物を用立てた感じであった。

中庭に足を踏み入れると、そこはまた練兵場とは違う豊かさがある。緑の豊かさとでも言うのであろうか。いや、それもあるが、その木々や草には均一的に手を加えてあり、人の手が入ったような美しさがある。

それは……まるでその道の人間にわざわざ頼んでまでやってもらったような綺麗さや美が存在した。旅をしている間に感じた野生的な花々や木々とは全く違う美しさだ。

 もう一度石畳が広がる。屋敷の玄関が近づいてきたのだ。その屋敷は手前の両端に青い尖った帽子を被った円形の白い塔があり、そこから奥に伸びて青い屋根をした白い壁の建物の本体が据えられているといった構造を取っていた。塔部分にも窓があり、本館にもいくつかの窓が規則的に配置されている。

館の左側に当たる部分にはバルコニーがあり、そこには椅子や机が置いてある。左手前の塔の傍には馬小屋が建てられ、騎馬達が元気よく動いている。館側には恐らくではあるがその馬達が引くのであろう馬車等の道具がおいてあった。

 それらはすべて石作りであったが玄関は木で出来ていた。

「どなた様でしょうか?」

「シャーロットです……叔父様に会いに来ました」

「……その瞳……そのお顔……間違いなく、シャーロット様……少々お待ちを」

「旦那様ぁ!旦那様!」

玄関を叩いたシャロの顔を一目見た小間使いらしき女性が慌てて中に入って行く。今シャロは叔父様と言ったか?叔父様だとしたらシャロの前の話によると例の田舎に引っ込まれた優しい叔父となるが。

いやいや、私生児だから叔父様と呼べと教えられている可能性もある。

「どうぞ……シャーロット様」

「ありがとう」

他の使用人らしき女性が中へ入るように促してくれたので、俺たちは館に入る。広くて白いロビーには赤い絨毯が敷かれていた。これが貴族という奴なのだろうか。

「ん……ついたの?」

「あぁ、降りるかい?リサ」

「……うん」

目を覚ましたリサさんを降ろして俺はこの館の主を玄関口で待つ。

「おおぉ……シャロ……」

中央の階段から続く二階の廊下の左から少し小太りの男性が出てくる。その男性は風船のように膨らんだ短ズボンに襟が折り返されているシャツを着て、黒い上着を着ていた。

足には長靴下を履いており、それを足の部分の輪で止めているようだった。帽子を被っており、羽根飾りをつけたベレー帽を頭に載せていた。そんな男性が俺たちの方に近づいてくる。

「叔父様」

「シャロ……探したぞ……。こんなに泥だらけで……やせ細ってしまって」

愛しそうに、そして労る様にシャロの顔を撫でる叔父様と呼ばれた男性。これほどまでにシャロに愛情があるのだからやはり親子ではないのか?

「叔父様、実は……」

「いや、話は後にしよう……長旅で疲れているだろう……お風呂と食事を用意させよう……」

「え……えぇ、解りました。ご好意に甘えさせて頂きます」

「風呂と食事を用意しろ!」

「はい!」

返事と共に小間使い達がいそいそと準備に掛かる。男性が俺たちを目で捉える。

「この方たちは?」

「私を助けてくれた、私の友人です。おじさま」

「私は山上将太です」

「私はリサ・オリオールと申します」

シャロが男性に俺たちのことを紹介してくれたのでそれぞれ頭を下げて自己紹介をする。

「ふむ、私はエドモン・リオレ……この地域の侯爵だ」

「とても立派で人徳のある方だと存じております」

再度俺は頭を下げる。リオレ侯爵は小太りでその雰囲気は柔らかいが、どこか厳しそうできっちりしたような印象を受ける。そして、その瞳は蒼かった。

「いや、ここまでシャロをありがとう」

「あの……おじさま」

「シャロは先にお風呂に入って着替えなさい……この方たちは私が相手するから」

「……はい」

「こちらですシャーロット様」

何か言いたそうな顔をしていたシャロは使用人に案内されて行く。家に帰ったにしては、やはりシャロの感じが違う気もする。

「さぁ、君たちはこちらに」

そう先導されてシャロとは反対の、建物の一階の右側にあたる場所へ移動する。どうやらそこは食卓であるようだった。現に長方形のテーブルが中央に置かれその周りに椅子がいくつも置かれていた。

更に机には当たり前のごとく果物が置かれた器が数個供えられている。

「さぁ、座りたまえ」

「あ、はい。ありがとうございます」

「では、失礼させて頂きます」

テーブルの短い辺に隣接する椅子に座った侯爵に俺とリサさんは手で招かれるがまま侯爵の横の席に並んで座る。

「取りあえず、まだ何もないから……失礼ながら手づかみでこの果物でも食べておいてくれ」

「ありがとうございます」

「はい、リサ」

「ありがとう……お兄ちゃん」

侯爵から渡された二つの林檎の内、一つをリサさんに手渡す。

「家族なのかい?」

「……はい、腹違いの妹でして……」

「あぁ、それはすまない事を聞いたね」

言い辛そうに答える事で追及を逃れる方法が功を奏す。俺たちは『頂きます』と礼をして林檎を齧る。甘くて瑞水しい。とても美味しくて体の癒しに成るほどだ。野生の林檎も食べたのだがあちらはどうも甘みや水分が足らなかった。

「君たちはシャロとどうやって知り合ったんだい?」

夢中になって食べている所に質問が飛んでくる。

「えっと、彼女がフェルウルフに襲われている所を助けた事がきっかけで一緒に旅をする事になりまして」

「なるほど……それは私からも礼を言わなければ」

「本当にありがとう」

「いえ、そんな……私も何も準備してなくてシャロに一杯助けられましたので」

謝辞を表す侯爵に慌ててこちらも世話になっていた事を告げる。

「……君はどこの国の人だい?」

恐らくは俺が見たことない顔だからであろう。リサさんに比べて俺は日本人顔なのだから。

「私は『日本』と言うところから来ました」

「『ニッポン』?聞いたことのない国だね」

「えぇ、まぁ、私もこの国のことはよく知らないまま来たのです」

「そうか……では、何か聞きたい事はあるかね?なんでもいいよ」

気を遣って俺に何か質問をさせてくれるようだ。さて、どうしたものか……取りあえずは気になっていたアレを聞いてみよう。

「では、前国王のアルド陛下について教えてくれますか?」

謀反を起こされるとは一体どういう事なのか実を言うと興味があった。旅の途中にシャロに聞いても『私には解らない』としか答えてくれなかった。

「……シャロから聞いていないのか?」

「え?何をですか?」

突然シャロの話が飛んでくる。俺にはさっぱり意味が解らない。シャロがどう関係するのだろうか。

「……失礼ながら、ショータ君……でいいのかな?」

「あぁ、はい」

「ショータ君は何故シャロと一緒に旅を?」

両手を目の前で組んだ侯爵の瞳には疑念の色が伺えた。これは下手にごまかすよりも、ちゃんと答えたほうが良いだろう。

「そうですね……実は私は最初、彼女に怒られたんです。ですがその彼女の怒りの中に何か悲しみを私は感じ取りました。その時、私は彼女を『助けたい』と思いまして……だから一緒にいるんです」

尋ねられ、どう答えるべきか考えるために伏せていた目を上げ、真っ直ぐに侯爵の目を見据えて本当のことをかいつまんで話す。これで怪しまれるならそれはそれでいい。

「……」

侯爵が俺の瞳を見つめる。こんなのは理由にならないかもしれない。それはよく知っていた。だが、その感情だけを頼りに俺は今進んでいる。それに違いは無い。

「……ふぅ。そうか、解った」

どうやら侯爵の疑念を払えたようだ。組んでいた両手を崩し、下ろしてくれた。

「そうだな……どこから話そうか」

「どういう意味ですか?」

「……アル……いや、アルド陛下はシャロの父親だ」

「え?」

予想外な答えに俺の思考は止まる。シャロの父親が前国王だって?だとすると……シャロは。

「アルと私とレイは三武人と呼ばれ、とても仲がよかった」

考え事をしている俺に気づかないのか、話を続ける侯爵。なので話のほうへ集中する。その顔は昔話をしているような感じを受けた。レイとはレイナルド現国王の事だろう。

「とは言え、三人でいるときは仲がよいが。どうやらアルとレイはどうも反りが合わなくて、二人でいるときは常に喧嘩しているようだった」

「どちらかと言えば、レイは野心家で、アルはそれを嫌っていたようだった。いつも私が仲裁に入ってたよ……懐かしいな」

侯爵の口から笑みが零れ出た。その感覚は俺が海野との事を思い出すのと同じようなものだろう。蘇るは微笑ましき日々なり……と表現すべきか。

「アルとレイはそう喧嘩をするものの、二人ともどうやら互いの腕を認め合っていてね」

「私なんて二人の足元にも及ばなかったよ、ふふ」

自嘲をしながら侯爵が頭を垂れる。

「そうなのですか?私はあなたもかなりお強いとお聞きしたのですが……」

「あぁ、私は技術と素早さだけが取り柄でね……いつもレイに力技で負けていた」

素早さと技術を力で圧倒するほどの大剣術とは……対峙したくないものだ。だが、恐らくはいずれ対峙することになるだろう。

「アルは力と技、そして、素早さを兼ね備えたすごい男でね。私はあいつに15で会ったとき……生涯ついていこうと思っていた」

「にも関わらず6ヶ月ほど前にレイはリュリュシー枢機卿と共に謀反を起こしてアルの一家……バレーヌ家を根絶やしにして、即位した」

「私が傍についていながら……不甲斐無い」

頭に右手の平を擦りつけ、後悔をあらわにする侯爵。

「民衆は怒らなかったのですか?」

「……『託宣』が下されたのだ」

「『託宣』?」

「神のお告げの事よ、お兄ちゃん。タルス教会本部からの『託宣』はここでは絶大な効力を発揮するの」

林檎を食べ終わったリサさんが横から説明してくれる。そういう事は早く説明して欲しかったが……まぁいいか。

「普通は王家の人間以外が即位しようとしてもできないのだが……奴は『託宣』を受けることにより即位をすることが出来た」

「だから、シャロの弟である幼いアベルを幼帝として立てることなく殺したのだろう。残酷な奴だ」

「弟がいたのですか」

「あぁ、リサちゃんと同じくらいの子だったよ」

「可哀想ですね、シャロさん」

リサさんが俺の代わりに相槌をうつ。

なるほど。だからシャロはリサさんにあれほど優しくしていたのか。

「私はシャロがレイの手からなんとか逃げ出した事を風の噂で聞きつけてからというもの、シャロを秘かに探し続けた」

「何故そんな噂が?」

「恐らくは瞳の色のせいだろう……噂では蒼い瞳の女性が居るということだったからな」

蒼い瞳がどう関係あるのだろうか。

「よく解りません」

「ショータ君は知らないだろうが……ここの王家の人間は蒼い瞳をしているんだ」

なるほど……だからシャロは人に会うときは常にフードを被っていたのか。ん?待てよ?蒼い瞳。

「もしかして、リオレ侯爵も……」

「いや、私は遠いから、あちらの家督相続権はない。とはいえ、家督相続権は女性であるシャロにも無いが」

女性による家督相続はない……まるで戦中の家制度を採っていた日本のような国だな。それが良いのかどうかは俺からすれば悪としか言えないのだが。

それは俺の独善的な判断であり、その当人たちにおいては上手くいっているのならば口を出すべきではない。

「私はシャロが妙な気を起こさなければ良いと思っているのだが」

侯爵が溜息をついて話を終える。妙な気……予想するに、アレしかないだろう。俺だってそうする可能性は高い。いくら冷たくされても家族は家族だ……それが他人の手によって殺されてしまった。

想像するだけでふつふつと得も言えぬ怒りがこみ上げて来る。と同時にそれは死者が望むことではないという意見があるのを思い出す。死者が望むこと……それは一体何なのか……その答えを俺は持っていない。

いや、一般的な意味での答えは知ってるし持ってはいる。だが、俺はそれに納得しなかった……自分の祖父が亡くなった時に俺は……。

「はぁ」

いや、やめよう。今考えるべきじゃない。俺は溜息を吐きながら頭を振る。

「どうかしたのかね?」

「いえ、なんでもありません」

俺が落ち込んでいる様子を見て取れたからか、心配そうに侯爵が尋ねてくる。ここで心配させる訳にもいかないな。

「そうか……あぁ、パンとスープが来たようだ、召し上がりなさい」

「ありがとうございます」

目の前に陶器のお皿に盛り付けられた白いパンとバター、スープの入った器。そして、俺の目の前には赤ワインらしき物、リサさんの前には水が備えられ、それぞれに木のフォークとスプーンが置かれる。更に見慣れない水の入ったボールとタオルが出てきた。これは一体どう使うのだろうか。

「すまない、奢侈禁止令が出ていて狩猟ができなくてな。肉の類は出せない」

「奢侈禁止令?」

「『贅沢を禁止されている』という事だよ」

贅沢の禁止?そんな事をしなければ成らない目的は何だというのだろうか。

「何故です?」

「……戦争の準備のためだよ」

苦々しくその言葉を口にする侯爵。その様子から察するに、彼は戦争が嫌いな感じだった。

「……叔父様」

後ろのほうから急に透き通った声がした。驚いて俺は振り返る。そこには美しい模様があしらわれた緑のドレスを着たシャロが立っていた。

そのドレスは襟が大きく取られており、立てればシャロの顔が少し隠れる位まで有りそうだった。しかし、やはり、様になっている……それは他の人にはない気品や気高さを感じとれる程であった。

「おぉ……ロード・シャー……いや、ロード・バレーヌ……こちらへどうぞ」

侯爵が立ち上がって帽子を取り、右前の席にシャロを右手で誘導する。

「そんな……そんなことなさらなくても……いつもと同じようにシャロと呼んでください」

「いや、私は本心でそう思っているのだ。さぁ、お座りなさい」

侯爵とシャロの会話の内容が何のことなのか俺にはさっぱり解らなかったが、取り合えずシャロが何か遠慮しているのだけは俺にも理解できた。

侯爵に近寄って話をしていたシャロが侯爵の後ろを通り、先ほど指定された席に座る。

「リサちゃん……先にお風呂に入らせて貰うのはどうかな?」

「そうですね……では、スープだけ頂いたら私もお風呂を使わせて頂きますね」

座るなりリサさんへ入浴を促すシャロ。リサさんはそれを受けてボールの水に手を浸けてからタオルでそれを拭き、スープを木のスプーンで流し込む。

……ボールはそう使うのだったのか。初めて知った。つまりは、手を洗うための水だったようである。

「では、お風呂をお借りしますね?リオレ様」

「あぁ、どうぞ……ゆっくりしてきなさい」

「長旅で疲れている故、僭越ながらそうさせて頂きます……では」

リサさんが食卓を離れて、俺が手を洗っている間にシャロの方にもスープやパン、ワインが置かれる。そして、同じようにスプーンやナイフが置かれるのだが……どういう訳かそれらは銀でできていた。

「叔父様……私は叔父様を信用してない訳では……」

「いや、それは私の礼儀としての配慮だ」

「……解りました。では、ありがたく頂きます」

目を閉じて両手を組み、黙祷をするシャロ。そういえば、この国では食事の前に祈りをするのだったな。

「ところで、叔父様は取らなくて良いのですか?」

「あぁ、私は少し前に頂いたよ」

祈りを終えたシャロが侯爵を心配する。そうか、そういえば……もう昼も過ぎていたな。


 シャロがスープを嗜み、俺がパンを食する事で少しの楽しみを得ている時に突然シャロが口を開く。

「……あの、叔父様……アレを私に……」

「アレ?」

侯爵は何の事かわからないようだった。

「アレです……ほら……宮殿の」

「……シャロ、忘れなさい。私達が君を引き取る、約束する」

シャロが何を欲しているか気づいた侯爵はまるでシャロを説得するかのようなことを言い始めた。

「でも、私は……」

「忘れるんだ!……いいね?」

腑に落ちなくて反論しようとしたシャロを強く言い聞かせる侯爵。

「……はい」

仕方なくシャロは侯爵の言葉に肯定をした様子だった。やり取り的には恐らくはアレをするなという事だろうが。しかし、シャロが欲していたアレの方は予測がつかないな。

そうこうしている間に、俺達三人の真ん中に大きな銀皿が置かれる。と同時に席を立っているリサさんを含めたそれぞれに3つの木の皿等が備えられる。銀皿の上には焼かれた魚らしい物がいる。

「これは?」

「それはカワカマスの焼き物で……私が取り分けてあげるね」

「シャロ、それならば私がやろう」

「いえ、叔父様……私がやりたいのです」

「……そうか」

一瞬侯爵が難色を示したがすぐに暖かい笑顔に変わった。シャロが魚を切り分け俺の木皿に盛り付けてくれる。加えてそのまま侯爵にも盛り付けた。

視界の端に紫色のシャロと同じようなドレスを着た茶髪の小さな女の子を捉える。リサさんのようだ。

「侯爵、見も知らぬ私達にこのように良くして頂き、大変ありがたく存じますわ」

「いやいや、シャロを助けてくれた上にここまで送って下さったのだから当然なことだよ」

「それは……侯爵のお心の広さに感服致しますわ」

丁寧にお辞儀をしてリサさんが席に戻る。

その後俺達は他愛もない……今までの旅の話をしながら食事を終えた。


 食事を終え、お風呂を取った俺は客用の寝室で休みを取る。なお、シャロたちはまた俺とは違う客人寝室を使用することになった。

この部屋はどうやら右の塔の二階に当たる部分になっており、急な客専用の部屋らしかった。窓もベットの上の一つだけであるし、家具や調度品もそれほど多くなく。やはり木作りの机と椅子だけであった。

 だが、その机や椅子は木の色を基調とはしているが、かなり手が込んでおり、なにやら模様も掘られているほどであった。簡単に言うならば、よくテレビに出る社長室に有るような西洋アンティークなんかが近いだろう。

それにしても、今日出された魚やスープは美味しかった。どれも香辛料がよく効き、スープは少しコショウ辛いくらい味付けもして有ったし、魚も脂ののった美味しいものだった。

またパンも雑穀パンのように雑多な味ではなく、白くてやわらかく、パン本来の甘みも味わえるものだった。

 思ってみれば、これほどの食事は久しぶりで……日本では当たり前のように食べられる量や味だが、ここではこれでかなりの贅沢だと今までの食事から判断できる。

「やはり、恵まれていたのだなぁ」

素直に感激する。そういえば、食事の最中にシャロが言っていたアレとはなんだろうか。恐らくはシャロの実行したいアレ……『現国王への復讐』の為に必要な物だろう。

宮殿とか言っていたが……俺には想像がつかない。

 しかし、シャロの旅の目的が『復讐』だったとは……思いもしなかった。だからこそ、最初の出会いの時に軽く『手伝いたい』と言った時に激怒したのだろう。普通、こんなことを手伝いたいと思う酔狂な者はいない。

当時のシャロの立場になって考えてみれば からかわれた と取られてもおかしくないな。だとしたら、なんで彼女は俺が二度目に頼み込んだときに付いて来るのを許可したのだろうか……これは解らない。

一般的に、仇討ちは良しとされないし、俺も主義としてはしたくない方ではある。だが、これは所詮、当事者以外からの観点であって当事者になれば俺もどうするか解らない代物だ。

 ……死。これほど人に影響を与える物はない。身内ならば尚の事である。俺も自分の祖父が……いや、辞めておこう。


 コンコン、コンコン


「誰ですか?」

ベットに上半身を投げて寝そべっていた俺は起き上がる。

「お兄ちゃん、入っていいかな?」

「……どうぞ」

何故このタイミングで?良くは解らないが……拒否する理由も無いので入室を許可する。

リサさんが扉を閉めてこの部屋に入る。

「座っていいかしら?」

「えぇ、どうぞ」

「……何の用ですか?」

リサさんが置いてある椅子に座ったのを見て、疑問をぶつける。

「いえ、今もそうだけど……あなたそれで本当にいいの?」

「……何のことですか?」

「とぼけても無駄よ?」

するどい目が俺に刺さる。これは間違いなく…。

「やっぱり、俺の心が読めるんですね」

「もちろん、気づいていなかったの?」

当然の如く答えるリサさん。だとすれば……リサさんが『本当に良いの?』と聞いたのは祖父の事だろう。

「さすがにそこを突っ込まれるのは不快です」

「そんな心持ちであの子を救えると思っているの?」

「それは関係ないはずでしょう?」

シャロを救う事と俺のこれは関係が無いはずだ。因果関係もない。

「本当にそう思っているの?」

「……えぇ」

「……流石に呆れるわね」

溜息をつかれる。なんだというのだ。

「それだと後悔するわよ?」

なんだ……なんだというんだ!

「何なんですか?」

「……ちゃんと向きあいなさい」

俺の中で何かが切れる。

「あなたに何が解るんですか!」

悲哀と憤怒と絶望のないまじる感情、それ受けたときの衝撃……忘れ得ぬ記憶。自分でもどうしようもない程の怒り、悲しみ、失望を思い出す。

「解らないわよ!私はあなた自身でもない!あなたの家族でさえもない!だって他人だもの!」

「他人が口出しして来ないでください!」

「するわよ!するしかないじゃない!だって、あなたが……」

「あなたが……何なんですか」

「……いえ、なんでもないわ」

「でも……今のあなたでは絶対後悔する。これだけは断言できるわ」

そう言い捨てて去ったリサさん。彼女はどこか苦しそうな顔をしてた。……祖父が死んだときの事を思い出す。それは俺が偶々家に忘れ物を取りに帰った時の事だが……その時、祖父は家に居た。

 そして、その日、祖父は亡くなった。どうやら熱中症を起こしていたらしい。祖父が熱中症を起こしたときはどうやら俺がちょうど忘れ物を取りに帰った時だった。その時、俺は祖父の様子を見もしなかった。唯一一緒の家にいて近くにいたのにも関わらず。

頭の中は大学の事で一杯だった。頑張っていれば、せめて家族の死に目には間に合うだろう。そんな甘い理想を抱いていた。それを見事に打ち砕かれたのだ。

 家族や誰もが俺を責めはしない。しかし、どうしても俺は自分で自分を許せない。もし、俺が祖父の様子を見に行っていたら。何故俺はあの時は大学のことしか頭になかったのだ。何故俺は…。

そういう思いが頭を支配し、心を砕く。一般的に言えばこんな事は当たり前な事なのだ。他人からすれば『これからおじいちゃんの為にも頑張ればいいじゃないか』と言われてしまうような代物だ。

 しかし、それを祖父が本当に望んでいるとは自分にとって解らない。解らないんだ。もっと祖父は生きたかったかもしれない。もっともっと俺達を見届けたかったかもしれない。

祖父に自分のしっかりした姿も見せたかった。なによりもやはり祖父に生きていて欲しかった。それは紛れも無い感情。

 シャロの気持ちはこれ以上のものであろう。だからか……だから俺はシャロを助けたいと思ったのかもしれない。だからシャロに魅かれるのかも知れない。彼女の辛そうな顔は必死に答えを求めて足掻いて苦しんでいる顔だった。

他人に否定される事になろうとも求め続ける。だが、優しさは忘れない。俺よりも強くて、優しい。そんなシャロに憧れると共に手伝いたい。自分の事を整理できない俺がするのもおこがましいがそう思う。

しかし、リサさんはこの心持ちのままではダメだと言った。どうしろというのだろうか。シャロの事が終われば俺の答えが出ると思っていたが、それではダメだというのか。

 ベットの上に上半身を投げ出し、涙が落ちる顔に腕を当てる。

「どうすればいいか解んないよ」

その後、俺は夕食の時以外は部屋を出ることができなかった。結局、俺たちは侯爵の好意に甘えて、屋敷に泊まる事となった。

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