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ダメ男の異世界転生記  作者: 根無草
葬送花
6/20

河川

「川まで後どのくらいだい?」

俺は右前を歩くシャロに声を掛ける。石畳ではなく地面丸出しの道。加えてその道は轍のあとが所々にある。町で買った食糧などが入った麻袋を背負っている為、そんな道をどこまで歩けばいいのか気になる。

町の市場で適当に食事を取り(と言っても雑穀パンしかなかったが)、そのまま出発した俺たち。朝からシャロが持っていた食糧等々が入った袋は途中で俺が持つ事にした。

そりゃぁ、男だってのに女性に荷物を持たせる訳にはいかないからね。そんな観点はここにはなさそうだが。

「そうね……川までは近いから後20分ってところかしら?」

彼女のポニーテールが揺れる。やっぱり距離がある。なんだろうかなぁ…やっぱり、完全に気を許されてないというか。壁を感じる。

恐らく本人にその気はなさそうではあるが、無意識下の物だろうか?ふぅむ。

「川は近いのか……むしろ、その先が長いのか?」

「そうね……その先は徒歩だと三日くらい掛かるのよ」

なるほど……だからあの町で一度休んだのか。そして、食糧を買い込んだ。大きな麻袋の中は三日分の食糧という訳か。

やはり旅慣れしている。すごいな。

「三日ですか……結構掛かりますね」

俺に並んで歩く妹役なリサさんがそう相槌をうつ。そういえば、なんでこんなあざとい役を演じてるんだろうか……。気になるな。

「なぁ、リサさん?」

「ん?何?」

「何でそんなあざとい役にやってるんです?」

「……あなたが望む妹役をやってるんだけど?」

何だって?!俺が望む妹!?……俺はこんな妹を望んでいるというのか!?

「本当ですか?俺そんなつもりないんですが」

「あなた……Hなゲームとか好きでしょ?」

「え?……まぁ、はい」

まぁ、自分で一応オタクであると認識する思考は持っている。実際、アニメやゲーム、エロいゲームなんかも結構やったことがある。あぁいうのは女の子が可愛いから。

「加えて、甘えてくる妹とかいいなぁ~とか思ったりしたことあるでしょ?」

「えぇ、まぁ、確かに」

「それのせいじゃないかしら?」

なるほど……そうなると、そうだな。だから俺が対応しやすい訳なのか。しかし、ニーキックは何故だろうか?

そんな妹………あぁ、うん、いたな。……よくある起こしに来てくれる類のイベントに区分される訳か。

「ふむ、そうですか」

納得したので小声話を打ち切る。そういえば、もう一つ気になることがあった。あの時のビンタの事だ。確かに調子に乗ってドヤ顔していたのは解るのだが、平手打ちは結構ヒドイ話である。少し聞いてみよう。

「なぁ、シャロ?」

「何?」

こちらを向くでもなく、返事するシャロ。この距離感。何か慣れないな。思い詰めてて半分周りを見てない感じなのだろうか?目標一直線と言った雰囲気がある。

リサさんには優しい笑顔を向けたりするのに。もしや、俺、嫌われてるのだろうか?

「どうしたの?」

俺が先を続けないため、シャロが立ち止まってこちらを向く。これを見る限り嫌われている訳じゃなさそうなんだが。

「いや、その、ビンタされたときの事を聞きたくて……」

「その……いくら俺が調子に乗ってたからってビンタは酷くないかな?と思って……しまってね?」

「あぁ、うん……そうね」

シャロのポニーテールは弓を扱う際に邪魔になるためか前髪も一纏めにして後ろで括ってある。また髪の長さも下ろしても恐らく肩甲骨あたりまでの長さくらいではないだろうか。

顔が凛としているが故にそれなのでさらにきつい様に見えてしまう。下ろせば少し雰囲気が柔らかくなりそうだが。

「あれはね……その……昔の自分に見えたから……つい腹が立っちゃって」

「その……ごめんなさい!」

「え……いや、大丈夫そこまで気にしてないから!」

いきなり素直に謝られる。ここまでの反応があるとは予想外だ。

俺は右手を振りながら全然気にしてないアピールをする。

「でも、昔の自分か……一体シャロはどんな感じだったんだい?」

「それは……その……お嬢様だったって感じかしら?」

頭を上げてシャロが気恥ずかしそうに答える。ふぅむ、お嬢様ねぇ。確かに、彼女は所々育ちの良さを感じさせられる場面がある。素直だったりするし。

「ふぅん、シャロってどこかの貴族の娘さんだったりして……」

「………」

またもシャロが黙りこくってしまう。彼女は身分とかの話になると必ず黙ってしまうのだ。これはどうした事なのだろうか。

それほどに話したくないことなのだろうか?もしや……。

「もしかして、旅の目的に関係してたりする?」

「ごめんなさい……今はまだ話せないの」

申し訳なさそうに謝るシャロ。やはり、そうなのだろう。しかし、旅の目的が解らないと手伝いようが無いと言えなくもない。

「……まだダメかい?」

「本当にごめんなさい、まだ決められないの」

俯き更に深く謝られる。

「こんな状態じゃダメだよね……」

少し落ち込み交じりの質問をされる。そう言う反応をされると困る。許さざるを得なくなってしまう。必死でなにかしようとしている彼女を『助けたい』という気持ちがあるのだから。

「いや、気にしないでくれ……俺はシャロを『助けたい』ことに変わり無いのだから」

「……ありがとう」

こういった気が使える時点で他人の感情の機微に疎い訳でもない。やはり、育ちのよさを感じる。

いつ話してくれるんだろうか。

「……」

「……」

「……」

うん、気まずい。困ったな。

だが、打開するいい案が見つからず何もできない。

結局、俺たちは一言も会話をせずに川についてしまった。


その川の幅は優に300mを超えていた。辛うじて向こう岸は見えるものの、荷物を持って泳いでわたるのは無理そうだ。それに…

「流れが速くないか?」

「そうね」

隣で一緒に川を見ているシャロが相槌をうつ。川は増水した後のような速さを持っていた。

「少し聞いてくるね」

シャロはそう言って川に浮かんだ船の横にある小屋の一つに向かって行く。この辺りはどうやら川渡しが盛んらしく、船が川のあちらこちらに浮いている。その横には船頭たちの小屋らしき建物が必ずあった。

建物は木作りの小さな小屋や、石造りの立派な小屋まで様々である。ここでも貧富の差が出ているらしい。どこへいっても富の差は出るか。嫌な気分だ。

「本当に速いわね」

「……落ちたら溺れちゃうかもね」

「それはそうでしょう」

横から何でもない意見が聞こえ、俺はそれに適当に返事をする。リサさんだ。

「あなたなら、もしかしたら水の上を走れるかもしれないわよ?だって100mを4秒フラットで走れるし」

「いくらなんでもそれはないでしょう」

そう言いつつも、なんだかやってみたくなる。一応理論上できたりするらしいし。なんだか試したくなってきたな。

よし!やってみよう。そーっと水の上に乗せようと、足を下ろす。が…流れの速さに足が持って行かれそうになった。そのため少し『うお!』と小声が出てしまった。

「ふふふ……嘘よ?止まった水の上ならとにかくだけど」

そんな俺を見られた上、リサさんに意地の悪い笑みを横で浮かべられてしまう。恥ずかしさが心のうちに湧き上がってきて頬があつい。

「解ってますよ!そんなこと!」

「くすくす……単純」

更には馬鹿にまでされてしまった。なんだかこうも弄ばれると面目がなくなってきた。シャロはまだだろうか。

「ただいま……うん?何をしていたの?」

「なんでもないさ……」

先ほどの事を隠したくてそう答える。

「それで?どうだった?」

「うん、みんな流れが速くて無理って……」

「でも、私は速く渡りたいのに」

焦りを隠せないシャロ。何をそんなに急いでいるのだろうか。

「どうしてそんなに渡りたいんだ?」

「……追っ手が来ないか心配なの」

「追っ手?」

「みんなで手分けして船を出してくれる人を探しましょう!」

「あぁ、うん」

「はい、解りました!」

またもはぐらかされてしまう。謎だらけだ。

 それから10分もすることなく船を出してくれる船頭が見つかった。その船頭はとてもお年を召された方だった。口ひげを生やし、顎髭もお腹の辺りまで伸びていた。そして、何よりその船頭の髪は雪のように真っ白であった。

あまりの見た目に、大丈夫なのだろうかと心配になってしまう。

「えぇっと……あなたが船をだしてくださるんですね?」

「あぁ、わしはこの川をよく知っておる。雨の日の翌日なんぞ、わしにとっては当たり前なことじゃ」

堪らず確認する俺に老いた船頭が自信に満ちた言葉を発する。よく見てみると服や容貌はボロボロでみすぼらしいがその瞳は死んではいない。生き生きとしている。

「ささ、こちらへ」

そう案内された船は丸木舟だった。それもかなり年季の入ったようで、ところどころ黒ずんでいた。

「これ、本当に大丈夫なのかしら?」

舟を見たシャロもさすがに心配なようだ。

「大丈夫じゃ……ワシはずっとここで人や物を乗せて往復して生きてきた。大船に乗った気でいなされ」

「……信じるしかないだろうな」

「そうね」

「……ちょっと怖いですね」

覚悟を決めて俺たちは丸木舟へ乗り込む。やはり結構揺れる。

「料金は?」

「後払いで結構じゃ」

「そうですか」

シャロが財布を取り出そうとしたがそう言われてその手を止める。

「よ……ほれ!」

舟を繋いでた縄を外し、櫂で陸を押して老いた船頭が舟を出す。

なるほど、船頭の言っていた事は本当のようだ。この船頭はその見た目に反して力強く櫂を漕ぐ。おかげで流されること無く舟は順調に進んで行く。

「心配の必要は無かったみたいね」

不安そうな顔をしていたシャロは船頭の腕を見て安心したようだった。かくいう俺も同じだが。

水の流れが速いとは言え、こうも安定していると少しの余裕が出るものだ。

ふと川の上流を見る。ここには橋のようなものは一つもない。加えて、今出ている舟も一艘も存在しない。

まるで川を貸しきっているかのような感覚に陥る。船頭の櫂を漕ぐ音と水の流れる音以外が何もない。なんとも静かで自然の音を楽しめるのだろうか。こんなことは生まれて初めてだ。

確かに、生まれた県内に自然を楽しむ場所は存在し……そこに行った事はある。が、小さい頃の話なので音を楽しむ余裕も無かった。見るものすべてが楽しくて、面白くて。そういうものには見向きもしなかった。

今になって思うと、もう一度そこに行って鳥の声や自然の音を楽しむべきだったと感じる。あぁ、やはり……勿体無い物だ。

「野郎!ようやく見つけたぜ!」

目を閉じ、五感で自然を感じていた俺の耳に聞き覚えのある男の声が届く。その声の主は俺たちが元いた場所にいるらしい。確認するために振り返る。

「てめぇら!あの時はよくもやってくれたなぁ!」

「……お兄ちゃん……あの人達、何?」

片腕に包帯を巻いた大男とその周りに人相の悪い男達が3人いる。問われたのでよく見て思い出そうとする。

「う~ん」

「ショータ、あの盗賊よ?」

「ほら、あの体格にあってない鎧」

シャロに言われて大男の鎧に注目する。確かに体格に合わない少し小さな鎧を着ている。このアンバランスさ……そして、左腕の包帯。

「あぁ……あの時の……」

「てんめぇ!忘れてやがったのか!ぶち殺してやる!」

憤怒し始めた盗賊の親分。とはいえ、川の三分の一を過ぎたと言うような状況だ……どうしようと言うのだろうか。

「野郎ども!構えろ!」

「へい!親分!」

そんな声と共に盗賊達が出したのは……とても高価な武器。

「げ!銃!?」

思わず声が出てしまう。日本で言う火縄銃に近い物。俗にマスケット銃とよばれるであろう銃でこちらに狙いを定めている。

「商人から奪ったこの装備で、てめぇらを川の底に沈めてやる!」

やばいな……これは……どうする?さすがにこの状況でこの川に落とされたら死ぬかもしれない。さっき見たところ深そうだったし。

「まずい……私の弓じゃ、届かない」

シャロの弓では届かないか……これは逃げるしかないようだ。

「おじいさん!」

「あぁ、任せなされ!」

船頭の櫂の回転率が上がる。これで逃げ切れれば万歳だが……。

「逃がすかぁ!撃てぇ!」

号令と共に複数の発砲音が鳴り響く。俺達の横を弾丸がヒュウという音共に風を切って行く。

そして、ポチャリと波紋を立てて後ろのほうに落ちた。どうやら最初の三発は当たらなかったようだ。しかし、射程内であるのは間違いない……いつ当たるか解ったものではない。

「おじいさん!櫂はもうひとつないのか!」

「すまぬ……ない。わしひとりじゃから……」

「ぐぅ……む」

心に焦りを感じる。ないのであれば手で漕ぎたくなるところだが……片方に体重を掛けると転覆する可能性もある。

ただ逃げ切れるように待つしかないようだ。あまりの不利差に冷や汗を掻いてしまう。

「弾と火薬はいっぱいある!さっさと詰めて撃たんか!この馬鹿どもが!」

「へい!親分!」

またも少し個々の間隔が空きながらだが、発砲音が聞こえる。その度に俺は息を止めてしまう。少しでも当たってしまえば……舟に穴が開けば間違いなく沈む。

沈んでも泳げば何とかなるかもしれないが、俺はこれほどの距離を泳いだ経験などないのだから恐怖でしかない。幸いに今回も俺達の舟には当たらなかった。

「じれったいな」

眉根を寄せる。こうも自分で何もできないというのはいい気分がしない。動けるものなら動くべきだが……それすらできない。過去にそんな経験があったがそう言った時はいつもそんな気分に駆られていた。

「どれだけ外せばお前らは当てれるんだ!この下手糞共が!」

「でも、親分!これ案外難しいですぜぇ!?親分もやってみてくださいよ!」

「てめぇ!見て解んねぇのか!俺は構えれねぇんだよ!」

「あ、そうでやした……すみません!」

「だーから、お前はすっとこどっこいなんだろうが!このボケ!」

「いてぇ!すみません!」

親分格がゴツリと口答えした子分に拳骨を食らわす。確かに、彼らが持っているマスケット銃は構えるのに両手がいるため今の親分では無理だろう。

だが、俺達にとってはそんなこと関係なく……撃てる人間が3人もいる時点でこっちにとっては恐怖なのは変わりはない。

またも一発の銃声が鳴り響く……今度は舟の横に水柱が少したつ。続いて二発目……これも舟の左横。三発目……今度は舟の後ろらへんである。

だんだんと着弾点が近づいてきた。このままでは次は確実に当たる。クソ!

「よーし!お前ら!だんだん慣れてきたみてぇじゃねぇか!次は当てろよ!」

「へい!親分!」

「よーく狙え!そして……」

三名の銃身がこちらに定まる。これはいよいよ覚悟を決めなければならないか。

「撃てぇぇー!」

3つの火花が光る。三つの弾がゆっくりとこちらにくる。弾の位置から予測するに恐らくは当たるだろう。間違いなく当たる……これはもう終わりだ。

そう思ったが、こちらに接近する弾がゆっくりと下に落ちて行く。それは少しづつだが水面に近づいて行った。なぜだ?

そのまま見つめ続ける……もう少しで舟の尾先に当たるかと言うところで三発とも水の中に消えていく。

「なんでだ?」

助かった……確かに、それには変わりない。だが、理由が解らなかった。どうしてだ?

「助かった……射程距離から出れたのね!」

なるほど!射程距離か!それなら納得だ。という事はもう撃って来れない。

「おじいさん!」

「おう!任せなされと言ったじゃろ?」

親指を立ててサムズアップする船頭。いや、本当に助かった。

「親分!もう届きません!」

「なんだと!?ちくしょう!!」

「くそぉーこのまま逃がすってのか…」

悔しそうな顔をする左腕を失った敵の親玉。これ以上の方法はあるまい。安心してよさそうだ。

「ふぅ、助かりましたね……シャロさん」

「そうね……後は向こう岸に着くだけ」

「そうだな」

みんなが安堵したその時、

「親ビーン!」

「おぅ!来たか!」

なにやら車輪のついた細長い筒状の物をどこからか持ってきた二人組みが奴らのところに来た。あれはどこかで見たことはある。歴史の教科書で戦争で使われていたのものだ。

「おい、シャロ……あれ……なんだ?」

「ん?どれ?」

「あれだ」

その二人組みが押している物体を指差す。最前列で座っていたシャロが身を乗り出して指を差したほうを見る。

「あれは……まさか」

「車輪付砲架!?」

「おい、なんだそれ?」

青ざめているシャロを余所に若干暢気に聞き返す俺。いや、なんとなくは解るが……解らない振りをしたい。

「大砲よ!戦争で使う類の!」

「……本当か!?」

予想通りながらそんなことは有って欲しくなかった。なんであんな物まであいつら持ってるんだよ!

「とすると……ここまで充分届くよな」

「届くどころか、当たれば粉砕……でなくても近場に落ちただけで転覆しちゃう!」

「どうしよう」

シャロがいつになく狼狽している。その様子はあまりにも珍しい事だった。しかし、当たれば粉砕……近場に落ちれば転覆。となるとシャロが青ざめるのも解る気がする。

だが切れば質量も小さくなるし、波紋も小さい……はず、何とかなるか?

「よし、俺が」

立ち上がってムラサメを鞘から抜き、切り落とす準備をする。できることがあるならやるしかない。今やれることはこれだけだろう。

「ちょっとお兄ちゃん、切っても自分や後ろの人に当たるだけだよ?全然無駄な行為だよ?」

「え?」

「弾を物理的に切って避けるっていうのは御伽噺だよ?」

リサさんが止めに入ってくる。これは無駄だから止めろって事だろう。しかし、このままでは当たるか転覆するのどちらかだ。

「じゃぁ、どうしろと?」

ムラサメを納め、座る。無駄だといわれた以上……そうするしかない。が、他に方法があるのだろうか?

「怖いけど……祈るしかないね!お兄ちゃん!」

左目でウィンクをして質問に返すリサさん。『祈るしかないね!』じゃないだろ!しかも、ウィンクまでして!ウィンクの意味は任せてという意味か?!だとしたら多分……何かしてくれるのだろう。

「……はぁ、そうだな」

本当に大丈夫なのだろうか……このまま沈んで終わりってことにはならないだろうか。かなり不安である。

「よーし!これでお前らを川底に沈めてやるぜ!」

「覚悟しやがれ!」

火種を持った大男がそう息巻いている。

「うぅぅ~、当たりませんように!沈みませんように!助けてください!神様!」

横でシャロが固く両手を結んで必死に祈っている。本当に尋常じゃないほど体を震わせて怖がっている……なんでだろうか?

ここまで怯えられると逆にこっちまで冷静になってしまうと言われてるが……そんなことは無く、こっちまで恐怖してくる。

怖くて心臓の鼓動が早い……気分が悪い。あぁ、そういえば、今朝方もこんなことがあったなぁ。

「それ!発射だ!」

親分格の大男が合図と共に導火線に火をつけようとしたその時、突風が吹く。

「うおぉ!」

「あ!てめぇ!何しやがる!」

大砲の先端のほうを突風に煽られた一人の子分が押してしまう。そして砲台がずれたが、そのまま砲弾は発射された。

「あ……しまった」

ぽつりとそんな言葉が後ろから聞こえる。砲弾は弧を描いて俺達の舟の左側に直撃する。

「うわぁぁぁ!」

「きゃぁぁぁぁ!」

「ぬおぉぉぉ!」

「てへ、ミスしちゃった」

全員宙に投げ飛ばされたようだ。約一名分ほど叫び声じゃないのが聞こえたような気がしたがそんな事を考えてる暇はない。顔から水に叩きつけられる。顔が痛い上に動き辛く、息ができない。これはまずい。さっさと水面に出なければ!

「ぷはっ!」

水から顔を出して息を吸う。なんとかなった。

「ぷぅ!」

「ぬぅは!」

続いてリサさんに船頭のおじいさんが顔をだす。

「もうここからなら向こう岸に渡るほうが早い!あちらにわたるぞい!」

「あぁ!」

「そうですね!」

俺とリサさんは船頭のおじいさんの指示に従って泳ぎだそうとした。しかし、先ほどからシャロが見当たらない。

「シャロは?」

「そういえば……見てないよ、お兄ちゃん」

「まさか……」

溺れたのでは?そういえば、さっきの怖がり方は並大抵の物ではなかった。……まさか、泳げない?

「俺はシャロを探す!リサたちは先に陸に行っててくれ!」

「うん、わかった!お兄ちゃん!」

息を思いっきり吸い込んで潜水する。泳げないとすれば、シャロは溺死してしまう。

それはダメだ。いや、何よりそれは嫌だ!シャロのあの寂しく悲しげな表情が心に浮かぶ。このままではあの子はあの表情を抱いたまま死んで行く事になる。

それだけはダメだ!俺が許さない。いや、俺がまた俺を更に許せなくなってしまう。

彼女がリサさんに向けたあの優しく穏やかな笑顔が一番素敵で、そして、次に素敵なのは俺と初めて愛称で呼び合った時の笑顔だ。恐らくはその二つの顔が彼女の本当の姿だ。

今の彼女は何らかの目的の為に真っ直ぐに前を歩いているに過ぎない。その裏にある悲しみを隠して。確かに、そうやって前に進んでいる彼女も素敵だが。俺が好きなのは彼女の素直な姿。

彼女にはもっと笑顔でいてほしい。しかし、強く真っ直ぐに生きる表情も彼女らしくていい。だが彼女の沈痛な面持ちだけは絶対に取り除きたい!

このまま死なすなんて到底堪えられない!

どこだ!彼女は!


……居た!


より深く潜る事で近づき、シャロの表情を確認する。その顔に生気はなく、瞼を閉じている。どうやら、気絶しているようだ。早く助けなければ!

俺はシャロの左腕を自分の肩にまわし、足を蹴って水面に近づこうとする。さっきよりも浮き上がれない。何故だ?そうか!

シャロの矢筒の留め金や短剣のベルト、果ては財布や宝石袋を外し、それらを放り出す。そして、俺はもう一度足をばたつかせて川面に出ようとする。

……川面までがやけに長く感じる。早く!早く!


「ぶはぁ!」

「おい!しっかりしろ!」

「……」

やはり返事がない。これは完全に気を失っている……とにかく、岸へ上がらなければ!そう思い、向こう岸までシャロを抱えて泳ぐ。

「はぁ……はぁ……」

なんとか向こう岸に着いたが、大分流されたようだ……先ほど見えていた場所とは全然違う。俺はシャロを川辺で仰向けに寝かせ、隣に腰掛ける。

髪の毛が無駄に濡れていて邪魔になったので、後ろに右手で払いのける。

「大丈夫?」

「え!?」

急にリサさんの声が目の前からするのでびっくりしてしまった。目の前にはびしょびしょに濡れて服が肌に張り付いているリサさんがもう立っていた。

「何驚いてるの?さっきから居たわよ?」

「え?だって……俺達は流されて……」

「そんなこと良いから、早くシャロさんを助けなさいよ!」

「そうだった!」

まずはシャロの顔を確認する。顔が青い、しかも、唇が紫色だ……

「シャロ!シャロ!」

顔を数回叩くが反応がない。手で呼吸を確認する。息をしていない。もう一度顔を近づけて確認してみる。やはり呼吸がない!

……とすると、こうなったら人工呼吸しかない!……待て、でもいいのだろうか?俺がやっても。そんな考えがふと浮かぶ。

「いいからやんなさい!この馬鹿男!」

どうやら戸惑って固まっていたらしい。リサさんに怒られてしまった。しかし、本当にいいのだろうか……いや!そんなことを言っている場合じゃない!シャロが死んでしまう!そんなのは嫌だ!

右手で頭を抑え、左手で軌道を確保。そして、息を吸い、人工呼吸をする。

「ちょっと!ちゃんと空気が入ってないじゃない!やり直し!」

そう言われ、あれこれと指示を受けながらちゃんともう一度人工呼吸をする。

「そうそう……はい!次!」

自動車講習でやった通りに今度は心肺蘇生法をする。

「……」

まだ反応がない。まだだめか……ならもう一度!死なせて堪るか!そう唇を近づけようとした。

「ごほっ!」

「ほら!顎を出して、横向きに寝かせて!」

「はい!」

良かった。息を吹き戻した。これでまだ一緒に旅を続けられる。そう思い胸をなでおろす。

「ごほっ!ごほっ!ごほっ!」

シャロが口から水を堰と共に出す。しばらくこのままにしておけば、時期に呼吸が整って回復するはずだ。

立ったままのリサさんに目を向ける。なにか少し上流のほうを気にしているようだった。何を気にしているのだろう。

「安心してるところ悪いけど……逃げるわよ?」

「え?でも……まだシャロが」

「……うん、もう大丈夫。抱えて逃げなさい!」

「は……はい!」

シャロの様子を確認したリサさんに俺は言われるがままにシャロをお姫様抱っこをして森の中に走って逃げる。呼吸は整ってはいなかったが、もう吐き出すものはすべて吐き出したようだった。そして、案外とシャロは軽かった。

走りながらシャロの顔を見るととても綺麗で……まるで物語の中に出てくるエルフのような感じがした。自然とシャロの薄桃色に少し戻った唇に目が移る……自分がこの愛らしい唇に口付けしたと思うと少し顔が熱くなる。

「ところでなんで逃げてるんです?」

「盗賊と船頭が追ってくるから」

俺の前を走っているリサさんがそう答える。

「え?」

盗賊はともかく……何故船頭まで?

「船頭は『自分は巻き込まれたんだから、渡し賃と舟の修理代だせ!』って言って、私達を探してるのよ」

「あぁ、なるほど」

「しかし、そんなことを言う人には見えなかったのですが」

「あの人間も生活掛かってるからでしょ!」

ふむ、確かに……生活云々になるとそうなる可能性は高い。確かにそんなところが理由だろう。

「あと、盗賊は舟をその辺の人から奪って追いかけてきてるわよ」

「それは……早く逃げないと」

靴の中の水がグチャグチャと音を立てる上、サイズが幾分か緩くなっているせいで走り辛い。しかし、走らなければ……ここで捕まることはシャロや俺達にとって本望ではないはずだ。

「街道にでるのはほとぼりが冷めてからにするわよ?」

「あぁ、はい……俺もその方が良いと思います」

街道なぞに出よう物なら一番目立つ……そういう意味ではここは森の中を抜けていくのが最良の手であるのは明白だった。但し、これは魔物が出なかったらの話ではあるけど。

しばらく走っていると、突然、リサさんが走るスピードを落として俺の右後ろに回る。

「…ううん」

俺達は一度止まる。どうやらシャロが気がついたようだ……。ゆっくりと目を開けるシャロ。

「……ここは?」

「向こう岸の森だよ」

瞳をあちらこちらに向けて確認するシャロ。そして、自分の現状をゆっくりと把握したようだ。

急に顔が赤くなり始めた。なんだろう熱でも出たか?

「大丈夫かい?」

「うん、ありがとう……でも、もう大丈夫だから……下ろして貰える?」

「本当かい?でも、少し顔が赤いよ?」

「大丈夫だから!」

「わかった」

少し語気を強めてシャロが大丈夫だと肯定するのでシャロを下ろす事にした。足から地面に下ろすと少しふらつきながらも立つシャロ。やはり心配だ。

「本当に大丈夫かい?熱でも出たんじゃぁ……」

「いえ、本当に大丈夫だから!」

「お兄ちゃん、さすがにそれは気づこうよ」

「ん?何をだ?」

「もういいよ……お兄ちゃん」

リサさんに呆れられてしまった。何故だろうか?よく解らない。あぁ、もしかしてお姫様抱っこが初めてだったのだろうか。うん、そうだろう。

よく恥ずかしいとも言うしな。あれ。

「でも……本当にびしょ濡れね」

「そうですね」

「困った……このままでは風邪をひいちゃう」

「どうにかして乾かさないといけませんね」

「そうだな」

水に濡れて胸の大きさが如実に現れるシャロと服が張り付いて肩の白い布地の部分からブラ紐が透けて見えるリサさんが視野に入る。透ける理由は恐らくは生地の厚みが違うからであろうが……なんで見えるんだろうか。

片や水に濡れたいい女ともう片方は雨にぬれたあどけない少女のような状態なので、二人とも目のやり場に困る。

「どうしたの?ショータ?」

「どうしたのお兄ちゃん?顔が赤いよ?」

「いや、それよりどうする?」

リサさんのほうは解ってて顔を逸らす理由を聞いてきてるのだろうな……おのれ、悪魔め。

「どのくらいの距離を走ったの?」

「そうですね……川から約10分くらいじゃないでしょうか?」

それほどしか走ってなかったか。だとすると近場に追っ手がいるかも知れない。

「じゃぁ、風邪ひいちゃうかもしれないけど、もう少し走りましょう」

「はい!」

「そうだな」

それを気にしてか、シャロはもう少し走ることを提案する。それを断る理由もないので……いや、明確には走りたくはないが、そうも言ってられないので俺達は走り始める。

木々の間を駆け抜け、より前へ前へと進む。このまま走って行きたいところだが……まぁ、それはできないだろう。そもそも三日はかかると言っていたし。


どのくらい走ったのか解らない。水に濡れたせいで風もつめたいし、そろそろ休憩でも提案しようかと思っていた矢先にリサさんが急に立ち止まった。

「へ……へくしょん!」

「大丈夫?」

クシャミをしたリサさんを気遣うシャロ。無理もないだろう、こんな状態で走れば風邪を引くのも道理だ。

「もういいんじゃないか?」

「そうね、この辺でいいと思う」

「で?どうするんだ?」

「そうね……荷物は流されて、火打石もないから……ショータ、その辺の木から棒と板か何かを切り出せる?」

「あぁ、多分できると思う」

「じゃぁ、リサちゃんは落ち葉と枯れ草を集めてくれる?」

「解りました!」

「じゃぁ、二人ともよろしくね。私は弓の弦を外して、平らな石を探しておくから」

「あぁ、解った。」

何をしようと言うのだろうか……まぁ、ともかく俺はそこらにある木からムラサメで長方形の板を切り出す。ついでにその木の枝で棒も作る。(なお、この時、刀の切れ味が良過ぎて何度も失敗し、結構苦戦したのは内緒だ)

そういえば、今更気づいたのだが……所々俺の服は濡れてないところがある……何故だろう?特に無法の衣は水一つ含んで無かった。……あぁ、そうか。

「はい、シャロ」

「ありがとう」

「集めてきました!」

シャロが板と棒を受け取った時にリサさんが両手いっぱいに落ち葉と枯れ草を持ってきた。

「ありがとう、リサちゃん」

リサさんに暖かい笑みを返すシャロ。なんだろう……このもやっとした感情は……。うむむ、俺にはそんな表情を見せてくれないのに。

「ところで、ナイフ貸してもらえるかな?」

「はい、どうぞ!」

ナイフまでリサさんから貸してもらってるし……助けたのは俺なんだが……いやいや、まぁ、リサさんに注意されなきゃ失敗してたけど。

コツコツとナイフの先で棒先の大きさくらいの凹みを作り、そこに切れ目を入れるシャロ。何をしているのだろうか?

「よし、そして、これを結びつけて」

そう言って棒に弓の弦を1,2回巻きつけ弓を張り、その棒を板の上に乗せる。板の下には落ち葉が敷いてある。

石で棒の頭を押さえ、少しずつ弓を前後させ、その棒を回して行く。

だんだんと木くずが発生し、その木くずも黒くなって炭化していく。だが、シャロは止めない。

そうしていると、板から煙が出てくる……何故だ?

しばらく回していたシャロ。

「リサちゃん、枯れ草を……」

「はい!」

「ありがとう」

リサさんにはシャロが何をしたいか解っていたのか、枯れ草を集めて傍に用意していた。板を外し、その下の落ち葉に炭を置く。どうやら煙が出ていたのはそれからだったようだ。

シャロはそれを枯れ草の束に移し、手で持ち上げ、優しく長く息を吹きかける。更に煙の量は多くなって行く。

「ゲホッ!ゲホッ!」

煙が喉に染みたのか堰をするシャロ。だがシャロは息を煙の中心へ送り続ける。

すると、ボッと音がして赤い火が点る。それをシャロはリサさんが集めた落ち葉の山の中に投げる。

「ふぅ……終わった」

「……すごいな」

素直に感動してしまう。どうしてこんなことができるのだろうか。

「そう?……旅をしていたらこれが普通じゃない?」

「む……俺はそんなに手際よくできないな……不器用だから」

旅をしていたら普通ということなので、ここは俺も一応できる事にしておかなければならない。やれやれ、どう考えてもおかしいのだが……こう嘘をつかなければ成らないのが嫌になる。

不器用だと口にしたせいか、俺が生きていた世界でもやはり俺は不器用だった故にリアル系ロボットのプラモデルがガタガタになった事を思い出す。自分のセンスの無さに泣きを見たなぁ。それは確か高校生の頃だったか。懐かしいものだ。

「ねぇ、ショータ。その辺の大きな枝をいくつか切ってくれる?」

「あぁ、おやすい御用だ」

足を曲げ、飛び上がって周りにある少し太めな枝を二本切り落とす。そして、地面に着地する。

「まだ足らないよ?お兄ちゃん」

着地した俺にそんな不満の声をぶつけられた。

「うん?なんでだ?」

「いや、さすがに察しようよ……お兄ちゃん」

頭をガクリと落として呆れを表すリサさん。そこまで言われるとは……むむむぅ。

「いえ、ごめんなさい……私がちゃんと数を指定しなかったせいだから」

シャロに謝られてしまう。これは立場が無い。焚き火に濡れ鼠三匹……あぁ、そうか。

「後何本いるかな?」

「え?えぇっと……そうね……一、二、三……」

それぞれの服の数を指で差しながら数え始めるシャロ。リサさんのほうも数え、その手が俺の方も数える。

「うん、6つだけど……2つあるから後4つでいいよ」

「わかった」

一飛びで二つを切り落とす、二飛びでやはり二つ、3飛びも二つ。どう頑張っても二つ以上は切れない。……おい!俺の腕ダメじゃないか!

あぁ、やっぱり……剣の腕がないとこんなものなのか。やはり、雑魚相手以外には多対一はできそうにないな。情けない。

シャロが『ありがとう』リサさんが『お兄ちゃん、お疲れ様!』とお礼と労いを言ってた気がするが、なんだか自分の不甲斐なさに落ち込んで社交辞令をする気分じゃなかったので『あぁ、いや』と素っ気無く返してしまった。

「はい、これショータの分よ」

「え?あぁ、ありがとう」

目の前に出された三本の木の枝を受け取りつつお礼を言う。これで俺の服を掛けて干せという事なのだろうが……ん?3本?

「なんで3本なんだ?」

「え?」

俺の質問に不思議そうな顔をするシャロ。

「いや、法衣は濡れてないんだが……」

「え!?嘘!?そうなの!?」

意外な反応をされる。って、そう言えばそうか。シャロが知る訳がないのだから。

「いや、すまない。シャロは知らなかったよな」

「お兄ちゃん、私は知ってるよ!」

手を挙げて主張する作った張本人。そりゃ、知ってて当たり前だろ。あなたの能力の産物なんだろうから。

「まぁ、簡単に言うと……これは水とか炎とかを受け付けないんだ。弾いてしまうと言った感じか?」

「なるほど……すごい法衣ね」

「あぁ、まぁな」

受け答えをしながら三本目を返して法衣を外し、魔呪の衣の上下を脱いでそれらを一本ずつ枝にかける。その途中で鎖帷子を衣の上に来ていたのが判明したがそれはそれほど濡れてないので近場に投げ捨てた。

というより、いつもより少し重いと思ったらこれ試着したままだったのかと気がついた。

焚き火の近くの地面に枝を刺そうとした時にふと目にシャロの顔が映る。その顔は赤面をしていた。

「ん?どうかしたのか?シャロ」

「いえ、別に……」

「お兄ちゃん……どこまで鈍感なの?」

顔を逸らすシャロを見たリサさんに注意を受ける。と同時に俺の体らへんに指を差される。従って俺も自分の体を見る。あぁ、そういえばパンツだけだった。

「いや……すまない」

「そんなことは良いから、むこうを向いててくれない?お兄ちゃん」

「そうして貰えると私も助かるかな?」

そうか……うん、そうだな。

「これは失礼した」

「どうぞ!」

一言の謝辞をしてから俺は後ろを向き、彼女らの先を促す。ふぅむ、こんなことも解らなくなってるとは……ダメだな、今の俺は。

後ろで衣服を脱ぐ音がする。なんだか妙に後ろを振り返りたくなるけど、そんな事をすると俺の主義に反するのでそれはしない。

しかし、衣が肌と擦れる音がする度にやはり気になる。平常心だ!平常心!なんかシャロのだけでも見たい気がするけど、平常心だ!

「お兄ちゃん、その法衣貸して!」

「あぁ、解った。いくぞ!……それ!」

俺は足元に落としていた法衣を拾い上げ、後ろに投げる。

「ありがとう、ショータ」

「お礼は良いから早くしましょう?シャロさん」

どうやら上手く受け取ったらしい。だが、いつまで俺は森の木々たちを見つめておけばいいのだろうか。

「えっと、もういいかい?」

「もうちょっと待ってね」

「ふむ」

そういえば、大砲に当たる前に『しまった』と呟いた人物がいたような気がするが……あれはリサさんの声だった気がする。一体あれはなんだったんだ?

「ショータ、もう大丈夫よ」

言われて後ろを振り向くと、そこには長い髪をした金髪の美しい女の子と小さく可愛いらしい少女が肩を寄せて座っていた。

特に金髪の彼女は一瞬誰だか解らなかった。その為、じっと見てしまう。

「ショータ、どうかした?」

「いや、なんでもない」

そうか、この娘はシャロなのか。髪を下ろしていたので誰だか判断できなかった。髪を下ろしたシャロはいつものきつい感じではなく、少し柔らかく、優しい雰囲気を受ける。

女性は髪形だけで随分と変わるものだと納得してしまう。なにせ、随分と美しさのなかに暖かい感じを受ける。これは彼女がふとした時の笑顔とよく似ていた。

そういえば、二人の肌の色は白く透き通っている。おかげで二人が寄り添った姿はある意味で幻想的ではあった。

更にシャロに置いてはその美しさがそれに拍車を掛けて現実味を失わされる。こちらが引き込まれてしまう程に。

「お兄ちゃん、シャロさんを見つめすぎ」

「え?そうか……すまない」

またもシャロが照れてそっぽを向いてしまう。愛らしい仕草だ……全く以ってリサさんとは違う。

ちなみに、彼女たちは俺の無法の法衣を上に着ているのだが……二人で使っているのでボタンを留めることができず、前が開いてしまっている。

おかげで、彼女たちの下着が見えてしまう。シャロは白いシルクのブラとショーツ、リサさんは青と白の縞パンと縞ブラである。

なんというか……いい眺めなのだが……。いや、そんなことよりもこの世界にも下着がある事にほっとする。

下着が無ければ目のやり場も無くなってしまう。

「そういえば、シャロが泳げないなんて……びっくりしたよ」

「今まで水の中に入っても足がつくお風呂しか入ったこと無かったから……王都の近くに遊べる川は有ったけど川で遊んだこともなかったし」

「そうなのか」

なるほど……そうならば確かにそうなるだろうな。しかし、王都が関係あるのか?……貴族で別荘か何かがあるのかな?

「薪や落ち葉が足りない、私取ってくるね」

「え?いや、武器も持たないでそれは危険だよ」

残りの薪や落ち葉を見たシャロが武器も持たずに動こうとするのを止める。リサさんは体が小さいから両手で持てる量が少ない。なので、落ち葉や枝の量が足らなくなったのだろう。

「それなら、私のナイフ貸しますね!はい!シャロさん!」

「うん、ありがとう」

「じゃぁ、取ってくるね」

「あぁ……」

「リサちゃんをよろしくね!」

「解った」

『俺が行こう』と言う暇も無く話が進んでしまう。本当は一人でいかせたくないのだが。火の守も誰かがしなければならないか……仕方ない。

「ごめんなさい……私がミスしたからこんなことになっちゃって」

シャロが落ち葉や木の枝を取りに行く為に木々の中に姿を消したのを見届けてからリサさんが突然そんなことを口にする。なるほど……やはり、さっきの『しまった』はリサさんの声で合っていたようだ。

「一体何が有ったんですか?」

「風を発生させて、向きをずらそうと思ったけど……少し弱かったみたい」

「なるほど……リサさんでも失敗するんですね」

「うるさいわね……」

少し落ち込んでいるようだ……慰めるべきな気がする。

「ところで何か聞きたい事でもある?あぁ、3サイズとかはなしね!」

「え……えっと、そうだなぁ……そういえば、自分を守ることしかしないってのはどういう意味なんです?」

慰めるために言葉を掛けようとした瞬間に次の話題に移られた。考えてみれば、自分を守る程度なら砲弾の方向をずらさなくてもいい筈である。

そこを聞いてみる。

「う~ん、一言で言うと『自分の身が危険なときのみ、回避及び防御並びに攻撃をする』って感じね」

「うぅん?うん……まぁ、解らなくはないですが何故それだけなんです?それだと後手にしか回れないじゃないですか」

「制限がかかってるの……まぁ、それはまた後日に」

急にリサさんが右手の人差し指で口を抑え、ちらりと視線をシャロの姿が消えた方向に移る。それが何を意味するのかは俺にも解った。

「ただいま」

話をやめて数分も経たぬうちにシャロの足音が聞こえ、両手に枝葉を持ったシャロが姿を見せる。

「あぁ、おかえり」

俺は立ち上がり、その枝葉を受け取って焚き火の横に置く。

「ありがとう、ショータ」

お礼を言ってシャロが座る。

沈黙が俺たちを包む。さりとて話題が見つからない。どうしたものか。そうだな……。

「あぁ、そういえば、シャロ……救出するときに、君の矢筒や短剣を外してしまったんだ。すまない」

「いえ、いいの……命があるだけ儲けものよ」

「でも、何かに襲われたときにどうします?シャロさん」

「そうね……じゃぁ、申し訳ないけど、しばらくリサちゃんのナイフを貸してもらえる?」

「はい!解りました!じゃぁ、私、逃げるの得意ですから、二人に助けてもらえるまでなんとか逃げ回りますね!」

「お願いね。と言っても魔物相手にはこのナイフは効かないから、ショータに助けてもらうことになるけど」

「任せてください!」

「それでいいよね?ショータ」

「あぁ、大丈夫だ」

そんな風になる事になるが……恐らくはリサさん自身に危害があれば自分でなんとかするんだろうなぁ。とは言え、魔物が出てきた場合はほぼ一人で立ち回ることになるのか。覚悟しておくか。

「くちゅん!」

燃料を取りに行っていて焚き火に当たってなかったせいかシャロが小さく上品で可愛いクシャミをする。

「可愛いクシャミの仕方だね」

「そう?くちゅん!」

「もうちょっと焚き火に近づきなよ」

「そうね、ありがとう」

俺の服を一つ避けて焚き火に当たれるようにする。やはり、仕草が可愛いなぁ……シャロは。それに対してリサさんは……おっと睨まれてる。

視線を横にずらすとリサさんがこちらを非難するような目で凝視していた。

その後俺たちは日が落ちるころに服が乾いたのでそこから行動するのであった。

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